あたしが死神になって、3年が経った。
その日あたしが天界に帰ると、神様が青い顔をして突っ立っていた。
【……凛音】
神様に死神を付けて呼ばれなかったのは初めてだった。神様の顔が青ざめているのを見るのも初めてだ。
胸騒ぎが突風のように吹き抜けた。
【…天音が、依頼者を庇って、亡くなった】
依頼者。あたしたちが魂を狩り取る人々のことだ。もちろん、依頼を受けているわけではない。
そして、あたしたちには寿命が存在しないが、大怪我をすれば人間と同じように死ぬ。悠久の時は健康に生きればという条件付きなのだ。
「愛空くん、ですか」
彼のことを楽しげに話す天音ちゃんの姿が、克明に思い出される。考えられない事態ではなかった。愛空くんは、事故で重傷を負う予定だったから、特に。天音ちゃんはクラスメイトである彼が依頼者になることを知って、担当に志願した。もしかしたら、あの時から既に──
【凛音。担当の引き継ぎをお願いできるか】
「……はい」
天音ちゃん。
愛空くんに、苦しみながら死んで欲しくなかったの?
でもね、それはあたしも同じだよ。
天音ちゃんに、苦しみながら死んで欲しくなんてなかったよ。
【遠山愛空もかなり憔悴しているから、憎まれ口叩くなんて子供みたいなことするなよ】
「子供ですけど。そんなことしませんよ」
軽口を叩いて、笑ってやろうと思った。
でも、どうしようもなく身体が震えて。
下界に降りていく瞬間、あたしの眦から涙が一粒、零れ落ちた。
「愛空お兄ちゃん」
涼しい風が吹き抜ける木陰で声をかけると、ふっと優しい目をした彼が振り向いた。
「もう8月だね」
「そうだね。暑いなぁ」
「...寂しくないの?お兄ちゃんは」
飄々としている彼に思わずそう問いかけると、寂しげな横顔が目に映った。
「寂しくない、わけないよ」
心配そうな顔をしたらしいあたしを安心させるように、彼はふっと笑って続ける。
「でも、毎日生きてるって思いながら生きるのって、思いの外悪くない」
「...そうだね」
あたしは毎日、死んでるって思いながら生き続けている。生きている自覚を持って生きられる彼が、少しだけ羨ましかった。
「そうだ、凛音」
「なに?」
「凛音はさ、どうやって僕の魂を狩るの?」
「...頭をごっつんこする」
「え?」
「あたしの額と、お兄ちゃんの額で、熱を測る時みたいに」
あたしは自分の額に手の甲を当てて、その動きをなぞって見せる。それを見て、愛空くんは苦笑いした。
「...また随分と風変わりな」
「しょうがないじゃん、自分で決められる訳じゃないんだから」
オーバーに頬を膨らませるあたしを見て、堪え切れずにといった様子で彼が笑う。
「まぁ、良いんじゃない。...最期まで、あったかくて」
最期まで、暖かい。
そんな風に言われたのは初めてだ。
こんなにも優しくて、死神含め他人を大切にできる人ってなかなかいないと思う。天音ちゃんは人を見る目があるなぁ、なんて思いながら、彼女が愛した彼に、もうひとつ問うた。
「愛空お兄ちゃんは、これからどうするの?」
「...そうだね。僕は...うん、日常を限界まで輝かせてみるよ」
「お兄ちゃん、簡単そうで難しいこと言ってるよ」
「うん、知ってる」
愛空くんは額の汗を拭って、真っ白な入道雲に向かって手を伸ばした。
「でも、やるだけやってみるよ。天音が向こうで待ってるらしいから」
彼の横顔は、確かに遠くにいる誰かを見つめるように、どこか晴れやかだった。
そうだね。
きっと、待っててくれているよ。
そんなことを素直に言えるわけもなく、「そう」なんて素っ気なく返したあたし自身の声に、思っていたよりも嬉しそうな響きが混ざっていて驚いたのは、彼には内緒だ。
その日あたしが天界に帰ると、神様が青い顔をして突っ立っていた。
【……凛音】
神様に死神を付けて呼ばれなかったのは初めてだった。神様の顔が青ざめているのを見るのも初めてだ。
胸騒ぎが突風のように吹き抜けた。
【…天音が、依頼者を庇って、亡くなった】
依頼者。あたしたちが魂を狩り取る人々のことだ。もちろん、依頼を受けているわけではない。
そして、あたしたちには寿命が存在しないが、大怪我をすれば人間と同じように死ぬ。悠久の時は健康に生きればという条件付きなのだ。
「愛空くん、ですか」
彼のことを楽しげに話す天音ちゃんの姿が、克明に思い出される。考えられない事態ではなかった。愛空くんは、事故で重傷を負う予定だったから、特に。天音ちゃんはクラスメイトである彼が依頼者になることを知って、担当に志願した。もしかしたら、あの時から既に──
【凛音。担当の引き継ぎをお願いできるか】
「……はい」
天音ちゃん。
愛空くんに、苦しみながら死んで欲しくなかったの?
でもね、それはあたしも同じだよ。
天音ちゃんに、苦しみながら死んで欲しくなんてなかったよ。
【遠山愛空もかなり憔悴しているから、憎まれ口叩くなんて子供みたいなことするなよ】
「子供ですけど。そんなことしませんよ」
軽口を叩いて、笑ってやろうと思った。
でも、どうしようもなく身体が震えて。
下界に降りていく瞬間、あたしの眦から涙が一粒、零れ落ちた。
「愛空お兄ちゃん」
涼しい風が吹き抜ける木陰で声をかけると、ふっと優しい目をした彼が振り向いた。
「もう8月だね」
「そうだね。暑いなぁ」
「...寂しくないの?お兄ちゃんは」
飄々としている彼に思わずそう問いかけると、寂しげな横顔が目に映った。
「寂しくない、わけないよ」
心配そうな顔をしたらしいあたしを安心させるように、彼はふっと笑って続ける。
「でも、毎日生きてるって思いながら生きるのって、思いの外悪くない」
「...そうだね」
あたしは毎日、死んでるって思いながら生き続けている。生きている自覚を持って生きられる彼が、少しだけ羨ましかった。
「そうだ、凛音」
「なに?」
「凛音はさ、どうやって僕の魂を狩るの?」
「...頭をごっつんこする」
「え?」
「あたしの額と、お兄ちゃんの額で、熱を測る時みたいに」
あたしは自分の額に手の甲を当てて、その動きをなぞって見せる。それを見て、愛空くんは苦笑いした。
「...また随分と風変わりな」
「しょうがないじゃん、自分で決められる訳じゃないんだから」
オーバーに頬を膨らませるあたしを見て、堪え切れずにといった様子で彼が笑う。
「まぁ、良いんじゃない。...最期まで、あったかくて」
最期まで、暖かい。
そんな風に言われたのは初めてだ。
こんなにも優しくて、死神含め他人を大切にできる人ってなかなかいないと思う。天音ちゃんは人を見る目があるなぁ、なんて思いながら、彼女が愛した彼に、もうひとつ問うた。
「愛空お兄ちゃんは、これからどうするの?」
「...そうだね。僕は...うん、日常を限界まで輝かせてみるよ」
「お兄ちゃん、簡単そうで難しいこと言ってるよ」
「うん、知ってる」
愛空くんは額の汗を拭って、真っ白な入道雲に向かって手を伸ばした。
「でも、やるだけやってみるよ。天音が向こうで待ってるらしいから」
彼の横顔は、確かに遠くにいる誰かを見つめるように、どこか晴れやかだった。
そうだね。
きっと、待っててくれているよ。
そんなことを素直に言えるわけもなく、「そう」なんて素っ気なく返したあたし自身の声に、思っていたよりも嬉しそうな響きが混ざっていて驚いたのは、彼には内緒だ。