俺の言葉に目を丸くしていた佐伯は「やったれー!」と笑いながら拳を突き上げていた。


「まあ結局、悠くんの悩みは何かわからなかったけどね」
「別に知ってなくてもいいよ」
「うーそうなんだけどさあ」


 でも気になるじゃん、それに悠くんももっとわたしの言葉で感動してくれたっていいじゃん、わたしばっかりじゃん、とまくし立てている佐伯に苦い笑みがこぼれる。

 感動、と表現するべきなのかわからないこのあたたかい感情だけれど、佐伯に見せるのは、なんだか悔しい。
 話題を変えるように「そういえば」と口をひらく。


「佐伯こそ、人のことよく見てるよな。ほとんど話さない俺のことも詳しくて意外だった」


 河川敷で会った日から、学校へ行ったのは一度だけだ。
 あそこまでの情報に気づけるとは思えないし、クラスでも目立たない立ち位置の俺をそんなに知っているのはなかなかすごい。

 俺の隣になぜか立ちっぱなしだった佐伯は、俺の言葉にちいさく笑って、ぐるんと腕を回しながらしゃがんだ。
 頬杖をつきながら、俺の顔をのぞき込んでくる。


「――入学してすぐの頃にも、悠くんが空気を読めないわたしに『気にしなくてもいいだろ』って言ってくれたでしょ?」


 彼女が思っているのはきっと、俺と佐伯が始めて話した日のこと。
 片隅に残っていたような記憶。
 うん、と頷くと佐伯は嬉しそうに目を細めた。

 ゆるく弧を描いた口元に、どこか朱が差して見える頬。
 いつもの溢れかえるような満面の笑みではない、どこか大人びて見えるやさしい微笑み。
 どくん、と心臓が高鳴るのが分かった。

 だけれど唯一そんな彼女の瞳だけは、やっぱり無邪気に楽しんでいるように映った。


「わたしが詳しかったのはね、ずっと見てきた悠くんだから」


 風鈴の音を思わせる透き通った声で放たれた言葉を、理解するのには時間がかかった。
 その俺の脳処理をさらに滅茶苦茶にするように、佐伯がさらに言葉を続ける。


「わたしは、悠くんのことが好きだよ」


 「な……」と言葉になる前の乾いた声が発せられた。
 頭に血液が一気に押し寄せたみたいに熱くなってくる。
 顔は、きっとやばいくらいに真っ赤っかだ。

 ばくばくと響いている心臓の音は、蝉の鳴き声よりも遥かに大きい。

 してやったり、というようにニッと笑った彼女は頬を赤らめてはいるものの、なぜだか口元を歪めて「ふふふふ……」と覚えのある笑いかたをだ。
 なんだ、と違和感を覚えたその瞬間、彼女が何かを取り出すのが見えた。


「――――う、わあっ」


 ばしゃっ、と顔にかかった冷たいなにかにとっさに目をつぶる。
 無防備だったところへ襲った衝撃で、頭の中がパニックで溢れもうごちゃごちゃだ。

 とりあえず腕で顔にかかったそれををぬぐった。

 冷たい、液体……水?
 まさか――。


「あはははは! 悠くんモロに食らったね!」


 うすく目を開けると、大爆笑の佐伯が目の前に映り込んできた。
 その右手には、どこから持ってきたのかピストル型の水鉄砲。
 そこから水を発射したらしい。

 なんのために? なぜ今?