妹と歩く、異世界探訪記

 一方ペスカはというと、終わらない朝の稽古を見かねたのか、少し呆れ顔でその一部始終を眺めていた。そして呟く。

「男の子って馬鹿だよね。俺がてっぺんを取るとか、本気で考えてそうだし」

 それもそうだ、夢中になって模擬試合を行っているのだから。とは言え、ペスカとて他人の事をとやかくは言えまい。何故なら前世では、『大陸最強』や『並ぶ者なし』と評されてたのだから。

 それは誰よりも研鑽に励んだ結果であろう。目の前にいる愛すべき馬鹿共は、その渦中にいるのだ。

「頑張れ、お兄ちゃん」

 そうしてペスカは、冬也達が疲れ果てるのを待った。

「お兄ちゃん。言っとくけど、この国の近衛隊は、選りすぐり精鋭なんだよ。代々の隊長は、化け物じみた強い人が選ばれているんだよ。そもそも、近衛隊の隊士と渡り合うお兄ちゃんがおかしいんだよ」
「ペスカ様の仰る通りです。それに、私に傷を負わせる事の出来る者は、数える程しかいない。最後はかなり危なかった」

 そう言うと、シグルドは腕を捲る。捲った腕には、赤い一筋の痣が出来ていた。

「まぁ、それだけ近衛隊長を本気にさせたって事だよ。お兄ちゃん」
「そうですね、ペスカ様。先が楽しみです」

 冬也が起き上れる程に回復すると、シグルドと剣術談義を始める。それに隊士達も加わり盛り上がる。その頃、ペスカは戦車の中へ消えていた。
 冬也の腹が大きな音を立て始めた頃に、ペスカが戦車から戻って来た。

「今日は特別に、ペスカちゃん特製の朝ごはんだよ。さぁ腹ペコさん達、たんと召し上がれ」

 ペスカが作って来た物、それは日本ではありふれた、ただの茶漬けだった。ご飯に白身魚と海苔が乗って、出汁がかけられたシンプルな茶漬けである。
 しかし、隊士達はこぞって御代わりを求め、シグルドは目を細めて頷いていた。冬也は、「旨いよペスカ。やれば出来るじゃん」と褒め、ペスカをご満悦にさせていた。

 ペスカが気を許したのか、その日以降の旅は順調に進んだ。

 ペスカが戦車を暴走させる事は無く、休憩中には冬也がシグルドに稽古をつけられ、時折現れるモンスターは冬也と隊士達が共同で倒して行った。
 ただ、モンスターが現れる度に、とある疑問がチラつく。それは、領都の執務室内で後回しにされた答えであった。

「ところでよ。モンスターが無限に沸くってのは、どういう意味だ?」
「あぁ、それ? 簡単だよ、瘴気のせいだね」
「瘴気?」
「うん。ロメリアが放つ、すっごく星に優しくない成分の事だよ」
「排ガスみてぇな?」
「そんなのレベルが違い過ぎるよ。放って置くと星を破壊しちゃう位の」
「それで、動物が変化する様な異常事態が起こるのか?」
「そうだね。それと、瘴気を取り込んだ動物とかは、何故か増えるんだよ」
「細胞分裂みたいにか?」
「そんな所だね。実際に観察した事が有るけど、キモイの一言だね」
「なんで増えるんだ?」
「そこまでは、わかんなかったんだ」
「そっか。マナ増加剤ってのも、増えちゃうんだろ?」
「あれの用途は、そういう効果を狙ったんじゃないんだよ。簡単に言えばエナドリのパワーアップ版みたいなもん」
「じゃあ、なんでモンスター化とかすんだよ」
「それもロメリアのせいだね」
「はぁ~。わかった様な、わからない様な」
「お兄ちゃんの理解はそれでいいと思うよ」
「ところでさ、準備ってのは? もうすぐ王都に着くんだろ? 大丈夫なのか?」
「ま、それは行ってみてのお楽しみだね」

 そして一行は、順調に王都の前までたどり着く。しかし、直ぐには王都に入らず、正門の近くで休憩をする事になった。目の前まで来ているのに、王都に入らない事を、冬也は不思議に感じていた。しかしその理由は、直ぐに判明した。

 王都方面から、兵と一緒にフードを被り胸の豊な女性が歩いて来る。そして、フードを取り払うと、銅像のペスカそっくりの顔立ちだった。銅像のペスカが動き出したのかと思う程に、体つきも銅像そっくりな美女だった。

「じゃ~ん。これぞ変わり身の術!」
「馬鹿かペスカ! これは身代わりだし、生贄だろ! 根本的な問題は解決してねぇよ!」

 そもそもパレード自体に意味が無いと、思っていたのはペスカであろう。そして、シグルドもペスカと同意見を持っていたはずだ。なのに、何故こんなことを? 冬也の頭には疑問が駆け巡っていた。

 シグルドからすれば、近衛隊の隊長として国王の命を順守するのは当然である。しかし、国王を諫めるのも側近の役目であろう。近衛隊の隊長ならば、そういう位置にいるはずだ。

 実際にシグルドは、王命すら背く覚悟を決めていた。

 確かに、ペスカの懸念している事が正しいのだ。未だロメリアへの対策は何一つ出来ていない。そんな中で襲撃されれば、メイザー領の二の前だ。それだけは起こしてはならない。

 かと言って、国民感情を無視する事も出来ない。如何に大量に兵士を配置し防備を固めた所で、国民は安心出来まい。何故なら、万全の備えをしていたはずの領都が一つ落とされたのだから。次は我が身と考えても、何ら不思議ではない。それはペスカも十二分に理解をしている。

 故にペスカとシグルドは、とある案を思いついた。

 それは、パレードを大々的に行う。そうすれば、住民達は心に平穏を取り戻せるだろう。その一方で、ペスカは兵器開発に勤しむ事だ。
 時間がどれ程に有るかは、全くわからないのだ。寧ろ、直ぐに攻めてくる事も想定しなければならない。ならば、ペスカが独自で動いた方が賢明であろう。
 
「ただよぉ。あんた、どこの誰だか知らねぇけど、こんな真似させられて、良いのか?」
「問題ございません。私はペスカ様やシグルド様の、お役に立てれば充分でございます」

 念の為にと、身代わりになる女性に冬也は話しかける。しかし、女性は真っ直な目で冬也を見つめ、首を縦に振って言い切った。
 
「この子とシグルドが正門から入って、お祭り騒ぎしている頃に、私達は裏門からこっそり忍び込むの」
「裏門の兵には話を通しております。ごゆるりと街へお入り下さい」

 もう決まった事かの様に、近衛隊の面々は段取りを進めていく。それを横目に、冬也は開いた口が塞がらず棒立ちになる。そして調子に乗るペスカと、案外ノリの良いシグルド。

「シグルド殿、お主も中々やるではないか」
「へっへっへ、ペスカ様ほどではございませんよ」
「だから、なんでそんな返し知ってんだよ、シグルドぉ!」

 突っ込み対象が増えたと冬也は肩を落とす。ペスカは満面の笑みで戦車を動かす。二人は、悠々と裏門を抜け王都へ入って行った。
 堅牢な城壁と城門に守られた先は、花の都だった。

 王都リューレは、王城から東西南北の城門へ続く大通りを中心に、四つの区域が定められている。東に貴族街、西に住民街、南に商業区域、北に工業区域、さらに東西を跨ぐ様に大きな運河が流れている。
 運河の川岸には様々な木々や、色とりどりの花が咲き乱れ、人々の憩いの場になっていた。均一の高さで建てられた石造りの街並みは、見た目にも美しく整然としており、通りに植えられた木々が景観の彩りを増していた。

 南門から入り注目を集めるシグルド達に対し、ペスカ達は北門に回り込みリューレへ入る。目的の場所は工業区域の先に有る。パレードのせいか行き交う人は疎らで、時折すれ違う人をギョッとさせていた。

「なあ、ペスカ。王様にも挨拶しといた方がよくねぇか」
「あ~、やっぱりそう思う?」
「そりゃそうだろ。流石に王様を無視すんのは駄目だろ。今後の事も有るんだしよ」
「まぁ仕方ないか。ちょろっと挨拶して、直ぐに王立魔法研究所へ行こう」

 国の関連は全てシグルドに任せてしまえば面倒はない。シグルドの事だ、爽やかな笑顔で首を縦に振るだろう。しかし、その代わり近衛騎士隊長としての面目を潰す事になる。
 せっかく足並みを揃えようとしているところだ。全てを丸投げとは行くまい。そうしてペスカと冬也は、目的地を王城に変更した。

 王城の周囲には、運河から流れる様に堀が作られており、大きな橋が堀の南側に掛けられていた。橋の前後には憲兵が並び通行許可を行っている。
 戦車を堀の横に止め、二人が通行許可を貰おうと憲兵に向かい歩き出すと、頭の中に声が聞こえた。 

 ″そちらではありません。こっちに来るのです″

「ペスカ、何か言ったか?」
「何も言ってないし、何も聞こえないよ」

 尚も憲兵に向かい歩くと声が続く。

 ″そちらではありません。早くこっちに来るのです″

「ペスカ、何か言ったろ」
「あ~あ~! 聞こえないったら聞こえない」

 顔を顰め耳を塞ぐペスカ。続く声の後に頭を抱え蹲った。

 ″無視をすると、罰を落としますよ″

「うぎゃ~! わかった。わかったから。ちゃんと行くから」
「お前、何やってんの?」

 冬也は首を傾げて、ペスカに問いかけた。

「お兄ちゃん。先に行く所が出来ちゃった」
「何言ってんだよ。王様の所に行くんだろ?」
「ほら、お兄ちゃんだって言ってるよ」
「さっきからお前、誰に話しかけてんだよ」

 ″いいから早く来なさい。次はもっと痛くしますよ″

 飛び上がる様にペスカは走り出した。そして冬也は、訝しげな表情で後に着いていく。
 ペスカが向かったのは、橋の近くにある大きな教会だった。ゴシック様式に似た荘厳な雰囲気の教会に、二人は足を踏み入れる。ペスカは修道士に人払いを命じ、礼拝堂へと向かった。

 冬也は訝しげな表情で、ペスカに問いかけた。

「だからさ、早く王様の所に行かなきゃ駄目だろ」
「そんな事は、あの人に言ってよ」

 ペスカが礼拝堂の中央に指を指すと、光が集まり人型を成して行く。やがて現れたのは、長い金髪にスレンダーな体つき、やや童顔な面立ちの光り輝く美女であった。

 突然現れた美女を、冬也は思わず二度見する。美女は柔らかな笑顔でほほ笑むと、冬也に向かい歩き始める。冬也の正面までたどり着くと、美女は冬也に飛びつき早口で捲し立てた。

「あ~冬也君、冬也君、やっと会えた。久しぶりね~。大きくなったわね~。私の背を越したんじゃない? 顔は遼太郎さんそっくりになったわね~。貴方はいつ交信しても、直ぐ忘れるんだから。まぁ、少しおバカな位が可愛いんだけど」
「いや、あんた誰だよ」

 永遠に続きそうな美女の言葉を打ち切る様に、冬也は体から美女を引き剥がして呟いた。見ず知らずでも女性に抱き着かれれば、普通の男性なら少しは喜びそうな状況である。しかし冬也は、あからさまに怪訝な表情を浮かべていた。

 冬也は潔癖という訳ではない。欧米風の挨拶も理解しているつもりである。しかし、会っていきなり抱き着かれ、しかも自分や父親の名前を出されれば、怪しいと思うのも当然だろう。実のところ、問題は冬也にあるのだが、本人は全く自覚していない。

 一方の美女は、冬也に素気無く扱われ、酷く悲し気な表情を浮かべていた。流石に美女を可哀想に思ったのか、ペスカが助け舟を出した。しかしその助け舟は、予想外の展開へと進む事になる。

「お兄ちゃん。女神様だよ、女神フィアーナ様。前に話したでしょ」 
「はぁ? 女神だ? って事はあんたがペスカを巻き込んだ神様か?」

 冬也は女神を睨め付けると、声を張り上げた。その勢いに女神はややたじろぎ、後退りながら返答する。

「誤解よ。冬也君。私がペスカちゃんを助けたのよ」

 冬也とて、これまでの経緯を理解しているつもりである。しかし、納得はしていない。人に宿命を押し付ける神が、何を言い訳がましく口を開くのか、ふざけるな。
 そして尚も女神を糾弾する様に、冬也は激しく捲し立てた。

「大体女神なら、何とかって邪神をあんたが倒せば良いだろ? それを何でペスカに押し付けるんだよ!」
「そうだそうだ~! もっと言ってやれ、お兄ちゃん! 自分はお兄ちゃんに会いたくて、顕現してるくせに」
「ややこしいから、ちょっと黙れペスカ!」

 背に隠れながら、茶々を入れるペスカを叱りつけ。冬也は尚も女神を睨め付ける。女神の表情がどんどん曇っていく。見ていてわかる程に、体を振わせて冬也の視線に耐えていた。

「か、神が人に直接干渉するのは、良くないのよ」
「はぁ? ふざけんなよ! ペスカに干渉してるのは、あんたも同じだろうが! どの口で、人に直接干渉するなって言えんだよ! 他人の喧嘩に割り込むのとは、訳が違うだろうが!」
「だから、何度も言うように」
「あんた、神様なんだろ? それなりの力を持ってるんだろ? なら、なんで神様同士で決着をつけねぇ! それが筋ってもんじゃねぇのかよ!」 
「私ってほら豊穣の女神だし、戦う力無いし。エルラフィアの作物が豊なのは、私のおかげなのよ

 少し前に自らが語った「冬也が馬鹿だ」と言う言葉を、女神自信がちゃんと理解していれば、この後の悲劇は回避出来たのかもしれない。
 もしくは冬也に対し、責任逃れの言い訳をせず、正直に真実を語れば、女神は悲しい想いをせずに済んだのかもしれない。
 だが、それは後の祭りである。既に冬也の表情は、怒髪天を衝かんとしている。

「下らねぇ言い訳してんじゃねぇ! それが戦わねぇ理由になんのかよ! そうじゃねぇだろ! 人間が苦しんでるのを助けてぇ。そんな気持ちが有るなら、なんで自分が動こうとしねぇ! 神様ってのは、あんただけじゃねぇんだろ? 邪神ってのがいる位だからな。他の神様を巻き込めば、邪神くらいは簡単に始末出来るんじゃねぇのかよ! そもそも神様ってのは、人間が太刀打ち出来ない相手だろ? なんで人間に相手をさせるんだよ! 何を望んでるんだよ! そんな無茶振りをしてっから、そんな邪神なんてのがのさばるじゃねぇのかよ! 違うか、あぁ?」
「一応補足するけど、エルラフィアの作物が豊なのは、私の品種改良の成果だよ」
「ちょっと、さっきから五月蠅いわよ。ペスカちゃん」

 再び茶々を入れるペスカに、女神は眉根を寄せて言い放つ。そして、冬也はペスカを庇う様に自分の後ろに隠す。それが気に入らなかったのか、女神は顔をしかめて冬也に問いかけた。

「冬也君。貴方はどっちの味方なの?」
「ペスカに決まってんだろうが。そもそもあんた何なんだよ、さっきから馴れ馴れしい」

 この言葉が、女神への止めとなった。ガックリと項垂れ、女神は崩れる様に両膝を突く。その瞬間、俄かに礼拝堂の空気が騒めき、どこからか雷鳴が轟きだす。
 泣いているのか、女神からはぽたぽたと雫が落ちていた。暫くの間、沈黙が続く。そして女神はゆっくりと顔を上げて、冬也に囁いた。

「冬也君。お母さんの顔を忘れちゃったの?」
「はぁ? おふくろ? おふくろは死んだよ。何言ってんだ? 馬鹿じゃねぇの」

 冬也の言葉は、女神から更に大粒の涙を溢れさせた。教会の外からは、叩きつける様な雨音が聞こえ始める。流石のペスカも、憐憫の眼差しで女神を見た後に冬也へ説明をした。

「お兄ちゃん。あの女神様がお兄ちゃんのお母さんだよ」
「そんな訳無いだろ。それとも死んでこっちの女神になったのか?」
「逆だよお兄ちゃん。女神様が日本でお兄ちゃんを生んだの」

 ペスカの言葉に、冬也は声も出せない程に気が動転した。女神は嗚咽し、ぐずぐずと鼻をすすりながら話し始めた。

 ペスカの転生先を日本に決めた女神は、見知らぬ世界にただ放りだすのは可哀そうだと、安住先をさがした。そんな時に出会ったのが、冬也の父遼太郎であった。
 すぐに女神と遼太郎は恋に落ち、生まれたのが冬也だった。冬也が生まれた後に、ペスカ達の事を遼太郎に託し、女神はこの世界へと戻った。

 冬也は説明を聞かされ言葉を失くしていた。当然だろう、青天の霹靂と言っても過言ではないのだから。女神の説明を信じる事が出来ない冬也は、事情に詳しそうなペスカに助けを求めた。

「俺が神様の子? 何だその勇者設定! 普通を絵に書いたような一般人だぞ」
「まぁ、事実だから仕方ないよね。不思議に思わなかった?」
「なにが?」
「この世界に来ていきなり魔法が使えた事だよ」
「それは、確かにな」
「それにお兄ちゃんは、戦闘用の荷車を一人で動かしたでしょ? かなり訓練した人でも、荷車を動かしつつ、大砲を撃つなんて事出来ないよ。ましてやそんな状態で、あの荷車を丸一日動かしてたんだから」
「ちょっと待て! マナがどうのって、シグルドには使いこなせてないって言わればかりたろ? 多少多いにしたって、お前の謎体操が原因だろ?」
「謎体操、言うな! あの瞑想は、マナをコントロールし易くする修行だよ。シグルドが言ってるのは、普通の人とは次元が違うって話し! 元々、お兄ちゃんのマナ容量は、人間レベルを超えてるんだよ」
「でもよ。親父は言ってたぞ。お袋は居なくなったって」
「それで死んだと思ってたの? 馬鹿なのお兄ちゃんは? いや馬鹿だったか」
「いや、でもよ。俺は普通の人間だぞ」
「あのね、お兄ちゃん。普通の子供なら、パパリンの修行は過酷過ぎて死んでるよ。あれは、虐待とかそういうのを遥かに超えてたんだから」

 言われてみれば、思うところが有る。体は頑丈だったし、怪我の完治は他人よりも早かった。例え骨が折れても、直ぐにくっつくと思っていた。だから無茶が出来た。
 目の前の女神が、母だと言われても実感がない。しかし、ペスカを守る為に生まれて来た。それだけは確かなのだと冬也は確信した。

「そう言う事です、冬也君。わかったなら、母の胸に飛び込んでおいで」
「嫌だよ。馬鹿だろ、この歳になって」

 先程までの涙が嘘の様に、満面の笑みで女神は両手を広げる。しかし、それもまた素気無く冬也に断られる事で、女神は少し項垂れていた。
 しかし、女神は顔を上げ、ペスカに視線を送る。少し真剣な表情になった女神に対し、緊張感をペスカは感じた。

「ところで、ペスカちゃん。ロメリアは、恐怖や悪意の様な感情を食い物にする神って言ったよね。なのにあのざまって」

 ペスカは俯き口を噤む。確かに邪神ロメリア戦では、怒りで我を忘れていた。言い訳のしようがない。そして、女神の説教は続く。

「憎悪に呑まれては駄目。愛よ、愛。後は二人で何とか頑張ってね~」

 そう言い残すと、女神は消えて行った。だがその呆気なさに、暫く二人は言葉を忘れて立ちすくんだ。

「愛で倒せって意味わかんねぇよ。馬鹿だろ、あの女神」
「そうだね。あのロリババア」

 疲れ切った表情で二人が教会から出ると、道は水浸しになっていた。天候まで操れるなら、てめぇが何とかしろよと、冬也は気を悪くしていた。ひとしきり疲れ、重い体を引き摺る様に、二人は王城へ向かうのだった。
 教会を出たペスカ達は、重い足取りで憲兵に通行許可を願い出た。当初は怪訝な顔をされた。それもその筈、ペスカ達の後方には大きな鉄の塊が有るのだから。
 憲兵が警戒するのも無理はない。何せ王都はお祭り騒ぎなのだ。当然だが、その隙を突いて悪事を企む者も出てくるのだ。警戒網が敷かれていてもおかしくはない。寧ろ、ここに来るまでの間に取り囲まれて、尋問を受けてもおかしくない。
 
 ただ、そんな状況になるとシグルドは読んでいたのだろう。自分のサインが入った書状をペスカに渡し、それを身分証明替わりにして欲しいと伝えていた。
 書状を見るなり、憲兵は通行の許可を出す。しかし、表情は硬いままであった。

 そんな憲兵を横目に、ペスカは戦車を走らせ橋の真ん中を堂々と通る。城門を潜ると真っ直ぐ城まで伸びた長い道の両脇には、豪奢な庭園が有り色とりどりの花が咲き乱れていた。

「すっげ~な」
「ここはね私も気に入ってるんだ」
「これって一部の人しか見れねぇんだろ? 勿体ねぇな」
「そうでもないんだよ。月に一度、一般公開されるからね」
「なんだ。ここの王様は意外といいやつなんじゃね?」
「まぁ、良い人である事は間違いないよ。王様としてもね」

 川沿いを走るのもそこそこの時間がかかった。城の敷地は想像以上の広さに違いない。きっと庭園だけではないのだろう。国の重要施設が集合していると考えてもおかしくはない。
 
 感嘆の声を上げる冬也と、それを微笑ましく見つめるペスカ。二人が戦車を走らせていると、やがて庭園は終わり大きな広場が城の入口前に広がっていた。
 二人は入口近くで戦車を停め、歩いて城内へと入って行く。そして入り口を抜けた先には、クラウスが待っていた。

「よっ、クラウス。そっちは無事?」
「多少の襲撃は有りましたが、何とか撃退出来ました。それより、援軍の件は誠に申し訳ありません」
「いいよ。終わった事だしね」
「有難いお言葉、痛み入ります。何にしても、お二人がご無事で良かった」
「クラウスも元気そうだね。シルビアは無事?」
「えぇ。こちらは問題ありません。ところでメイザー領の話は」
「王様の前でも、ちゃんと説明するよ」

 クラウスとの軽い挨拶を終えると、ペスカは冬也に向き合う。そして、下から覗き込む様にすると、上目遣いで冬也に話しかけた。よくある、女性がおねだりをする構図である。しかしこの時のペスカは、どちらかと言えば冬也への忠告であろう。
 ペスカの親族として、連れてきているのだから、滅多な事では叱責を受ける事は無いだろう。だが、宮廷内の作法を知らない冬也の態度が、いつ王や大臣の逆鱗に触れるかわからない。

「お兄ちゃん。ここからは、あんまり目立たない方がいいよ。後、滅多な事では喧嘩を売らないでね」
「当たり前だ! ペスカの顔もシグルドの顔も潰したりはしねぇ。それに、クラウスさんやシリウスさんにも迷惑をかけるしな」
「偉い偉い。取り合えず、王様への対応は私に任せてね」

 クラウスに案内され、ペスカ達は謁見室に入る。謁見室には、エルラフィア王族を始め大臣等、国の重鎮達が顔を揃えていた。
 誰もが暗い表情を浮かべており、謁見室には緊張感さえ漂っている。とても歓迎されている様な雰囲気ではない。
 そんな中で、クラウスとペスカは玉座の前まで歩みを進めると、片膝を突いて頭を垂れる。冬也はペスカ達に倣い同じく片膝を突く。緊迫した空気の中、重々しくエルラフィア王が口を開いた。
 
「皆、面を上げよ。ルクスフィア卿、よくぞ参った。そちらがペスカ・メイザー殿でよいか?」
「陛下、恐れ入りますが少し訂正を。今はペスカ・トウゴウと名乗られております」
「トウゴウ? まあ良い。ペスカ殿で間違い無いのだな。トウゴウ殿、良く参られた」
「陛下。東郷は二人おりますので、私はペスカで構いません」
「そうか、ペスカ殿。そこの者は?」
「冬也・東郷。私の兄でございます」
「フム。早速メイザー領の詳細を報告して頂けないか」

 ペスカは、メイザー領で起きた出来事を詳細に説明した。クラウスが補足する様に、メイザー領境界の状況を説明する。説明を聞き終わる頃、王族を始め一同が眉をひそめた。
 再びゆっくりと王が口を開く。
 
「そうか。モンスターの襲撃に乗じて、ロメリア教残党達の騒ぎが各地で相次いで起きている。各地の領主達は鎮圧に追われている」

 エルラフィア王がそれだけ言うと、少し言い淀む様に口を閉ざす。その表情は明るくない。
 確かに、望ましい状況でない。メイザー領での出来事が、他領でも起こりかねないのだから。そして今のロメリア教徒達ならば、小規模のテロ行為では収まらない様な事をしでかすだろう。だが、ここまでならば、ペスカの想定した範囲内である。

 しかし、大臣が王に告げた事により、事態は一変する。

「陛下。例の話しを」
「わかっておる。実はな、東の帝国が我が国へ侵略を開始した」

 それを聞いたペスカ達は、深い息を吐いた。予想以上に早く、邪神ロメリアが手を打ってきた。今回は、モンスターをけしかけるのではなく、人間同士の争いを起こさせようとしている。
 だが、王の言葉はペスカの想定を遥かに超えるものであった。

「それだけでは無い。北では小国同士の戦争が始まったそうだ。全て二十年前の戦時に参加した国々だ」

 ペスカ達は驚きの余り、言葉が出てこない。

 二十年前と同様に各国で手を取り合い、邪神ロメリアに対抗する予定だったのだ。その目論見が、事前に潰された。邪神ロメリアは大陸各地で戦争状態を引き起こし、大陸中を混乱の渦に巻き込もうとしている。

 しかも東の帝国は同盟の中でも最重要国であり、最大の戦力を誇る国である。その帝国に責められれば、エルラフィア王国とて無事では済まない。
 そこに、以前と同様にモンスターの侵攻があれば、世界が終わる。

 ペスカは隣で膝を突くクラウスを見やる。すると、クラウスも顔を真っ青に染めていた。

 クラウスの傍には、シルビアという諜報員がいる。そして、至る所にアンテナを張っている。そのクラウスが知らないならば、ここ数日に起きた出来事か、信憑性が低い為に報告をしていなかったかの、いずれしかないだろう。
 
 クラウスの表情を読んだペスカは、重鎮達の思惑を理解していた。

 恐らくこの話は、『領主達には告げられず』、『国の重鎮にしか伝わっていなかった』んだろう。周知しなかった理由は、混乱を避ける為で間違いない。しかし、大陸中が戦争へと動き出そうとしているなら、取らなければならない行動が有ったはずなのだ。

 詳細な情報の入手、国同士での話し合いは、先立って行わなければならない。話し合いで解決出来るか否かの判断も当然である。エルラフィア王国が介入し、問題が解決するなら、それに越したことはないのだから。

 同時に、自国の防衛手段も検討する必要があるだろう。領内では、モンスターの襲撃に加えてロメリア教残党達の騒ぎ、国外では戦争となれば戦力が足りる訳がない。
 少なくとも、手足となる人材には詳細を通知し、対処させるべきであったのだ。特に近衛隊のシグルドの様な存在、懐刀と呼ばれるシリウスやクラウスに周知が有っても良かったはず。
 呑気にペスカ達を呼んでいる暇など無いはずである。敵は二重三重の策で、ペスカが来るのを待ち受けていたのだから。
 
 数秒の後、クラウスがエルラフィア王に質問を投げかける。

「陛下。私は、帝国や北の小国の怪しい噂は、耳にしておりません。いったい何が起きたのでしょう?」
「それが全くわからんのだ。開戦も数日前の事だ。突然の連絡に我らも困惑しておる」
「東の帝国の侵略はどの様な状況でしょうか?」
「軽い小競り合いが続いており、今の所大きな被害は出ていない。攻めて引いてを繰り返しておるそうだ」

 エルラフィア王とクラウスのやり取りを、冬也が黙って見守る横で、ペスカは怒りに打ち震えていた。

「ペスカ殿のご意見は如何かな?」
「メイザー領でのモンスター大量発生、各地で残党が起こす騒動、帝国の侵攻、これ等一連が全く関係無いとは思えません」
「すると、全てロメリア神が関係していると申されるのか」
「可能性は高いかと」

 ペスカは煮えくり返る様な思いを抑えつけ、エルラフィア王に答えた。そしてエルラフィア王は、周囲に向かって大きな声を張り上げる。

「取り巻く状況が良くわからなければ、対処も出来ぬ。現在、緊急で各領の代表を呼んでおる。三日と立たずに揃うだろう。そなた等には、これから行う会議に参加して貰いたい」
 ペスカ達は了承し謁見室の退室を許される。ペスカは謁見室から出ると、いきりなり壁を蹴飛ばした。

「あの糞神、やりたい放題しやがって」
「落ち着けペスカ。今は対策を考える方が先だろ」
「だって、お兄ちゃん」

 ペスカが苛立ちを隠せずにいると、兵士の一人が急き込む様に謁見室の扉を開け放った。

「緊急事態です。黒いドラゴンが五体。王都南方の上空に現れました」

 俄かに謁見室内が騒然とする。その声は、謁見室の外まで漏れていた。今の王都ではパレードの真っ最中なのだ、大勢の人がそれを見に詰めかけている。そこを襲撃されれば、大惨事になる。

「近衛隊長殿が指揮を執り、住民の避難とドラゴンの対応に当たっています!」

 直ぐに対処が出来ているのは、流石はシグルドといった所だ。しかしドラゴンが五体ともなれば、シグルドの手勢では足りないだろう。王都の兵達は住民の避難に掛かり切りになるはずだ。

 戦力が足りない。シグルドだけで事態を鎮静化させる事は不可能だ。謁見室内はざわついている。直ぐに判断を下さなければならないというのに。

 そんな中、ペスカは凄みのある笑みを浮かべた。そしてペスカは、つかつかと謁見室に戻ると大声で叫んだ。

「そいつら、私達に任せて貰おうか~!」
「メイザー卿、何を申されるか! 我が国には優秀な兵が!」
「おっさんは黙ってて! 今は陛下に進言させて頂いてる!」
「お、おっさんだと! 小娘の分際で!」
「その小娘がいないと、何も解決出来ない馬鹿が何を言う! 静かにしたまえ」

 その強烈な言葉には強い意思が宿る。そしてペスカは、重鎮達を黙らせると再び玉座まで歩みを進めた。

「陛下、我が兵器ならばドラゴン共を駆逐出来ます。ドラゴンは我らにお任せ下さい。陛下は住民の避難を優先に」

 これが他の者だったら、軽くあしらわれていた所だろう。それがクラウスであってもだ。しかし、その発言をしたのはかつて英雄と称された者である。その英雄が胸を張るのだ。そうそう無視は出来まい。

「メイ、いや、ペスカ殿。本当に任せても問題ないだろうな?」
「はい、この名に賭けて」
「では、ペスカ殿にドラゴン対峙を命ずる。他の者達は民の避難に尽力せよ! 城を解放しても民を受け入れても構わん! 一人の死者も許さんぞ!」

 王の命令に一同は「はっ」と頭を下げた後、執務室を後にする。そしてペスカは入口近くに立っていた冬也達と合流した。

「ペスカ様。魔法兵を連れて来ております、私も協力致します」
「魔法がドラゴンに届くとでも?」
「それは……」
「クラウスは住民の避難をお願い。こっちは私とお兄ちゃんで大丈夫だから」

 クラウスは心配そうな表情を浮かべて、ペスカに頭を下げていた。如何にペスカであろうと、五体のドラゴンを相手にするのは些か重荷だと考えたのだろう。
 しかし、ペスカが言う事も尤もだ。相手は空を駆けるドラゴンだ。地上から魔法を放ったとて、上空へ逃げられるのが落ちだろう。

 理解していても、感情はそうはいかない。しかし、クラウスはそれをグッと呑み込むと、ペスカに一礼してから駆けていった。

「じゃあ、お兄ちゃん。私達も出動だよ!」
「出動って、お前さ。何をするつもりなんだよ!」
「そりゃ決まってるじゃない、ドラゴン対峙だよ!」
「それって、お前が例のでっかい魔法を撃つって事か?」
「やだな。それだと街にまで被害が出ちゃう」
「ならどうするんだ?」
「勿論、大砲で殲滅だよ!」

 ペスカは理解していた。ドラゴンの襲来は、ロメリアがちょっかいをかけて来ているだけなんだと。何せロメリアからすれば、王都の民が大喜びしているのは、面白くなかろう。
 阿鼻叫喚の様が本気で見たいのならば、メイザー領を襲撃した時と同じ事をすればいい。それをしないのは、機会を待っているからだ。
 周辺諸国を焚き付けてから、戦乱へと追い込む。楽しむのはそれからでいいとでも考えているのだろう。

 だから、今回は悪戯程度で済んでいるのだ。しかし、それでも少なからず民衆には被害が出る。それを許すペスカではない。例え王命が無かろうともだ。

 ペスカは冬也の手を引き、駆け足で城内を出る。見上げると商業区域辺りに、黒いドラゴンが旋回しているのがわかる。
 ペスカは冬也の手を引き急いで戦車に乗り込む。そして堀に掛かる橋の前に陣取った。

「よし。お兄ちゃん、魔攻砲発射準備だよ」
「そう言われてもどうやるんだ?」
「そこにモニターがあるでしょ? そこで標準を合わせて。それからマナを充填したら、発射!」
「はぁ? そんな簡単に行くかよ! 俺が運転して、慣れてるペスカが撃てよ!」
「大丈夫。お兄ちゃんが絶対当たると思って発射すれば、多少ずれても追尾して命中するから」
「そんなもんか?」
「いい? 魔攻砲を撃つ時は魔法と違って、過程じゃなくて結果を重視すれば良いんだからね」
「結果?」
「そう。魔攻砲を発射する工程は、機械が自動的に補ってくれるの」
「それで?」
「だからお兄ちゃんは、当てる事とドラゴンが四散する事を意識してマナを籠めて」
「う~ん、何となくだけどわかった。要するに、あの化け物がバラバラになるって考えりゃあ良いって事だよな?」
「そう。じゃあ、よろしく!」
「よし。任せろペスカ」

 冬也は主砲の操縦席に乗り込むと、モニターを覗き込む。モニター操作のレクチャーは既にされてある。冬也は手早くモニターを操作すると、主砲発射の準備を急いだ。
 
 これに似た物は、既にメイザー領襲撃の際に使っている。これは、それより操作が簡単だ。モニターに映る標的に向かってカーソルを引くだけ。これならば、一兵卒でも出来よう。
 ただし、重要なのは籠めるマナだ。少なければ威力は弱くなるし、多ければそれなりに威力は高くなる。
 そしてペスカは言っていた。結果を大切にしろと。それは魔法とは違い、工程を詳細にイメージしなくても済むという事だ。
 それならば目一杯のマナを籠めて、ひたすら爆散させる事だけをイメージしたらいい。

「お兄ちゃん、準備良い? 魔攻砲発射、てー」

 ペスカの掛け声と共に、冬也は魔攻砲を撃つ。魔攻砲は、すこし狙いがずれて飛ぶが、誘導された様に命中すると、ドラゴンを消し飛ばした。

「第二射、よ~い。て~」

 一方冬也は、二射目も見事に命中させて、ドラゴンを消し飛ばす。続けて連射し、残りの三体も見事に消滅させた。

「よっしゃ~!」
「ナイスお兄ちゃん! ちょっと、すっきり~!」

 ☆ ☆ ☆

 一方で、シグルドは声を張り上げて指揮していた。

「避難誘導を優先しろ!」
「避難ですが、何処へ?」
「王城に決まっている! それと他の区域にいる者達も避難させろ!」
「はっ!」
「落ち着かせる様に、声をかけ続けろ! いいか! 怪我人は出すなよ!」
「シグルド様。ドラゴンは如何に?」
「あれは、まだこちらの様子を窺っているだけだ。今の内に急げ!」

 兵士達は慌ただしく動きながらも、混乱する民衆を宥めながら王城へ先導している。あわやパニックになり、我先にと誰もが逃げ出しそうな状況にも関わらず、そうならないで済んでいるのは兵士達が優秀であるからに他ならない。

 但し、上空を旋回しているドラゴンが、いつ攻撃態勢に入ってもおかしくはない。事は迅速を要する。そんな緊迫した状況の中で、いち早く伝令に送った兵士が戻って来る。

「報告。城門を開いて住民の避難を急げとの事!」
「やっている。それ以外は?」
「ペスカ殿がドラゴンを退治なさるとの事です!」
「そうか、ペスカ様が。よかった。これで何とかなる」

 その報告を受けた時、シグルドの表情が少しだけ綻んだ。

 住民を盾に取られては、戦いすら出来ない。しかも相手は空を飛んでいるのだ。こちらの攻撃がどの位通用するかもわかったもんじゃない。しかし、住民を一か所に集めて守りやすくすれば、きっとペスカ様ならば。
 それがわかっているからこそ、ペスカの行動に安堵したのだろう。後は優先すべき事に注視すれば良いだけなのだから。

 それから直ぐだった、大きな音が王城辺りから聞こえたのは。その音が聞こえてから、また直ぐに上空では一体のドラゴンが四散したのが見えた。
 その後直ぐに大きな音が何回も聞こえる。そして、空を旋回するドラゴン達は全て消滅していった。

 それを見た一部の民衆から歓喜の声が上がる。それは瞬く間に広がっていく。まさしく危機に際して訪れる英雄の再来であった。
 ドラゴンを退治した後、冬也は少し首を回す様にして緊張をほぐす。そしてペスカは操縦席で背を伸ばしていた。

「ん~」
「多少の憂さ晴らしは出来たかよ?」
「おぉ、流石はお兄ちゃん。私の事をよくわかってる」
「まぁな。お前、王様の所ですげぇ我慢してたからな」
「ホントは今直ぐにロメリアをぶっ飛ばしたいけどさ」
「それが出来るなら、苦労はしねぇって事だよな」
「そうなんだよぉ~。ホント辛いよ、お兄ちゃん」

 ドラゴンを一掃し鬱憤を晴らしたペスカと冬也。二人が戦車から顔を出すと、二人が操作した兵器について問いただそうと、王族や重鎮達がペスカに慌てて群がって来た。

「ペスカ殿、その兵器はいったい?」

 それもそうだろう。大陸中が戦争状態に陥ろうとしている。国内ではモンスター騒動が起ころうとしている。迫りくる危機に対して、ただ頭を悩ませていた所に、降って来た超兵器なのだ。指をくわえて見ていられるはずがない。
 沈んだ表情の謁見とは打って変わって、目をギラつかせながら迫って来る大人達は、ペスカからすればさぞかし気持ち悪かったに違いない。

「後ほど王立魔法研究所から、報告をさせますので」

 説明を面倒がったと言うより、怖かったのだろう。ペスカは逃げる様に戦車に乗りこんだ。そして慌てて引き留める重鎮達を尻目に、ペスカ達はその場から逃げるように王城から去った。

「ペスカ、一応聞くけど魔攻砲自体はこの世界で普及してるんだよな」
「うん、改良前のなら。生前の私が開発した物だからね。」
「じゃあ、この戦車は?」
「うふ。こんな現代兵器が、この世界に有るわけ無いでしょ」
「完全にオーバーテクノロジーじゃねぇか! お偉いさんが慌てる訳だよ」
「今更なに言ってんの。シグルドだってスルーしたのに。それに役に立ったでしょ」
「これ、どう説明するんだよ」
「王立魔法研究所には、生前の知り合いが居るから上手い事やるよ」

 冬也が頭を抱えて座り込む中でペスカは颯爽と戦車を動かし、本来の目的地であった王立魔法研究所へ向かう。

「所でさ、その何とか研究所ってのはどういう所だ?」
「それはね。魔法と魔法工学から兵器の開発までやってる国の重要施設なんだよ」
「それで? やっぱりお前が関係してるのか?」
「勿論だよ。だって、私がいたから研究所はおっきくなったんだし」
「要するに、オーバーテクノロジーの本拠地って事か……」
「だからね、国の重鎮でも王様の許可が無いと入れないんだよ」
「じゃあ俺達も入れねぇだろ」
「私は別だよ。関係者だし」
「元だろ?」
「そうそうって、おい!」

 他領でも盛んに製造販売されている生活用魔法道具は、全てここで研究開発されたものであった。そこで開発された物は工業区域内で製造され、各領地に新製品として出荷されている。
 製造されているのは、生活用魔法道具工場と魔攻兵器工場の二種類で、多くの王都住民が働いている。民営の生活用魔法道具に対し、魔攻兵器工場は国営で、王が指定した貴族達の管理下に有る。
 
「まぁ、研究所では色々頑張ったんだよ。因みにドルクもここの研究員だったんだよ」
「あの可哀想なおっさんが?」
「勝手にライバル扱いされてたけどね」
「遠目から見てもけっこうデカいな」
「そうでしょ。屋外実験とかやるから、敷地も広いんだよ。それに研究員はこの敷地内に住んでるからね」
「壁が高くて、中の様子はわからないな」
「そりゃあそうだよ、機密施設だし。研究員だって、簡単になれたりしないんだよ」

 研究所に近付くと、先ずは周囲を囲む壁の高さに圧倒されるだろう。それは、機密施設だからだけではない。万が一、実験が失敗して暴発等を起こした際に、周りに被害が及ばない様にする為の措置でも有った。

 その次に驚くのは、厳重な警戒であろう。正門には必ず衛兵がおり、訪れる者達を監視している。壁の周りにも衛兵が何人も見回っているのが確認出来る。
 これだけでも、王立魔法研究所が如何に重要施設かがわかるだろう。

 こうして話をしている間にも、ペスカ達は研究所の正門に辿り着く。そしてペスカ達は運転席から顔を出し、衛兵に声をかけた。

「連絡が入ってると思うけど、ペスカだよ」

 ペスカの言葉に、衛兵は急ぎ王城へ連絡を取る。だが、衛兵から入門許可が出るのには、そう時間はかからなかった。更にペスカは所長を呼び出す様に指示をする。暫くしてから衛兵が門を開けた。

 中央には五階建ての建物と大きなアパートに似た建物が鎮座している。建物の周りは大きな広場となっており、あちらこちらに陥没している箇所が見受けられる。

「あれが研究所か?」
「そう。それと、研究員の住居だね」
「結構デコボコしてるな」
「それは実験の結果だね」
「派手な実験をしてんだな」
「研究所内で出来ない様な実験は外でやるしかないしさ」
「当たり前っちゃあ当たり前か」
「後で案内してあげるね」
「おう。ちょっと、ワクワクして来た」

 そして広大な敷地内を移動し、ペスカは研究所の入り口近くに戦車を停めた。古巣が懐かしかったのか、ペスカは戦車を勢いよく降りる。対して冬也は、荷物を抱えてゆっくりと戦車から降りた。

 二人が戦車から降りると、研究所から出て来る集団が見えた。ほとんどの者はボサボサの髪によれた服の薄汚れた風体だったが、一人だけ身なりの整った白髪で豊かな髭を蓄えた老年の男性がいる。ペスカは集団に向かい、大きく手を振りながら声をかけた。

「お~い! 所長~! 元気~?」

 飛び跳ねながら、ペスカは集団に呼びかける。相反する様に、集団はゆっくりと近づいて来る。そして老紳士は、ペスカを見定める様にじっと見つめていた。手が届くほど近づいた頃、老紳士はペスカに話しかけた。

「まさか、ペスカなのか? いや、そのマナの感じ、ペスカに間違い無い。あぁ、久しぶりだ。また君に会う事が出来るとは」
「流石所長! 良く判ったね。久しぶり」
「連絡は受けてたが、小さくなったな」
「成長途中なんだよ!」
「ペスカ、その人は?」
「ごめん、お兄ちゃん。この人はマルクさん。この研究所の所長で、名誉侯爵。所長、この人は私のお兄ちゃん」

 紹介を受け、冬也とマルクは挨拶を交わす。だがマルクの視線は、直ぐに戦車へと移る。やや険しい表情で戦車を見ると、ペスカに向かい声をかけた。

「ドラゴンを撃墜させたのは、この兵器だな? うむ、色々聞かせてくれるんだろ? 君の事やこの兵器の事もな」

 マルクに先導されて、研究員達が研究所へ戻る。ペスカは荷物を冬也に任せ、マルクの後へ続いた。

「さて、せっかくだ。冬也君、施設を見て回らないかね?」
「あ~、それは私の役目なのに~」
「そうだったか。すまん、すまん。では一緒に案内するとしよう」
「よし、じゃあレッツゴー」
「レッツゴーって、最近聞かねぇよな」

 こうして研究所に入るなり、冬也はペスカとマルクに先導される様に、施設内を巡る事になった。

「一階はワシの部屋と事務関連の施設だな」
「研究員の休憩室とかもあるよ」
「まぁ、わかりやすい配置だな。ところでマルクさん。ここではどれ位の人が働いてるんだ?」
「ざっと百人くらいかの。工場や領地に出向している者もおるし、総勢で三百といったところか」
「結構多いな」
「一流企業並みでしょ?」
「基準がよくわからねぇよ」 

 一階をざっと見た後は二階への階段を昇る。やや平然としていた一階と比べ、階段の途中からでも騒がしいのがわかる。

「二階は魔法の研究をしてて、三階は魔道具の研究をしてるの」
「ここに従事している研究員が一番おおいかの」
「だからにぎやかなのか」
「大体の魔道具は、ここで開発された物なんだよ」
「で、それもお前の仕業ってか?」
「そうだよ、エッヘン」

 あちらこちらを飛び回っている研究員、机に置かれた紙とにらめっこしている研究員、はたまた怒声を上げながら議論を交わしている研究員と、様々で賑やかだ。
 ここが経済を支える中心なのかと思えば、感嘆の言葉さえ投げかけたくなる。

「因みにこっから上は、一般の研究員は立ち入り禁止なの」
「なんでだ?」
「それは、ここから上が兵器の開発を行っている場所だからじゃな」
「兵器? 魔攻砲とかか?」
「魔攻砲をしっているかね? いや、ペスカと一緒におったのだから当然か」
「それとペスカ。君の遺言通り、研究室はそのまま残してある」
「さっすが所長! ありがと~」
「それにしても、君は生まれ変わっても相変わらずなのだな。もう淑女と言って良い年だろう。もう少し言動に気を付けられないのかね」
「はっはっは~。仕方ないよ。人がそんなに変わるもんかね~」

 四階は流石に二階や三階の様な喧噪は無かった。私語禁止という訳ではなかろうが、あまり大声で内容を喧伝していいものでもない。
 だからだろう、どの研究員も黙々と己の作業をしているのが見て取れる。上階の実験室から聞こえてくる音が、良く聞こえる位だ。

 中にはこちらの世界に来て冬也が見た兵器も、ちらほらと置かれている。何に使うのか用途が計り知れない物も置かれている。
 それはそれで興味を惹かれるが、ここに長くいては研究員達の迷惑になりそうだ。
 
 そうして一向は、マルクに先導されて所長室に通される。マルクは人払いをした後、テーブルを挟みペスカ達と向かい合う様にソファーに座ると、会話を始めた。
 会話の口火を切ったのは、冬也だった。自分の妹が凄い事は既に承知の上だ。しかし、この施設と働く研究員を見た後に出る感想は、もっと違うものだった。

「所長さん、この馬鹿は何者だったんですか?」
「うむ。この子は私の教え子だったんだよ。数多い教え子達の中でも、飛び抜けて優秀でね。今この研究所で行われている研究は、この子の研究が元になっている物が多い」

 従来、王立魔法研究所は魔法研究室として王城内に有り、新しい魔法やマナの効率化、マナを補充するポーション等の直接魔法に関係した研究を行っていた。

 魔法研究室の室長を務めていたマルクが、たまたまメイザー領を訪れた際に、若くして魔法の扱いに長けていたペスカを見つけ勧誘し、魔法研究室の研究員とした。マルク指導の下、ペスカは次々と生活に役立つ魔法道具を開発し、魔法道具は爆発的に広がって行った。
 それに伴い、スラム街であった北地区を区画整理し、多くの工場を建て魔法道具の生産を行った。

 ペスカが開発した魔法道具は、貧困層の労働環境を改善しただけで無く、王国の経済を著しく上昇させた。その状況に気を良くした当時の王族は、ペスカに兵器開発を命ずると共に、魔法研究室を王立魔法研究所と改め、広大な敷地を持つ五階建ての研究所を建設した。
 尚、研究所でペスカが開発した魔攻砲と呼ばれる兵器は工場で大量生産され、二十年前の悪夢と呼ばれる事件の際、モンスター討伐やロメリア教徒の掃討に活躍した。

 マルクの説明が終わると、冬也は息を深く吐く様に呟いた。

「はぁ。そうですか」
「いやいや、お兄ちゃん。そこは私を褒め称えて、撫で撫でする所でしょ」
「しねぇ~よ、馬鹿」

 兄妹が微笑ましいやり取りをしている中、マルクは冬也をじっと見つめていた。その視線に気が付かない冬也ではない。しかし、値踏みしている様な嫌な視線でもない。だから冬也は、それを気にしない様にしていた。
 
 しかし、何かに満足したのか、マルクがゆっくりと口を開く。

「ふむ、冬也君。君のマナ保有量も相当な物だな」
「俺が? わかるのか? いや、わかるんですか?」
「口調は直さんでもよろしい。それにワシは名ばかりの貴族だ」
「所長は貴族って感じがしないよね」
「それは君もだな、ペスカ」
「それより、俺を見て何を感じたんだ?」
「いや、お兄ちゃん。所長の説明を聞いてなかったの?」
「聞いてたぞ」
「なら、わかるでしょ? 私をスカウトしたのが所長なんだよ。お兄ちゃんのマナだって、見ればわかっちゃうんだよ」
「特殊能力みたいなもんか?」
「いや、それとは違う。魔法を長く研究していると、他人のマナが良く見える様になるのだよ」
「はぁ、そりゃあすげぇな」
「さて、君の出自は敢えて問わぬ事にしよう。それでペスカ、今度は君が説明する番だよ」

 マルクは待ちきれないとばかりにペスカに問いかける。そしてペスカはやや間を置いてから、メイザー領の状況や邪神ロメリアの関与等をマルクに報告すると共に、日本の現代科学や発達した文明、そして近代の兵器についての説明を行った。

 マルクは始めこそ、訝しげな表情でペスカの説明を聞いていた。しかし、次第に目を輝かせる様になっていく。特に文明の発達や兵器の進歩については、質問を交える等と盛り上がりを見せていた。

 それが机上の空論や妄想の類でない事は、十全に理解をしていた事だろう。何せ、数時間前に起きた黒竜の襲撃では、謎の爆発によって黒竜が消滅したのだ。そしてペスカの乗り付けた戦車を目の当たりにしている。
 最後は、ペスカの論理立てた説明に、感嘆の声さえ上げていた。

「ふむ。理解が及ばない物もあるが、素晴らしいな! で、君は一体我々に何をさせようと言うのだね」

 マルクの問いにペスカは即座に反応する。荷物を取り出すと、中身をテーブルにぶちまけた。だがテーブルに撒かれた品々を見て、マルクは目を剥いた。
 ペスカが持ち込んだ物は、アサルトライフルにロケットランチャー、各種弾丸、手榴弾、それと各種設計図だった。

「お前、なんて物を持ち込んでんだよ!」
「近代兵器ってやつだよ」
「で、こんなのいつ作ったんだよ!」
「車を改良するついでに、ちょちょいとね」

 これには流石の冬也も、びっくりして声を上げた。当然だが、冬也は兵器の類を映像でしか見た事がない。勿論、触れた事なんて一切ない。故に、例え図面を見ようとも、現物が無ければ何の設計図かはわからない。

 しかし、実物がそこに有るのだ。訓練された者でなければ、決して一人では触ってはいけない兵器の数々がテーブルの上に並んでいるのだ。

 この世界には魔攻砲なんて、とんでもない代物があっても、肉弾戦と魔法が主流である。兵器の進化を何段階も飛ばす事を覚悟の上で、これらを設計したのなら、ペスカはどれだけの事を想定しているのだろうか。
 
 冬也の驚いた顔を見ると、ペスカは少しはしゃいだ様な声で、マルクに説明し始めた。

「アサルトライフルとロケットランチャーは百丁、弾丸はそれぞれ一万、手榴弾は千個用意して。弾丸に込める魔法の術式は、設計図に書いてあるからその通り作って。期限は一週間!」
「これが、先ほど話してくれた兵器か? 凄いな! しかし、期限が一週間とは……。 いや面白い!」
「研究所も工場も一旦作業を中止して、生産に取り組んでね」
「あぁ。君が言うのだ、任せたまえ。工場の管理している貴族達には、私から話を通しておく」
「話が早いね所長。ついでに戦車の報告を陛下によろしくね」
「戦車とは、君が乗って来た兵器の事だね。後で見せてもらった上で報告しておこう」

 マルクの対応の良さに、圧倒された様に固まる冬也だったが、訝しげな表情でペスカに問いかけた。

「お前、何を企んでるんだ?」
「私の予想が正しければ、これからの戦いはこれで勝てる!」
「何にだよ!」
「これから起こる戦争にだよ」
「もしかして、攻めてくる国ってのと戦う気か?」
「やだな~、人殺しなんてしないよ。戦争を止める為にこの兵器が沢山必要なんだよ」

 捲し立てる冬也を横目に、マルクはじっと図面を見つめていた。そしてぽつりと呟く。

「確かにな。これならば、戦争を回避出来るかもしれない」
「はぁ? マルクさんまで何を言ってんだ!」
「冬也君、よく聞きたまえ。君は周辺各国が我が国の領土欲しさに戦争を企んでいると思っているのか?」
「そんなのわかんねぇよ」
「いい、お兄ちゃん。これはロメリアの仕業なんだよ」
「どういう事だ?」
「ドルクを思い出して。あいつはロメリアに洗脳されてた」
「今攻めて来てる国ってのも、洗脳されてるって事か?」
「そう。だから、その洗脳を解いちゃえば戦いにならないって事だよ」

 恐らく冬也は完全に理解はしてまい。そんな冬也を横目に、ペスカは笑顔で高笑いをする。そしてマルクは、未知の兵器作成に意欲を燃やす。そんな二人の姿を、不安にかられる様に冬也は見つめていた。
 ペスカはアサルトライフルやロケットランチャー等を、マルクに設計図を見せながら詳しい説明を行っていた。そしてマルクは終始目を輝かせていた。

「うむ。長年の課題だったマナの消費をこうやって抑えたのか」
「そうそう。現代文明の勝利だね」
「これなら量産して、各兵士に持たせてもよさそうだな」
「そうだね」
「そうすると、弾に籠める魔法は依頼の物だけじゃなくて、殺傷力の高い物も容易した方が良さそうだな」
「モンスター対策って事? 出来ればお願いしたいな」
「勿論だとも。それも早急に対処せねばならん課題だ」

 持ち込んだ武器の説明が終わると、研究室から出て戦車へ向かい、戦車の詳しい説明を行う。ここでも、マルクは質問を行いながら、一つ一つ嚙みしめる様に説明を聞いていた。
 一通りの説明が終わると、マルクは深く息を吐き呟いた。

「凄まじい技術だな」
「そうでしょ」
「ペスカ。この居住空間は必要なのか?」
「軍に配備する用なら、必要ないね」
「それなら少しは車体を軽量化出来るな。それでもまだ重そうだ。この車輪では支えきれまい」
「今回は魔法で軽量化してあるよ。そっちの改良はこれから。設計図だけでよければ直ぐに書くよ」
「うむ、楽しみにしている。それに、これなら陛下に報告しても問題は有るまい」
「それと、改良が終わったら報告するから、量産体制も整えておいてね」
「承知した。報告の際に、私から陛下の許可を取っておこう。駄目だとは仰るまい」
「武器関係の試作品が完成したら、試射をするからね。その時に、操作方法も教えるよ。近衛の人達も呼んでおくと良いよ」
「わかった。それも手配をしておこう」

 ペスカとマルクの会話は、正に技術者同士の会話であった。

 たかが十代の少女が、実用レベルに達する各種兵器の設計図を書ける時点で、驚嘆すべきだ。しかも、ペスカはこの世界に適用する形に、兵器の設計をしている。
 例えばこの世界では、未だ火薬は発明されていない。魔法が有る為、火薬の必要が無い。ではライフルや手榴弾はどうやって起爆させるのか。それは魔法である。厳密にいえば、魔石に魔法を籠める事になる。
 現代兵器と魔法を融合させた技術を形にするペスカは、正しく天才であろう。ただ、それを理解するマルクも只者ではない。当然、冬也が割り込む余地など無い。

「それでは、ワシはこれで失礼する。やる事が山積みになって来たしな」
「悪いね、所長」
「構わんよ。それより時間があれば、他にも道具の話が聞きたい」
「は~い。それじゃお兄ちゃんはどうする?」
「あ~、そうだな。シグルドから訓練に誘われているけど、それ以外にやる事ねぇな」
「冬也君、修行も良いが私の手伝いをする気は無いかね?」
「構いませんが、俺に兵器の知識は無いですよ」
「問題無い。君に期待しているのは知識ではなく、マナの保有量だ」

 顔を綻ばせマルクは、研究所に戻って行く。マルクから指示され、研究員達が俄かに動き出す。
 ペスカは自分の研究室での勝手をマルクから許可され、冬也はマルクから指示が有るまでペスカを手伝う様に言い渡された。しかしペスカと冬也が、研究室に荷物を運んでいると、天井から声が聞こえてきた。

「緊急、緊急、黒いドラゴン三体が王都上空に発生。黒いドラゴン三体が王都上空に発生」

 天井からのアナウンスを聞き、冬也は目を皿の様にしてペスカを見る。

「魔工通信の応用だよ。荷車に着いてたでしょ」
「ちげ~よ。ドラゴンだよ、ドラゴン!」
「わかってるって。行こっか!」

 アナウンスが出来る機械が有る事にも、当然ながら驚いてはいたのだ。それよりも、こんなに早く次の襲撃が有るとは予測していなかったのだろう。
 しかし、ペスカはそうでも無かったらしい。荷物を研究室に放り込むと、冬也を先導する様にペスカ達は戦車に乗り込む。
 そしてペスカ達に釣られる様に、マルクを始め研究員達が研究所から出て来た。

 上空を見ると、王都北側に集中しドラゴンが上空を旋回している。数は、前回の倍はいる。今のペスカ達には、ただのドラゴンは脅威にもなるまい。

 前回の様に主砲のスクリーンにドラゴンを映すと、冬也はマナを籠める。やり方はもうわかっている。絶対に撃ち落とす。そんな覚悟で狙いを定めた。
 
「お兄ちゃん、やっちゃえ! 魔攻砲発射よ~い、てー」
 
 ペスカの合図に合わせ、冬也は魔攻砲を放つ。光の球が真っすぐとドラゴンに飛び、命中し粉微塵にする。研究員達からどよめきが上がった。

「お兄ちゃん、腕を上げたね。よ~し。二射目よ~い、てー」

 冬也は最初に撃墜した隣を飛んでいたドラゴンに狙いを定め、魔攻砲を放つ。光の球がドラゴンへ飛ぶが、ドラゴンは急旋回し回避行動を取る。しかし、光の球はドラゴンを追う様に飛び、後部に命中すると粉微塵にする。そして研究員達からのどよめきは、歓声に変わる。

「お~、やるね! どんどん行こ~! 三射目よ~い。てー」
 
 冬也は撃破した二体より少し遠くに旋回するドラゴンを狙い、魔攻砲を放つ。攻撃を避けようと、スピードを上げ旋回し続けるドラゴンを執拗に追い続け、光の球は命中し粉微塵にする。研究員からの歓声は更に大きくなり、雄叫びすら上がっていた。
 ドラゴンを消滅させて完勝したペスカと冬也は、研究員達から大きな喝采を浴びながら、悠々と戦車を降りた。

 会議までの三日間、ドラゴンの来襲は朝晩を問わず止む事は無かった。ただ、ペスカ達が出動したのは初日の襲来だけで、以降のドラゴンは近衛隊が出動し退治した。

 近衛隊が忙しくドラゴンに対応している間、ペスカは実験と称し戦車で王都外に出かける。しかしそれ以外は、戦車の改造で研究室に籠っていた。
 冬也はマルクの手伝いで、研究所や兵器工場を飛び回る。王族が視察に来て、戦車の実演をさせられた日もあり、慌ただしく三日間が過ぎた。
 
 エルラフィア王国には、大小二十の領地が有る。会議の当日、王城には各地の領主若しくはその代理人が集まり、ごった返していた。王城の内外には近衛隊が配置され、周囲を警戒している。
 ペスカ達が王城に入ると、シグルドに出迎えられた。
   
「ペスカ様、よくいらっしゃいました。冬也すまない、訓練に誘っておきながら、時間が取れなくて」
「仕方ね~よ。あれだけ毎日ドラゴンが来てりゃ」
「今日も忙しそうだね~」
「はい。今日はいつも以上の厳戒態勢を敷いております。私も警備にもどらねば。失礼します」

 シグルドはペスカ達と挨拶を交わしただけで、慌ただしく警備に戻って行く。ペスカ達は衛兵に案内され、会議の会場に入室する。
 既に多くの領主達が会場入りしており。その中にはシリウスもいた。そしてペスカの会場入りを待っていたかの様に、近づいてきた。
 
「姉上、冬也殿、ご無事で何よりです」
「シリウスが来たんだ。領地は大丈夫なの?」
「領都復興は、叔父上にお任せしてきました」
「そっか。今日はよろしくね」
 
 会議室には大きな円卓があり、上座から王族、大臣、領主と続き、末席にペスカと冬也、そしてマルクの席があった。領主や大臣が席に着くと、シグルドに先導され王族が会議室に入室し席に着く。そして、エルラフィア王の宣言で会議が開始された。

 始めに各領地からの報告が行われる。
 各領地で起きているロメリア教残党の騒動は、予想以上に大規模のテロ行為が相次いでいた。建築物の破壊とそれに伴う多数の犠牲者の増加、当初の報告より被害が大きくなっていた。
 そして今なお、被害は拡大傾向に有り、多くの命が失われ続けている。各領内では、領軍が厳戒態勢で警備を強化しているが、残党達が起こす騒動は依然沈静する気配が無い。

 続いて報告された、メイザー領のモンスター騒動は、他の領主達を震撼させた。室内にはどよめきが走り、騒然とした雰囲気は数分の間治まらなかった。
 
 次に報告された帝国の侵略は、奇妙な物だった。

 侵攻してきた帝国の軍は、約二百名前後の中隊規模の様だった。それが突如として国境を越えて来た。そして進軍した帝国軍は国境沿いの街に侵攻し、建物を数軒破壊し田畑を焼いた。
 領軍が駆け付けた時には、既に撤退しており、現在は国境門を占領し立て籠もっている。立て籠もった帝国軍は国境門を完全に閉鎖し、国境門を囲む領軍達に威嚇攻撃をしている。

 その報告をした領主は、「何が起きたのか、何が目的なのか、さっぱりわからない」と、見解を述べていた。

 最後に報告されたのは、ここ数日王都を襲った黒いドラゴンの襲来であった。合わせて百体を越えるドラゴンが昼夜問わず王都に現れ、近衛隊が退治したとシグルドが報告を行った。

 そして、先日ペスカから報告された、ロメリア神の関与も周知された。室内は更に大きなどよめきが走る。騒然とする室内をエルラフィア王が一喝し鎮めた。

 一通りの報告が終わると、帝国と隣接する領地の領主から質問が出る。

「陛下、帝国とは不可侵条約が結ばれていたはず。帝国へ開戦の意志確認は取れたのでしょうか?」
「こちらからの連絡に応答が無い。現皇帝は既知の仲だ。彼の御仁が侵略行為をするとは思えぬ。帝国内で大事が起きているとしか考えられぬ」
「もし開戦となれば、我が領だけでは抑えられない可能性が有ります」
「わかっておる。だが残党騒ぎで他領の兵は動かせん。近衛もドラゴン襲来で王都の警備を堅くしておる」
「では、如何なさると?」
「うむ.....。ペスカ殿どう思われる?」

 エルラフィア王からペスカの名が出て、室内が騒ぎ始める。ペスカは室内を鎮める様に、ゆっくりと手を挙げ発言を行った。

「その前に質問があります。帝国軍の様子はどうでした? 虚ろな目をしているとか」
「そ、そうですな。確かに帝国軍は虚ろな表情をしていたと、兵達から報告があった」

 帝国の侵攻を報告した領主に確認を行った後、ペスカは少し頷くと、エルラフィア王への質問を回答した。

「陛下。恐らく帝国軍は邪神ロメリアから、精神汚染を受けていると思われます」
「精神汚染だと?」

 ペスカの答えに、王族を始め領主達が驚愕の表情を浮かべる。

「今なら精神汚染は簡易だと思われます。汚染がひどくなると、ロメリア信徒の様な狂気者が増えるでしょう。そうなれば、殺す事しか対策は有りません」

 騒めく室内でも、はっきりと聞こえる声でペスカは答えた。

「どの様な方法を取るのだ?」
「現在、王立魔法研究所と魔攻兵器工場で、精神汚染対策の兵器を制作しております。出来上がり次第、帝国に乗り込むべきかと」
「何? まさかマルクから報告があった試作中の兵器か?」
「はい。軽度の精神汚染であれば効果を発揮するでしょう。モンスターで実証実験を行い、効果は確認済みです」

 室内からは、感嘆の声が漏れ始める。エルラフィア王は、その声に応える様にペスカに命じた。

「ペスカ殿、皆にも解る様に兵器の説明をして貰えぬか?」
「制作中の兵器は、既に存在している魔攻砲を応用した兵器です。従来とは違いマナを打ち出すのでは無く。魔法を込めた球を打ち出します。球に込める魔法は、マナキャンセラー」
「マナキャンセラーとはいったい何だ?」
「マナキャンセラーは、マナ暴走沈静と精神沈静の二種類の効果を発揮します。これにより、一時的に精神汚染された人々を元に戻す効果が生まれます」

 室内には感嘆の声が溢れる。そしてペスカは更に言葉を続けた。

「現在、工場で兵器の量産体制を整えております。帝国における現状は、邪神ロメリアの関与を疑う余地は有りません。一刻も早く遠征軍の編成をお願いします」

 ペスカの言葉に、エルラフィア王は大きく頷き答える。

「直ぐに遠征軍の編成を行う。シグルド、遠征軍は近衛から選抜せよ。各領主達は領地に戻りロメリア信徒の残党狩りを徹底せよ。マルク、兵器工場の権限を一次預ける。其方は兵器の量産体制を急げ、各領地へ分配する分も忘れるな。兵器が整い次第、遠征軍を出発させる。皆の者会議は終わりだ。各自急ぎ行動せよ」

 エルラフィア王の怒声にも似た号令と共に、各領主達が速やかに部屋を出る。ペスカ達もそれに続き部屋を出ようとした所で、エルラフィア王に声をかけられた。

「ペスカ殿、感謝する。また貴殿に助けられた様だ」
「勿体ないお言葉です、陛下。それにまだこれからです。遠征軍には私達も参加します」
「頼もしい限りだ。期待しておるぞ」

 ペスカ達は、敬礼し退出する。戦いの音がすぐそこまで訪れようとしていた。
 会議室から出たペスカは、クラウス、シリウス、シグルドの三人を呼び止めた。三人を集めたペスカは、会議室近くの小部屋に入り話し始めた。

「シグルド、遠征軍はどうするつもり? 近衛から出せる兵はいるの?」

 唐突なペスカの問いに、一瞬だけシグルドは目を見開いた。ペスカは戦力を分析した上で、問いかけているのだ。隠しても仕方がない。
 ペスカの洞察の良さに、シグルドは肩を竦めるようにすると、苦笑いを浮かべる。

「数名と言った所でしょう。連日のドラゴン騒ぎです。この先何が起こるか予測出来ません。王都の守備隊は勿論、近衛も全て王都守備に充てたい所です」

 シグルドが「一人足りとも動かすのは厳しい」と答えるだろうとペスカは考えていた。だから、少し上方修正し返答するシグルドの気概を感じていた。それでも王命通りに、近衛から遠征軍を選抜するのは難しいだろう。
 ペスカはシグルドの答えに軽く頷き、次はクラウスに質問を投げかける。

「そう。クラウス、ルクスフィア領も残党対応?」
「はい。ペスカ様が出立された後、残党騒ぎが増え始めています。領軍には警備の強化を命じております」
「今、シルビアは?」
「領内で情報収集に務めております。シルビアが必要なら、王都に呼び寄せますが、如何致しましょう」
「そうして貰えると助かるよ。悪いけど、諜報は他の人にやらせて」
「畏まりましたペスカ様。直ぐに手配いたします」

 言葉の真意を読み取り、先回りする様に返答する辺りが、長年ペスカの下で仕えた来たクラウスらしさなのだろう。そしてペスカは、少し考え込む様に腕を組む。数秒の後、シリウスに話しかけた。

「シリウス。メルフィー達に、直ぐに王都に来る様に伝えて」

 シリウスはペスカの言葉に頷く。しかし、直ぐに質問を返した。

「連絡は直ぐに致します。しかし姉上、どの様なお考えで?」

 これまでの言動から察するに、遠征隊の件であろう事は間違いない。自らエルラフィア王にも参加の意志表明をしていたのだから。シリウス、クラウス、シグルドの順で見まわした後、ペスカは口を開いた。

「遠征軍は、私とお兄ちゃん。それとメルフィーにセムス。後シルビアの五人で行こう」

 シリウスやクラウスは、その言葉に驚きはしなかった。何せ予想通りの答えであったのだから。しかし、そこには近衛隊の存在が無い。

 ペスカは王都防衛には、必ず近衛隊の存在が必要だと感じていた。邪神ロメリアが、次にどんな手を仕掛けてくるか判然としない状態で、戦力を分散させるのは悪手だとも考えている。
 その考えには、シグルドも同意なのだろう。ペスカの答えに、笑顔で頷いていたのだから。しかし、それで終わるシグルドではない。

「ところでペスカ様、移動手段はどうされるのですか?」
「私とお兄ちゃんは戦車、後の三人の分は、これから造るよ」
「流石、ペスカ様ですね。ところでその乗り物には、もう一人乗る事は出来ませんか?」

 ペスカが何か言いかけようとするが、それを制する様にシグルドは話を続けた。

「ペスカ様、私も同行させて頂きます。私は陛下から遠征軍の編成を命ぜられた身。ペスカ様達だけにお任せする訳にはいきません」
「王都守備はどうすんのさ」
「副長に任せます。ただ、出来れば魔攻砲を数個、近衛に回して頂けると助かります」
「わかった。魔攻砲の件は、所長に伝えておくよ。シグルドは、陛下に報告をお願いね」
「承知致しました」
「クラウスとシリウスもよろしくね。なるべく皆が早く王都に着く様に、段取りしてね」
「承知致しました、ペスカ様」
「承知致しました、姉上」

 シグルド、クラウス、シリウスの三人は、直ぐに小部屋を出て行く。残されたペスカも小部屋を出る。そして冬也は難しげな顔で、ペスカの後に続いた。

「お兄ちゃん、どうしたの?」
「いやまぁ、妥当な人選だと思うけどよ。六人で足りんのか?」
「大丈夫なように、これから準備をするよ。お兄ちゃんも手伝ってね」
「ああ、任せろ」

 ペスカの返答に、冬也は笑顔を浮かべた。

 冬也自身も、研究所での手伝いをする中で、何を作っているのか理解が出来ていた。現状でロメリアの思惑を砕きつつ平和的な解決をするには、この方法しか無いだろうとも考えていた。
 そして魔攻砲を撃った経験上、余計な人員は足手纏いになるだけだとも考えていた。ただし、不安なのは兵士の洗脳を解除した後だ。何が起こるかわからない。
 しかし、それすらもペスカは見通しているのだろう。そう思い、ペスカに従う事にした。

 王城を出たペスカ達は、研究所では無く工場へ向かう。そして工場に着いたペスカは、冬也に向かい人差し指を立てる。

「ここでお兄ちゃんに質問です。これから私達は何を作るのでしょ~か?」

 冬也はペスカの問いに、腕を組み考え込む。ペスカが本気になれば、数日でとんでもない物が出来上がるはずだ。答えなんて出るはずが無い。敢えて答えるならば、先の会話内で出たものだろう。

「何をって、そうだな。乗り物か?」
「大正解! お兄ちゃんはちょっとおバカなだけで、やる子なんだね~」
「馬鹿は余計だ! 乗り物って言っても、一から作るなんてしねぇよな?」
「当たり前じゃないお兄ちゃん。ねぇ、メイザー領で荷車を使ったの覚えてる?」
「あぁ。あの怪しい乗り物な」
「怪しく無いし! あれの大型の試作機が、この工場に有るんだよ。それを改造して、武器とか乗っけて、何か色々するの」
「あのなペスカ。魔改造は、ほどほどにしとけ」
「え~、やだよ。ここからがペスカちゃんの本領発揮じゃない」

 冬也はやや呆れ顔で、ペスカの頭を軽く小突く。そしてペスカは、工場の作業員達に指示を出し、大型荷車の改造に取り掛かった。
 
 それからの五日間、ペスカと冬也は目の回る忙しさだった。
 大型荷車の改造と兵器の増産、それに加えて研究所と工場を往復、その合間にシグルドと遠征の打ち合わせ。
 制作中の乗り物に目を付けたマルクが、ペスカを質問攻めにする。作業に追われ、あっと言う間に時が過ぎて行く。そして、作業開始から四日目にシルビアが到着する。

「ペスカ様。雑務などは全て、このシルビアにお任せください」
「助かるよ、シルビア。よく来てくれたね」
「ペスカ様のご命令とあれば、例え地の果てでも行く所存です」
「そこまではいいよ。フフ」

 適材適所とで言えば良かろうか。冬也では足りない所をシルビアが行い、作業は飛躍的に効率化を深めていく。そして、五日目にメルフィー達が到着した。

「ペスカ様。お待たせ致しました。さて、何から手伝いましょう?」
「先ずは、昼食でしょうか? 皆様、疲れた顔をしていらっしゃる」
「おぉ、メルフィーにセムス。さあ、腹ペコさん達! もう少し頑張ったら、美味しいごはんだよ!」

 予定の人員がそろった頃には、ペスカが発注した兵器が全て揃っていた。メンバーが揃ったので出発すると宣言したペスカは、六日目の朝に皆を工場に集めていた。

「さて、全員揃った所でお披露目です。これが、世界を変える乗り物! 軍用トラックだ~!」 

 ようやくお披露目となった乗り物を見て、冬也以外のメンバーは、目を白黒させていた。
 
 運転席部分と荷台部分が連結する様に繋がれ、運転席を含め全方面が分厚い鉄板の装甲で覆われている。
 車両部を支えるのは六本の大型タイヤ。更に、荷台部分の上部には、大型の魔攻砲が二門備え付けられている。そして荷台部分は、四トントラック並みの大きさがあった。
 運転席部分は、戦車同様に前面と左右がスクリーンで出来ており、百八十度視界を保てる作りになっていた。特にペスカのこだわりで、荷台部分に簡易キッチン、簡易トイレと簡易シャワーが備え付けられた。

「作るの手伝って何だけど、やり過ぎじゃね~か」
「そんな事無いよ。ロマンだよ!」

 この軍用トラックは、日本で見かける物と大きく異なる。何故ならマナで動く為、ガソリン室もエンジンルームも要らない。大きな鉄の箱に、タイヤを付けて動けるようにしただけの物であり、タイヤやサスペンション等の各パーツに至るまで、既存の魔法工具を応用して取り付けられている、なんちゃってトラックである。
 しかし、ペスカのこだわりにより、外見を軍用トラックそっくりに仕立て上げられた上、砲門が取り付けられた車は、最早戦車と言っても過言ではない乗り物に仕上がっていた。

「流石ペスカ様です。我々とは次元が違う」
「ペスカ様。これは確かにロマンですね」
「やはりペスカ様の発明は、我らの予想を遥かに超える」
「ペスカ様、素晴らしい!」

 シグルドを初め、シルビア、セムス、メルフィーは、未知の乗り物を褒め称える。流石の冬也も、その光景には怒声を飛ばした。

「あんた等もっと驚けよ! これ見たら日本の連中だって腰を抜かすぞ! 特にシルビアさん! ロマンじゃね~よ!」

 冬也が顔を真っ赤にして捲し立てると、それぞれから返答が帰って来る。

「冬也、そんなに興奮するものでは無いよ」
「何言ってんの冬也君。かっこいいじゃない」
「シルビア殿の言う通りです、冬也様」
「お客様。いえ、冬也様。ペスカ様はいつも素晴らしい物をお作りになります」

 四人が一斉にペスカの支持をすると、冬也は頭を抱えて座り込んだ。

「勝ったな、がはは!」
「ボケキャラ増やし過ぎだバカヤロー!」
「さて、こんなお兄ちゃんはほっといて、者ども荷物を積み込め~」

 ペスカの指示で、全員が準備しておいた兵器や食料等を積み込み始めるが、途中で注意を促す。

「トラックに積むアサルトライフルとロケットランチャーは、十丁づつで良いからね。弾丸はそれぞれ千発、手榴弾は百個積んでね」

 ペスカの発言に、疑問を感じた冬也は問いかける。

「残りのアサルトライフルとかは、どうすんだよ」
「これは、今日あたりにカルーア領軍が取りに来る予定になってるから、持って行って貰うの」
「いつの間にそんな連絡を。ってこの量を運ぶのは、トラックじゃ流石に無理か」
「さあ皆、カルーア領軍が到着したら、荷物を渡して遠征隊出発だよ!」
「おぉー!」

 ペスカの掛け声に合わせて、皆が声を張り上げる。
 自分達の荷物を運びこむ頃には、カルーア領軍が四頭立ての大型荷馬車を数台に乗り、護衛兵と共に到着する。ペスカは手早く、兵士に積み込みの支持を出し、運搬役の隊長を含め進行ルートの確認を行う。そして小一時間程で、全ての作業が終了し出発の準備は整った。
 ペスカと冬也は戦車に、シグルド達はトラックに、カルーア領軍は荷馬車や軍馬に、それぞれ乗り込んだ。
 こうして帝国と交戦中のカルーア領へと、ペスカ率いる遠征隊は出発した。
 カルーア領、それはライン帝国との境界に面し、国境門を有する領地である。近年、エルラフィア王国とライン帝国の関係が良好な影響も有り、交易の窓口としても発展をしてきた。

 二十年前の悪夢以来、不戦協定を初めとした様々な協定が、両国で結ばれている。それにも関わらず、突如として帝国は国境門を超えて侵攻を始めた。
 死傷者こそ出なかったものの、国境門近くの街に侵攻した帝国軍は、数件の建物を破壊し田畑を焼いた。それ以降、国境門を封鎖し立て籠っている。状況だけ見れば、協定違反である。しかし、その行動は不可解に他ならない。
 
 戦争の意志が有るなら、既に大軍を率いてカルーア領を占領していてもおかしくはない。ライン帝国は、ラフィスフィア大陸で最大の戦力を誇る国家なのだから。
 しかし一連の行動は、一部の隊が暴走としか思えない小規模のものである。悪戯にしては度が過ぎているが、戦争の意志有りと判断するには根拠として心許ない。
 そんな謎の行動に、ペスカは邪神の存在を示唆した。そして、事実確認を行う為の遠征隊を組織したのである。

 カルーア領に入るには、王都周辺の直轄地を抜け、一度別の領地を経由しないとならない。ペスカ一行は、王都側とカルーア側の二つの関門を越える必要がある。
 また、カルーア領を目指すのは、ペスカの造った戦車とトラックだけではない。帝国との一戦を想定し作らせた、銃器の数々を運んでいる。

 そんなカルーア領を目指すペスカ一行は、戦車を先頭に大型荷馬車数台が後を続き、荷馬車の横に護衛兵、最後尾にトラックの編成で街道を進んでいった。

 王都を出発直後に、ペスカ達の行動を牽制するかの様に、黒いドラゴンが出没し始める。しかし、戦車とトラックの魔攻砲で跡形も無く粉砕した。

「やっぱり出て来たね」
「ロメリアが関わってるってのが、濃厚って事か?」
「そう言う事だね」
「でもよ。こんなわかりやすくて良いのか? こっちにばれないようにしないとさ」
「良いんじゃないの。どうせ、ちょっかいかけてきてるだけだしさ」
「それよりさ、兵士の人達が慌ててるぞ」
「全くドラゴン如きでアワアワしちゃって、カツを入れないとね」

 ドラゴンの出没で、カルーアの兵達が動揺するのも無理からぬ事であろう。如何に優れた武器を携えていた所で、ドラゴンの吐き出す炎は兵士の数十人は一瞬の内に塵芥へと変えるだろう。

 しかし、ペスカと冬也は何度となくドラゴンを討伐している。それは任務と言うより作業に近い感覚であろう。  

「じゃあ、いっちょ行こっか。お兄ちゃん」
「任せとけ、ペスカ」

 冬也の撃った魔攻砲は、ドラゴン達を一掃する。そしてカルーア兵からどよめきが上がる。カルーア兵にも魔法部隊は存在する。そこで見たものは、彼等が力を合わせたとて成しえない偉業に近い出来事であった。

 それを実際に目の当たりにし、兵士達の闘志が漲っていくのが見て取れる。戦車の砲弾が特別なのは、既に説明されている。自分達が持っている武器に殺傷能力が無い事も先刻承知だ。
 しかし、これだけの事を見せられたのだ。問題になっている帝国軍の侵攻も、『簡単に何とかなるのでは』と考えてしまうのは、決して不自然な事ではないだろう。

 またトラック側には、王族直通の魔工通信が別に設置され、瞬時の報告が可能になっている。王族直通の魔攻通信は、近衛隊副隊長が受け王族へ報告する手筈になっている。シグルドはドラゴン出没の都度、魔攻通信で王都へ詳細を報告していた。

 王都近郊を抜け、ドラゴンの影が見当たらなくなると、張りつめていた空気が緩み始める。そんな時ペスカがトラックに向け、魔攻通信で連絡を取り始めた。

「あ~テステス! そちら異常は無いか?」
「異常無し。ドラゴンの影も見当たりません」
「ペスカ、ドラゴンが出た時に連絡したろ。今更テステスって」
「甘いねお兄ちゃん。こういうのは雰囲気だよ」
「そうよ、冬也君。雰囲気って大事よ」
「シルビアさんまで絡んで来ると、面倒臭さが増すんだよ」

 眉をひそめる冬也に、ペスカが追い打ちをかける。

「そんなお兄ちゃんに朗報です。これからこの部隊の隊長は私ね!」
「はぁ? 何言ってんだお前! シグルドが隊長じゃ無いのかよ」
「冬也、問題無いよ。陛下からはご了承頂いている」
「ペスカ様が、隊長よね」
「適任ですな」
「セムスの言う通りです」
「シグルドは副隊長で通信兵ね」
「うぉ~い! 副隊長が通信兵ってどういう兼任だよ」
「仕方ないでしょお兄ちゃん。人数少ないんだし。トラックの運転は、シグルド以外の三人が交代でやってるんだから」
「謹んで拝命致します、ペスカ様」
「シグルド君が適任ね」
「そうですな。何でも器用に熟すシグルド様の事、立派に任務を果たされるでしょう」
「私もセムスと同意見です」

 何を言っても四倍になって返って来る状況に、冬也は頭を抱える。そしてペスカは冬也に更に追い打ちをかけた。

「お兄ちゃんは、私を撫でて、褒めて、甘やかす係ね」
「誰がやるか、バカヤロー!」

 冬也の鉄拳がペスカの脳天にさく裂すると、戦車が大きく蛇行する。当然ながら、後方の荷馬車や護衛兵からは、どよめきが走る。冬也は慌てて座席にしがみつき、ペスカは急いで戦車の態勢を立てなおした。
 そして涙目のペスカが上目遣いで、冬也を見つめ呟く。

「お兄ちゃん。フレンドリーファイアだよ。運転手への暴行は禁止です」
「ごめんペスカ」

 流石の冬也も項垂れて、ペスカに頭を下げた。
  
 ペスカの指揮の下、遠征隊は順調に進み、王都側の関門を出発した当日に抜ける。途中の領地では、ロメリア教残党の襲撃を危惧していたが、頻発する事はなかった。

 途中の村々で、一行は物資補給や野営を行う。一行は予定通りに行程を進んでいく。護衛兵はペスカの指示に従い、淡々と仕事をこなしていった。

「やっぱり、何処の村でも食糧不足なんだな。有難く貰ったけど、気が引けるな」
「それは仕方ないよ。何せ戦時中だしね」
「いや、未だ戦争は起こってないんだろ?」
「似た様なもんだよ。こんな時に割を食うのは農家の人達だし」
「やるせねぇな」

 時折出没するモンスターは冬也が機銃を操り殲滅し、出発から三日目にはカルーア側の関門に辿り着いた。関門ではカルーア領軍の一部と合流し、兵器の受け渡しが完了した。そして受け渡しと共に、兵器の使用方法を再度説明した。
 
 合流の完了と国境門へ向かう旨の連絡を領主へする様にと、ペスカは関門の兵に指示を出す。そして一行は、帝国軍と対峙するカルーア領軍本隊に合流する為、国境門へ向かい進み始めた。

 順調な事に越したことはない。ただ、順調すぎると不安になるのが、人の心というものである。モンスターやロメリア教残党の出没は、想定済みである。残党どころか、ドラゴンが何度か飛来したのみである。それが不安に感じたのか、冬也はペスカに問いかけた。
 
「なぁペスカ、残党って奴ら出て来なかったな。モンスターも思ったより少ないし、どうなってるんだ?」
「残党達は、領都や大きな街を中心に暴れてるみたいだからね。私達が通った小さな村には現れないんじゃない?」
「なんか違和感が有るんだよ。神様なら、やろうと思えばもっと大規模な事が出来んだろ? モンスターも人を操る事も、何か限定しすぎてねぇか?」
「お兄ちゃんが感じている違和感は、ゲームで良く有る『混沌の魔王が現れ、人々は恐怖していた! と言いつつ、始まりの街は平和そのもの』みたいなやつ?」
「そう、それ!」
「一応は、神様の中でもルールが有るみたいなの。人に干渉しすぎないってのがね。邪神ロメリアは、ルールのぎりぎりで、人の世界に干渉して楽しんでるみたい」
「どういう事だ?」
「二十年前の事件は、ドルクと自分の信徒達に限定して、干渉してたんだよ。人の世界に干渉しすぎた神は、他の神から罰を受けるから。今回も一部の人に干渉して、騒ぎを大きくさせてる可能性があるね」
「そりゃあ要するに、単なる嫌がらせや悪戯とかのレベルじゃねぇのか?」
「確かにね。ただ神様が絡むから事が大きくなる」
「いい迷惑だな」
「ほんと、いい迷惑なんだよ。お兄ちゃんには、期待してるよ。マナの扱いがかなり上達してるし。それにそろそろ目的地だよ」

 ペスカに言われ冬也が前方を確認すると、国境門が見えていた。そこには、封鎖された国境門上で徘徊している帝国兵と、それを取り囲むカルーア領軍本隊の姿が有った。
 
 合流した後に、カルーア領軍の本体にも銃器が渡される。そして、領軍を率いていた隊長から、礼と共に情報がもたらされた。
 依然として、帝国軍は国境門に立て籠もり威嚇攻撃を続けており、どの兵達も表情が無く、虚ろな目で単調な攻撃を繰り返すだけとの事だった。
 それは予想していた展開であり、洗脳状態なのは間違いないだろう。

 ただし洗脳状態なのが、国境門に立て籠った一部の帝国軍だけならばの話だが。
 エルラフィア王は、帝国との連絡が取れないと語っていた。国境門の状況は、ただの一部に過ぎないのではないか。もし、この状況が帝国中に広がっていたとしたら、問題は帝国だけには留まらない。大陸全土に影響を及ぼし、果てや大陸中で起こりつつある戦争を加速させる要因になる。

 遠征隊一同が気持ちを引き締め直す。ライン帝国に何が起きたのか。状況調査と事態好転に向けた、遠征隊の活動が開始された。