クラスメイトがこの世を去った。

名前は、本田美波。

心臓に疾患があり、突然発作を起こして病院に運ばれた。

しかし、病院に着いた頃には息を引き取っていた。

葬儀では、多くのクラスメイトが涙を流した。

可愛くて、優しかった彼女はクラスの人気ものだった。

そんな彼女が突然、俺の前に現れた。

授業中に現れたため、もう少しで悲鳴を上げるところだった。

「私が見えるの?」

彼女に聞かれて、俺は頷いた。

「ほんとに?」

もう一度頷くと、嬉しそうに飛び上がった。

「私のこと見えたの、島崎くんがはじめて!よかった、見える人がいて」

俺の名前、覚えてたのか。

「ねぇ、放課後図書室にいるからきてくれる?」


約束通り帰りのホームルームが終わってから、図書室に向かった。

俺の通っている学校の図書室は、珍しいことに校舎を出た別棟に建っている。

図書室というより、図書館と言った感じだ。

校舎を出ると、蝉の鳴き声が聞こえて灼熱の太陽が照りつけている。

図書室に着く頃には、額に汗が浮かんでいた。

本田、どこにいるんだ?

やっぱり幻だったのか?

この暑さでどうかしていたのかもしれない。

そう思っていた時、

「島崎くん」

目の前に本田が現れた。

「うわぁ!」

体が宙に浮かんでいる。

驚いて、尻餅をついた。

「大丈夫?」

心配そうに俺の顔を覗き込んできた。

「な、なんで浮かんで…」

声を震わせながら言った。

「あぁ、これ?すごいでしょ?幽霊になったらこんなことできるようになるんだね」

くるくると、楽しそうに回っている。

「一つ聞きたいんだけど、なんで俺には君のことが見えてるの?」

「なんでだろうね。島崎くん、霊感でもあるの?」

「そんなのないよ」

生きてきて今まで、幽霊なんか見たことは一度もなかった。

「何か意味でもあるのかな?」

「だから図書室に俺を呼び出したの?」

ここの図書室はあまり人気がなく、人がいることは滅多にない。

「そうだよ。人の多いところで話すと、島崎くんが怪しい人だと思われちゃうから」

言われてみればそうだ。

しかし、本当に不思議だった。

俺と本田の共通点は、あまりない。

話したことすら、数えるほどしかなかったはずだ。

「でもよかった。これで手伝ってもらえるよ」

「何を?」

「私の未練解消」

本田は死ぬ前に心残りがあったらしい。

「三つあるの」

一つ目は、

「こっちだよ」

本田に連れられて、公園にやってきた。

ブランコのところにダンボールがあった。

中を覗き込むと、一匹の子猫がいた。

三毛猫だ。

「この子を飼ってくれる人を探してたの」

最近になって、この公園に捨てられていたのを見つけたらしい。

「島崎くんの家で飼えない?」

うちにはもう犬のモコがいる。

一緒に飼うのは難しい。

「ちょっと厳しいかも」

「そっか」

他に飼ってくれそうな人はいなかったか。

「あ、そうだ」

飼ってくれそうな人がいたのを思い出した。


「どうした、真琴」

「この猫、修介の家で飼えない?」

修介の家では猫を買っていたはずだ。

「うちにはもう、一匹いるからな。二匹も飼うのは難しいな」

「そうか」

諦めて帰ろうとした時、

「待て、学校で猫飼いたがってた奴がいたんだ」

次の日、学校に行ってその人物に会った。

「公園にいる猫でしょ?あの猫、うちで引き取ろうと思ってたの」

そう言ってきたのは、クラス委員の香川だった。

「美波が気にしてたから…」

香川は、本田と仲が良かったらしい。

「その猫、まだあの公園にいるよね?」

「うん」

俺は頷いた。

「島崎くんも、知ってたんだ」

「ま、まぁね」

嘘だ。

本当は本田に言われるまであの公園も知らなかったし、ましてや猫が捨てられていたことも知らなかった。

そんな俺の嘘には気づいていないらしい。

「今日の放課後、迎えに行ってあげなきゃ」

「ありがとう」

俺は、香川にお礼を言った。


「子猫、飼い主が決まってよかったな」

「うん。真由、覚えててくれたんだ…」

本田が、嬉しそうにしていた、

「真由、私が学校休んだ時とか、いつもお見舞いにきてくれたの。私は病気で、学校にあまり行けてなかったけど、真由がきてくれた時は嬉しかったな」

本田と香川は、幼馴染だそうだ。

「まさかあの発作であっさり死ぬとは思わなかった。真由には迷惑いっぱいかけて、まだ何も恩返しできてなかったのに…」

本田の目から、一筋の涙がこぼれた。

「まだ、死にたくなんてなかったのに…っ」

次から次へと涙が溢れてきた。

本田が落ち着くまで、俺は黙って待っていた。

「取り乱してごめん」

本田は、涙を袖で拭った。

「気を取り直して、次の未練解消だよ!」

「張り切ってるところ悪いんだけど…もう夕方なんだ」

「え?」

空は真っ赤な夕日が出ていた。

「また明日な?」

「うん…」

本田はしょんぼりした。

次の日の朝。

「島崎くん!おはよう!」

なぜか本田が、俺の家の前にいた。

「なんで俺の家知ってるの?」

「昨日、一緒に家の前まで行ったでしょ?」

そうだった。

本田が家の中に入ろうとしたので、慌てて帰ってもらったんだった。

「昨日は、自分の家に帰ったのか?」

「うん…」

本田は俯いた。

「お父さんもお母さんも元気がなかった。私が死んじゃって悲しいのかな」

自分の子供が亡くなったのなら、悲しむのが当然だ。

「お母さんは私が入院とかした時に、仕事もやってて大変な思いしただろうから、私がいなくなって少しは負担が減ったと思ったんだけど、やっぱり悲しいんだね」

そう言って、寂しそうに笑った。

「病気が良くなったら、お父さんとお母さんに親孝行するって決めてたんだけど、それもできなくなっちゃった」

俺は、自分が死ぬことがわかっていたら、親に感謝を伝えることができるだろうか。

全ての後悔をなくして人生を終える人はあまりいないだろう。

「ねぇ、今日は学校休みだし、どっか出かけないの?」

「特に予定はないけど」

今日は一日、家で過ごす予定だった。

「じゃあ、少し付き合って」

俺たちは、海までやってきた。

「私、心臓の病気だったから、体育とか全部見学だったの。海とかにもきたことなくて、ずっときてみたいと思った。これが二つ目の未練」

ここからは海が見える。

階段を降りれば、海まで入れるのだが、本田は見るだけで十分のようだ。

「綺麗だね」

本田が海を見つめて言った。

「島崎くん、私と初めて話した時のこと、覚えてる?」

「え?」

本田が、俺を見つめて聞いてきた。

「いつだったけ?ごめん。覚えてないや」

「だと思った。私たちが話したのは去年の夏。高校一年生の時」

本田がその時のことを話してくれた。





その日、私は図書室で日記を眺めていた。

「私、あとどれくらい生きられるのかな」

今年のはじめに買ったこのマイブックは、本屋に行った時、気まぐれで買った。

緑色のブックカバーも買って、それからずっと使っている。

最初は何も書く気にはならなかったが、高校に入ったと同時に、日記を書くことを決めた。

その日あったことや、嬉しかったこと、嫌だったことなどなんでも書いた。

医者には、あと持って一年だと余命宣告をされた。

せめて、二十歳までは生きたかった。

そんな希望を抱いたところで寿命が伸びるわけではない。

恋だって、まだしたことなかったのに…

周りの友達は、みんな彼氏がいたり、好きな人の話題で盛り上がっていた。

私もいつか、こんなふうに話せる時がくるといいのにと思った。

でも、もう無理だ。

そんな時、一人の男子生徒が図書室にやってきた。

真剣に本棚の前に立っている。

制服のバッジを見て、同じ学年だとわかった。

きっと別のクラスだろう。

その人を見た瞬間、心臓がドキドキした。

一瞬、発作かと思ったが違うようだ。

その時、私は彼に恋をした。

その日を境に彼は毎日図書館にくるようになった。

彼は、いつも私から離れた場所で本を読んでいた。

そんな日が何日か続いていた。

「ねぇ」

振り返ると、いつも図書室にいる彼が立っていた。

「これ、落としたよ」

それは緑色のブックカバーがついた私の日記だった。

「ありがとう」

私は小さい声で、お礼を言って受け取った。

「どういたしまして」

そう言って、優しく笑ってくれた。



「それが島崎くんだよ」

言われてみればそんなこともあったかもしれない。

「それから、話すことはなかったんだけど、二年生になったら、島崎くんと同じクラスになれてすごく嬉しかった」

まさか俺が、クラスの人気者から好意を寄せられていたなんて知らなかった。

「私の三つめの未練は、好きな人に告白できずに死んじゃったこと。きっとこれを伝えられるように島崎くんには私が見えてたのかも。よかった、やっと伝えられる」

本田は、少し顔を赤くして言った。

「ずっと前から、島崎くんのことが好きだったの」

そして、緑のブックカバーのついた文庫本を開いて、俺に渡した。

「ここ、見て」

俺は、開かれたページを見た。

そこには、『私のやり残したこと』と書かれていた。

その下にたくさんのことが書かれていた。

「本当は、全部やりたかったんだけど、時間がないから三つまでに絞ったの」

時間が、ない?

「私がこの世にいられるのは今日まで。だから間に合って良かった」

嘘だろ?

あと少しで本田と会えなくなるのか?

「ねえ、島崎くん、目を閉じてくれない?」

「え?なんで?」

「いいから」

俺は言われたとおりに目を閉じた。

唇に柔らかい感触があった。

それが何かわかって、俺は目を開けた。

本田が唇を離して、悪戯っぽく笑っていた。

今度は俺が顔を赤く染めた。

「ありがとう。島崎くん、これで全部未練解消できたよ」

嬉しそうに涙を流していた。

「今度生まれ変わったら、私と付き合ってくれる?」

俺は、頷いた。

「嬉しい」

そう言い残して、本田は消えた。

俺の手には、本田の日記が残っていた。

そして、海の波の音だけが聞こえていた。