朝一番に鍵を開けて準備を始める。軽く掃除と換気をし、備品の数をチェックして、治療器具の点検をおこなう。開院まで三十分。入り口から人の気配がした。
「吉村先生、おはようございます!」
「おー。おはよう……って、どうした? 目ぇ腫れてるぞ」
「すみません、なるべく冷やしてはきたんですけど……」
「体調悪いのか?」
「いえ。すこぶる健康です。昨日、少し嬉しいことがあって」
「嬉しいことか。まあ、嬉し涙ならいいんだ」
 少し遅れて出勤したのは、院長の多々良だ。いつも通りニコニコとやさしい笑みを浮かべていたが、吉村同様、美澄の腫れぼったいまぶたを見て神妙な顔をする。
「だ、誰に泣かされたんだい……?」
「ご心配をおかけしてすみません。嬉し涙なので大丈夫です」
「ああ、それならよかった。僕の予想だと、間宮さん関連かなって思うんだけど。吉村くん、どう思う?」
「自分もそう思いましたね」
 そんなに分かりやすかっただろうか。両手でおさえた頬が、じわじわと熱を持つ。
「要先輩……えっと、間宮選手と久しぶりにキャッチボールしたんです……というか、ボールを投げること自体、俺は高校ぶりで、感極まって涙出ちゃって……」
 並んだテーピングの順番を入れ替える。視線を感じて顔を上げると、二人は生暖かい目をして美澄を見ていた。
「まぶたは腫れてるけれど、すっきりした顔をしてるね」
「そ、そうですか?」
「たしかに、間宮選手がくるようになってから、美澄は表情が明るくなった気がする」
 吉村の言葉に、多々良が何度も頷いた。まるで子どもの成長を喜ぶ親と兄のようだ。なんだか照れくさい。
 心の奥底にしまいこんで見ないフリをしていた傷を、要はむき出しにしてしまった。むき出しにした上で、救ってくれた。要は美澄にとって影を照らしてくれる太陽のような存在で、憧れで、大好きで――
 要に抱いた感情を思い出して、身悶えそうになる。すっかり赤くなってしまったであろう顔を手であおぎながら時計を見上げると、開院時間の五分前になっていた。