しばらくの沈黙を経て、佐伯が言葉を紡いだ。


「――悠くんって、意外と人を見てるよね」
「……そう?」


 佐伯の声は、もう震えていないように聞こえた。
 俺の疑問に「そうだよ!」と言いながら、佐伯が身を乗り出して視界に映り込んでくる。
 その表情は、いつもの眩しいほうの笑顔で少しだけ安心する。

 佐伯に俺の言葉はなにか残っただろうか。
 いや、俺は自分が伝えたいことを言っただけだし、自分なんかの言葉で誰かを変えられるはずがない。

 そんな俺の表情を見ていた佐伯は口を軽く尖らせた。


「でも、悠くんって自分のことは全然見えてない」
「はあ?」


 思わず語気が強くなってしまった。
 なぜか心の中がザワザワする。


「この前の悠くんが急用で帰った日あるでしょ?」
「……うん?」


 思わず疑問が口をついで出た。
 急用で帰った日、って俺が分かりやすい嘘を口実にして帰った、あの日?

 まさか佐伯は嘘に気づいていなかったのだろうか。
 気まずい雰囲気のなかで急に用事で帰った、という認識だったのだろうか。

 単純すぎる。
 オレオレ詐欺に秒で引っかかりそうなタイプだ。

 思わず額に手を当てていると、佐伯が不思議そうにこちらを見ている。
 まあ嘘に気づいていない彼女にわざわざ訂正するのは面倒だ。
 話の腰を折るのも申し訳ない。


「……うん、学校休んだ前日だよな。覚えてる」
「そうそうその日! そのときに悠くん言ってたよね」


――『結局、俺の行動ってなんだったんだよ』


 あまり覚えていない。けれど、俺の周りを傷つけないようにしてきた行動で涼成たちを傷つけていて、そのことを考えていたときに意図せずに呟いてしまっていたのだろう。

 思い返してみれば、うっすらと記憶に残っている。


「だから、わたしも悠くんが帰ってからもしばらく考えてたんだよ」
「……なにを?」
「悠くんの行動がなんなのか!」


 勢いよく言って立ち上がった彼女は、俺のほうを振り向いてニッと笑った。
 肩にかかっていた茶色の髪がサラサラと揺れる。

 太陽が当たっていないのに、彼女の髪を明るい色に錯覚してしまう。
 彼女が日陰にいても、息苦しい教室の中でも、そんな姿をやっぱり輝いているように感じてしまうのは、いったいなぜなのだろうな。

 俺が悩んでいることの内容なんて、佐伯が知るはずもない。
 ましては察する能力の低い彼女だ。
 的確なアドバイスがもらえるわけがない。

 ……なのに、なぜだろうか。
 心が、脳みそが、クラクラとしてくるほどになんだか熱っつい。
 暑いからじゃない。どくどくと波打つ血液の音も聞こえる。