『好きなようにどうぞ』


 そう文字を打ち込んで送信すると、ものの数十秒で再びメッセージが送られてきた。
 さっきまで直接話していた彼女と今度は端末越しにやり取りをしているなんて、不思議な感じだ。


『おおやったあ! じゃあ悠くんも、わたしのことみなみって呼んでね!』

『なんで』

『わたしは悠くんって呼んでるし』
『それに佐伯さんって呼ぶのなんだか他人行儀じゃない?』


 続けて送られてきた文章に「いや他人だろ」とツッコミを入れる。
 呼ばれる分にはいいけれど、そこまで親しくもない相手を名前で呼ぶのはさすがに気が引ける。

 スマホを睨みつけるようにして見ていると、反対の手に握られていたアイスバーが溶け始めていて「やべ」と口に運ぶ。
 身体を浄化させるひんやりと冷たいアイスバーを一気に飲み込むと、頭がキーンと痛み始めた。初歩的なミスを……。

 そうこうしていると、急に返信が途絶えた俺になにかを思ったのか、メッセージ画面が動いた。


『あ、悠くん恥ずかしいのか!』
『そうかそうか〜』


 ものすごい誤解をされている。
 そして文面からケラケラ笑っている様子が目に浮かんだ。


『ちがう。他人を名前で呼ぶ意味がわからないだけ』

『他人じゃないよ‼︎』
『わたしが悠くんを名前で呼んでる時点で』

『なにその理論』

『いいでしょ。ぜひとも真似してくれたまえ』

『ごめん、未熟な俺には理解できなかった』

『大丈夫、悠くんは偉大だよ!』


 なんだこの会話、とメッセージの並びを眺めながら思う。
 微妙に噛み合っていない。なんの話かもよくわからない。

 ぐんと身を起こし、アイスの棒をゴミ箱へ放り込む。壁に掛けられた時計に目をやると、短針はぴったり六時を指している。
 いつもはまだ河川敷にいる時間だけれど、今日は早めの夕ご飯にしよう。
 立ち上がるついでに扇風機の電源を切る。

 ぽちぽちとスマホを操作して『じゃあ予定あるから』と文字を打ち込む。
 かなり強引だけれど、はやく終わらせてしまったほうが楽だ。

 紙飛行機マークの送信ボタンに指を伸ばして触れる直前、ふと思うことがあって、指を止めた。

 佐伯さんとの仲を深めるつもりなんてないし、名前で呼ぼうなんて気持ちはカケラもない。
 だけれど、佐伯さんは?

 その疑問を首を振って追い払おうとするけれど、もう遅い。
 グイグイ話しかけてくれる佐伯さんの気持ち。それを俺は邪険にしていて、佐伯さんはどう感じているのだろう。

 それを、一瞬でも想像してしまったら、俺の行動は面白いくらいに一貫性がなくなってしまう。