♢死神と告白
少し墓場のある山の気温が低いと感じる。そして、カラスの鳴き声と共に雑木林には不気味な風が吹く。死神が現れそうな雰囲気が漂う。今はシーズンではないので、墓参りの客は誰一人としていない。どどうと風が吹く。それは下から上に吹く不思議な風だった。私は、思わず目をつぶった。
「よう、エイトか」
少し低めの渋い声がする。エイトと声の質が似ているような気がする。目を開けると、一見人間のように見える男性が立っていた。直感でお父さんだと思った。黒い服に身を包み、私たちが着ているようなデザインとは違う死神らしい服装の男性が目の前にいつのまにか立っていた。若い期間が長いという通り、あまり老けて見えないので、エイトと兄弟と言ってもおかしくないような風貌だ。
「親父か」
エイトは睨みつける。
「怖い顔をするな。お前のことはずっと遠くから見ていた。だから、結婚しようと思った女性が亡くなってその娘の保護者になったいきさつも知っている。俺が担当したのは、おまえの婚約者だったからな」
「……どういうことだ」
「俺は死神を生業としている。これは、選べない仕事であり、あの世へ連れていく人間だって選ぶことはできない。決められたことをしなければいけない。息子の婚約者が死ぬことは決められていた。それを覆すことはどうあがいても一介の死神では無理なのだ」
この人が、私のお母さんをあの世に連れて行った張本人ということ? 衝撃的な事実が受け入れられず、私はぼうぜんと立ち尽くした。
「線香をあげさせてほしい」
「自分が殺した張本人なのに、よくそんな真似ができるな」
「好きでやったことではない。だからこそ、手を合わせたいんだ」
死神が墓の前で手を合わせるなんてなんて滑稽で不思議な場面なのだろう。私は、唖然とする。
「おまえは半妖だ。だから、怨みを晴らすさだめとなっている。同様に、死神には仕事の選択肢はない。つまり、毎日誰かをあの世に連れていかなければいけない。しかし、誰かがやらなければ魂はさまよってしまう。だから、必要な仕事だ。半妖のさだめは大昔に決められているが、それは必要な仕事ではないと思っている。だから、私は、国の主要人物と話し合う機会を設け、半妖のさだめを撤廃するという計画を推し進めている。自分の怨みは自分で晴らす、人間の自己責任だろ。半妖がやるべきことではないと思っている」
「今頃のこのこ出てきて、半妖のさだめを撤廃するとか調子のいいことを言いやがって。なんで、おふくろと俺を置いていなくなった?」
エイトは激怒していた。法律のことよりも家族のことを考えてほしいのだろう。
「私は若いころに死神を辞めようと思い、人間として生きようと思っていた。だから、結婚したし子供も授かった。俺の考えが甘かった。死神界は辞めることを許さない社会だ。結果、死神界から追手が来て、家族をあの世に連れていくと言われたんだ。俺は死神として戻らなければいけなくなった。寿命が長い分、永遠に仕事をしなければいけない。若い時期が長いのも死神の仕事を円滑にするためのシステムらしい。だから、せめて半妖の息子には自由に生きてほしいと思った」
「なんで、おふくろと結婚しようとしたんだ」
「好きになったからに決まっているだろ。俺たち妖怪は自分の姿を人間にも見えるようにも見えないようにも自在に操ることができる。俺は人間として生活しようと思っていた時に、妻となる女性と出会った。あんなに気丈でしっかりした女はそうそういない。人間の女に興味はなかったのだが、あいつは別格だった。惚れたと思ったら手放すな。エイト、いい女ってのは滅多に出逢えない。だから、ナナさんを手放すなよ」
母親のことをべた褒めされて、エイトは少し怒りが静まったようだ。父親が母を愛していたという事実。死神界のシステムが悪いのだから、父をそれ以上責められることではない。しかし、それ以上にナナさんを手放すな、なんて、まるで私たちが恋仲みたいじゃない?
「ナナさん、息子をよろしくお願いします。ナナさんのお母さんのことは申し訳なかった。私がやらなくても別な死神が魂を持って行っただろうから、結局死神社会の歯車に逆らえなかった。でも、今後二人をバックアップしていきたい。また、連絡する。私はずっと息子を見守っていた。これからもそれは変わらない」
そう言うと、死神は消えた。あっというまに煙のごとく消滅したのだ。やっぱり人間ではなかった。銀色の髪は、父親譲りのようだった。銀色の髪に、顔立ちも似ていた。あごがシュッとしていてシャープなところも華奢で色白なところも、自然と父と息子は似るものだと思い知らされた。
私たちは無言で、何も言えず、そのままお母さんのお墓参りを済ませた。やはり無言で線香に火をつけ、手を合わせる。その行為は母を敬い崇める行為であり、今はそういった手段でしか母に対して生きているものは何もできない。もしかしたら、生きている者の自己満足にすぎない行為なのかもしれない。でも、手を合わせる行為は唯一の母とのつながりであり、私たちの大切な時間だった。
「美佐子さん、娘さんを大切にします。ずっと俺がナナを守ります」
墓に向かってエイトは宣言する。これはどういう意味だろうか? 家族として大切にするっていう意味? 受け取り方によってはプロポーズみたいだ。でも、勇気のない私はそれ以上聞くことはできなかった。きっと家族として大切に思っているっていうことだろう。
少し墓場のある山の気温が低いと感じる。そして、カラスの鳴き声と共に雑木林には不気味な風が吹く。死神が現れそうな雰囲気が漂う。今はシーズンではないので、墓参りの客は誰一人としていない。どどうと風が吹く。それは下から上に吹く不思議な風だった。私は、思わず目をつぶった。
「よう、エイトか」
少し低めの渋い声がする。エイトと声の質が似ているような気がする。目を開けると、一見人間のように見える男性が立っていた。直感でお父さんだと思った。黒い服に身を包み、私たちが着ているようなデザインとは違う死神らしい服装の男性が目の前にいつのまにか立っていた。若い期間が長いという通り、あまり老けて見えないので、エイトと兄弟と言ってもおかしくないような風貌だ。
「親父か」
エイトは睨みつける。
「怖い顔をするな。お前のことはずっと遠くから見ていた。だから、結婚しようと思った女性が亡くなってその娘の保護者になったいきさつも知っている。俺が担当したのは、おまえの婚約者だったからな」
「……どういうことだ」
「俺は死神を生業としている。これは、選べない仕事であり、あの世へ連れていく人間だって選ぶことはできない。決められたことをしなければいけない。息子の婚約者が死ぬことは決められていた。それを覆すことはどうあがいても一介の死神では無理なのだ」
この人が、私のお母さんをあの世に連れて行った張本人ということ? 衝撃的な事実が受け入れられず、私はぼうぜんと立ち尽くした。
「線香をあげさせてほしい」
「自分が殺した張本人なのに、よくそんな真似ができるな」
「好きでやったことではない。だからこそ、手を合わせたいんだ」
死神が墓の前で手を合わせるなんてなんて滑稽で不思議な場面なのだろう。私は、唖然とする。
「おまえは半妖だ。だから、怨みを晴らすさだめとなっている。同様に、死神には仕事の選択肢はない。つまり、毎日誰かをあの世に連れていかなければいけない。しかし、誰かがやらなければ魂はさまよってしまう。だから、必要な仕事だ。半妖のさだめは大昔に決められているが、それは必要な仕事ではないと思っている。だから、私は、国の主要人物と話し合う機会を設け、半妖のさだめを撤廃するという計画を推し進めている。自分の怨みは自分で晴らす、人間の自己責任だろ。半妖がやるべきことではないと思っている」
「今頃のこのこ出てきて、半妖のさだめを撤廃するとか調子のいいことを言いやがって。なんで、おふくろと俺を置いていなくなった?」
エイトは激怒していた。法律のことよりも家族のことを考えてほしいのだろう。
「私は若いころに死神を辞めようと思い、人間として生きようと思っていた。だから、結婚したし子供も授かった。俺の考えが甘かった。死神界は辞めることを許さない社会だ。結果、死神界から追手が来て、家族をあの世に連れていくと言われたんだ。俺は死神として戻らなければいけなくなった。寿命が長い分、永遠に仕事をしなければいけない。若い時期が長いのも死神の仕事を円滑にするためのシステムらしい。だから、せめて半妖の息子には自由に生きてほしいと思った」
「なんで、おふくろと結婚しようとしたんだ」
「好きになったからに決まっているだろ。俺たち妖怪は自分の姿を人間にも見えるようにも見えないようにも自在に操ることができる。俺は人間として生活しようと思っていた時に、妻となる女性と出会った。あんなに気丈でしっかりした女はそうそういない。人間の女に興味はなかったのだが、あいつは別格だった。惚れたと思ったら手放すな。エイト、いい女ってのは滅多に出逢えない。だから、ナナさんを手放すなよ」
母親のことをべた褒めされて、エイトは少し怒りが静まったようだ。父親が母を愛していたという事実。死神界のシステムが悪いのだから、父をそれ以上責められることではない。しかし、それ以上にナナさんを手放すな、なんて、まるで私たちが恋仲みたいじゃない?
「ナナさん、息子をよろしくお願いします。ナナさんのお母さんのことは申し訳なかった。私がやらなくても別な死神が魂を持って行っただろうから、結局死神社会の歯車に逆らえなかった。でも、今後二人をバックアップしていきたい。また、連絡する。私はずっと息子を見守っていた。これからもそれは変わらない」
そう言うと、死神は消えた。あっというまに煙のごとく消滅したのだ。やっぱり人間ではなかった。銀色の髪は、父親譲りのようだった。銀色の髪に、顔立ちも似ていた。あごがシュッとしていてシャープなところも華奢で色白なところも、自然と父と息子は似るものだと思い知らされた。
私たちは無言で、何も言えず、そのままお母さんのお墓参りを済ませた。やはり無言で線香に火をつけ、手を合わせる。その行為は母を敬い崇める行為であり、今はそういった手段でしか母に対して生きているものは何もできない。もしかしたら、生きている者の自己満足にすぎない行為なのかもしれない。でも、手を合わせる行為は唯一の母とのつながりであり、私たちの大切な時間だった。
「美佐子さん、娘さんを大切にします。ずっと俺がナナを守ります」
墓に向かってエイトは宣言する。これはどういう意味だろうか? 家族として大切にするっていう意味? 受け取り方によってはプロポーズみたいだ。でも、勇気のない私はそれ以上聞くことはできなかった。きっと家族として大切に思っているっていうことだろう。