王宮の地下牢獄に投獄されている一人の男がいた。投獄されて以来、まともな食事を与えられず、頬は瘦せこけていた。マナを封じる特殊な枷で繋がれた男は、魔法を使う事が出来ない。
しかし、男からは闘気が満ち溢れ、瞳には諦めの文字は微塵も映って無かった。
男の名はモーリス。シュロスタイン王国で軍を率いる将軍の地位にある男。国王や大臣達の異変にいち早く気が付き、戦争を止めようと画策した。しかし王命により捕らえられ、牢に繋がれた。
モーリスの中には後悔が渦巻く。
陛下のご様子は、尋常では無かった。あれは、何か暗示にかけられていたのやも知れぬ。何故、力づくでも陛下を御諫めしなかったのか。
兵達の様子も同じだ。尋常な様子では無い、妙な高揚感に満ちていた。このまま、言うがままに戦争になれば……。
いいや、無用な殺戮は止めねばならぬ。しかし、既に戦争は起きているだろう。将がいなければ、戦争は終らぬ。
そうだ俺の役目は、まだ終わっていない。この国に剣を捧げたその日に、俺の命はシュロスタインの為に有る。終わらない。ここでは終われない。
モーリスは、牢の中で自問自答を繰り返していた。その度に後悔に苛まれ、己を律していた。
モーリスは、貧しい農村で生まれた。生まれながらに、大きなマナを持った特異体質の子供。同年代の子供達と比べ、体つきも大きく力も強かった。
モーリスは、己の力を誇示する様に暴れ回った。喧嘩に明け暮れる毎日を繰り返した。大人でさえ、暴れ出したモーリスを止められなかった。
父や母が諫める言葉に耳を貸さず、モーリスは日々暴れ回る。
「モーリス、喧嘩ばかりしてないで、畑の手伝いをしなさい。野菜を育てる喜びを知りなさい」
「モーリス、相手を傷つけては駄目よ。きっとお前が傷つく事になる」
「うるせぇ! 俺が何をしようと俺の勝手だ! 黙ってやがれ!」
やがて十五になった日、モーリスは故郷を捨てて王都へ旅立つ。既に身長は二メートルを超え、筋骨隆々の逞しい体に成長したモーリスは、自分の力がどこまで通用するのか試してみたいと考えていた。この拳で、てっぺんを目指すと。
王国に上り、モーリスは兵士となった。モーリスの相手が務まる者は、王国軍にもいなかった、只一人を除いて。
訓練でモーリスは、力を示す様に暴れ尽くした。先輩の兵士達を圧倒し、打ちのめしていく。訓練の中で、暴力の限りを尽くすモーリスを、次第に周りの兵達は疎む様になっていった。
若いモーリスにとって、力こそが全てであった。陰口なら叩けばいい。そんな気力すら起こさせない程に、周りの奴らを恐怖させてやる。この力で全てを叩き潰す。モーリスはそう考えていた。
しかしモーリスの驕った考えは、一人の男によって覆される事になる。
その男は、モーリスより頭一つ小さい男だった。モーリスが、どれだけ剣で打ち込んでも、軽く往なされる。どれだけ殴りかかろうと、投げ飛ばされる。全力で魔法を使っても、打ち消される。
「モーリス。お前は何の為に戦う。お前の力は何の為に有る」
モーリスを投げ飛ばす度に、男は言った。だがモーリスは、理解が出来なかった。
「俺の力は、俺の為に有るんだ! だから戦う! それの何が悪い!」
モーリスを襤褸切れの様にして、男は語る。
「お前は、俺に勝てない! 何も背負う物がない男に、俺は負けない!」
その男の名はヒューラー。当時シュロスタイン王国で、将軍職を務める男だった。ヒューラーは、来る日も来る日もモーリスを打ちのめした。
「お前の正義は何だ! 愛する者は! 守るべき者はいないのか!」
「知るか! 知るか! 知るかぁ!」
打ち据えられ、地べたに転がり、モーリスは思う。
何故、俺は奴に勝てない。何故俺の力は、奴に届かない。わからない。何故だ。何故だ。
ある日、ヒューラーはモーリスを自宅に招いた。訓練以外に用はねぇと、不承不承でモーリスはヒューラーの自宅に赴いた。その自宅でモーリスが見たのは、温かい家庭だった。
ヒューラーから嫁と娘を紹介されて、モーリスはふてぶてしく挨拶をする。そして紹介された娘をモーリスは見やる。その子は、か細く簡単に壊れそうな存在に思えた。ヒューラーは娘を抱き上げて、モーリスに話しかける。
「どうだ、モーリス。これが俺の守るべき家族だ! 見ろこの子、可愛いだろ。お前も小さい頃は、こんな風に親の手で抱かれたんじゃないか?」
モーリスは、ふと小さかった頃を思い出す。大きく見えた父の手、優しい母の温もり。その時モーリスの瞳から、自然と涙が零れていた。モーリスは初めてヒューラーの言葉を理解した。
「俺にもいる。家族がいる。俺はそれを捨てて出てきちまった」
ヒューラーは娘を下ろして、モーリスの肩を優しく叩く。
「遅くない。遅く無いぞモーリス。お前にもちゃんといたろ、守りたい人が。守れる様に強くなれ、モーリス」
モーリスは涙を浮かべて頷いた。
その日以来、モーリスは少しずつ変わっていった。何もかも潰す様な暴力では無く、ヒューラーの中に有る、守る強さを求めた。
ヒューラーは、モーリスに戦い方だけで無く、文字、知識、道徳等あらゆる事を教えた。いつしかモーリスは、ヒューラーを師匠と呼ぶようになっていた。
「いいかモーリス。お前が戦場で一人殺せば、その家族が悲しむ」
「師匠。何故戦争が起きるのですか?」
「グラスキルスは海が無い。我々の海を欲しがっている。アーグニールとは、漁業水域の問題で争う事が多い。根本に有るのは、自国の民を幸せにしたいと言う欲求だ。利権がぶつかれば、諍いが起きる。それが戦争だ」
「我等兵士は、どうすれば良いのでしょう?」
「戦争で犠牲者を出さない事だ。叶わぬ理想だ。だが、私はそのつもりで戦に臨んでいる」
「戦争で死者を出さない事が可能なのでしょうか?」
「無理だ。死者は必ず出る。だから肝に銘じておけ。お前が殺した敵の数だけ、彼らの人生を背負え」
「はい、師匠!」
「そして、戦争が起きない平和な世界。その方法を諦めず俺と一緒に探せ!」
「はい、師匠!」
モーリスはヒューラーの導きの元で、心身共に逞しく成長していく。モーリスが二十歳になる頃には、武においてはヒューラーすらも越え、将軍の右腕と称される様になっていた。
そしてモーリスが二十歳の夏、二人の男との出会いが有った。
アーグニール王国のケーリア。それと、グラスキルス王国のサムウェル。彼らとの出会いは、戦場であった。
アーグニール王国との小競り合いに、モーリスは中隊を率いて出陣した。そこで相対したのは、同じく中隊を率いるケーリアであった。
攻勢をかけるシュロスタイン軍に一歩も引かず、アーグニール軍は応戦する。直ぐに前線を後退させて、モーリスとケーリアの一騎打ちとなる。幾百の剣を打ち鳴らし、刃が折れても拳で殴り合う。モーリスは心が躍った。こんな強い男がいたのかと。
何時間も殴り合い、力尽きて二人は倒れる。しかし両者の顔には、笑みが浮かんでいた。
「お前の名は?」
「ケーリアだ。お前は?」
「モーリスだ。ケーリア、お前とは戦場とは違う場所で、思いっきりやり合いたい」
「同感だ、モーリス。戦争の無い世界で、もう一度お前と勝負がしたい」
アーグニール王国との小競り合いは、指揮官二人のおかげで、戦死者は出なかった。
同じ頃、シュロスタイン軍内に奇妙な噂が流れ始めた。グラスキルス王国の軍に、長棒を巧みに操り前線を駆け回る一人の男がいる。
その男は兵士達を後方に陣取らせ、一人で前線に立つ。そして長棒で次々と相手を薙ぎ倒して、引き揚げていく。百人がかりでも、決して倒す事の出来ない剛の者。
その噂を聞いたモーリスは胸が高鳴った。面白い男がいる。そいつは、俺と同じ志を持つ者かも知れない。ただモーリスと、噂の男との出会いは、意外と早く訪れた。
グラスキルス王国と小競り合いになった際、モーリスの中隊に出番が訪れた。モーリスの頭には、噂の男が過る。そしてモーリスは、木剣を中隊全員に用意させて出陣した。
グラスキルス軍と対峙した時である。兵を後方に置き去りして、一人の男が歩み寄って来る。その男は長棒を一本抱えて、散歩でもしてるかの様に歩く。それを見たモーリスは、用意して来た木剣を持ち、男の前に歩み寄った。
「モーリスは、おまえだな? 強いらしいな。ケーリアの奴に聞いたぜ」
「お前の噂も聞いた。名は?」
「サムウェルだ。よろしくな、モーリス!」
サムウェルは、鍛え上げられた肉体と鋭い眼光に副わず、明るく快活な男だった。
「モーリス。戦争なんかで命を落とすなんて、勿体無いと思うよな!」
中隊を率いる者としては、間違ったセリフかも知れない。モーリスは、心からサムウェルに同意した。
「サムウェル。お前の言う通りだ」
モーリスは木剣を翳して、サムウェルに答える。サムウェルは、モーリスの行動を見て笑みを深めた。
「モーリス。お前の事、気に入ったぜ。このまま無傷で帰ったら、色々面倒だしな。戦争ごっこを始めようぜ!」
「あぁ。面白くなりそうだ」
木剣を揃えたモーリス率いるシュロスタイン軍、長棒を揃えたサムウェル率いるグラスキルス軍。両軍は日暮れまで戦い続けた。特にモーリスとサムウェルの一騎打ちは壮絶だった。
何本も得物を折り、打ち合い続ける。互いに一歩も引かない互角の戦い。全力を尽くしても、まだ倒れない相手。そして両者の顔は笑っていた。
両軍の兵達は、力尽きて倒れる。そして兵達も、互いの健闘を称えあっていた。
「モーリス。強いな、お前。楽しかったぜ!」
「サムウェル、俺も楽しかった。またお前とは勝負したい。今度は俺が勝つ!」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ、勝つのは俺だぜ」
「ケーリアにサムウェル。頼もしい奴らだ」
「いつか一緒に飲み明かそうぜ。三人で必ずな」
「あぁ、サムウェル。いつか必ず」
戦の絶えない三国では、叶わぬ約束かも知れない。しかしモーリスにとって、叶えたい願いとなった。
暫く後、国内でモンスターが発生し始め、その数は日増しに増加していく。モンスターから住民を庇った深い傷が原因で、ヒューラーは退役をする。
「今こそ我等の力が必要な時だ。国を国民を守れ、モーリス」
その言葉を最後に、ヒューラーは永久の眠りについた。そしてモーリスは、ヒューラーの後を継いで、シュロスタイン軍の将軍となる。最後に残した師の言葉を胸に秘め、軍を率いてモンスターを駆逐する。
その勇猛果敢ぶりは、国内でも有名となり、段々と国内での発言権も増えて行った。
やがてモンスター被害の対策をする為、大陸各国が集まる事になる。そこでモーリスは、運命の出会いを果たす。
モーリスにとって、今でも輝く懐かしい思い出。もう二度と会う事の無いその人と、共に戦った輝かしい日々は、今でもモーリスの宝である。
枷で繋がれたモーリスは呟いた。
「ケーリア、サムウェル、どうか無事でいてくれ。お前達なら判るはずだ。これが人知を超えた者の仕業だと。ペスカ殿。貴女が生きていたら、この醜態をどう思われるでしょう。不甲斐ない私を笑うだろうか?」
モーリスの一方的な想いだった。だが、今でも彼女を想うと、胸が高鳴り勇気が湧く。再びモーリスは牢の中で闘志を燃やした。ここが最後の場所では無いと、己に言い聞かせて。
しかし、男からは闘気が満ち溢れ、瞳には諦めの文字は微塵も映って無かった。
男の名はモーリス。シュロスタイン王国で軍を率いる将軍の地位にある男。国王や大臣達の異変にいち早く気が付き、戦争を止めようと画策した。しかし王命により捕らえられ、牢に繋がれた。
モーリスの中には後悔が渦巻く。
陛下のご様子は、尋常では無かった。あれは、何か暗示にかけられていたのやも知れぬ。何故、力づくでも陛下を御諫めしなかったのか。
兵達の様子も同じだ。尋常な様子では無い、妙な高揚感に満ちていた。このまま、言うがままに戦争になれば……。
いいや、無用な殺戮は止めねばならぬ。しかし、既に戦争は起きているだろう。将がいなければ、戦争は終らぬ。
そうだ俺の役目は、まだ終わっていない。この国に剣を捧げたその日に、俺の命はシュロスタインの為に有る。終わらない。ここでは終われない。
モーリスは、牢の中で自問自答を繰り返していた。その度に後悔に苛まれ、己を律していた。
モーリスは、貧しい農村で生まれた。生まれながらに、大きなマナを持った特異体質の子供。同年代の子供達と比べ、体つきも大きく力も強かった。
モーリスは、己の力を誇示する様に暴れ回った。喧嘩に明け暮れる毎日を繰り返した。大人でさえ、暴れ出したモーリスを止められなかった。
父や母が諫める言葉に耳を貸さず、モーリスは日々暴れ回る。
「モーリス、喧嘩ばかりしてないで、畑の手伝いをしなさい。野菜を育てる喜びを知りなさい」
「モーリス、相手を傷つけては駄目よ。きっとお前が傷つく事になる」
「うるせぇ! 俺が何をしようと俺の勝手だ! 黙ってやがれ!」
やがて十五になった日、モーリスは故郷を捨てて王都へ旅立つ。既に身長は二メートルを超え、筋骨隆々の逞しい体に成長したモーリスは、自分の力がどこまで通用するのか試してみたいと考えていた。この拳で、てっぺんを目指すと。
王国に上り、モーリスは兵士となった。モーリスの相手が務まる者は、王国軍にもいなかった、只一人を除いて。
訓練でモーリスは、力を示す様に暴れ尽くした。先輩の兵士達を圧倒し、打ちのめしていく。訓練の中で、暴力の限りを尽くすモーリスを、次第に周りの兵達は疎む様になっていった。
若いモーリスにとって、力こそが全てであった。陰口なら叩けばいい。そんな気力すら起こさせない程に、周りの奴らを恐怖させてやる。この力で全てを叩き潰す。モーリスはそう考えていた。
しかしモーリスの驕った考えは、一人の男によって覆される事になる。
その男は、モーリスより頭一つ小さい男だった。モーリスが、どれだけ剣で打ち込んでも、軽く往なされる。どれだけ殴りかかろうと、投げ飛ばされる。全力で魔法を使っても、打ち消される。
「モーリス。お前は何の為に戦う。お前の力は何の為に有る」
モーリスを投げ飛ばす度に、男は言った。だがモーリスは、理解が出来なかった。
「俺の力は、俺の為に有るんだ! だから戦う! それの何が悪い!」
モーリスを襤褸切れの様にして、男は語る。
「お前は、俺に勝てない! 何も背負う物がない男に、俺は負けない!」
その男の名はヒューラー。当時シュロスタイン王国で、将軍職を務める男だった。ヒューラーは、来る日も来る日もモーリスを打ちのめした。
「お前の正義は何だ! 愛する者は! 守るべき者はいないのか!」
「知るか! 知るか! 知るかぁ!」
打ち据えられ、地べたに転がり、モーリスは思う。
何故、俺は奴に勝てない。何故俺の力は、奴に届かない。わからない。何故だ。何故だ。
ある日、ヒューラーはモーリスを自宅に招いた。訓練以外に用はねぇと、不承不承でモーリスはヒューラーの自宅に赴いた。その自宅でモーリスが見たのは、温かい家庭だった。
ヒューラーから嫁と娘を紹介されて、モーリスはふてぶてしく挨拶をする。そして紹介された娘をモーリスは見やる。その子は、か細く簡単に壊れそうな存在に思えた。ヒューラーは娘を抱き上げて、モーリスに話しかける。
「どうだ、モーリス。これが俺の守るべき家族だ! 見ろこの子、可愛いだろ。お前も小さい頃は、こんな風に親の手で抱かれたんじゃないか?」
モーリスは、ふと小さかった頃を思い出す。大きく見えた父の手、優しい母の温もり。その時モーリスの瞳から、自然と涙が零れていた。モーリスは初めてヒューラーの言葉を理解した。
「俺にもいる。家族がいる。俺はそれを捨てて出てきちまった」
ヒューラーは娘を下ろして、モーリスの肩を優しく叩く。
「遅くない。遅く無いぞモーリス。お前にもちゃんといたろ、守りたい人が。守れる様に強くなれ、モーリス」
モーリスは涙を浮かべて頷いた。
その日以来、モーリスは少しずつ変わっていった。何もかも潰す様な暴力では無く、ヒューラーの中に有る、守る強さを求めた。
ヒューラーは、モーリスに戦い方だけで無く、文字、知識、道徳等あらゆる事を教えた。いつしかモーリスは、ヒューラーを師匠と呼ぶようになっていた。
「いいかモーリス。お前が戦場で一人殺せば、その家族が悲しむ」
「師匠。何故戦争が起きるのですか?」
「グラスキルスは海が無い。我々の海を欲しがっている。アーグニールとは、漁業水域の問題で争う事が多い。根本に有るのは、自国の民を幸せにしたいと言う欲求だ。利権がぶつかれば、諍いが起きる。それが戦争だ」
「我等兵士は、どうすれば良いのでしょう?」
「戦争で犠牲者を出さない事だ。叶わぬ理想だ。だが、私はそのつもりで戦に臨んでいる」
「戦争で死者を出さない事が可能なのでしょうか?」
「無理だ。死者は必ず出る。だから肝に銘じておけ。お前が殺した敵の数だけ、彼らの人生を背負え」
「はい、師匠!」
「そして、戦争が起きない平和な世界。その方法を諦めず俺と一緒に探せ!」
「はい、師匠!」
モーリスはヒューラーの導きの元で、心身共に逞しく成長していく。モーリスが二十歳になる頃には、武においてはヒューラーすらも越え、将軍の右腕と称される様になっていた。
そしてモーリスが二十歳の夏、二人の男との出会いが有った。
アーグニール王国のケーリア。それと、グラスキルス王国のサムウェル。彼らとの出会いは、戦場であった。
アーグニール王国との小競り合いに、モーリスは中隊を率いて出陣した。そこで相対したのは、同じく中隊を率いるケーリアであった。
攻勢をかけるシュロスタイン軍に一歩も引かず、アーグニール軍は応戦する。直ぐに前線を後退させて、モーリスとケーリアの一騎打ちとなる。幾百の剣を打ち鳴らし、刃が折れても拳で殴り合う。モーリスは心が躍った。こんな強い男がいたのかと。
何時間も殴り合い、力尽きて二人は倒れる。しかし両者の顔には、笑みが浮かんでいた。
「お前の名は?」
「ケーリアだ。お前は?」
「モーリスだ。ケーリア、お前とは戦場とは違う場所で、思いっきりやり合いたい」
「同感だ、モーリス。戦争の無い世界で、もう一度お前と勝負がしたい」
アーグニール王国との小競り合いは、指揮官二人のおかげで、戦死者は出なかった。
同じ頃、シュロスタイン軍内に奇妙な噂が流れ始めた。グラスキルス王国の軍に、長棒を巧みに操り前線を駆け回る一人の男がいる。
その男は兵士達を後方に陣取らせ、一人で前線に立つ。そして長棒で次々と相手を薙ぎ倒して、引き揚げていく。百人がかりでも、決して倒す事の出来ない剛の者。
その噂を聞いたモーリスは胸が高鳴った。面白い男がいる。そいつは、俺と同じ志を持つ者かも知れない。ただモーリスと、噂の男との出会いは、意外と早く訪れた。
グラスキルス王国と小競り合いになった際、モーリスの中隊に出番が訪れた。モーリスの頭には、噂の男が過る。そしてモーリスは、木剣を中隊全員に用意させて出陣した。
グラスキルス軍と対峙した時である。兵を後方に置き去りして、一人の男が歩み寄って来る。その男は長棒を一本抱えて、散歩でもしてるかの様に歩く。それを見たモーリスは、用意して来た木剣を持ち、男の前に歩み寄った。
「モーリスは、おまえだな? 強いらしいな。ケーリアの奴に聞いたぜ」
「お前の噂も聞いた。名は?」
「サムウェルだ。よろしくな、モーリス!」
サムウェルは、鍛え上げられた肉体と鋭い眼光に副わず、明るく快活な男だった。
「モーリス。戦争なんかで命を落とすなんて、勿体無いと思うよな!」
中隊を率いる者としては、間違ったセリフかも知れない。モーリスは、心からサムウェルに同意した。
「サムウェル。お前の言う通りだ」
モーリスは木剣を翳して、サムウェルに答える。サムウェルは、モーリスの行動を見て笑みを深めた。
「モーリス。お前の事、気に入ったぜ。このまま無傷で帰ったら、色々面倒だしな。戦争ごっこを始めようぜ!」
「あぁ。面白くなりそうだ」
木剣を揃えたモーリス率いるシュロスタイン軍、長棒を揃えたサムウェル率いるグラスキルス軍。両軍は日暮れまで戦い続けた。特にモーリスとサムウェルの一騎打ちは壮絶だった。
何本も得物を折り、打ち合い続ける。互いに一歩も引かない互角の戦い。全力を尽くしても、まだ倒れない相手。そして両者の顔は笑っていた。
両軍の兵達は、力尽きて倒れる。そして兵達も、互いの健闘を称えあっていた。
「モーリス。強いな、お前。楽しかったぜ!」
「サムウェル、俺も楽しかった。またお前とは勝負したい。今度は俺が勝つ!」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ、勝つのは俺だぜ」
「ケーリアにサムウェル。頼もしい奴らだ」
「いつか一緒に飲み明かそうぜ。三人で必ずな」
「あぁ、サムウェル。いつか必ず」
戦の絶えない三国では、叶わぬ約束かも知れない。しかしモーリスにとって、叶えたい願いとなった。
暫く後、国内でモンスターが発生し始め、その数は日増しに増加していく。モンスターから住民を庇った深い傷が原因で、ヒューラーは退役をする。
「今こそ我等の力が必要な時だ。国を国民を守れ、モーリス」
その言葉を最後に、ヒューラーは永久の眠りについた。そしてモーリスは、ヒューラーの後を継いで、シュロスタイン軍の将軍となる。最後に残した師の言葉を胸に秘め、軍を率いてモンスターを駆逐する。
その勇猛果敢ぶりは、国内でも有名となり、段々と国内での発言権も増えて行った。
やがてモンスター被害の対策をする為、大陸各国が集まる事になる。そこでモーリスは、運命の出会いを果たす。
モーリスにとって、今でも輝く懐かしい思い出。もう二度と会う事の無いその人と、共に戦った輝かしい日々は、今でもモーリスの宝である。
枷で繋がれたモーリスは呟いた。
「ケーリア、サムウェル、どうか無事でいてくれ。お前達なら判るはずだ。これが人知を超えた者の仕業だと。ペスカ殿。貴女が生きていたら、この醜態をどう思われるでしょう。不甲斐ない私を笑うだろうか?」
モーリスの一方的な想いだった。だが、今でも彼女を想うと、胸が高鳴り勇気が湧く。再びモーリスは牢の中で闘志を燃やした。ここが最後の場所では無いと、己に言い聞かせて。