「よくここで壁当てしてるの?」

 河川敷に散らばったボールを一瞥して百野は問う。

「まあ、たまに……」

 咄嗟に嘘をついた。たまにどころか、本当は雨が降っている日以外は毎日ここにいる。利き腕である左肩を休ませたい日は、反対の右で投げてバランスを取っていたりする。

 小学生の頃は「あいつは壁が友だち」とクラスメイトに陰口を叩かれたりしていたが、気にしなかった。野球が好きだった。

 「昨日も一昨日も、同じ時間に見かけたけど」

 「じゃあ聞くなよ!」

 大きな声をあげると、百野が目元をくしゃっとさせて笑った。年相応の少年のように笑う姿をはじめて見た。

 百野塁。

 仙台青葉リトルシニアの正捕手で、中学はU-15日本代表にも選ばれた逸材。

 韓流アイドルのような端正な顔立ちをしているが、鍛え上げられた肉体から繰り出される強肩強打、180cm超えの体躯を無駄なく使いこなす俊敏なフットワークは中3にして明らかに高校級だった。

 噂では東京や大阪の強豪私立からも引っ張られていたって聞いていたぞ。なんで県大会で優勝できるかもわからない地元の公立校に……?

 百野は俺の横を通り過ぎ、橋梁下に散らばる白球をひとつ拾ってこちらに投げた。ボールに反射的にグローブが出る。スナップの効いた球がグローブのポケットに収まると同時に、河川敷に小気味いいミット音が溶けていく。

 「勝負しようよ」

 唐突に、百野は言った。

 勝負?

 「硬式野球部は毎年、入学式の次の日に新入生と2、3年生で紅白戦をやるのが恒例だ」
 
 それは知っている。新入生の力量を図り、夏の大会で戦力になる選手がいるか見極められる。反対に、新2年生と3年生は新入生と天秤にかけられて自分よりも“使える”と判断されたルーキーと同じポジションを争うことになる。いわば、選別だ。

 「俺とお前でバッテリーを組んで上級生を倒す……ってことか?」

 「うーん、半分正解で半分間違いかな」

 「なんだよ、もったいぶらずに言えよ」

 「僕と山田くんでバッテリーを組んで、僕らが勝負するんだよ」