私は、ミレイア・ミレスタ。エクセン王国のレドリー王子に婚約破棄(こんやくはき)された、元聖女。聖女はこのエクセン王国に、魔物の侵入を防ぐ結界を張る役職だ。
 
 しかし、レドリー王子と彼の新恋人ジェニファーによって、聖女の役職をやめさせられてしまった。

(友達のいるシャルロ王国に行こう。そこで別の学校に編入しよう)

 私はエクセン王国の中央都市、リドラードから出て、旅立とうとしていた。

「待ちなさい!」

 後ろから声がした。

 私が振り向くと、そこには年老いた女性が立っていた。

「アルバナーク婆様!」

 私の最も尊敬するアルバナーク婆様(ばあさま)。私の師匠(ししょう)だ。89歳だが、背筋はピンとして、上品なお方だ。

 心配して、私を追いかけてきてくれたのか……。

「どうしても行くのかね?」

 アルバナーク婆様(ばあさま)は残念そうにおっしゃった。

「はい、レドリー王子に婚約破棄(こんやくはき)されたので。聖女の役職も、レドリーとジェニファーによって、やめることになりました」
(おろ)かなことよ。レドリーとジェニファーめ……」

 アルバナーク婆様(ばあさま)は首を横に振った。

「すでに感じるじゃろう? この空気。結界の魔力が弱まっている。お前さんの張った結界の魔力が、弱くなってきておる」
「噂ではジェニファーが、エクセン兵士の軍隊指揮官に任命されるようです。魔物の襲撃(しゅうげき)に関しては、きちんとやってくれるのではないですか? 多分」
「そうだったな。ジェニファーは彼女なりに精一杯やるだろうさ……彼女なりに」

 私たちは苦笑いした。

 ゴゴゴ……。地響きがした。

「何か来そうだね」

 アルバナーク婆様(ばあさま)は言った。

「とてつもなく恐ろしい存在が」
「恐ろしい存在?」
「未来予知をしてごらん」
 
 私はアルバナーク婆様(ばあさま)の言う通り、頭の中でエクセン王国の未来を()た。

「ああっ!」

 私は声を上げた。

 頭の中に、何か恐ろしい存在が浮かび上がった。

「な、なんなんでしょう? 『これ』は」
()えたか」
「は、はい」

 私が()たもの……それはとても美しいものだった。しかし、見方を変えれば、それはとても不気味で、寒気のするほどのものだった。

 それは石のような彫像のような存在だった。そして城のような巨大さ。女性の形をした美しい彫像のようなものだった。

(浮かんでいる……!)

 その彫像のような巨大な存在が、エクセン王国の空に浮かんでいる未来が()えた。

 その素晴らしい芸術家が彫り上げたような巨大な彫像は、まさしく美しい石の美女。しかしながら、脇にも腕が生えており、全部で腕が4本あった。
 
 そして、その存在の背中には黒色の翼が生えていた。

「な、何なんでしょう? この……存在は」

 魔物でもない。魔王でもない。魔女でも、怪物でもない。

 見たことのない、怖ろしい存在。

「……伝説の、(やみ)堕天使(だてんし)かもしれん」
(やみ)堕天使(だてんし)!」

 聞いたことがある! 古代、神代の時代、神の使いの天使たちから、悪の道に()ちた天使だ。いや、天使というより、もう()ちた時点で、悪魔になったらしい。

「そ、その(やみ)堕天使(だてんし)が、エクセン王国の上空に飛来してくると?」
「……分からん」
「その(やみ)堕天使(だてんし)は、エクセン王国に、何をしに来るのでしょう? 対話ですか? それとも?」
「うーむ……」

 アルバナーク婆様(ばあさま)は、考えているようだった。まるで、答えを出すのを怖れているようだった。

「……本当に旅立つのかね? 聖女よ」
「聖女はもうやめましたのよ」

 私はさみしく言った。

「だから、もう自由にさせていただきます。私は友人を探しに行こうと思います」

 ピクリとアルバナーク婆様(ばあさま)は、私を見た。

「……前に話していた、フレデリカという少女か?」
「はい」

 アルバナーク婆様(ばあさま)は、「そうかね」と言った。フレデリカは私が10歳の頃、仲の良かった女の子だ。

「学校はどうする? お前は元聖女だが、学びの最中だ」
「シャルロにも勇者・聖女養成学校があります。そこに編入するつもりです。この際ですから、一から学び直します」
「良い心がけだ。いつでも帰っておいで」

 アルバナーク婆様(ばあさま)は、背を向けて戻っていった。

 ◇ ◇ ◇

 私は街外れにある、飛空艇(ひくうてい)の飛行場まで行くことにした。

 飛空艇(ひくうてい)は魔法の力で飛ぶ、巨大な乗り物だ。

 街から街にひとっ飛び。

 私は友人のフレデリカを探しに、シャルロ王国というエクセン王国の隣国(りんこく)に旅立つことにした。
 もちろん、シャルロの学校に編入するのも目的だ。

「シャルロ王国まで。1名なんだけど」

 私は、飛空艇《ひくうてい》の係員に言った。

「あ~、ダメダメ。今、飛ぶことができないんだよ」

 係員は困った顔をして、飛空艇《ひくうてい》の飛行場を指差した。

 猿のような巨大な魔物が、飛行場をウロウロしている。

 私以外にもお客がいる。皆、飛行場から離れた場所に避難し、困った様子だ。

 あの魔物は……ポイズンモンキーか……。全長3メートルの体格を持ち、爪に毒を持った魔物だ! 

 私が結界を張らずにいる影響が出ているのだ。

「ポイズンモンキーが、飛行場でウロウロしているから、危なっかしくて飛空艇《ひくうてい》を飛ばせやしない」

 係員はブツブツ言った。

「魔物の侵入を防ぐ、結界はどうなっちゃったんだろうなあ。聖女様は、今日は休みなのか?」

 係員はため息をついた。私が元聖女だとは、当然気付いていない様子だ。

(結界は……もうなくなりました。私が、聖女をやめたからです)

 私は心の中で、係員に謝った。

「あらぁ? 見たようなマヌケ(づら)ね? 魔物が現われたと聞いて、急いで来てみれば……まさかあなたがいるとはね」

 聞き覚えのある嫌な声が、私の後ろで聞こえた。

 後ろから歩いてきたのは、レドリーの新恋人、ジェニファーだ。ジェニファーは後ろに、3人の兵士を従えている。

「ジェニファー! まさか、あのポイズンモンキーと戦うの?」

 私は聞いた。

「ええ、そうよ! 私の指示で動いてくれる、エクセン兵士たちの力を試すわ!」

 ジェニファーは胸を張った。兵士たちは、顔を真っ赤にしてジェニファーに敬礼している。
 
 エクセン兵士たちは、美人のジェニファーに、メロメロだった。