瑞樹の部屋の前に行き、ドアノブに手を掛ける。

いつもなら簡単に開けるのに、今はそれができないでいる。

手首に重りを付けられたかのように力が入らない。

誰かが階段を上ってくる音がする。

早くドアを開けなきゃ───。

手にぐっと力を入れ、ドアを開けると中に入った。

壁に手を這わせ電気を付ける。

パチン

静かな部屋に照明スイッチの音が響き閉じていた目を開けた瞬間、瑞樹の声が聞こえてきた。

「真琴、絵の続き描こうか」

イーゼルの前に座っている瑞樹がいつものように穏やかな笑顔でわたしを見ている。

瑞樹が居るというのにわたしの心は落ち着いている。

凪……そんな感じだ。

それはきっと、あまりにも瑞樹がいつもの瑞樹だから。

「居てくれたんだね」

「この絵が完成するまで居なくならないでって言ってなかった?」

「言った…」

「描こうか」

「うん」

隣に座ると瑞樹が指差す絵具をパレットに出していく。

もうとっくに色も配合もわかっているのにわたしは瑞樹の言う通りの色を出し、

言う通りの量を混ぜる。

瑞樹の声を少しでも多く聞いていたかった。

「35番もう少し多め」

「うん」

「37番もほんの少し混ぜて」

「うん」

昨日も一緒に居たかのようにいつも通り、不自然なくらい自然に物事は進んでいった。

「瑞樹……少し休憩しよう」

「まだ、描き始めたばかりだと思うけど」

「そう…だよね。でも……」

このままのペースで描き進めたら1時間もしないうちに完成してしまう。

そうしたらその時は本当に瑞樹が居なくなってしまう。

「いいよ、休憩しよう」

瑞樹は椅子から立ち上がると窓の前に立った。

筆を置くと瑞樹の隣に行った。

何も話さない時間が流れ、最初に口を開いたのは瑞樹だった。

「僕に居なくならないで欲しいって真琴が思ってくれていたこと、凄く嬉しかったよ」

理斗君の言う通り、瑞樹はわたしが言った言葉を嬉しいと思ってくれていた。

瑞樹はにっこりと笑うと話を続けた。

「僕はね、真琴のことをとても大切に思ってるんだ。

だから幸せになってもらいたい」