「よぉ、(おど)り子の姉ちゃん。二人とも美人だねえ。俺と遊ばねえか」

 振り返ると、そこには()っぱらっている太った貴族の男が立っていた。

 私は「外気(ルアーダ)」を体に取り込み始めた。

 一人くらいなら、何とかなりそう!

「おいっ、何(だま)ってんだよ。俺とどっか遊びに行こうよ~」

 ()っぱらった貴族男性は私の肩に手をかけてきた。

 私はその腕を右手で(つか)み──。

「天使よ、この者に眠りと夢を与えたまえ」

 そう(とな)えた。

 私の体に取り込んだ外気(ルアーダ)が、首の裏側から自分の右腕に流れるのが分かる。

「ん? な、何だお前。手がすごく熱く……」

 貴族男性が私に向かってそう言ったとき──。

 私は自分の右手から彼の腕に「睡眠(すいみん)の魔法」を流し込んだ。

「お、う? 急に眠く……」

 彼はよろける。

 まずい、地面にそのまま倒れたら大騒ぎになる。

「ネストール、彼を支えて!」
 
 私が声を上げると彼の後ろに立っていたネストールは、素早く貴族男性の体を支え壁際(かべぎわ)に座らせた。

 貴族男性は壁際(かべぎわ)に座り、そのままいびきをかいて眠ってしまった。

 ふう、(あぶ)なかった……。

 が、そのとき!

「どうかなさいましたか?」

 すると見回りの女性兵士がすぐに()けつけてきた。

「いや~、この貴族の人、()っぱらっちゃって~。困ったもんです」

 パメラが作り笑いをしながら言った。

 すると女性兵士は私をじっと見た。

「あれ? あなた……」

 ──私の正体がバレた?

 私はデリック王子の元婚約(こんやく)者。

 化粧と髪型、服装を変えたぐらいではバレてしまうか……?

 かなり念入りに変装(へんそう)をしたつもりだが……。

「おかしいですねぇ。何だかあなた、見覚えがあります。どこかで会いました?」

 さ、さすが女性。

 さっきの男性兵士と違って(かん)(するど)い……。

 私は女性兵士に手を(つか)まれた。

 今日はよく人に体を(つか)まれる日だ!

(おど)り子さん、ちょっと来てもらいましょうか。化粧をとって素顔を見せなさい!」

 ま、まずい!

 しかしそのとき──!

「スリだ! スリが出たぞ! 十万ルピー(ぬす)まれた!」

 廊下(ろうか)の向こうのほうで大声がした。

 向こうのほうで叫んでいるのは──ネストールだ!

「財布を()られちゃったよ! (つか)まえてくれ!」
「あなたここで待っていなさい! スリはどこ?」

 女性兵士は私に言い、振り返った。

「スリは外に逃げたぞーっ! 庭園のほうだ!」

 ネストールが叫ぶ。

「わ、分かりました!」

 女性兵士は叫び、急いで庭園のほうに走っていった。

 パメラがニヤリと笑ってこっちを見ている。

 ネストールの演技か!

 た、助かった……。

「ふう、(あぶ)なかったな」

 ジャッカルが後ろのほうから声を掛けてきた。

「しかしアンナ、お前はすごいな。何なんだ? 貴族に向かって放った魔法は?」
「聖女の治癒(ちゆ)魔法の応用です。──そんなことより、ウォルターの居場所は?」
「ああ、地下一階の牢屋(ろうや)を確かめた」
「ええっ?」

 私は驚いて声を上げた。

 地下一階の牢屋(ろうや)というのは、私がジムに案内されて、初めてウォルターと会ったあの牢屋(ろうや)のことだ。

 私が知る限り、このグレンデル城に牢屋(ろうや)はあそこにしかないはずだ。

「そ、それで牢屋(ろうや)の中にウォルターは?」
「そこには誰もいなかった。もぬけの(から)だ。牢屋(ろうや)番すらいなかった。ウォルターはやはり別の場所に閉じこめられている。パーティー会場に行って、手掛かりを探すしかない」
「やはりジェニファーに付き()っていた、ロザリーという侍女(じじょ)を探す?」
「ああ、ロザリーなら情報を知っているかもしれない。なぜならジェニファーはデリック王子の婚約(こんやく)者。グレンデル城の機密(きみつ)を知っている可能性が強いし、付き人の侍女(じじょ)に話していると思われるからだ。多分ロザリーは、パーティー会場にいるはずだ」

 ジャッカルは言った。

 機密(きみつ)ねえ……。

 デリック王子は私には教えてくれなかったけど。

 ──ジェニファーは私に対して敵対心を抱いている。

 その侍女(じじょ)に会えたとしても、私がデリック王子の元婚約(こんやく)者とバレたら、侍女(じじょ)はデリック王子に言いつけるだろう。

 ──太った貴族男性はまだいびきをかいて寝ていた。

 ◇ ◇ ◇

 パーティー会場に入ると、それはそれはたくさんの人がいっぱい集まっていた。

 王族や貴族と思われる人々が立食し、談笑している。

 檀上(だんじょう)では演奏があり、壁際(かべぎわ)では(おど)り子が(おど)り、曲芸師が芸を見せていた。

 本当に広いホールだ。

 私たちがロザリーを探していると……。

「おお、来られたぞ!」

 お客たちは声を上げた。

 デリック王子とジェニファーが舞台袖(ぶたいそで)から檀上(だんじょう)に現われたのだ。

「皆様、今宵(こよい)はよくぞグレンデル城に参られた! 今日は私、デリックとジェニファーの婚約(こんやく)記念パーティーだ!」

 デリック王子は満面(まんめん)の笑顔で声を上げた。

 セリフが書いてあると思われる、メモ用紙は手に持っていたが……。

 ジェニファーも両手を(ほお)に当てて、()ずかしがっているポーズをとっている。

「美味しいものを食べて、美しい演奏を聞き楽しんでくれ! 私とジェニファーは来月、正式に結婚しようと思う! 今日は素晴らしい日になりそうだ!」

 おおお~!

 王族や貴族から歓声と盛大(せいだい)拍手(はくしゅ)があった。

 ウォルターを牢屋(ろうや)に閉じこめておいて、何が素晴らしい日だ。

 デリック王子とジェニファーは檀上(だんじょう)を降り、王族や貴族、一人一人に声を掛け始めた。

「おいアンナ、こっちだ」

 パメラが私の腕を引っ張った。

「このパーティー会場の外でロザリーが待っている。ジャッカルが探してくれたよ。今は小休止しているから話を聞いてくれるそうだ」

 ついにロザリーが見つかったか。

 グレンデル城には侍女(じじょ)がいっぱいいるから、ロザリーという侍女(じじょ)には会ったことがない。

「ロザリーはジェニファーの侍女(じじょ)。そこを気をつけなくちゃね」

 私が言うと、パメラはうなずいた。

「ああ。だからアンナ。お前はなるべくロザリーから離れているんだ。ロザリーの話はジャッカルが聞いてくれる」

 女性は(かん)(するど)い。

 私がロザリーに近づけば、王子の元婚約(こんやく)者だと気付いてしまうかもしれない。

 そもそもそのロザリーが、ウォルターの居場所を知っているのかどうか。

 しかし考えていても、このままではウォルターの居場所が分からない。

 うろうろ城内を探し回っても、(あや)しまれるだけだ。

 とにかくロザリーの話を聞いてみよう──!