俺と視線を合わせた佐伯が、少しだけ肩をすくめた。


「――まあ正直ね、ずっと考えてたけど、悠くんがそう言った意味は全然わからないんだよね」


 眉を少しだけ下げた困ったような笑みを見せつつ、「でも」と言葉を繋いで紡いでいる。


「わたしがずっと見てきた悠くんは、まわりに遠慮してるように見えた。それで、人間関係を諦めてしまいたいって、思ってるように感じたよ」


 言葉を慎重に選んでいるのがわかる。
 間違えたことを言わないように、ゆっくりとした彼女の話しかたがそのことを物語っている。

 だけれどそれ以上に、佐伯の言ったことがあまりに的確であったことに驚いた。

 人間関係に不向きな俺は、周りと距離を置くのが得策ではないか、と何度も考えた。

 そんな心の内を覗かれたような奇妙な感覚。だけれど不思議と嫌じゃない。


「だけど、それはおかしいじゃん。人間関係を諦めてるひとが、わたしのことを、あんなに考えてくれるわけ無い!」


 瞳に輝くなにかを宿した彼女は、言葉をひとつひとつぼやかす俺と違って、はっきりと彼女の考えを口にする。

 その後ろには、ぱんっと広がる濁りのない青。
 毎日見ているそれは、今日も、俺の感情を少しだけ傾けさせた。 
 佐伯は、また俺のことを揺さぶってくるのだ。


「悠くんは、優しすぎるだけだよ」


 その言葉はまるであたたかい雨のように心地よく降り注いだ。


「だから、もっとガツガツいってもいいと思う!」


 親指を立てて力強く言う彼女に口元がほころんだ。
 佐伯は、やっぱりすごい。

 俺の悩みを、簡単に吹き飛ばしてくれるのだから。 

 涼成や純矢といるときに感じていた疎外感は、俺自身が歩み寄らなかったからなのかもしれない。
 勝手に壁を感じてしまっていただけだ。

 だって、ふたりはいつもわざわざ俺に声をかけてくれるのだから。

 俺の嘘を知らないふりせず指摘してくれたのだって、壁を作るのが嫌だからだろう。
 俺がふたりに遠慮していたことに気づいていたのかはわからないけれど、それでも何度も遊びに誘ってくれた。

 目の前が晴れたような気持ちだった。
 ずっと晴れていると思い込んでいた視界は、そのことに気づく前よりもずっと狭かったのだと気づく。

 口角を引き上げながら、佐伯に向けて軽い調子で言葉をつむぐ。


「……じゃあ、明日からは涼成たちに迷惑かけまくってくる」


 きっと、俺にとってそれは言葉にするよりも遥かに難しいことだ。
 だけれど、大丈夫。
 今まで涼成と純矢は、そんな俺と仲良くしてくれているような辛抱強さの持ち主だ。

 本当に――いい奴らだと、思うから。
 だからきっと、あとは俺が歩み寄るだけだ。