今日も、昨日の大合唱を超えてきそうなくらいの蝉の鳴き声が響いている。
 白を多く含んだ青空は爽やかで、朝から白い光を放っている太陽は目を細めたくなるくらいに眩しい。

 校門までの道を続いている桜並木は青々と茂る葉っぱで夏の色。
 入学式の日は淡いピンク色に染まっていたのに、とこんなところでも夏を感じさせられる。

 ざわざわと騒がしい昇降口を抜けて、三階に位置する教室へと足を動かす。
 途中の上り坂だけで体がだる重いというのに、なかなかの苦行だ。

 そして今日はもうひとつ、佐伯と顔を合わせることへの緊張が足取りを重くする。
 人前で話しかけられたりしたら、たまったものではない。
 河川敷でならまだいいけれど、せめて教室では平穏に過ごしたい。


「あ! 悠くん、おはよー!」


 ガララッと教室のドアを開けた途端、佐伯の変わらず明るい声が耳朶を打った。
 俺の平和という願望は、教室に入った一歩目で音を立てて砕け散った。

 友人たちの輪で話していたらしき彼女は、教室の出入り口の前で立ち止まっていた俺のほうまで駆け寄ってくる。

 いっせいに向けられたクラスメイトたちからの、視線、視線、視線!

 頭の中で脳みそが一回転した気がする。クラクラと意識うちのなにかが揺れている。
 これほど消えたいと思ったことはない。

 けれど、このクラスメイトたちの反応も当たり前だ。
 今までできる限り気配を消してきた俺が、突然クラスの人気者に親しげに話しかけられたのだから。


「今日もあっついねー。そういえば昨日のメッセージ読んでなかったでしょ」
「ああ――――うん」
「え、素直! 忙しかったんだーとか言われると思った」
「……うん」
「あと〝佐伯さん〟呼びから〝佐伯〟呼びに昇格しちゃったよー。やった」
「…………うん」


 この場で唯一楽しげに笑っている佐伯がなにかを言っているけれど、それらはほとんど頭に入ってこない。
 クラスメイトたちから「なんだこいつ」と言いたげな視線がビシビシと突き刺さるのを感じた。

 それは当然、好意的なものではない。

 いつもはHRまでの時間ずっと教室は賑やかなのに、クラスメイトたちは皆揃って会話を止め、怖いくらいの静けさでこちらに注目している。

 興味深そうにするひとや、ただただ不思議そうなひと。
 なかには俺のことを睨んでくるひともいる。

 俺が「うん」としか相槌を打っていないことに未だ気づいていない佐伯は、はつらつとした声音を教室に響かせて満面の笑顔を浮かべている。

 教室に漂っているおかしな空気が俺のことを刺してきそうな気がして、夏なのに冷や汗がたらりと流れた。