わたしは暫くの間瑞樹と一緒に岬さんのことを見ていた。 

窓の向こうの岬さんは優雅で気品があってとても魅力的に見えた。

「きっと素敵な演奏をしているんだろうね岬さん。コンクールはいつなの?」

「あさって」

「えっ本当にすぐなんだね。瑞樹は行くの?」

少し長い沈黙の後で瑞樹は正面を向いたまま話し始めた。

「興味のないものに付き合わせるのは悪いんだけど、真琴も一緒に行ってくれないかな」

たったそれだけのことを言う為の沈黙にしては長過ぎる気がした。

「いいよ」

すぐに返事をしたことに何の反応も示さない瑞樹。

この感じだと「えっ!いいの?」が正解のような気もするけど。

瑞樹の顔を見た。

瑞樹は岬さんを見ている。

でも見ていない。

まるで白昼夢を見ているかのようなうつろな目をしている。

「瑞樹?どうしたの?」

瑞樹の目線は岬さんに向けられたまま、けれど次第に自分の鼻、鼻から口、口から顎へと落ちていく。

「たくさんの人が……」

瑞樹の声が怯えている。

「瑞樹、大丈夫?」

瑞樹はゆっくりうなずくと落ち着いた口調で話し始めた。

「たくさんの人が居る場所に1人で行くとどうしようもない気持ちになるんだ。

震えが止まらなくなって胸が砕けてしまいそうになる。

自分はここに存在しているのに誰とも目が合わない。

わかっている筈なのに自分が死んでいるという事実を突きつけられて怖くなるんだ」