メイロードとの戦いで、城は跡形も無い程に吹き飛んでいた。それは王都も同じ。住民達を避難させて良かったと、心の底から思える程に荒れ果てている。
 戦い疲れたペスカ達は、瓦礫の山から車を掘り出すと、倒れる様にして車内で眠りに着いた。

 明け方、空が目を覚ますと、車内に冬也の姿は無かった。窓から外の様子を見ると、型の稽古をしている。
 激しい戦いを経て尚、誰よりも早く起きて稽古をする。それが、強さの秘訣なのだろう。そんな事を考えながら静かに車から降りると、気配で気が付いたのか冬也から声がかかる。
  
「なんだ、空ちゃん。起きたのか?」
「昨日はお疲れ様でした」
「空ちゃんもな。多分、空ちゃんと翔一が一番大変だったはずだ」
「確かに疲れました。でも、皆さんが無事でよかった」
「そうだな。でも、もう少し上手くやらなきゃな。あのキツイ言い方する女神みてぇによ」
「だから、朝早くから稽古をしていたんですか?」
「王都を引き換えにして、女神を倒したって、力不足でしかねぇよ」

 前日はとても忙しかった。城から全員を退去させるだけでなく、多くの住民を王都から避難させる。それは速やかに、且つ悟られずに行わなければならない。
 城の兵士や官僚達と連携しながらの作業を行い、どうにかメイロードの襲撃まで間に合わせたのだ。その上、メイロードとの戦いにも加わった。

 結果的に城や王都の建物は、崩れかかっているけれど、人的被害は限りなく少ない。上々の成果だ。自分なりにはよく頑張った。そう考えていた。

 だが、冬也は違った。悪神の一柱を倒しても、まだ足りないと言う。あの妹にして、この兄。遠い。とても遠い。
 存在の大きさを感じている空に、冬也から声がかかる。

「空ちゃん。翔一も起きてる様だったら、ペスカを叩き起こして朝食にするか」
「わかりました。様子を見て来ます」
「ありがとう。空ちゃん」

 空は走って車に戻る。そして残された冬也は、ポツリと呟いた。

「これから、だな。高尾での借りは返したけど、糞野郎はまだ生きてやがる。それに、ゾンビも気になるしな」

 そして冬也は、空に遅れる様にして車へ戻る。

 王城跡地や王都の跡地が騒がしくなり始める。そして、アーグニールの一日が始まる。 
 
 ☆ ☆ ☆ 
 
 一方、グラスキルス王国の地下牢では、話し声がしていた。看守すらいない。そんな地下牢の奥には、たった一人が投獄されているだけ。しかし地下牢から、話し声が漏れていた。
 それは男女二人の声だった。

「以上が、各国の状況です。如何なさいますか?」
「そうだなぁ。そろそろ、陛下にも目を覚ましてもらうか」
「閣下はどうなされるのです? そろそろ、牢からお出になっては?」
「あぁ出してくれ。俺は西に向かう」
「閣下、危険すぎます! エルラフィアの精鋭ですら止められなかった、死者の軍で溢れております!」
「馬鹿かミーア! だから行くんじゃねぇか!」
「閣下。ならばせめて、我らをお連れ下さい!」
「駄目だ! 行くのは俺一人で充分だ! 湾岸二国に現れたのが、本当にペスカ殿の転生体なら、いずれこの国に来るだろう。お前等はペスカ殿の指揮下に入れ」
「畏まりました閣下。ならば、通信機をお忘れなく。閣下の窮地には、必ずは馳せ参じます!」
「それは、ペスカ殿の命令次第だな」

 ミーアが牢に近づき、呪文を唱える。すると牢が開く。そしてミーアと呼ばれた女性は、男の拘束を解いた。

「くれぐれもお気をつけ下さい、サムウェル閣下」
「あぁ。陛下にはビンタでも喰らわせとけ。それと今の情報は、エルラフィア王にも伝えてやれ」
「畏まりました。他は如何されますか?」
「モーリスとケーリアに、連絡が取れる様にしとけ。シュロスタイン側に配置した兵は、そのまま北の国境を塞がせろ。アーグニール側の兵は、ケーリアの傘下に入って、モンスター狩りだ。それと、メルドマリューネの情報を急がせろ!」
「北の大国ですか?」
「あそこの王は、ペスカ殿と並び立つ魔法の天才。神に洗脳される玉じゃねぇ! それに、野心に燃える王だ。小国の占領だけで、終わるとは思えねぇ。だから、国境沿いは警備強化だ」

 槍の名人として名高い、グラスキルス王国の将軍サムウェル。彼を人々は、女好きの怠け者と呼んだ。だが、彼を良く知る者は、違う渾名で呼ぶ。

 智将サムウェル。

 ラフィスフィア大陸に置いて、サムウェルは情報を制する者だった。そして、常に先を読む。こと戦争においては、進路妨害、兵站を途絶えさせる、偽情報で混乱させる、疫病を流行らせる等で、敵の混乱状態を容易く作り出す。

 戦の場では、長棒を持って相手を制圧する。 

 サムウェルを支えるのは、彼が育てた間諜部隊である。一人一人が、類まれなる力を持つ、一人当千の部隊。諜報能力、戦闘、魔法、全てに長け、どんな厳重な警戒の中でも、情報を持ち帰る。   
 サムウェルは、自身が投獄される際に、間諜部隊に兵達の洗脳解除を命じた。結果、約半分の兵が洗脳解除に成功した。洗脳解除した兵達は、国境沿いの街に潜めさせた。
 そして、あたかも神の洗脳が継続している様に見せかけて、機会を伺っていた。
 
「さぁ~て、人間の反撃開始って言いてぇが、俺も頑張らなきゃな。モーリス、ケーリア。お前等とはもう一度会いたかったが、そうも言ってらんねぇな」 

 サムウェルは、深く息を吐く様に呟く。拘束を解除したミーアは、サムウェルに彼の愛槍を手渡す。その槍は一度たりとも、戦場に持って行った事が無い。今まで飾られていただけの武器を、サムウェルは持って来させた。

 普段の戦場であれば、長棒で充分だと言い張る男。戦場で犠牲者を出さない様に知恵を絞る男が、最も手に馴染んだ武器を手にする。それは傍観を止め、立ち上がったサムウェルの、覚悟の現われであろう。
 
「後は頼んだぜぇ~」
「閣下のご帰還を、心からお待ちしております」
「無粋な事言ってんじゃねぇよ、ミーア。次の世でも、貴方のお傍にくらい言えねぇのか?」
「お戯れはお止め下さい、閣下」
「良いじゃねぇかよ、ミーア。最後くらい、愛してると言いやがれ!」
「私の最後は、閣下の傍でございます」
「くぁ~、痺れるねぇ! 流石、俺の愛した女だぜぇ」
「閣下の愛は、下町に溢れておりますが?」
「妬くな馬鹿!」

 軽口を叩き、サムウェルは地下牢を後にする。向かうのは、死者の国と化した大陸中央。命を掛けたサムウェルの、孤独な戦いが始まろうとしていた。