「全く、何をまごついてるのやら。でも、機会は与えましたのは本当ですよ。真に覚醒する機会をね」
メイロードとペスカ達の戦いを、セリュシオネは見下ろしていた。それも少し溜息をつきながら。
自分が介入すれば、直ぐに戦いは終わると考えているのだろう。それもそのはず、ここはセリュシオネの領域なのだから。領域を作り上げた本人の力が最も強く発揮されるのは、当然の事であろう。
しかし、その思惑は別にある。
確かに、ゾンビを作り上げ死という概念を冒涜したのは、セリュシオネにとって許し難い好意であろう。それに、メイロードを捕縛して神格を剥奪する命が、女神フィアーナから出ている。
ここで、メイロードの力を奪い神格を壊しても、正当性はセリュシオネに有る。ただ、セリュシオネは一計を案じた。
虚飾の神グレイラスが倒れた今でも、フィアーナに反抗する神は後を絶たない。それによって、神の世界は統制が取れていない。
しかも、ラフィスフィア大陸は既に荒廃しかけている。これを直すのは、フィアーナでも時間を要する。
ならば、新たな戦力をこちら側に迎え入れればいい。
それに丁度いい者達がいる。一人は英雄として名の知れた者、一人は大地母神が生んだ子だ。彼らが真に力を得るのに、メイロードは丁度いい相手だ。
「だからね、早く覚醒して下さいよ」
☆ ☆ ☆
メイロードから溢れた嫉妬の瘴気は、あっという間に辺りに広がる。
「お兄ちゃん、あれに触っちゃ駄目だよ!」
「わかってる」
冬也は神剣を振るい、瘴気を払おうとする。しかし、何度神剣を振ろうとも、直ぐに瘴気は広がる。
メイロードは白目をむいたまま、気が狂ったかの様に瘴気を振りまいている。それを直ぐにでも止めなければ、危ういのは自分達の方だ。
だが瘴気が広がるのは早い。幾ら打ち払っても追いつかない。じわじわと首を絞められる様に、ペスカ達は追い詰められていく。
ペスカは、そんな時でさえ懸命に頭を働かせていた。
どうすれば、あの力を封じ籠める事が出来る? そもそも神の本気に自分達が耐え得る事が出来るのか? でも、やらねばここで終わりだ。
どうする? 冬也の力はどの程度、メイロードに対抗出来る? 自分の力は? 二柱から貰った加護を利用すれば?
全て、やっている。全力でやっている。それでも届かない。ならばどうする?
今の自分を超えなければならない。そうしなければ、生き残れない。そうしなければ、ロメリアを倒すなんて夢のまた夢だ。
やれ、信じろ。英雄と称えられたのには、ちゃんと理由が有る。転生前も、転生した後も、私は英雄ペスカだ。
聞こえるだろ? 民の声が。聞こえるだろ? 助けを求める声が? その声に応えろ!
必要なのは、己が自覚していない力を理解する事なのだろう。これまで、二柱の加護を自らの力の様に操って来た。神気に触れて来た、神気を自らの力に取り込んできた。
その経験と、英雄への崇拝に近い想いが、ペスカの秘められた力を覚醒させる鍵となる。
「我が力、神に至りしものなり。我が力、邪を払いしものなり。そして我が力、我が敵を滅ぼすものなり。貫け、神殺しの槍! ロンギヌス!」
呪文を唱えた瞬間、ペスカの体が光に満ちる。それは、マナの輝きとは別の光。それこそが、ペスカの秘めた力。神殺しの槍は、瘴気を消し飛ばしながらメイロードの頭上に降り注ぐ。
そして、メイロードは頭の先から真っ二つに割れた。その瞬間、メイロードの神気は僅かに弱まり隙が生じる。
「お兄ちゃん!」
「おう!」
ペスカが呼んだ瞬間には、冬也は既に走りだしていた。未だ残る瘴気を神剣で払い飛ばし、メイロードに迫る。
「あ~、あ゛ぁ~、あ゛~!」
メイロードは二つに割れながらも、大きな叫び声を上げて腕を振り回し、更に瘴気をふりまいている。
しかし、冬也も負けてはいなかった。神剣を振り下ろし、メイロードの力に拮抗する。
「負けるかよ! ここで負ける訳にはいかねぇよ! 絶対になぁ!」
冬也の叫ぶ様な雄叫びと共に、神気が膨れ上がる。それは、冬也が無自覚で抑え込んでいた力なのだろう。地上に、仲間達に、害が及ばぬ様にと、内に籠め続けた力なのだろう。
やがて、均衡は崩れる。
大きく縦に割れたメイロードの体は、元に戻ろうとする。しかし冬也の神剣は、体から漏れる瘴気ごとメイロードの腕を両断する。
そして横薙ぎに払われた神剣は、メイロードの首と胴を完全に切り離す。
メイロードの神気は、一気に小さくなっていく。神気の減少と共に、人型を維持できなくなっていく。
「あっ、あ゛っ、あ゛~! あ゛~!」
それは、最後に残されたメイロードの意地だったのかもしれない。ドロドロと溶け始めた人型は、一気に収縮する。それは、恒星が最後を向かえる時の様に、一点へと力が収束していく。
それでも、ペスカと冬也は冷静だった。
「我と共に有れ、我と共に奔れ、我が力、我が意のままに、悪意を跳ね除けよ! アイギスの盾よここに!」
ペスカは、爆発を予期しアーテナーの盾を出現させる。そして冬也に目くばせをし、盾に隠す。
間一髪だった。一点に収縮した力は耐えきれずに、一気に外へと向かう。これまでにない巨大な爆発は、アーテナーの盾すらもビリビリと振るわせる。
しかし、そこまでだった。盾を破壊するまでには至らなかった。
そして、爆風が収まろうとする頃、冬也が神剣を振り下ろす。既に人型の欠片も無くなったドロドロの固まりは、神剣の一撃を受けて霧散した。
メイロードの神気は完全に失われた。残ったのは小さな球だけになっていた。
「これが、神格だって言ってたね。今なら私でも壊せる気がするけど」
「それをされては困るんですよ、私の仕事ですから。一先ず及第点とだけ言っておきましょう」
声に反応したペスカが振り向くと、そこには女神セリュシオネの姿があった。完全にセリュシオネの存在を忘れていたペスカは、叫び声を上げそうになる。
「セリュシオネ様、驚かさないで下さい」
「修行が足りていない証拠ですよ」
「お褒めの言葉を頂きたいんですけど」
「あんな雑魚を相手に手古摺っている癖に、褒めてどうするんですか?」
「セリュシオネ様、お兄ちゃんを嗾けますよ」
「止めなさい! 私はあれが嫌いなんです。あれと話すと、馬鹿がうつりそうですから」
ペスカはクスリと笑うと、話しを続けた。
「セリュシオネ様、せっかく来て下さったんですから、何か情報下さい」
「そう言われても、大した情報は有りませんよ。あぁそう言えば、フィアーナがあなた達を探しに、地上へ降りました。いずれ会うでしょう。それと、帝国付近には注意なさい。歩く死者で溢れています」
「歩く死者? ゾンビですか?」
「ゾンビが何かは、知りませんが。死体を弄ぶ、私が一番嫌いなやり方です」
女神セリュシオネが、早くメイロードの神格を渡せとばかりに、手を差し出す。そしてペスカは、メイロードの神格を渡すと頭を下げた。
「セリュシオネ様、ご助力ありがとうございました」
「感謝は必要ありません。私は私の為にやったまで。用が無ければ、私は行きます。くれぐれも注意なさい」
女神セリュシオネは消えていき、ペスカは崩れる様に座り込んだ。そんなペスカの肩を、冬也が優しく叩く。
「やったな!」
「うん」
セリュシオネが消えると共に、領域も消え去る。そして、領域から弾き出されていた空達が、ペスカと冬也を見つける。
「ペスカちゃん! 冬也さん! 無事で良かった!」
「おぅ、空ちゃん。思いっきり抱きつかれると、ちょっと痛い」
「心配かけたな」
「それで、あの神は倒せたと思って良いのかな?」
「多分ね。神格はセリュシオネ様が持って行っちゃったけど」
「取り合えず、結果良ければ全て良しって所か?」
「お二人共、流石ですな」
神の一柱を倒したのだ、一先ずは成功と言ってもいい。しかし、セリュシオネの言葉から察するに、地上には暗雲が立ち込めたままだ。
ペスカ達の戦いは、終わりを見せない。
メイロードとペスカ達の戦いを、セリュシオネは見下ろしていた。それも少し溜息をつきながら。
自分が介入すれば、直ぐに戦いは終わると考えているのだろう。それもそのはず、ここはセリュシオネの領域なのだから。領域を作り上げた本人の力が最も強く発揮されるのは、当然の事であろう。
しかし、その思惑は別にある。
確かに、ゾンビを作り上げ死という概念を冒涜したのは、セリュシオネにとって許し難い好意であろう。それに、メイロードを捕縛して神格を剥奪する命が、女神フィアーナから出ている。
ここで、メイロードの力を奪い神格を壊しても、正当性はセリュシオネに有る。ただ、セリュシオネは一計を案じた。
虚飾の神グレイラスが倒れた今でも、フィアーナに反抗する神は後を絶たない。それによって、神の世界は統制が取れていない。
しかも、ラフィスフィア大陸は既に荒廃しかけている。これを直すのは、フィアーナでも時間を要する。
ならば、新たな戦力をこちら側に迎え入れればいい。
それに丁度いい者達がいる。一人は英雄として名の知れた者、一人は大地母神が生んだ子だ。彼らが真に力を得るのに、メイロードは丁度いい相手だ。
「だからね、早く覚醒して下さいよ」
☆ ☆ ☆
メイロードから溢れた嫉妬の瘴気は、あっという間に辺りに広がる。
「お兄ちゃん、あれに触っちゃ駄目だよ!」
「わかってる」
冬也は神剣を振るい、瘴気を払おうとする。しかし、何度神剣を振ろうとも、直ぐに瘴気は広がる。
メイロードは白目をむいたまま、気が狂ったかの様に瘴気を振りまいている。それを直ぐにでも止めなければ、危ういのは自分達の方だ。
だが瘴気が広がるのは早い。幾ら打ち払っても追いつかない。じわじわと首を絞められる様に、ペスカ達は追い詰められていく。
ペスカは、そんな時でさえ懸命に頭を働かせていた。
どうすれば、あの力を封じ籠める事が出来る? そもそも神の本気に自分達が耐え得る事が出来るのか? でも、やらねばここで終わりだ。
どうする? 冬也の力はどの程度、メイロードに対抗出来る? 自分の力は? 二柱から貰った加護を利用すれば?
全て、やっている。全力でやっている。それでも届かない。ならばどうする?
今の自分を超えなければならない。そうしなければ、生き残れない。そうしなければ、ロメリアを倒すなんて夢のまた夢だ。
やれ、信じろ。英雄と称えられたのには、ちゃんと理由が有る。転生前も、転生した後も、私は英雄ペスカだ。
聞こえるだろ? 民の声が。聞こえるだろ? 助けを求める声が? その声に応えろ!
必要なのは、己が自覚していない力を理解する事なのだろう。これまで、二柱の加護を自らの力の様に操って来た。神気に触れて来た、神気を自らの力に取り込んできた。
その経験と、英雄への崇拝に近い想いが、ペスカの秘められた力を覚醒させる鍵となる。
「我が力、神に至りしものなり。我が力、邪を払いしものなり。そして我が力、我が敵を滅ぼすものなり。貫け、神殺しの槍! ロンギヌス!」
呪文を唱えた瞬間、ペスカの体が光に満ちる。それは、マナの輝きとは別の光。それこそが、ペスカの秘めた力。神殺しの槍は、瘴気を消し飛ばしながらメイロードの頭上に降り注ぐ。
そして、メイロードは頭の先から真っ二つに割れた。その瞬間、メイロードの神気は僅かに弱まり隙が生じる。
「お兄ちゃん!」
「おう!」
ペスカが呼んだ瞬間には、冬也は既に走りだしていた。未だ残る瘴気を神剣で払い飛ばし、メイロードに迫る。
「あ~、あ゛ぁ~、あ゛~!」
メイロードは二つに割れながらも、大きな叫び声を上げて腕を振り回し、更に瘴気をふりまいている。
しかし、冬也も負けてはいなかった。神剣を振り下ろし、メイロードの力に拮抗する。
「負けるかよ! ここで負ける訳にはいかねぇよ! 絶対になぁ!」
冬也の叫ぶ様な雄叫びと共に、神気が膨れ上がる。それは、冬也が無自覚で抑え込んでいた力なのだろう。地上に、仲間達に、害が及ばぬ様にと、内に籠め続けた力なのだろう。
やがて、均衡は崩れる。
大きく縦に割れたメイロードの体は、元に戻ろうとする。しかし冬也の神剣は、体から漏れる瘴気ごとメイロードの腕を両断する。
そして横薙ぎに払われた神剣は、メイロードの首と胴を完全に切り離す。
メイロードの神気は、一気に小さくなっていく。神気の減少と共に、人型を維持できなくなっていく。
「あっ、あ゛っ、あ゛~! あ゛~!」
それは、最後に残されたメイロードの意地だったのかもしれない。ドロドロと溶け始めた人型は、一気に収縮する。それは、恒星が最後を向かえる時の様に、一点へと力が収束していく。
それでも、ペスカと冬也は冷静だった。
「我と共に有れ、我と共に奔れ、我が力、我が意のままに、悪意を跳ね除けよ! アイギスの盾よここに!」
ペスカは、爆発を予期しアーテナーの盾を出現させる。そして冬也に目くばせをし、盾に隠す。
間一髪だった。一点に収縮した力は耐えきれずに、一気に外へと向かう。これまでにない巨大な爆発は、アーテナーの盾すらもビリビリと振るわせる。
しかし、そこまでだった。盾を破壊するまでには至らなかった。
そして、爆風が収まろうとする頃、冬也が神剣を振り下ろす。既に人型の欠片も無くなったドロドロの固まりは、神剣の一撃を受けて霧散した。
メイロードの神気は完全に失われた。残ったのは小さな球だけになっていた。
「これが、神格だって言ってたね。今なら私でも壊せる気がするけど」
「それをされては困るんですよ、私の仕事ですから。一先ず及第点とだけ言っておきましょう」
声に反応したペスカが振り向くと、そこには女神セリュシオネの姿があった。完全にセリュシオネの存在を忘れていたペスカは、叫び声を上げそうになる。
「セリュシオネ様、驚かさないで下さい」
「修行が足りていない証拠ですよ」
「お褒めの言葉を頂きたいんですけど」
「あんな雑魚を相手に手古摺っている癖に、褒めてどうするんですか?」
「セリュシオネ様、お兄ちゃんを嗾けますよ」
「止めなさい! 私はあれが嫌いなんです。あれと話すと、馬鹿がうつりそうですから」
ペスカはクスリと笑うと、話しを続けた。
「セリュシオネ様、せっかく来て下さったんですから、何か情報下さい」
「そう言われても、大した情報は有りませんよ。あぁそう言えば、フィアーナがあなた達を探しに、地上へ降りました。いずれ会うでしょう。それと、帝国付近には注意なさい。歩く死者で溢れています」
「歩く死者? ゾンビですか?」
「ゾンビが何かは、知りませんが。死体を弄ぶ、私が一番嫌いなやり方です」
女神セリュシオネが、早くメイロードの神格を渡せとばかりに、手を差し出す。そしてペスカは、メイロードの神格を渡すと頭を下げた。
「セリュシオネ様、ご助力ありがとうございました」
「感謝は必要ありません。私は私の為にやったまで。用が無ければ、私は行きます。くれぐれも注意なさい」
女神セリュシオネは消えていき、ペスカは崩れる様に座り込んだ。そんなペスカの肩を、冬也が優しく叩く。
「やったな!」
「うん」
セリュシオネが消えると共に、領域も消え去る。そして、領域から弾き出されていた空達が、ペスカと冬也を見つける。
「ペスカちゃん! 冬也さん! 無事で良かった!」
「おぅ、空ちゃん。思いっきり抱きつかれると、ちょっと痛い」
「心配かけたな」
「それで、あの神は倒せたと思って良いのかな?」
「多分ね。神格はセリュシオネ様が持って行っちゃったけど」
「取り合えず、結果良ければ全て良しって所か?」
「お二人共、流石ですな」
神の一柱を倒したのだ、一先ずは成功と言ってもいい。しかし、セリュシオネの言葉から察するに、地上には暗雲が立ち込めたままだ。
ペスカ達の戦いは、終わりを見せない。