「……ごめん、わたし、また余計なこと言った?」


 黙りこくった俺に佐伯が震える声でたずねてくる。
 それを聞いて、だめだなあ、と泣きたくなってきた。

 俺は一体なにがしたいのか。
 自分の周りにだけでもマイナスの感情を持つひとがいて欲しくなくて。
 本音がわからなくなるくらいに、平穏を選択した行動をとってきたつもりだった。

 なのに、佐伯を傷つけて、涼成と純矢も傷つけて。


「結局、俺の行動ってなんだったんだよ」


 本当に、なんだったんだ。
 俺の行動はすべて間違っていたのだろうか。

 誰かに気を遣う俺はひとを傷つけて、それをしない佐伯は周囲に笑顔を咲かせる。
 俺と真逆の行動をとってきた佐伯のほうが、俺にとっては理想の結果を得ている。
 ……なんだそれ。


「――――佐伯。俺ちょっと、用事思い出したから、帰る」
「え」


 逃げるように立ち上がり、佐伯に背中を向ける。
 用事なんてない。俺はまた嘘を吐いてる。

 日陰から出ると、数十分ぶりに浴びた日差しが苦しくて息が詰まった。
 目の前がチカチカしたもので一瞬覆われて、眼球の裏側が痛くなる。

 地面に置いていたリュックを背負いなおし、自転車のハンドルに手をかけたそのとき、後ろから佐伯の声がした。


「悠くんごめん!」


 動揺と焦りが入り混ざった声が追いかけてくる。
 背後から聞こえた音からして、佐伯はすぐ後ろにいるのだろう。 


「いや……俺のほうが、ごめん」


 佐伯はなにも悪いことなんてしていない。
 ただ心配してくれただけだ。勝手に傷ついたのは、俺。

 それ以上言葉を続ければ、理由もわからなく湧いてきた涙がこぼれ落ちそうな気がして下唇を薄く噛む。
 なにも言えず、振り返ることもできずに自転車を押しながら歩を進める。

 自転車に塗装された白色が、光を貯蓄したことでさらに白だ。

 頭が内側から殴られているみたいに痛む。意識がクラクラと揺れる。
 ジリジリと音がする。蝉の鳴き声がなにかと混ざっている。暑さのせいか耳がおかしい。

 微かに上を見上げると、透きとおってしまいそうな空が広がっていた。
 澄んだ青が憎い。
 もう少しくらい曇雲のグレーがあったなら、俺はもっと、楽でいられたかもしれないのに。