「ルバイヤ村に人間の力を引き出してくれる人がいます。それに加え、ルバイヤ村の者ならあなた方の要望に(こた)えて、たくさんの協力者を派遣(はけん)してくれるかもしれません」
「そ、それはすごい!」

 私は思わず声を上げた。

 ルバイヤ村に行かなければ……!

 だが一方でここ、ゾートマルクの街の魔物──グール()した人々のことも調査したいという気持ちもあった。

 聖女として、人を苦しめるこの謎の現象(げんしょう)(ほう)ってはおけない……!

 ◇ ◇ ◇

 川の内周(ないしゅう)地域の住人は夕方からグール()する!

 となると問題は、私たちが夜をどう過ごすか。

 私たちが宿泊する場所を探さなければならない。

 ちょうど、川の外周(がいしゅう)地域に「陽馬亭(ようばてい)」という宿屋があったので、そこで宿泊(しゅくはく)することになった。

「ご主人はグールが怖くないのですか?」

 私は宿泊(しゅくはく)手続きをする(さい)、宿屋の()せた主人に聞いた。

 しかし宿屋の主人はまったくそれについては答えなかった。

「……お前たちの宿泊(しゅくはく)する部屋は102号室と103号室だ」

 そして彼はこう付け加えた。

「この街で余計なことをするな。分かったな。変な真似(まね)をしたら……報告するぞ!」

 こ、この主人──ジャームデル王国の監視人(かんしにん)だ!

「僕たちは常に監視(かんし)されている──そう覚悟(かくご)しておけばいい」

 ウォルターは受付から離れた窓の前で静かに言った。

 窓からは川の向こう側の内周(ないしゅう)地域の家々が見える。

 すでに開閉式の石橋は()ね上げられ、川の外周(がいしゅう)地域と内周(ないしゅう)地域の()()はできないようになっていた。

 そのとき!

「う、う、う……ぐ、ぐぐ……」

 ……うなり声が窓の外から聞こえた!

 それはほぼ間違いなく、グール()した人間の声だった……。

 ◇ ◇ ◇

 ウォルターとジャッカルの部屋──102号室で私たちは相談した。

 ウォルターが口を開いた。

「明日、僕が一人でルバイヤ村に行こう」
「そ、それは危険じゃない?」

 私は心配してあわてて言った。

「魔物のゴブリンが道中(どうちゅう)にいるかもしれないし、ルバイヤ村はジャームデル王国の国境(こっきょう)付近の村らしいわ。ジャームデル王国はグレンデル王国と友好国。国王はイザベラ女王と深い仲だというし……危険よ」
「アンナ、ウォルターに(まか)せておけ」

 ジャッカルが言った。

「アンナとパメラはここ、ゾートマルクで色々やることがあるんだろ。この街には俺が残ってやるから安心しろ」
「ジャッカル、あんたが~? 余計心配だなあ」

 パメラがそう突っ込んだので私たちはクスッと()き出した。

 ウォルターは話はまとまった、という風にうなずき言った。

「僕がルバイヤ村に行き白魔法医師たちに協力者を(つの)ろう。アンナたちは、この街のグール()現象を解明するんだな?」
「ええ。明日の朝、グール()から()けた人々の様子を見ます」

 私がそう言った……そのとき!

 窓の外でガラスが割れるような音が聞こえた。

 私たちは窓から川の向こう側──川の内周(ないしゅう)地域を見た。

 薄暗い中で、何かがうごめいているように見えた。
 
 ……人間……いや、グールだ! 

「グールが家の外に出ているのか!」

 ジャッカルが声を上げたとき、またガラスが割れる音がした。

 グール化《か》した人間が、家の窓ガラスを割っているのだ!

 これは思った以上に深刻(しんこく)な状況だ……。

 ◇ ◇ ◇

 翌朝──快晴。

 私、パメラ、ウォルターはラーバスを診療(しんりょう)所の外に呼び出した。

 ジャッカルは朝の見回りに行ってしまっている。

「アンナ、あ、あなた方がグール()した人間たちの診察(しんさつ)をするというのですか?」

 私がうなずくとラーバスはため息をついて言った。

「まったく無茶ですね。朝はグール()がおさまるといっても、彼らは正気(しょうき)を失っています。また、時折(ときおり)グール()する者もいる。危険ですよ」
「僕はルバイヤ村に一人で行きます。ここからニ十キロ南に行けば良いのですよね?」

 ウォルターはラーバスに言った。

 ラーバスは首を横に振りつつも、観念したようにつぶやいた。

「まったくウォルター……あなたも……。確かに私はあなたに聖騎士(パラディン)転職(ジョブチェンジ)することを(すす)めました。しかしその道中(どうちゅう)には魔物のゴブリンもいて危険です。それに、白魔法医師の(かく)(ざと)という名前の通り、物凄(ものすご)警戒(けいかい)が強い村なのです。……私が紹介状を書きますが、追い返されるかもしれませんよ」
(おん)に着ます。馬車で早めに帰ってきます」

 ウォルターはラーバスに頭を下げた。

 すぐにウォルターはラーバスに紹介状を書いてもらい、馬車の停車場に行ってしまった。

 そのとき……!

「何だ、お前らは!」

 私たちの後ろで、ダミ声が上がった。

 後ろを振り向くと、そこには太った強面(こわもて)の中年男が立っていた。

 おや? 医者のような服を着ている。

 白魔法医師ではなく普通の医師の格好だ。

「ああ? 新参者(しんざんもの)が街に来たと聞いてきたが……何だぁ? お前ら」

 中年医師は怒鳴った。

「こ、これは、ゴランボス先生!」

 ラーバスがその中年男に頭を下げて言った。

「か、彼女たちが、昨日話したグール()現象を解明したいと言っている人たちです」
「はあ? グール()現象を解明したいだと?」

 この太った医者は私たちを(にら)みつけて叫んだ。

「できるわけねぇだろうが! 俺が二年もかけて研究しているのによ。さっさと帰れよ。邪魔だよ、お前ら!」

 な、何だ、この中年男は?

 本当に医師なのだろうか?