獣道の果てに


 マウンドには白い光が降り注いでいる。そこに向かって、真っ直ぐに駆ける。

 昨日の世良の投球はたしかに凄まじかった。豪快なワインドアップ。ハイリスクハイリターンの振り切った投球。でもそれがなんだ。それはアイツの野球だ。

 俺はいつもどおり、丁寧にコースをついて投げればいい。

 大丈夫だ。俺は何も変わっていない。

 ……でも、なぜだろう。マウンドへと向かう足の裏がフワフワと浮く。スパイクが、うまく土をとらえきれていない。まるで夢の中で走っているみたいだ。

 なんだ、これ。なんで、こんな──。

 プレートに足を置く。心臓の音がうるさい。足元の土も、どこか心もとなく見える。

 落ち着け。

 マウンドに上がるなり、自分にそう言い聞かせた。 

 得体の知れない不安を誤魔化すように、投球練習のテンポが自然と早まる。

 風が味方をしてくれたのだろうか。18.44メートル先の百野のミットの音が、いつもより小気味よく鳴る。

 それに少しだけ安堵した。昨日からの心のざわめきが、少しずつ収まっていき、頭に冷静さが戻ってくる。
 ほら、何も問題ない。コントロールもいいし、体の調子も悪くない。決勝だからって、ピンチだからって、変に気負いすぎていたんだ。

 灼熱のダイヤモンドに、プレイボール!と球審の声が行き渡る。

 それを合図に、プレートに足を乗せようとした、そのときだった。

 「せんぱーい、初球から振っちゃってくださーい」

 仙台秀英のベンチから、やけに気の抜けた声が響いた。

 プレートまであと半歩の足が止まる。

 ……世良。

 わずか数秒、横目で見た仙台秀英のベンチの中に、頭の後ろで腕を組んで立つ世良の姿を見つけた。

 味方の打者にエールを送ったはずなのに、その視線はバッターボックスではなく、真っ直ぐこちらに向けられている。

 目が合った瞬間、胸の奥が強く跳ねた。

 ──見られている。今、世良天馬に俺の投球が見られている。

 たったそれだけのことなのに、心臓が異様な速さで鳴る。

 喉がひりついて、全身の毛が逆立つ。つま先から頭のてっぺんまで、熱が急速に駆け巡る。

 そうして気づいたら俺は──大きく振りかぶっていた。