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 翌日の昼頃のことである。
 わたしは授業を受けているところだった。だがその日はまったく勉強に身が入らなかった。作戦のことが気になってしょうがなかったのだ。時計の針をずっと気にしていると、窓の外から子供が呼ぶ声が聞こえた。
「レンジ兄さん!」
 わたしはすぐに窓辺に駆け寄った。先生も、クラスの連中も、突然立ち上がったわたしを不思議そうに見ていた。
 だがかまいはしない。
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 二階の窓から外を見下ろすと、校門のところに指を十字にしている子供の姿が見えた。
「どうしたんだね、レンジ君?」と先生。
「気分が悪いので早退します!」
 わたしは元気いっぱいに答えた。すぐにカバンをまとめ、ざわめいているクラスの連中を後にしてわたしは走り出した。廊下を走り、階段を駆け下り、玄関で靴を履き替え、あっというまに校門に走りつく。
「レンジ兄さん、あの子のお父さんがカゴおばあさんのとこに行きました」
「わかった! どうもありがとう。僕は先に走っていくから、君はこのカバンを持って先にマンションに戻ってくれ」
「リョウカイ!」
 その子はカバンを肩にかけ、十字を掲げてわたしを見送った。
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 わたしは全速力で走り出した。
 学校から質屋までは歩いて五分、走って一分の距離にあった。あっという間に質屋の裏手につくと、路地裏にナガイの姿が見えた。
「父親はいまこっちに向かってるとこです。ヒカルが空き地で待ってます!」
「わかった。見つからないように隠れてるんだぞ」
 わたしはまた走り出した。昨日の夜こわごわと歩いた道を、飛ぶように走り抜けていく。
 そして道の半ばで、一人の男とすれ違った。
 ボロのコートを羽織った浮浪者のような男だった。髪はくちゃくちゃ、血走った目はとろんとしていて、そのくせ口元にはニヤついた笑いを浮かべていた。足元は酒のせいでふらついている。
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(たぶんこいつだ……)
 わたしは速度を落とさず、目を合わさずに、道の反対側を走り抜けていった。
 やがて空き地の中に入り込んだ。そこにはヒカルがいた。ヒカルはわたしの顔を見ると、十字のサインを作ってから話し出した。
「さっき出て行きました」
「僕も途中ですれ違った」荒れた息を整えながら、そう言った。
「ヒカル君、周りの様子を見張っててくれ。もしあいつが帰ってきたら、その辺の空き瓶を叩き割ってくれ、その音を聞いたらとりあえず逃げてくる」
 わたしは最後に一息ついた。すっかり息は戻っていた。
 ここからは冷静にやらなくちゃならない。
 わたしはアパートに向けてダッと走り出した。
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 扉に張り付くと、そっとノックをしてみた。
 返事はない。もう一度ノックをしてみた。やはり返事はない。
 そっとドアノブを回す。
 鍵が掛かっている……と思いきや、ノブは意外にもするりと回った。
 汗がでた。いよいよだ。だが、ここから先は計画がなかった。
 誰にどういえばいいのかも考えていなかった。
(それでも、とにかくやるしかないんだ)
 わたしはドアを開き、昼だというのに薄暗い部屋の中に足を踏み入れた。
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「突然でごめん。僕の名前はレンジ。君と話したい事があって来たんだ」
 わたしは誰もいない部屋に向かってそう言った。
 閉ざされたカーテン、部屋の中は酒瓶とゴミがあふれている。
「なぁ、怖がらなくていい。助けに来たんだ。出てきてくれないか?」
 まだ誰も出てこない。玄関には靴が二足、きちんと揃えて置いてあった。
 ひとつは手の平にのるほどの小さな靴、もう一つは赤い色の運動靴だった。
「怪しいやつじゃないんだ、警察とかじゃないけど」
 やっぱり出てこない。まぁそれもそうだ。いきなり知らない人が来たらびっくりするのは当然だ。だが今は時間がない。
 わたしは靴を脱ぎ、部屋の中に足を踏み入れた。 
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 と。そこに美しい女の子がいた。
 年のころはわたしと変わらない、その時はそう思ったが実際は三つ年上だった。髪が長くて、目がパッチリとしていて、唇がまたなんともいえずかわいらしかった。
「あ……」
 わたしは完璧に固まった。見とれることしかできなかった。彼女はボロボロの洋服にエプロンをつけていたのだが、まるでいじめられていたときのシンデレラのようだった。
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 さてさて、褒めるのもその辺にしておこう。
 というのも彼女は、その後わたしと結婚することになるからだ!
 もちろん今もそばにいる。
 そばにいて百人あまりの子供たちの母親となっている。
 それにしてもなんという衝撃的な出会いだったことか!