獣道の果てに


 俺は──「……だ、山田。聞いているか、山田陽向! 」

 ベンチに監督の声が轟いた瞬間、背筋に電流が走った。
 目の前が、ぐにゃりと揺れる。
 
 ——今、どこにいる?

 気づけば、視界いっぱいに広がっていたのは、炎天下に浮かび上がる、白と紺のユニフォームだった。

 仙台青葉の、決勝戦のグラウンド。目の前の光景が、急に色を取り戻す。

 「すみません、自分」

 「大丈夫か? 試合中、しかも決勝戦中に何考えごとしてるんだ」

 世良天馬のこと、とは口が裂けても言えなかった。まだ今日の試合でグラウンドに出てきてもいない選手のことを考えて、試合も見ずにボーッとしていましたなんて言ってみろ。監督は試合そっちのけで体調の心配をし始めてしまう。就任5年目、3児の父でもある万場仁監督は、そういう人だ。

 「その、すみません。集中していました」

 そう答えると、監督はマウンドを一瞥した。昨日、世良が快投したマウンドに、今は仙台青葉のエース、仙波大和が立っている。

 「まあ、お前は仙波の中学からの後輩だしな。苦しんでいる先輩を見て、気持ちが入るのはわかる」

 苦しんでいる。その言葉を聞いて電光掲示板を見上げる。

 いつの間にか、試合は7回まで進んでいた。仙台青葉と仙台秀英の決勝戦は、2対2で同点。しかも、守るうちが一死二塁のピンチだ。
 
 「だから、次のランナーが出たらお前が行って助けてやれ」

 「次の──」

 言いかけたところで、球審が叫んだ。

 ボールフォア!

 試合が動く予感に、球場の空気が変わる。

 万場監督が小さく息をつくのがわかった。

 「二村、ピッチャー交代だ」

 伝令を受けた一年・二村甚が、勢いよく駆け出す。

 「山田、頑張れよ!」

 「ラクに行け!」

 声を背に、ダグアウトからグラウンドへと足を踏み入れた。