(ヴァージルさんは何を考えて、これまで生きてきたんだろう?)
過去のことを夢で見た翌朝、ヴィクトリアは目が冷めてからずっと、ヴァージルのことを考えていた。
正直なところ『ヴィンセント』時代、ヴィクトリアは彼のことをそういう目で見たことはなかった。
ただ、『ヴィクトリア』として接する中で見えてきた彼の人柄を、彼女は嫌いにはなれなかった。
(だから、ルーファスはあんなこと……)
喧嘩別れしたかつての幼馴染なら、ルーファスの態度にも納得がいった。
『ヴィンセント』が死んだあとのルーファスのことを、ヴィクトリアは知らない。
知っているのは、『ヴィクトリア』として再会して以降の彼だけだ。
ヴィクトリアと再会した日、ルーファスは心の底から幸せそうに微笑んだ。
『陛下! ああ、陛下!! ここにいらっしゃったのですね……!』
『――私は、貴方の剣。この五〇〇年、ずっと貴方を探していました』
『――ヴィンセント様』
(ルーファスとヴァージルさんって、もしかしたらよく似てるのかな?)
『魂』を見分け、自分と再会したあと、セレネに誘拐するあたりは特に。
二人の相違点は、ヴァージルが初代魔王ルチアの血を引いておらず、吸血したあとの彼は、おそらくルーファスより強い力を持つ、という点だろう。
(かつての吸血鬼族の力を思えば、その可能性はある)
初代魔王ルチア・グレイスの時代、当時の吸血鬼族は当主ただ一人で、魔王とその夫たちと、互角ともいえる立場を守った。最後は一族を守るために頭を垂れたとしても、その能力や人柄は、特別優れていたはずだ。
(勿論、レイモンドみたいに基本的に有事の際以外は無関心、みたいな人もいたかもしれないけれど……)
レイモンドはそもそも戦うことを好んでいる、というわけでもない。
『赤のルーファス』と呼ばれていたルーファスの方が、血の気が多いということをヴィクトリアは知っている。
(そういえば、これまでは、『花嫁』という立場を利用して潜入することばかり考えてきたけど、実際私が『花嫁』になった場合の利点についてはあまり考えてなかった……。)
『魔王』として、ヴィクトリアは冷静に考えてみた。
『先祖返り』のヴァージルの『花嫁』になるということは、ヴァージルとの繋がりができる、ということになる。
カーライルからはヴィクトリアに、吸血鬼の一族を手中に収めるよう言った。
ヴィクトリアが真実を――自分がカーライルたちから推されている新魔王であることを告げなければ、彼がヴィクトリアの血を吸った瞬間に、『花嫁』に依存するしかないヴァージルを、精神的にも能力的にも縛りつけることは可能だろう。
そしてヴァージルの『花嫁』になれば、ヴィクトリアは彼の力の一部を引き継ぐことが出来る可能性は高い。
そうなれば、ヴィクトリアは今より魔法を使うことが容易になるはずだ。
そして、本当に『花嫁』となれば、彼を利用しようとしている者たちを阻止することも容易になる。
(でも、それで本当にいいんだろうか? 彼は『ヴィンセント』を、私のことをずっと信じてくれていた人かもしれないのに――)
現状、『花嫁』としての立場を利用して潜入しているのヴィクトリアだが、自分が『ヴィンセント』の生まれ変わりであり、新魔王として名乗りを上げていることをヴァージルに告げずに彼の『花嫁』になること――これは、超えてはいけない境界線であるように思えた。
(私が本当のことを言ったら、ヴァージルさんはどんな顔をするのかな)
『……ヴィンセント、様』
朝の、少しけだるげなヴァージルの姿を思いだして、ヴィクトリアは頭を振った。
今の彼は、あの時のような幼い少年ではない。
今の彼の、少し掠れた低い声で、こちらが切なくなるような声で『お願い』されたら、断れる女性はそういないのではないかとヴィクトリアは思った。
(でも私がヴァージルさんと出会ったのはデュアルソレイユだったから、何故彼があの場所にいたのか理由が分かるまでは、私の正体は明かせない……)
今のヴィクトリアは、先日の件もあって魔法が使えないのだ。
魔法が使えなくてもそれなりに戦える自信はあるが、流石に複数人に束になってこられては対抗できない。
「出来れば、平和的に解決したい」
それはヴィクトリアの本心だった。
ヴァージルはかつて『衝突』について話したが、『新魔王』となるヴィクトリアがヴァージルの『花嫁』となれば、余計な衝突は避けられる可能性があるとも言えた。
ルチアの時代の吸血鬼の一族の当主は、ルチアが死ぬまで彼女の手は取らなかったが、ヴィクトリアがヴァージルの『花嫁』となるのなら、二人は決して切れない絆で結ばれることになる。
だが――。
(でも少し、気になる記述も見つけたんだよね)
これはいくつか吸血鬼の一族に伝わる本で読んでわかったことだが、古い時代存在していた『吸血鬼の花嫁』は、自分の血を吸った吸血鬼の命令に逆らえなくなったと書かれていた。
つまりヴィクトリアがヴァージルに血を吸われた場合、ヴァージルの命を握ることも可能だが、同時に彼に自分自身を支配される可能性もあるのだ。
(ルーファスはなんやかんや可愛いと思うし、レイモンドは私のことを考えてくれていると思うし、カーライルは――……私に対していじわるだとは思うけど、今は別に嫌いじゃない)
ヴィクトリアは、下唇を軽くかんで拳を握った。
(ヴァージルさんが私相手に使うとは思わないけど……。もし私にも同じことが起きてしまったら、私は、ヴァージルさんの命令に逆らえなくなってしまう。そうなったら私自身が、カーライル達と戦わなきゃいけなくなるかもしれない)
ヴィクトリアは、カーライルたちとは戦いたくはなかった。
そして『ヴィンセント』を今も想っているのかもしれない、ヴァージルとも。
(ヴァージルさんはいい人だとは思うけど、デュアルソレイユの件もあるし……! ああ駄目だ! 前世が魔王だった時の癖で、ついメリットとデメリットについて冷静に考えてしまう……!)
ヴィクトリアは考えがまとまらず、ベッドの上で頭を抑えた。
その時、つきりと頭痛がした。
(…………でも私、こんな大事なこと、なんでずっと忘れてたんだろう?)
頭痛のおかげで、少しだけ冷静になる。
『ヴィンセント・グレイス』の時の記憶は、もしかしたら一部欠落しているのかもしれない――ヴィクトリアは、今回のことでそう思った。
生き物としての防衛本能で記憶を忘れることがあることを、ヴィクトリアは以前本で読んだことがあった。
(私、他にも忘れてることってあるのかな? 私の記憶の欠落が、今後また問題にならないといいんだけれど……)
だが、今それを悩んでもどうにもならない。
「とりあえず、ヴァージルさんと話をしよう」
ヴィクトリアは明るく決意を口にすると、気持ちを新たに立ち上がった。
その時扉を叩く音が響いて、ルゥが部屋に入ってきた。
「花嫁様、おはようございます。昨日は良くおやすみになれましたか?」
「うん。ありがとう。おはよう。ルゥくん」
今日も可愛らしく自分に微笑むルゥに、ヴィクトリアは優しい声音で尋ねた。
「ルゥくん。今日のヴァージルさんの予定ってわかる?」
過去のことを夢で見た翌朝、ヴィクトリアは目が冷めてからずっと、ヴァージルのことを考えていた。
正直なところ『ヴィンセント』時代、ヴィクトリアは彼のことをそういう目で見たことはなかった。
ただ、『ヴィクトリア』として接する中で見えてきた彼の人柄を、彼女は嫌いにはなれなかった。
(だから、ルーファスはあんなこと……)
喧嘩別れしたかつての幼馴染なら、ルーファスの態度にも納得がいった。
『ヴィンセント』が死んだあとのルーファスのことを、ヴィクトリアは知らない。
知っているのは、『ヴィクトリア』として再会して以降の彼だけだ。
ヴィクトリアと再会した日、ルーファスは心の底から幸せそうに微笑んだ。
『陛下! ああ、陛下!! ここにいらっしゃったのですね……!』
『――私は、貴方の剣。この五〇〇年、ずっと貴方を探していました』
『――ヴィンセント様』
(ルーファスとヴァージルさんって、もしかしたらよく似てるのかな?)
『魂』を見分け、自分と再会したあと、セレネに誘拐するあたりは特に。
二人の相違点は、ヴァージルが初代魔王ルチアの血を引いておらず、吸血したあとの彼は、おそらくルーファスより強い力を持つ、という点だろう。
(かつての吸血鬼族の力を思えば、その可能性はある)
初代魔王ルチア・グレイスの時代、当時の吸血鬼族は当主ただ一人で、魔王とその夫たちと、互角ともいえる立場を守った。最後は一族を守るために頭を垂れたとしても、その能力や人柄は、特別優れていたはずだ。
(勿論、レイモンドみたいに基本的に有事の際以外は無関心、みたいな人もいたかもしれないけれど……)
レイモンドはそもそも戦うことを好んでいる、というわけでもない。
『赤のルーファス』と呼ばれていたルーファスの方が、血の気が多いということをヴィクトリアは知っている。
(そういえば、これまでは、『花嫁』という立場を利用して潜入することばかり考えてきたけど、実際私が『花嫁』になった場合の利点についてはあまり考えてなかった……。)
『魔王』として、ヴィクトリアは冷静に考えてみた。
『先祖返り』のヴァージルの『花嫁』になるということは、ヴァージルとの繋がりができる、ということになる。
カーライルからはヴィクトリアに、吸血鬼の一族を手中に収めるよう言った。
ヴィクトリアが真実を――自分がカーライルたちから推されている新魔王であることを告げなければ、彼がヴィクトリアの血を吸った瞬間に、『花嫁』に依存するしかないヴァージルを、精神的にも能力的にも縛りつけることは可能だろう。
そしてヴァージルの『花嫁』になれば、ヴィクトリアは彼の力の一部を引き継ぐことが出来る可能性は高い。
そうなれば、ヴィクトリアは今より魔法を使うことが容易になるはずだ。
そして、本当に『花嫁』となれば、彼を利用しようとしている者たちを阻止することも容易になる。
(でも、それで本当にいいんだろうか? 彼は『ヴィンセント』を、私のことをずっと信じてくれていた人かもしれないのに――)
現状、『花嫁』としての立場を利用して潜入しているのヴィクトリアだが、自分が『ヴィンセント』の生まれ変わりであり、新魔王として名乗りを上げていることをヴァージルに告げずに彼の『花嫁』になること――これは、超えてはいけない境界線であるように思えた。
(私が本当のことを言ったら、ヴァージルさんはどんな顔をするのかな)
『……ヴィンセント、様』
朝の、少しけだるげなヴァージルの姿を思いだして、ヴィクトリアは頭を振った。
今の彼は、あの時のような幼い少年ではない。
今の彼の、少し掠れた低い声で、こちらが切なくなるような声で『お願い』されたら、断れる女性はそういないのではないかとヴィクトリアは思った。
(でも私がヴァージルさんと出会ったのはデュアルソレイユだったから、何故彼があの場所にいたのか理由が分かるまでは、私の正体は明かせない……)
今のヴィクトリアは、先日の件もあって魔法が使えないのだ。
魔法が使えなくてもそれなりに戦える自信はあるが、流石に複数人に束になってこられては対抗できない。
「出来れば、平和的に解決したい」
それはヴィクトリアの本心だった。
ヴァージルはかつて『衝突』について話したが、『新魔王』となるヴィクトリアがヴァージルの『花嫁』となれば、余計な衝突は避けられる可能性があるとも言えた。
ルチアの時代の吸血鬼の一族の当主は、ルチアが死ぬまで彼女の手は取らなかったが、ヴィクトリアがヴァージルの『花嫁』となるのなら、二人は決して切れない絆で結ばれることになる。
だが――。
(でも少し、気になる記述も見つけたんだよね)
これはいくつか吸血鬼の一族に伝わる本で読んでわかったことだが、古い時代存在していた『吸血鬼の花嫁』は、自分の血を吸った吸血鬼の命令に逆らえなくなったと書かれていた。
つまりヴィクトリアがヴァージルに血を吸われた場合、ヴァージルの命を握ることも可能だが、同時に彼に自分自身を支配される可能性もあるのだ。
(ルーファスはなんやかんや可愛いと思うし、レイモンドは私のことを考えてくれていると思うし、カーライルは――……私に対していじわるだとは思うけど、今は別に嫌いじゃない)
ヴィクトリアは、下唇を軽くかんで拳を握った。
(ヴァージルさんが私相手に使うとは思わないけど……。もし私にも同じことが起きてしまったら、私は、ヴァージルさんの命令に逆らえなくなってしまう。そうなったら私自身が、カーライル達と戦わなきゃいけなくなるかもしれない)
ヴィクトリアは、カーライルたちとは戦いたくはなかった。
そして『ヴィンセント』を今も想っているのかもしれない、ヴァージルとも。
(ヴァージルさんはいい人だとは思うけど、デュアルソレイユの件もあるし……! ああ駄目だ! 前世が魔王だった時の癖で、ついメリットとデメリットについて冷静に考えてしまう……!)
ヴィクトリアは考えがまとまらず、ベッドの上で頭を抑えた。
その時、つきりと頭痛がした。
(…………でも私、こんな大事なこと、なんでずっと忘れてたんだろう?)
頭痛のおかげで、少しだけ冷静になる。
『ヴィンセント・グレイス』の時の記憶は、もしかしたら一部欠落しているのかもしれない――ヴィクトリアは、今回のことでそう思った。
生き物としての防衛本能で記憶を忘れることがあることを、ヴィクトリアは以前本で読んだことがあった。
(私、他にも忘れてることってあるのかな? 私の記憶の欠落が、今後また問題にならないといいんだけれど……)
だが、今それを悩んでもどうにもならない。
「とりあえず、ヴァージルさんと話をしよう」
ヴィクトリアは明るく決意を口にすると、気持ちを新たに立ち上がった。
その時扉を叩く音が響いて、ルゥが部屋に入ってきた。
「花嫁様、おはようございます。昨日は良くおやすみになれましたか?」
「うん。ありがとう。おはよう。ルゥくん」
今日も可愛らしく自分に微笑むルゥに、ヴィクトリアは優しい声音で尋ねた。
「ルゥくん。今日のヴァージルさんの予定ってわかる?」