ゆるゆると視線を動かすと、同じく掃除当番だった佐伯さんが口もとに笑みを添えてこちらを見ている。
黒板を消していた彼女たちにも、こちらの会話は聞こえていたのだろう。
ロクに話したこともなかった佐伯さんから突然放たれた言葉。それも、俺の行動を見透かして聞こえる。
なんだこいつ。
ふつふつと沸く苛立ちが表情に出ないよう強引に押し込める。
佐伯さんの言葉は、平穏さに逃げた俺をバカにしているように感じた。
浮かべた笑みは俺を惨めだなと嘲笑っているように思った。
「わたしもよく使ってるよー、遊びを断るときに」
「いや、俺はそういうのじゃ……」
加えて言葉を紡ぐ佐伯さんに焦りを感じ、語気を強めようとしたときだった。
彼女の表情が、さっきまでよりもよく見えて、思わず言葉が詰まった。
彼女の瞳には、一ミリも悪意というものがなかった。
冗談を言っただけだと一発でわかるような純粋な笑顔。毒なんて知らないような無垢さ。
悪い意味として捉えていたのは、完全カンペキに、俺の考えすぎだった。
なんだか気まずくなって視線を彼女から地面へ落とす。
まだ箒で掃いていないフローリングにはゴミひとつ見当たらない。
「みなみってば、また空気読めないようなこと言ってんじゃんー」
「ごめんね小倉くん、こいつ察する能力持ってないからさ」
近くにいた友人が口ぐちに言って笑って、ようやく、佐伯さんは自分の発言が失敗だったと自覚したようだった。
「ぁぁぁ……」というか細い声に顔をあげると、彼女はさっきまでの笑顔を焦りに一変させている。
「ほんとごめんね。わたし空気読めないみたいで」
そう謝辞を述べながら何度も手を合わせた。
自称天然が使いそうなセリフだな、と思ったけれど、彼女がそうでないことは一目瞭然だった。
声は震えていて顔色は微かに青ざめて思える。
「やっちゃったねー」とケラケラ笑う彼女の友人たちは、その様子に気づいていないのだろうか。
どうしようもない気持ち悪さを覚えている。
だからかもしれない。
言うはずのなかった、というか言えるはずもない言葉が、気づけば声になってしまっていた。
「そんなに、気にしなくてもいいだろ」
笑ってしまうくらいにありがちだ。
だけれど、不思議と満足はしていた。
そのあとの佐伯さんの反応、なんて、残念ながら記憶に残っていない。けれど、そこは大して重要でもない。
ただ俺はこの一件で、佐伯みなみに〝苦手なひと〟だという判断を下した。
空気が読めない、そう悩む彼女に同情はしたものの、俺にはどうしても理解できなかった。
空気を読もうとするまえになんとなく自分が邪魔だと気づいて、気を遣って、嘘ついて。
そんなふうに行動してきた俺は、彼女とは分かり合えないだろうなーと思った。
決して嫌いなわけではない。
彼女の空気を読めない自分を悔やむ姿勢には、敬意さえ覚えた。
ただ俺は、彼女が苦手だというだけ。
関わらないのが一番だ。
そのときの俺は、そう無難に結論を出した。
黒板を消していた彼女たちにも、こちらの会話は聞こえていたのだろう。
ロクに話したこともなかった佐伯さんから突然放たれた言葉。それも、俺の行動を見透かして聞こえる。
なんだこいつ。
ふつふつと沸く苛立ちが表情に出ないよう強引に押し込める。
佐伯さんの言葉は、平穏さに逃げた俺をバカにしているように感じた。
浮かべた笑みは俺を惨めだなと嘲笑っているように思った。
「わたしもよく使ってるよー、遊びを断るときに」
「いや、俺はそういうのじゃ……」
加えて言葉を紡ぐ佐伯さんに焦りを感じ、語気を強めようとしたときだった。
彼女の表情が、さっきまでよりもよく見えて、思わず言葉が詰まった。
彼女の瞳には、一ミリも悪意というものがなかった。
冗談を言っただけだと一発でわかるような純粋な笑顔。毒なんて知らないような無垢さ。
悪い意味として捉えていたのは、完全カンペキに、俺の考えすぎだった。
なんだか気まずくなって視線を彼女から地面へ落とす。
まだ箒で掃いていないフローリングにはゴミひとつ見当たらない。
「みなみってば、また空気読めないようなこと言ってんじゃんー」
「ごめんね小倉くん、こいつ察する能力持ってないからさ」
近くにいた友人が口ぐちに言って笑って、ようやく、佐伯さんは自分の発言が失敗だったと自覚したようだった。
「ぁぁぁ……」というか細い声に顔をあげると、彼女はさっきまでの笑顔を焦りに一変させている。
「ほんとごめんね。わたし空気読めないみたいで」
そう謝辞を述べながら何度も手を合わせた。
自称天然が使いそうなセリフだな、と思ったけれど、彼女がそうでないことは一目瞭然だった。
声は震えていて顔色は微かに青ざめて思える。
「やっちゃったねー」とケラケラ笑う彼女の友人たちは、その様子に気づいていないのだろうか。
どうしようもない気持ち悪さを覚えている。
だからかもしれない。
言うはずのなかった、というか言えるはずもない言葉が、気づけば声になってしまっていた。
「そんなに、気にしなくてもいいだろ」
笑ってしまうくらいにありがちだ。
だけれど、不思議と満足はしていた。
そのあとの佐伯さんの反応、なんて、残念ながら記憶に残っていない。けれど、そこは大して重要でもない。
ただ俺はこの一件で、佐伯みなみに〝苦手なひと〟だという判断を下した。
空気が読めない、そう悩む彼女に同情はしたものの、俺にはどうしても理解できなかった。
空気を読もうとするまえになんとなく自分が邪魔だと気づいて、気を遣って、嘘ついて。
そんなふうに行動してきた俺は、彼女とは分かり合えないだろうなーと思った。
決して嫌いなわけではない。
彼女の空気を読めない自分を悔やむ姿勢には、敬意さえ覚えた。
ただ俺は、彼女が苦手だというだけ。
関わらないのが一番だ。
そのときの俺は、そう無難に結論を出した。