今日は瑞樹と一緒に老人ホームに来ている。

時間は午後1時30分。

中では岬さんがピアノの演奏をしている。

 今にも雨が降りだしそうな曇り空とは対照的に明るく弾むような軽やかな演奏が聴こえてくる。

毎日瑞樹がどんな気持ちで岬さんに会いに来ているのかは知り得ない。

きっと心の中では葛藤が繰り広げられていて、でもその表情は今日も穏やかだった。

「ねぇ瑞樹?これってボランティア?」

「そうとも言うのかもしれないけど、これは岬にとっても必要なことなんだ」

「ん?」

「岬は自宅で週に4回専属の指導者のもとピアノの練習をしている。それはコンクールで1位を取る為だけの練習なんだ。

岬が原田ピアノ教室やここでこうしてピアノを弾いているのはピアノの楽しさを忘れない為だよ」

「そうなんだぁ。岬さん原田ピアノ教室に通って長いの?」

「そうだね、僕が5歳の時に岬が入ってきたから……もう12年かな」

「えっ瑞樹もピアノやっていたの?」

「うん、でも僕は途中でバイオリンに転向したけど。本当はね、この前のコンクールにバイオリンの部で出る予定だったんだ」

「えっ……瑞樹もあのコンクールに……」

「うん」

「そうだったんだ……」

 あの日瑞樹はどんな気持ちであの会場に居たのだろう。

わたしなんかには到底想像もできない程の努力をしてきたんだ。

それなのに……。

 瑞樹はわたしの気持ちを察するように「ごめん、余計なこと言っちゃったね」と笑う。

わたしは「瑞樹のバイオリン聴いてみたかった」と呟くとピアノの音に耳を傾けた。