ここは宿屋、「光馬亭(こうばてい)」──。

 私とパメラ、ネストールの三人が、ジャッカルとグレンデル城への侵入(しんにゅう)について話し合ったその二日後。
 
 デリック王子の婚約(こんやく)記念パーティーが始まる四時間前──。

 私たちはウォルターを取り返す作戦を開始することにした。

「……よし、それでいい」
 
 ジャッカルが宿屋にきて、私を見て言った。

「こんな格好で行くの?」

 私は自分の格好を宿屋の姿見鏡(すがたみきょう)に映した。

 私とパメラは(おど)り子の格好に着替えていた。

 肌もあらわで、へそも出して結構()ずかしい。

 私もパメラも髪を後ろでまとめ、髪型をいつもと違うようにした。

「……俺、この格好嫌だ」

 そう言ったネストールの服装は曲芸師のものだ。

「三人とも、ブツブツ文句言うな。ウォルターの命がかかっているんだからさ」

 ジャッカルは腕組みをして言った。

 私たちの衣装(いしょう)は、宿屋の隣の服屋に借りたものだ。

 ロッドフォール王国の中央地区、リンドフロムは水商売と娯楽(ごらく)産業が(さか)んなので、(おど)り子や曲芸師の衣装(いしょう)を貸し出している服屋が多い。

(おど)り子か曲芸師などに変装(へんそう)すれば、城の正面から堂々と入れる」

 ジャッカルは私たちを見て真剣な表情で言った。

「なぜならパーティーには、(おど)り子や曲芸師が多数呼ばれているからだ。それにまぎれていけば、容易(ようい)に城に入り込めるはずだ」
「おへそ……」

 私は姿見鏡(すがたみきょう)を見てつぶやいた。

 おなか──おへそが丸出しなのが()ずかしくて仕方なかった。

 世の中の殿方(とのがた)というのは、このような格好の女性が好きなのだろうか。

「このバカみたいな格好をしただけで、城に入り込めるの?」

 ネストールは自分のへんてこな曲芸師の格好を姿見鏡(すがたみきょう)で見つつ、顔をしかめながら言った。

「いや、それだけじゃ不完全だ。パーティーの招待券(しょうたいけん)というものがある。俺は十枚ももらっているから、お前らにやるよ」
招待券(しょうたいけん)を十枚? 何でデリック王子は、そんなに配っているんだ」

 パメラは眉をひそめてジャッカルに聞くと、彼は答えた。

「デリック王子の人気のなさは半端(はんぱ)じゃない。招待券(しょうたいけん)を俺たち騎士(きし)団に手渡し、貴族や王族に配布せよと依頼(いらい)してきた。まあ豪華な夕食ができて、(おど)り子と曲芸師のショーを見られるパーティーだから来て損はないって感じか」

 ジャッカルは壁掛け時計を見た。

「さあグレンデル王国に行こう。俺の紹介だと言えば、ほとんど(あや)しまれない。だが、顔は知り合いの侍従(じじゅう)侍女(じじょ)などに見られないようにしろよ。お前らは顔が割れているからな」

 ◇ ◇ ◇

 私たちはネストールが御者(ぎょしゃ)をしてくれた馬車で国境(こっきょう)に行き、マードック氏に事情を話し通してもらうことにした。

 やがて二時間かけて、馬車はやっとグレンデル城近くに着いた。

 グレンデル城前の庭園にはすでにたくさんの人々が集まっている。

 デリック王子とジェニファーの婚約(こんやく)記念パーティーの参加者だ。

 ほとんどが貴族やどこかの王族だと思われるが、平民らしき服装の者もちらほら混ざっていた。

 他には(おど)り子、曲芸師、奇術師、占い師、歌手、演奏家などがいる。

「申し訳ありません。パーティー招待券(しょうたいけん)をご提示(ていじ)ください」

 庭園で周囲を見回していると、見回りの若い男性兵士が私たちに声を掛けてきた。

 あわてて招待券(しょうたいけん)提示(ていじ)する。

(おど)り子さん、曲芸師さん……? あんたら名前は?」

 若い兵士は私やパメラ、ネストールを(うたが)うような目で見た。

 まずい──。

 すると……。

「彼女たちは俺の知り合いなんだよ。城の中に入らせてやってくれないか」

 私たちの後ろについてきたジャッカルが言った。

「なんだ? あんた……」

 若い兵士は後ろを振り返り、ジャッカルのほうを見て──。

「あっ、これはジャッカル殿(どの)! こ、これは失礼しました!」

 彼はあわてて敬礼した。

「こ、この(たび)騎士(きし)団長から降格されたということで、私はとても残念に思っております!」
「あ、ああ、まあな。──とにかく彼女たちを通してやれ。仕事で来てるんだから」
「申し訳ありませんでした! まさか皆さん、ジャッカル殿(どの)のお知り合いとは! ではこちらに」

 若い兵士は私たちに対して頭を下げ、城の門の前に案内してくれた。
 
 そして門番に話し、門を開けてくれた。

 時刻(じこく)はもう夕方の十七時──夕刻(ゆうこく)過ぎだ。

(やるじゃん、ジャッカル)

 パメラはジャッカルの腕を(ひじ)で突っつき、彼に小声でそう言った。

(ゆ、油断するんじゃない。本番はこれからだろ)

 ジャッカルは腕をさすりながら言った。

(何とか中に入れるわね)

 私はパメラに小声で言った。

 さて……ウォルターはどこにるのか。

 地下の牢屋(ろうや)だろうか?

 ◇ ◇ ◇

「パーティー会場は一階大ホールです。よろしくお願いします」

 さっきの兵士は敬礼をして庭園に戻っていった。

 私たちは安堵(あんど)の息をつき、大ホール前の廊下に向かった。

「おい」

 ジャッカルは一通り見回りをしてきて、大ホール前の廊下にいる私たちに言った。

「すぐの地下の牢屋(ろうや)に行って、ウォルターを救いたいところだ。しかし、マックス・ライクという腕っぷしの強い牢屋(ろうや)番がいる。それに、ヤツは牢屋(ろうや)(かぎ)を持ち歩いていない」
(かぎ)はまかせてよ」

 ネストールは言った。

「さっきも話したけど、俺は牢屋(ろうや)の鍵でも何でも開けられるからね」

 ネストールの特技は(かぎ)開けだ。

 昔、盗賊(とうぞく)から(かぎ)開けを教わり、自分の特殊技能(スキル)にしたらしい。

「うむ。(かぎ)については頼んだぞ少年。ただな、さっき友人の騎士(きし)団員に会い、情報を聞いたんだが──」

 ジャッカルは少し考えこみながら言った。

「ウォルターは前回の地下(ちか)(ろう)にいるとは限らんようだぞ」
「どういうことです?」

 私はジャッカルに聞いた。

「アンナ、あんたは城の左手にある地下一階の牢屋(ろうや)でウォルターに会ったと思う。しかしどうもその牢屋(ろうや)にウォルターがいないらしいんだ。俺もさっきの友人の騎士(きし)団員もウォルターの居場所については、あまり知らされていなくてな……」
「じゃあ、別の場所に幽閉(ゆうへい)されている可能性も?」
「そうだ。だからウォルターの居場所を誰かから聞き出さなくてはならない」
「おいおい」

 パメラは顔をしかめた。

「ウォルターの居場所を教えてくれる親切なヤツなんているのかよ?」
「いや、一人思い当たる人物がいる。彼女はこの城の侍女(じじょ)でな……。確かジェニファーと仲が良いロザリーという女性で……」

 ジャッカルがそう言ったとき、私たちの後ろから声がした。

「よぉ、(おど)り子の姉ちゃん。二人とも美人だねえ。俺と遊ばねえか」

 振り返ると、そこには()っぱらっている太った貴族の男が立っていた。

 ネストールはナイフを(ふところ)から取り出す仕草を見せた。

「こら、無視すんじゃねえ。姉ちゃん、遊ぼうよ~」

 貴族の男は真っ赤な顔でヘラヘラ笑っている。

 パメラは「ぶん(なぐ)って失神させるか……」とつぶやいているが、騒ぎを起こすわけにはいかない。

 私は「外気(ルアーダ)」を体に取り込み始めた。

 聖女の魔法を使って──この場を切り抜ける!