わたしはソファーから立ち上がり瑞樹の隣に行った。

「わたしは瑞樹の演奏が好き。

その曲の素晴らしさとバイオリンが持つ綺麗な音色だけを届けようとしている感じがする。

曲の世界を壊さないように、変えてしまわないように、丁寧に、ううん、その丁寧すら邪魔にならないように。

弾いているっていうよりわたし達と一緒で聴いている。

曲が求める、バイオリンが求める音を代わりに瑞樹が弾いているみたいな。

だから演奏がすぅ~と体に入ってくる。

初めて聴いたんじゃないみたいにすぅ~て」

何も知らないのに語っているのが少し恥ずかしくなって言葉を付け足した。

「みたいな」

 瑞樹は夜空に目を向けたまま口角を少し上げた。

わたしは瑞樹と同じ夜空を見た。

星がキラキラと光っている。

少しの沈黙の後、瑞樹が話し始めた。

「参ったな、1年前のあのコンクールの後にそれを言われていたら僕は泣いてたかもしれない。

ありがとう真琴、真琴のおかげですっきりしたよ」

瑞樹は穏やかに微笑んでいる。

また少しの沈黙の後に瑞樹は話し始めた。

「本当はこの前のコンクールに出られなくなってしまったことをずっと心残りに思っていたんだ。

僕はあのコンクールで1位になる為の練習をしてきた。

自分がやりたい演奏は封印して、さっき真琴が聴いた演奏とはまるで違う演奏をしていた。

いつしか1位になることだけが目標になっていたんだ。

つまり僕はついさっきまで1位になる為の演奏ができなかったことを心残りに思ってたってこと。

けれど今、真琴の言葉を聞いてその思いが一気に消えたよ。

とても心が軽くなった」

瑞樹はスマホのタイマーを確認する。

「そろそろ時間だね」