よく聞き覚えのある声色。やけにハイテンションな口調。
 だけれど、この穏やかな場所にそぐわない、眩しすぎるオーラ。

 誰なのかがなんとなく分かりながら、恐る恐る声の聞こえた方を振り向いた。


「こんなに暑いのに外にいるなんて、物好きだねえ」


 手で顔をぱたぱたと仰ぎながら、彼女は大きな瞳をきゅっと細めて可愛らしい笑みを浮かべた。

 肩下あたりまであるチョコレート色の髪が風によってふわりと持ち上がる。
 こっちは汗でこんなにベタついているのに、彼女からはそれを一切感じられない。そこから爽やかささえ感じてしまう。
 予想が当たってしまったことに落胆しつつ、彼女の眩しさに目を細める。


「なんで、佐伯さんがここにいるの? 部活は?」
「幽霊部員だから問題ありませーん。それよりも、ラッキーだなあ、小倉くんの秘密基地見つけちゃった」
「静かだから気に入ってたんだ」
「自転車通学だもんねー。いいなあ」


 すぐそばに停まっている俺の自転車を見て、佐伯さんは納得だ、というような表情を見せた。

 彼女は歩いてここまできたのだろうか。
 散歩? 寄り道?
 なんにせよ、この暑さのなか皆は、駅まで歩くことにも苦しんでいるというのに。暑さ感知センサーが壊れているんじゃないか。

 いや、今はそんなことどうだっていい。
 このままでは、俺のオアシスが、この落ち着けるひとときが失われそうだという方が問題だ。
 それも、相手が佐伯さんとなれば尚更。


「いいね、ここ。河川敷なんてこの辺りにもあったんだ」


 ぐるりと周りを見回しながら佐伯さんがこちらに近づいてくる。
 拍子に短いスカートがくるりと揺れて、なんとなく目を逸らす。


「うんいいよな。それに、滅多に同級生が来ないのもいいんだよな」
「おおー、いいねいいね。いいこと聞いたよ、これから毎日通おう!」


 口角を持ち上げて満面の笑みを浮かべる彼女になんでだ、と即座にツッコミを入れたくなる。
 露骨に〝今すぐ去れ〟とアピールをしたはずだろう。
 作戦失敗。というか、最悪の結果。
 ズキズキと重たい頭痛が襲いかかってくる。

 なんとかこちらの気持ちを察してくれ!
 心の中でそう叫ぶけれど「川遊びとかできないのかなー」なんて言ってのほほんと笑っている。

 そうだよなあ。彼女のある欠点を思い出し、はあ、とため息をつく。
 
 彼女、佐伯みなみは、壊滅的に空気が読めないのだ。