オフシーズンといえど、休んでいる暇はあまりない。惜しくも日本一の座は逃したものの、ラ・リーグ三連覇にベストナイン、守備のベストナインと呼ばれるプラチナグローブ賞を受賞し、あまつさえ顔がよく愛想もいい要は、テレビ出演や取材の依頼が山ほどきていた。受けられる範囲ではあるがそれらをこなし、ようやく落ち着いてきた頃。美澄は要の自主トレに付き合う為、沖縄へやってきた。

 飛行機から一歩外へ出ると、冬とは思えない暖かな空気に出迎えられた。
「うわ、あったかい」
 ボーディングブリッジを歩きながら感嘆の声をあげた美澄に、要は目尻をさげる。
「今日は天気いいし、むしろ暑いくらいだよな。ってか、沖縄初めて?」
「初めてです。修学旅行は大会で行けなかったですし」
「あー、覚えてる。俺たちもそーだったしなぁ。遠征しょっちゅう行ってたし、まーいっか、って」
 昔ばなしに花を咲かせる二人に、三歩先を行く背中が足を止めた。くるりと振り返った若槻真尋は見事なふくれっ面で、美澄と要の顔を交互に睨めつける。
「……ちょっと、身内ネタで盛り上がるのやめてくれる? 俺もいるんだけど」
「ああ、わりーわりー」
「っ、ごめん」
 そう、旅行ではなく自主トレだ。トレーナーとしてサポートとをする立場の美澄が浮かれてどうすると、背すじを伸ばす。
――「元」相棒さんね。
 シーズン中に嫌味たっぷりの牽制を受けてからというもの、挨拶を交わす時はいつも空気がヒリついた。真尋は人に声をかける際に人の目を食い入るように見る癖があるようで、お疲れさま。ああどうも。そのやり取りだけで、心の中を全て丸裸にされそうで苦手だった。
 今日から二週間沖縄に滞在し、要と真尋は合同自主トレを行なう。真尋には専属トレーナーがいないので、今回は美澄が二人のケアをすることになっていた。
 正直に言ってしまえば、ファーストインプレッションが最悪で、犬猿とも言える間柄の真尋が素直にケアを受けてくれるかは心配だったが、要が大丈夫だと言ったので信じてついてきた。アイツは気難しいけれど、野球に関してはまっすぐだから、と。
 スーツケースを引きながらロビーに出ると、待ってましたと言わんばかりに五人の大人が要たちを取り囲んだ。名刺に書いてある文字を、後方から目を眇めて確認する。新聞記者と雑誌のライター、地方局の報道記者など……囲まれた本人たちは驚く様子もなく爽やかに対応している。
「昨年に続き、今年も東京スワンズのエースと正捕手の合同自主トレということですが、どちらから声をかけられたんですか?」
「俺からです。真尋、今年もやるかって」
「若槻選手はなんと?」
「誘われると思ってたので、二つ返事で承諾しました。来シーズンこそ日本一を奪還する為、エースとしてチームを引っ張っていけるように。今から頑張りたいと思います」
「真尋、すげー優等生なコメントじゃん。昨日から何言うか考えてた?」
「考えてないし!」
「まあ、こんなに頼もしいエースですから。女房役として、しっかり支えていけたらいいと思ってます」
 要はやさしい顔をして言った。シーズン中のヒーローインタビューを思い出させる息のあったやり取り。マスコミを巻き込んだ和やかな雰囲気。二人の関係性の良さを感じさせた。
「間宮選手は今シーズン、打率や本塁打数等でキャリアハイの大活躍でしたが……その要因をご自身ではどのようにお考えでしょうか」
「一番は、夏に失速しなかったことですかね。専属トレーナーと契約して、支えてもらいましたから」
 甘ったるい眼差しが美澄を捉えた。後を追うように、真尋や記者たちの視線がぶつかる。
「彼が専属トレーナーですか? 随分と若いようですが」
「腕は確かですよ。俺の成績を見てもらえば分かると思います。じゃ、そろそろホテルに向かいますので」
 とびきり愛想のいい笑みを浮かべた要が、ひと足先に出口へ向かう。急に話を切り上げたので、美澄だけでなく真尋も遅れて背中を追いかけた。
「あーあ。あの記者が余計なこと言った所為で、要さんご機嫌損ねちゃったじゃん」
「余計なこと?」
 わずかに速度を落とした真尋が隣に並んだ。前を行く背中には届かぬよう、声のボリュームを下げる。
「あんたのこと、そんなに若いのに専属トレーナーとか大丈夫なんですか? 的なこと言ったの、嫌だったんじゃない?」
「別に、俺はいいのに……」
「ダメなんだよ! もっと堂々としないから舐められるんじゃん。あんたはいいけど、要さんの印象を悪くしたら俺が許さないから!」
「ご、ごめん」
 普通にしていただけなのに、どうして叱られているのだろう。エントランスを抜けて外に出ると、愛想のいい笑みを引っ込めていつも通りに戻った要が足を止めて振り返った。
「なに、二人とも仲良くなったの?」
「べーつにー。仲良くなってないし」
 否定された。いや、美澄としても仲がいいとは微塵も思っていないけれど。
「あ、タクシーはあそこですね。もう到着してるみたいです」
「おー、ありがと」
「あざーす」
 ロビーでのぶら下がり取材が始まってすぐに呼び出しておいたタクシーが、既に到着していた。荷物をトランクに入れ、三人で乗り込む。車窓から見上げた紺碧の空が綺麗だった。