汗が額を流れた。
 ギラギラと眩しい焦げてしまいそうな日差しは、道路に反射して白く光る。

 でも、自転車にまたがって坂道を駆け降りるこの瞬間だけは、息づらかった暑さも心なしかやわらぐ気がする。
 ようやく放課後だ! という開放感から気分がずっと軽い。
 空回りするペダルを意味もなく全力で漕いだ。

 きっと今が、俺にとって一日のなかで好きだと思える数少ない時間のひとつなのだろう。

 音を立てて制服のシャツがなびき、ぽたんと落ちた汗が袖にグレーの水玉をつくった。
 視界のほとんどを染めている鮮やかな青の空は、雲なんてひとつも見当たらない。
 景色がビュンビュンと音を立てて後ろへ飛び去り、目の前にはようやく夏草が茂る河川敷が見えてきた。


「今日も暑っついな――――」


 ガシャン、と音を響かせながら、河川のすぐそばの高架下に自転車を停める。
 いつも通り、ここには誰の姿も見えない。

 背負っていたリュックからペットボトルを取り出し、きらめく光を一口流し込んだ。

 放課後にこの河川敷を訪れることは、もはや俺の生活のひとつとなっている。
 数ヶ月前――入学してすぐの頃、自転車通学の特権だ! と寄り道をしまくっていた際に見つけた心のオアシス。

 人間関係が下手で、友人との間でもつねに遠慮を感じてしまう。
 家に帰っても両親は遅くまで仕事。だから、いつもひとり。

 そんな心の黒色を感じず、のびのびとしていられるここは、俺にとってなくてはならない場所だ。


「っ、くはあ――」


 ぐんっと伸びをして目をつぶる。

 ミーンミンミンミン、と必死な蝉の鳴き声が耳に届く。
 川の穏やかなせせらぎ。
 緑が揺れて擦れる音。

 それらの奏でる音色は心を楽にさせてくれた。
 駅から距離があることもあり、入学からの約四ヶ月間、この場所で同じ学校の生徒を見かけたことはない。
 喧騒からはかけ離れていて、なにかに気を遣う必要もない。

 ぼんやりと太陽が沈んでいくのを眺めたり、ときには趣味の読書をして。たまに犬の散歩にきたおばさんと言葉を交わす。
 そんな邪魔されずゆっくりと流れる時間を感じているのが好きだった。

 影になっている石畳のところへ移動して、学校で途中まで読んだ小説をひらける。
 その、次の瞬間だった。


「――――ああ、小倉くん! 奇遇だねー!」


 底抜けに明るい声が、閑かだったこの場所の空気をさらりと塗り替えた。
 突然のことにピシリと身体が硬直する。