完成したはずの文章に、人差し指が吸い寄せられる。
 キーボードに滑らせた指が付け足した言葉、それが蛇足だということはわかっている。

 だけれど俺は、どうしようもなく弱い。芯がない。
 だから、いつも誰かに気を遣ってきた。

 自分が見えている中では、誰にもマイナスの感情を抱いてほしくなかった。
 心からの笑顔でいてほしかった。

 だから自分はいつも一歩引く。

 そうすることが、俺にできる、俺のための最善だったから。


『佐伯のほうが偉大だろ。じゃあ予定あるからまた学校で』


 返信が届くまえにスマホの電源を落として画面を黒くする。
 黒に映りこんだ自分の表情に、「なんでだよ」と言葉がこぼれた。

 口は横一文字に引き結ばれていて瞳は揺らいでいる、情けなく歪んだ顔。

 俺は、いったいどうしたいのか。
 と黒に染まった画面の向こうにいる自分にたずねてみるけれど、答えはなにひとつ見つからない。

 手に握られたスマホが着信を知らせて振動する。
 佐伯からの返信だろう。でも確認はしない。
 
 シャッターを開けたことで見える外はまだまだ明るくて、時折小学生くらいの男の子たちが走りまわっているのが見える。
 家の中の静寂は深い藍色。痛い心臓の音だけがうるさく響く。

 誰の姿もないからかやけに広く思えたリビングには、今日も両親は遅くまでいない。
 遠慮して一歩引くごとに、本音がなにかわからなる。

 放課後の俺は、今日もどこか薄っぺらい。