それから理斗君は詳しい事情を話してくれた。

理斗君の父親は国内に何店舗ものホテルを経営していて、

ちひろの母親もまた、数店舗の飲食店を経営していたという。

そんな2人が出会い不倫関係になり程なくして2つの会社は統合し葉山モーメンツとなった。

正式な夫婦になったのはその後だと理斗君は話した。

「理斗君のお母さんは夏木企画が葉山モーメンツになったことを知ってるんだよね?」

わたしの質問に理斗君は首を縦に振った。

 理斗君の父親とちひろの母親が不倫関係になったのは理斗君が生まれてすぐの頃で、

その時にはすでに父親はほとんど家に帰って来なくなっていたという。

理斗君が物心付いてからも父親はほとんど家に帰ってくることはなく、

遊んだり会話をした記憶はほぼ無いと言っていた。

そして理斗君が中学に入ると母親から事情を聞かされたという。

理斗君の母親からすれば自分の父親が経営していた会社を引き継いだ夫が、

不倫相手との生活を選んだ挙句、

夏木企画から葉山モーメンツなどと名前を変え、

しかも海外進出に成功し今も尚、事業を拡大し続けているなんて事実到底受け入れ難い。

「このままでは母親があまりに不憫だろ?

だから俺が会社を取り返すんだよ」

理斗君はそう言って憂い帯びた目をした。

 コルクボードに掛けられたプレートの“夏”は母親の苗字夏木の頭文字だった。

葉山を名乗りたくないのはきっと父親に対する嫌悪感から。

前に屋上で葉山君と呼んだわたしに「その呼び方やめろ」と言った理斗君を思い出した。