「スケルツォ・ヴァルスも華麗なる大円舞曲も雨は降ってない方がいい。

僕はもう雨が降っても岬に傘を差すことはできないけれど、

岬の演奏から雨を取り除くことはできるかな」

スケルツォ・ヴァルスも華麗なる大円舞曲も岬さんが演奏しているのを瑞樹と一緒に聞いたことがある。

とても明るく軽やかな曲だ。

でもあの時瑞樹の耳に岬さんの演奏は雨が降っているように聞こえていたんだ……。

 岬さんはわたしの目線をなぞった。

「瑞樹……瑞樹がそこに居るの?そんな個性的な言い回しをする人は瑞樹以外いない。

それにわたしの演奏に雨が降っているなんて瑞樹じゃなきゃ気付けない。ねぇ橘さんそうなんでしょ?」

わたしはうなずいた。

「どうしてわたしには瑞樹が見えないの?」

「それは……」

「どうしてわたしには瑞樹の声が聞こえないの?」

「ごめん、わからない……」

わたしの言葉を聞いて岬さんはハッとしたような顔をすると、いつもの落ち着きを取り戻した。

「ごめんなさい、橘さんを責めるようにわたし……」

「ううん」

「本当に瑞樹がそこに居るんだよね……瑞樹の言葉を聞かせて」

「うん」