緩やかに流れる川のほうへ視線を投げていた佐伯さんが、何かを思いついたように手を叩いた。


「次は水鉄砲持ってこよう!」


 ほら、やっぱり楽しんでる。
 というかこれは、またこの場所へ来るという意味か。

 ゆっくりとのどかに過ごすはずだった時間が、今日は佐伯さんのせいでやけに眩しい。
 ここは、俺がひとりになれる場所なのだ。それは困る。


「水鉄砲は、ここじゃない川でどうぞ」


 俺が言うと、佐伯さんは驚いたようにこちらへ勢いよく顔を向けた。
 もともと大きかった瞳をさらに見開かせ、黄色い花が咲くようにふわりと笑った。

 なぜ、と俺が思う間もなく彼女は明るい声をはずむように響かせる。


「小倉くん、今、遊びに誘った⁉︎」
「……いや、おかしいだろ」
「え、そういう意味だよね。……え?」


 聞き返されて、俺も「え?」を繰り返す。
 何がどうなってそんな解釈になったのか。


「だって小倉くん『ここじゃない川で水鉄砲しようぜ!』って……」


 身に覚えがなさすぎる。
 佐伯さんによって真似られた口調も全然似ていない。


「言ってない。水鉄砲は他の場所ですれば、って言ったんだけど」
「そうだよ? で、そこに小倉くんも参加――」
「しない!」


 ずばんっと食い気味に否定すると、佐伯さんは衝撃を受けたように目を見開き、がくりと肩を落とした。
 考え方がポジティブすぎて、逆に爽快ともいえる。

 生ぬるい空気と川で冷やされた風がぶつかって、風のほうが勝利する。心地よい風に口もとをほころばせる。

 佐伯さんとは今までそこまで話すことも多くなかった。なのに、不思議と自然体で言葉を返せる。
 その理由は好かれたいと微塵も思っていないからかもしれないけれど、もしかしたら、彼女がありのままの姿で接してくれるからかもしれない。


「……でも、水鉄砲は楽しいかもな」


 俺がそう微かに口の端を持ち上げて言うと、佐伯さんは顔をまた勢いよくあげて、キラキラとした光を瞳に宿した。

 俺が放課後にこの河川敷へくるのは、誰にも気を遣わない気ままに過ごせる時間があったからだ。
 のんびりとはできないけれど、案外佐伯さんは邪魔でもない。
 こんなふうに眩しすぎるのもたまにはいいかもしれない。

 というのが、今の俺のちょっとだけ進歩した結論だ。