僕の名前は維斗。僕には、大切な先輩がいた。

瑠菜先輩

この人はいつも僕の味方についてくれて、笑わしてくれて、たった2年半の付き合いなのに家族のようだった。

昔、僕は極度の人見知りでそのせいかいじめられていた。放課後毎回のようにパシリにされたり、盗撮されたりと怖い経験をたくさんした。

ある日、クラブ活動で先輩と関わることが少しあり一緒に帰っていたところを盗撮された。僕と先輩どちらもそのことに気づいた。けど僕はいつものことだから無視していた。この頃は先輩と全然仲良くなくてなんなら今日初めて話したのに先輩が、
「こんなことして何になるの?維斗くん嫌がってるじゃん、ほんとに将来が不安だわー」と少し呆れた口調でバシッと叱った。
そのことがあってから僕と先輩は一気に仲が深まって今に至る。

瑠菜先輩がいなくなることを考えると心が痛む。

しかし

今から2年前の2009年3月9日、突然先輩が天国への橋を渡った。
3月7日行方不明になり、2日後死亡が確認されたらしい。その2日間は今までにもない豪雨で、先輩は友好関係が狭いから逃げ込む家もなく凍え死んでしまったのだろう。

なんで家出したのかはまだわからない。

その日から僕は、ショックからか心に何か穴があいたような感覚がずっと続いている。2年経った今になってもまだ、空耳で先輩の声が聞こえてくる。

「また会って話したい」と思わない日はなかっただろう。

キーンコーンカーンコーン

「やっと終わったー!今日バイトないし、家帰ってから何しようかなっ」
満面な笑みを浮かべながら、チャイムが鳴った瞬間に学校を飛び出した。

今日はいい天気だったので川辺に行ってお気に入りの本を読むことにした。この本は何度読んでも泣ける名作だ。
「まあ、流石に15回目だから号泣はしないけど」と思いながらくすっと笑った。

ここは自然豊かで人も少ないから蝉や川の音がよく聞こえる。

にも関わらず、周りの音も聞こえないくらい集中して本を読んでいると、
「それいつも読んでるよね」といつものように先輩の声が聞こえた。
「またか。」と少しうんざりした気持ちになった。が、いつもとは違い何か目線を感じたので、まさかと思いながらゆっくり前を見てみた。

「っ!」と息を呑んだ。

なんと2年前に亡くなったはずの瑠菜先輩が僕の目の前にいた。僕は嬉しさ半分信じられない気持ちになった。見つめあったまま時間が過ぎていく、まるでスローモーションになったかのように。

僕はなんで生き返っているのか不思議で仕方がなかった。
「あの、先輩!」頬を赤くしながら言った。
「ん?」と先輩は優しい声で返事をしてくれた。
「先輩2年前、その、、亡くなりましたよね…?」僕は恐る恐る聞いた。
「そうだよ、どうしたの急に」僕の目をじっと見つめて、少し笑いながら答えた。
手をもそもそしながら、
「えっと、なんで僕は今あなたが見えてるんですか?」
「うーん、なんでだろね。神様が魔法をかけたんじゃない?」
「冗談言わないでくださいよ」この時精神状態が安定してなくてちょっと怒り口調になってしまったのか、先輩は目をまんまるにした。
それを察した僕は
「ごめんなさい、そんなつもりじゃなくて」と謝った。

「にしても、久しぶりだな、この光景。2年ぶりくらい?」
「僕もです。」
「え、なんで?維斗はずっと生きてたじゃん」
「先輩がいない世界なんてモノクロです」
先輩は楽しそうに笑いながら
「相変わらず維斗は面白いこと言うよね!」
その言葉が嬉しくて僕も一緒に笑った。
「なんか景色も維斗もなんも変わらなくて安心した!」
「先輩、僕ちょっとは大人になったつもりだったんですけど?」
「いやー変わんないよ!子供のまんま!」
拗ねた真似をしたが、先輩と目が合ってしまい笑いそうになった。頑張って堪えていたが、耐えられなくなり2人同時に吹き出して笑った。

やっぱ先輩ってすごいな。

僕はちょっとずつ調子を上げてきて、やっと普通に喋れるようになった。
「先輩、なんかやりたいことありますか?」
「やりたいこと?」
「はい、久しぶりに」
「えー、めっちゃ迷う!美味しいご飯食べたいでしょ、海行きたいでしょ、学校も行きたいし、彼氏も欲しいし……」
思ったよりもたくさんあって驚いた。
「でも1番は維斗と一緒に海外行きたいなぁー、私海外行ったことないし」
「じゃあ海外行きましょう」僕は食い気味に答えた。
「そんなお金ないよー」
「それをモチベにバイト頑張りますから」
「いいの!やったね!!よろしく頼んだ」
瑠菜先輩はにっこり笑顔でこっちを見た。この笑顔をずっと見てたいと思った。

「そういえば、先輩泊まるところありますか?」
「ないな、どうしよ考えもしてなかった」
「僕の家泊まりますか?1部屋空いてますし」
「いいの?!ありがとう!」
「今日はもう遅いですし、帰りましょ」
夕日で空が綺麗な時間帯、行きは漕いできた自転車を手で引き先輩と2人で帰った。

「維斗って今年高3?」
「そうですけど」
「早いねー、初めて会ったの私が高3の時だったから維斗は高1か」
「早いですね」
周りからしたらなんも面白くない淡々とした会話かもしれないけど、僕にとっては最高の時間だった。

田んぼの中にポツンと立つ一軒家
「着きました」
「初めて来た!維斗の家、広っ」
「そんな特別広いわけではないですけど」
「いや十分広いでしょ」
そう話しながら家に入って行った。

「お邪魔しまーす」
「あら、いらっしゃい!いー君この方は?」この声はお母さんだ。お母さんは小さい頃から僕のことをいー君と呼んでくる。
「いー君かわいっ」先輩はボソッとこっちを見ながら言った。
「瑠菜先輩だよ、先輩どうぞあがってください」先輩にからかわれて頬を赤くしながら言った。
「改めてお邪魔しますっ」嬉しいのか上機嫌なのが言葉から伝わる。

「ここが先輩の部屋です」
「わざわざごめんね、ありがとう」
「ご飯多分19:00頃なのでそれまでゆっくりしていってください」
「了解!」

僕は自分の部屋に戻り、ベッドに飛び込んだ。今日起こった出来事が信じられないくらい嬉しすぎて足をバタバタさせながら、顔を枕に擦り付けた。
「どうしよう信じられない、まず明日は先輩に街を案内しよう、久しぶりに学校とかいきたいかな」と明日のプランを考えながらベットを出てノートに書き出し始めた。

◯1日目
・なつかしの高校に行く
・海沿いのカフェでランチ
・海辺で遊ぶ
・家で夜ご飯つくり

「よし、これでひとまずおっけいかな」
「いー君、瑠菜ちゃん夜ご飯できたわよー」お母さんの声だ。
「はーい今行きまーす!」先輩の元気な声も聞こえる。
ノートを閉じて1階のリビングへと向かった。

「っ!美味しそ〜」先輩は目をキラキラさせた。
「あらそう?今日は瑠菜ちゃんがきたからお母さん力入れちゃった!」
「気合い入れすぎだろ」あまりにもいつもと違いすぎたので少し笑ってしまった。
「そんなこと言わずに維斗食べよ食べよ!」
「せーの」
一同「いただきます!」
みんな一斉に食べ始めた。
「んー!めちゃくちゃ美味しいです!」
「よかったわ!お口にあって!」

話しながら食べてたからなんだかんだいって食べ終わるのに2時間ほどかかった。

「ごちそうさまでした。」

もう結構いい時間なので今日は寝ることにした。

「おやすみ〜」先輩はあくびをしながら階段を上がっていった。
「あの、先輩」そして僕は先輩を引き留めた。
「どうした」
「明日久しぶりに学校に行きませんか」
「お、いいね!行こ行こ!」
やった、心の中でつぶやいた。
「じゃあそういうことで、おやすみなさい」
「おやすみ、いい夢見るんだよ!」
「先輩こそですよ」

僕は今日1日の興奮で寝られないと思ったが、さすが僕。ベッドに入って一瞬で寝付けた。

朝日が上りきって外はすっかり明るい時間帯
「おはようございます、、」先輩は朝が苦手なのか半目状態でリビングに来た。
「おはようございます先輩」僕は今日が楽しみすぎて今日は目覚めが良かった。

いつも通り朝ごはんを食べて、準備が整ったのでさっそく学校に向かった。

「私学校までの道覚えてるから任せなっ!」
「本当ですか?頼みますよ」
途中までは順調だったが5分くらい歩いてから先輩が迷い出した。
「あれここどっちだっけ、」
「先輩覚えてるんじゃなかったんですか?」いつもからかわれてるから、からかい返してやった。
「もう参ったな、維斗パイセンここからは任せたっ!」
「しょうがないな、案内してあげますよ」
「お願いしまーす」

雑談しながら歩くこと10分、ついに学校に着いた。
「めっちゃ懐かしい!ここでよく放課後遊んでたなー」
楽しそうに話す先輩を見て、僕は嬉しくなった。思い出話をしてると先輩と当時同学年で元々付き合ってた結城先輩がいた。
「なんであいつがいるの?」先輩は結城先輩に聞こえないように僕にこそっと話しかけた。
「あ、あの先輩今年からこの学校の先生の助手になったんですよね」
「そういうことね、びっくりした」先輩が安心したかのようにため息をついた。

「こら維斗君、部外者を学校に入れてはいけないだろ」いきなり結城先輩が僕に声をかけた。
「いやでも、元生徒はいいはずですよね。瑠菜先輩のこと覚えてないんですか?先輩とその、友達、だったはずですよ」
「誰?その人、俺あんま関わりなかったのかも」
「、、、」先輩は驚きと悲しみが混ざったように息を吸った。驚くのもそりゃそうだ。だって先輩たち3年も付き合ってたんだよ、しかも別れてないのに先輩が死んじゃったことで別れた?みたいになったし。忘れるわけがない!
「冗談はよしてくださいよ、本当は覚えてるんじゃないんですか?」
「そんなことするわけないだろ、俺が。ほらその人連れてさっさと帰った帰った」

そんなことを言われて僕たちはすぐに学校を出た。
「すみません、悪い思いさせちゃって。こんなはずじゃなかったんですけど。」
「全然大丈夫だよ!気にすんな!2年前のことだし覚えてるわけないよ!」先輩はこう言ってるけど、僕にはすごく悲しんでることがよくわかる。けど言わないようにした。どうして先輩のことを忘れちゃったの?もしかして僕以外先輩のこと忘れちゃった?とも思ったが、言ったん忘れてお昼ご飯を食べることにした。

ここの地域は海まですぐなので、歩いてカフェまで行った。
「ここのカフェ最近できておすすめなんですよ」
「だよね、私の記憶にはなかったもん、楽しみ!」

僕はいつも通りのブルーベリーパフェにミルクティーを注文した。先輩は迷いに迷ってマンゴーのパンケーキとカフェラテを頼んだ。
食べ出してちょっと経ったあたりで僕はこの話を切り出した。

「あの、ずっと気になってたん出すけど」
「どうした」
「家族に会わなくていいんですか?」
僕が昨日先輩にやりたいことを聞いたとき家族というワードが1回も出てこなかった。2年前も家出していたし何か悩み事があるのかなと思いずっと気になっていた。
「あー、その話しちゃう?」
「良かったら聞きたいです」

先輩は少し悩んでいたけど、話し始めてくれた。

「わたし弟いるんだけど、弟がすごい優秀でさ、テストはいつも学年1位だしコンテストで賞たくさんとったりしてて将来有望でさ。それに比べてわたしは頭悪いし、不真面目だし何にもできないしって弟とは真反対で、両親にお姉ちゃんなくせに何してるのって言われたり、わたし褒められたこと一回くらいしかないのに弟は何かする度に天才だなとかさすが私たちの子だな、っていう会話聞いちゃって。」

この話を聞いていて心が苦しくなってない人はいないだろう。勝手に人と比べられて苦しかっただろうな、と思った。

「で、家出した日にとうとう弟からも言われるようになっちゃって。もうこの家族にわたしは必要ないなと思って家出したの」
先輩はもう切り替えていたのかはっきりとした声で
「だからもう家族とは会わなくていいんだ!」と言った。
「そうだったんですね」僕は今までこんな相談を受けたことなかったからどんな言葉をかけていいか分からずにずっと黙ってしまった。
「そんな黙んないでよ、君が聞いてきたんだよ?」
「もうほんとに会わなくて大丈夫なんですか?」僕は先輩が行方不明になった日、先輩の家族がすごく心配そうな顔をしていたのを知っているからこうやって声をかけてみた。
「うん、まず傷つけてきた人に会いたくもないし。人生楽しんだもん勝ちだもん!嫌な人には会わないのがわたしのルール」

そうやって話しながらお昼ご飯を食べた。結構長話をしてしまったのでプラン変更でこのまま家に帰ることにした。

「今日はありがとね、維斗」
「全然、めっちゃ楽しかったです」
「わたしも」

いつも通り夜ご飯を食べて、寝た。こんな日がいつまでも続けばいいのにと思った。

先輩と再会してから2日目も3日目も4日目もずっと特に何もなく楽しい日々が続いた。そして8/31に夏休み最終日に花火大会があるから先輩を誘ってみることにした。だんだん一緒に過ごしていくうちに人生において大切な先輩から好きな気持ちに変わっていった。今まで家族みたいな存在だったからこういうのも惹かれちゃうかも知れないし、がっかりするかもだけど花火大会で告白することを決めた。

「先輩、8/31にある花火大会一緒に行きませんか?」
「この街に花火大会なんてあったんだ、行きたい!」
「いや、電車で20分くらいかかるところなんですけどそこの花火すごいらしくて」
「いいじゃん、行こ行こ!」
「よしっ」と僕は小さくガッツポーズをした。

ずっと天気予報が晴れでいい感じだったのに前日急に大雨になった。雷もすごいし雨もすごいしと、まるで2年前のあの日のような天気だった。
もしかしたら先輩があの日のことをフラッシュバックしたりして体調が悪いんじゃないかと思って、先輩のいる部屋に向かった。

コンコンコン
「先輩、大丈夫ですか?」
返事がしない。まだ寝ているのかと思い、部屋を去った。けど12:00になっても起きてこないのでもう一回先輩の部屋へ行った。
「先輩、もうお昼ですよ?」
先輩の声がしない。
「部屋入りますね」といってドアを開けた。
そこには先輩の姿がなかった。こんな大雨だから外に出るはずもないしスマホも靴もあったので僕は最悪の事態を考えた。

先輩は消えた?

でも信じたくないし根拠がないから夜まで待つことにした。テレビを見たら大雨警報や川の氾濫のニュースばっかだった。この街も土地が不安定で川も近くにあるのでいつ危険な状況になってもおかしくない。

この日の24:00になっても先輩は帰ってこなかった。今思えば先輩は謎の力で生き返っていたわけだしいつ消えてもおかしくない状況だった。なんでよりによって花火大会の前日に…

僕は先輩に気持ちを伝えられないまま、楽しかった日々は幕を閉じた。

先輩と再会した日、先輩が海外旅行に行きたいと言っていたことも叶えられなかったし、花火大会にも行けずと悔しいし悲しい気持ちでいっぱいになった。

その時「人生楽しんだもん勝ちだもん!」カフェで先輩が話していたこの言葉が頭によぎった。この瞬間、先輩を心の中にしまっといて前とは違って強く生きると決心した。もう弱くならない、強くなるんだ。

このことを大人になっても忘れないように僕はノートに全て書き留めた。


やっぱ先輩ってすごい