グール()したラーバスは蒸発(じょうはつ)しかかっている腕を()さえながら声を上げた。

「ゆ、許さん!」

 しかしウォルターは少しずつ(あゆ)みを進め、今度は剣でラーバスの胸を()こうとした。

 だが──。

爆発魔法(イクスプロシオン)!」

 ラーバスが呪文を(とな)えると周囲が爆発した。

 ウォルターが爆風(ばくふう)で吹っ飛ぶ。

「ウォルター!」

 私はあわてて()()ろうとしたが、パメラに止められた。

「あんたは聖女だよ! 戦いでは足出(あしで)まといになるだけ。愛する男の戦いを見てな!」

 するとウォルターは(ちゅう)で体をひねり──着地した。

 爆風(ばくふう)には巻き込まれたが、体は(きず)ついていない!

 私はホッとした。

「うぬっ……。爆発魔法(イクスプロシオン)()けただと?」

 ラーバスが声を上げたとき、ウォルターは再度、右(なな)め上から剣を振り下ろし──。

 また蒸発(じょうはつ)する音が聞こえた。

 ラーバスはウォルターの剣で左肩から鎖骨(さこつ)まで、()()かれていた。

 そして切断面(せつだんめん)()蒸発(じょうはつ)している……!

「うっ、うぐぐ……」

 ラーバスはうろたえたように見えたが、彼はそのとき笑ったようにも見えた。

「──目覚めよ(レ・ヴァンタルシェ)!」

 ラーバスは聞いたことのない魔法の呪文を唱えた。
 
 魔族の古代語か?

 その瞬間、ウォルターの周囲に眠っていた五名のグールたちが起き上がったのだ。

 睡眠(すいみん)から目覚めさせる魔法だ!

「むっ! や、やめろ!」

 ウォルターがグールたちに取り囲まれ(つか)まれた。

「よせ! どいてくれ!」

 しかしウォルターは反撃(はんげき)できない。

 グールは人間なので手を出せないのだ。

 ラーバスはウォルターの優しさを計算していたのだろう。

「ハハハ! 雷撃魔法(トゥルエノ)!」

 ラーバスは形勢(けいせい)逆転を確信したのか、笑いつつ攻撃魔法を(とな)えてきた。

 (ちゅう)から(かみなり)が発生し──ウォルターは背中に雷撃(らいげき)を受け(たお)()んだ。

「ウォルター!」

 私は(さけ)んだがもう(おそ)い──。

 ウォルターの体から(けむり)が出ている……。

 一方、ウォルターを取り囲んでいたグールたちは皆、雷撃(らいげき)で気絶している。

 ラーバスはもう一度、雷撃(らいげき)魔法を(とな)えようとしていた。

「もう一撃(いちげき)──雷撃魔法(トゥルエノ)!」
「おーっと! そうはいくかって」

 ……そんな声がして、何かが切り(きざ)まれる音がした。

 え?

 何者かがラーバスの左にいて、ナイフでラーバスの左腕を()()いていたのだ。

 見覚えのある銀髪(ぎんぱつ)の少年……。

 ネストールだ!

「あいつ! いつの間にゾートマルクの街に来たんだ?」

 パメラが声を上げた。

「お、お前……何者だ?」

 ラーバスは苦痛に顔を(ゆが)めてネストールを見やった。

「ローバッツ工業地帯から女王たちが帰ったから、こっちに来たよ。この街に美味(うま)いパン屋ある? ラーバスさん」
「き、貴様(きさま)……! わ、私の雷撃(らいげき)魔法の詠唱(えいしょう)途中(とちゅう)で……邪魔(じゃま)しおって!」
「ウォルター! 今だ!」

 ネストールが(さけ)ぶと、ウォルターはヨロヨロと立ち上がった。

「よ、よせ! くそ、もう一度、雷撃(らいげき)魔法を……!」

 ラーバスは左手を前に()き出そうとしたが、左腕をネストールに()られているので腕が上がらない。

「ここだ!」

 ウォルターは今度こそ──剣でラーバスの胸を()き刺した。

「う、うう……な、なぜだ」

 ラーバスの胸──(おそ)らく心臓は蒸発(じょうはつ)()けだしている。

 するとラーバスの姿は(ちぢ)こまり、普段の青年の姿に戻ってしまった。

「ラーバスは死霊(しりょう)病を(わずら)っていない。だからグール()の効果時間が短いのだ」

 グラモネ老人が言った。

 ラーバスはウォルターの前で(ひざ)をついたが、「こ、これで終わりじゃない」と言い──。

 ウォルターの首を両手で()めだした。

 切り(きざ)まれたもう力の入らない両腕で……。

 その両腕は(ふる)えている。

「ま、魔族の(やみ)を、お前に流し込んでやる!」

 ボロボロの両腕が(やみ)の気に包まれる。

 あ、あの(やみ)の気にとり()かれたら……ウォルターが(やみ)に取り込まれてしまう!

 しかしウォルターの顔は冷静だった。

 ウォルターはラーバスの腕を(つか)み、そのまま彼の体を背負って投げた。

「ぐは」

 そんな声とともに、ラーバスは背中から地面に投げ落とされた。

 地面に寝転んだラーバスの(ひたい)に、ネストールがナイフを当てがった。

「勝負あったね? ラーバスさん」
「う、うう……」

 ラーバスはそのまま気絶してしまった。

「ウォルター!」

 私はすぐにウォルターの(もと)()()り、彼を抱き()めた。

 ゾートマルクの街は昼の太陽の光に照らされて(かがや)いていた。