ペスカ達の車は、シュロスタイン王国の王都へ向かいひた走る。車内から見える風景は、作物だけで無く木々や草花も、枯れ果てる光景だった。上部のハッチから顔を出すと、外の空気は淀んでいるのがわかる。
 
 途中立ち寄る村や町の住人達は、一様に精気が失われていた。ペスカが元気の出る魔法を使い、冬也達が簡単な食料配給を行う。その間に集まった情報は、最初の村と然程変わらない。
 誰もが突然起きた戦争に戸惑い、怯え、段々と気力が失われたと話していた。

 ペスカは立ち寄った村や町で、大地母神フィアーナに祈りを捧げる事を言いつけた。広場の中心で火を起こし、それを三日三晩絶やさない事。その火を取り囲み、住人達が交代で祈り続ける事。備蓄の食糧を使い、供物を捧げる事。
 ペスカは、人々から大地母神フィアーナへの信仰を集める事で、女神の加護を取り戻そうと考えていた。

 採掘の神ウィルラスが集めて来た兵站のおかげで、ペスカ達の食料には余裕が有る。王都への道すがら車中泊を繰り返しつつ、村や町に立ち寄っては復旧の足掛かりを作っていった。
 しかし王都に近づく度に、様相は変化していく。王都から遠い場所は、住民は精気が失われる程度であった。王都に近づく程、住人達は怒り狂い始めている。

 ペスカ達がある街に近づいたある朝の事だった。車内で目を覚ましたペスカが、ぼうっとスクリーンを見つめて呟いた。

「ねぇ、お兄ちゃん」
「どうしたペスカ」
「この辺に光が集まってたよね?」
「そうだな。次の目的地にしてた場所だろ?」
「光が消えてるんだよ」
「壊れたんじゃねぇか?」
「壊れて無いよ! 他は光が映ってるじゃない! ちょっと待って、何これ! 翔一君、急いでサーチ!」

 スクリーンに映る光の変化に、ペスカは慌てて大声で翔一を呼ぶ。朝食のパンをかじっていた翔一が周囲の探知をかけ、スクリーンに再投影させる。

「皆、注意して! 何か変な集団がいる!」

 探知をかけた翔一は、焦った様に大声で警告を発した。スクリーンには真っ赤に染まる光が、目的地にしていた周辺に映っていた。

 ペスカはすぐさま望遠機能で、全面スクリーンの一部を拡大させる。そこには傷だらけの兵士が五十人程、映し出されていた。
 彼らの頬はガリガリに瘦せこけ、髪は乱れ、顔や体中のあちこちに傷を負っている。体を包む簡素な皮鎧は、ボロボロに傷ついて血が赤黒くこびりついている。中には片腕を失い、簡単な血止めだけの処置をしただけの兵や、片足を失い槍を杖代わりにして歩いている兵もいた。
 
 兵達の顔に浮かぶのは、怯えや嘆き、激しい憎悪の表情だ。碌に食事も摂れず戦わせられ、傷を負っても禄な治療を受けられない。兵士達の様子を見れば、この戦争の過酷さが伺える。 

 そして、スクリーンの様子を見た翔一が、ペスカに尋ねる。

「ペスカちゃん、どう思う?」
「脱走兵と言いたい所だけど、スクリーンが赤く光ってるのは気になるね」
「ペスカ、どういう事だ?」
「よく見て!」

 ペスカがスクリーンの一点を指さす。更にペスカは、それを皆にもわかる様に拡大する。
 
「血って乾くと固まるのは知ってるよね? でも一部の人は、今も血が流れてるでしょ?」

 ここは戦場ではない。それは、スクリーンを見てもよくわかる。突如としてスクリーンから消えた光、そして現れた兵士達、加えてスクリーンが示す赤色と兵士達の様子。それが物語っている理由は、最早一つしかあるまい。

「まさか、ペスカちゃん。この人達は、近くの町を襲ったの?」
「空ちゃん。光の塊が消えて、こんな奴らが現れたら、そう考えるのが自然でしょ?」
「ペスカちゃん、どうするの?」
「普通、脱走兵は捕まって死刑。ただし、この国の社会機構が正常だったらだけどね」
「それって戦争にかまけて、内政だけじゃ無くて、公安組織も機能して無いって意味?」

 ペスカは腕を組んで空に頷き、話しを続ける。

「戦争って準備に時間をかけるんだよ。兵士や糧食を集めなきゃいけないし」
「でも、この国では徴兵された様子が無いって事かい?」
「翔一君、ご名答。どの町でも男達が残っていた。備蓄の食糧は戦時中と思えない程の蓄えだった」
「ペスカ、そろそろ兄ちゃんの頭が限界だよ。もう少し優しく教えてくれよ」

 ペスカは溜息をついて、冬也を見やった後に結論付けた。

「恐らく、兵站がまともに機能してないから、一部の兵士が飢えて脱走した。途中の町を襲って食料を調達したって所じゃないかな」
「でも、それなら捜索部隊が派遣されても、おかしく無いとおもうけど」
「翔一君。確かに普通ならそうなると思うよ。でもグレイラスに洗脳されて始まった戦争下で、常識的な行動を取れる人間がどれだけいると思う?」
「厄介だね。捕まえてお上に引き渡すってだけにはいかなそうだね」
「まぁそうなんだけど。そんな難しい事を考えてる翔一君に、一つ提案が有ります」

 ペスカは笑みを浮かべて人差し指を立てる。翔一は嫌な予感がしつつも、ペスカに恐る恐る尋ねた。

「ペスカちゃん、何させる気だい?」
「嫌だな~。最近役立たず感が激しい。もとい、活躍の場が少ない翔一君に出番をあげようって、私の思いやりだよ~」
「ペスカ。あんまり、翔一を虐めんなよ」
「虐めてないよ~。せっかくお兄ちゃんに鍛えられた剣の腕を、お披露目する場面だよ。さぁ行け、翔一君!」
「行けってどうすれば?」
「意思を斬るイメージを剣に乗せれば、多分大丈夫。ね、お兄ちゃん」
「あぁ、そうだな。斬るのは肉体じゃなくて、悪意みたいな物をズバット斬るんだ。頑張れ翔一!」

 ペスカの意図を理解した冬也が、翔一にアドバイスを送る。当の翔一は、強引に背中を押されて頭を抱えた。

 そして冬也は車を走らせると、脱走兵と思われる集団まで二百メートル程の距離まで近づく。
 兵達は酷い困憊のせいか、車には気が付いていない。翔一は、意を決し車から降り兵達に近寄った。

 近づくと、兵達からは鋭い視線が突き刺さる。殺気の籠る目だ。しかし、ここまでの道中でそんな目は沢山見て来た。

「なんだ、おめぇは?」

 一人の兵が警告を発する様に大声で叫ぶと、兵達が武器を構えだす。だが翔一は平静を装い、兵達に尋ねた。

「君達は、ここで何をしているんだ?」
「おめぇには関係ねぇだろ。殺されたくなきゃすっこんでろ!」
「僕は、この先に用が有るんだ。君達、何か知らないかな?」
「あぁん? おめぇ余所者か? この先には、町なんかねぇんだ。早く消えろ!」
「この先には、町が有るのかい? 町の人達は、無事なのかな?」
「知るか! 町もねぇし、人も食料もねぇよ」
「語るに落ちたね。それは、君達が奪ったって事かな? 犯罪だよね?」

 兵達から殺気が漏れる。顔は強張り、臨戦態勢に入っていく。翔一は何とか平静を保ち、兵達に問いかけを続ける。

「君達は、どこに行こうと言うのかな? 戦線離脱、町で強盗、もう死罪確定だよね」
「うるせえ! こんな訳わかんねぇ戦争で死んで堪るか! 皆、こいつを殺せ!」

 その掛け声と共に、兵士達は一斉に翔一へ襲い掛かる。しかし翔一は、冷静にマナを剣に纏わせる。斬るのは悪意、その一念をマナに込める。

 最初の一人が剣を振り下ろす。翔一は易々と剣を躱して、胴を薙ぐ様に剣を振るう。斬られた兵は、意識を失い倒れた。

 翔一はこの時、確かな手応えを感じていた。冬也との訓練は、確実に翔一を成長させていた。
 どの兵士も動きが遅い。剣を振り下ろす速度にも勢いがない。それは、彼らがやつれているからか? 否、根本的な技能の問題だろう。碌な訓練も出来ていないのではないか。そんな事すら思わせる。

 翔一は、少し前までただの高校生だった。喧嘩もした事がない、武術の経験も無い。普通の高校生である。
 そんな普通の高校生が、殺傷能力の高い武器を構えた相手に、立ち向かう事が出来るであろうか。命の危機に遭遇すれば、必然的に戦わざるを得ないか? それは誤謬であろう。生き延びる意志がなければ、死ぬだけなのだから。

 翔一を変えたのは、覚悟であろう。神との戦いを目の当たりにし恐怖しても尚、前を向こうとする意志が翔一を強くした。冬也との訓練で戦う技術を得て、過酷な環境が翔一の心を鍛えた。

 そんな翔一に、一介の兵士が敵うはずがない。
 
 二人目、三人目と翔一に向かい剣を振り下ろす。翔一は向かって来る剣を往なして、一人を袈裟懸けに、次の一人を逆袈裟に斬り付ける。斬られた兵二人は、一人目と同様に意識を失い倒れる。
 
 肉体を斬った感触は無く、悪意めいた淀みを斬り払った感触が有った。

 次々と襲い掛かる兵達を、翔一は斬り捨てていく。実戦の中で翔一の集中力は、高まっていく。
 剣は鋭く真っすぐに振り、決して大振りはしない。歩幅は短く、後ろ脚を直ぐに引き付ける。残心を忘れず、背後の気配を捉える。
 翔一が意識したのは、剣の基礎かも知れない。だが、冬也に叩き込まれたその基礎が、兵士達を圧倒した。

 翔一は五分とかからず、約五十人の兵達を無力化させる。車内でのんびりと翔一の様子を見ていたペスカが、冬也に話しかけた。

「まぁまぁじゃない? お兄ちゃんの感想は?」
「充分つえぇだろ! すげぇよ翔一は!」
「翔一君ってある程度は、小器用に熟すからな~。まぁこの位やってくれないと、後々本当の役立たずになるしね」
「あんまり虐めんなよペスカ。あいつはあいつで、頑張ってんだから」
「はいはい。わかってますよ、お兄ちゃん」

 ペスカは齧りかけのパンを口の中に押し込むと、立ち上がり車を降りる。
 
「さてと、事情聴取といきますか」

 腕を回しながら呟くペスカに続いて、冬也が車から降りる。一線で戦っていた兵士達から、どんな情報が得られるのか、ペスカの心は少し踊っていた。