座った座席は狭く肩がくっつくほど。それに固くて、座り心地は決して良くないけれど長距離馬車ではないのでこんなものか、と思う。
 この時間の馬車は空いていてミオ達以外に乗客は三人。ミオが流れる景色に目を向けると、木々の合間に畑が現れ長閑な田舎の風景が続く。暫く進んだところで道の両脇に小さな門のようなものが見えてきたのでジークに聞けば、町への入り口だと教えてくれた。
 木製の門を潜ってすぐの場所にある停留所で馬車は止まりジークが立ちあがる。二人は馬車を降りてから御者席に向かい声をかけた。
「二人分」
 大銅貨四枚をチャリンと渡す。これが辻馬車の代金の支払い方で、国境から町までの間は大銅貨ニ枚均一だ。
 お金をぴったり払ったはずなのに辻馬車は動かない。どうしたのか思っていると御者がじっとミオを見て、遠慮がちに声をかけてきた。
「あなたが『神の気まぐれ』ですか?」
「……はい」
 曖昧に微笑むと御者はパッと顔を輝かせる。その反応にミオはひっと後退りをした。
「やっぱりそうでしたか。いつか辻馬車に乗ってくれるんじゃないかと仲間と話していたんですよ。いやぁ、初めて乗った辻馬車が儂のだなんて、これは末代まで自慢できるなぁ!」
 白髪まじの赤髭を撫で嬉しそうにそう語る御者に、ミオはプルプルと首をふる。
(いえいえ、私なんて。先代、先先代に比べればそれはもう落ちこぼれのようなもので……)
 そんな大した者ではないのですぅ、と消え入りそうな声で呟くも御者には聞こえない。
 にこにこと笑う御者に曖昧な笑顔で答えているとジークが助け船を出してくれた。
「じゃ、オレ達はこれで。ミオ、行こう」
「うん、ありがとうございます」
「お気をつけて。では「神のきまぐれ」様また儂の馬車にのってください」
「様」は心底やめて欲しいとミオは思った。

 町の真ん中を突き抜けるように東西に大通りが伸び、その中央に噴水がある。噴水から南北にもう一本大通りが伸びていて、その北側の小高い丘の上にあるのが領主の屋敷、南側は日用品を置く店や民家が立ち並ぶ。
 ミオは歩きながらジークから大まかな町の作りを教えてもらった。大通りは分かりやすいけれど、一本路地を入ると細かく分かれている。これは迷う自信しかない。
「辻馬車の停留所は噴水の前にもあるんだけれど、せっかくなら歩きながら町を紹介しようと思って」