アイリーン・フェリクスは、虎夢亭(とらゆめてい)の前で自分の客と会った。

 そしてその客、バークレイに詰め寄られたのだ。しかし、バークレイの腕をつかんだのが、ダナン・アンテルドだった。

(ダ、ダナン!)

 アイリーンは目を丸くした。そういえばさっき、ランゼルフ・ギルドから出てきたのを見たっけ……。

 いや、そんなことよりも、ダナンが危険だ。ドワーフ族は気が荒く、なぐられたら骨折じゃすまない。ダナンが殺される!

「てめえ!」

 バークレイは思いきり腕を振りかぶり、ダナンの顔に向かってパンチを放った。

 パシイッ

(えっ?)

 アイリーンは目を丸くした。

 ダナンは松葉杖を持った逆の手──右手でバークレイのパンチを受け止めていた。

 アイリーンは声を上げそうになった。

(きゃあ……す、すごい!)
「う、ぎゃ!」

 バークレイは悲鳴をあげた。

 ダナンがバークレイの手首をひねると、バークレイは片膝(かたひざ)をついてしまった。

「こ、このっ!」

 バークレイが立とうとすると、ダナンが手に力を込める。

 グリッ

「い、いてて! や、やめてくれ。いてえよ!」
 
 顔が苦痛にゆがんだバークレイは、ダナンを見上げた。

「な、なんなんだお前は……。お、おい。分かったよ。も、もうゆるしてくれ」
「あ、ああ。分かった」

 ダナンがそう言って手を離すと、バークレイは急に立ち上がった。

 ニヤッ

 バークレイが笑った。危ない!

「このバカが! (だま)されおって!」

 ブウンッ

 そんな音とともに、バークレイの左パンチがダナンの顔を襲う!

 スッ

 ダナンが松葉杖をうまく使って上体をそらすと、バークレイのパンチは素通りし──。

 ドガシャアアッ

 バークレイは、虎夢亭(とらゆめてい)の看板に激突してしまった。

「ま、まだやる?」

 ダナンはバークレイの後ろから、声をかけた。

 バークレイは頭をおさえながら、おびえた顔でダナンを見た。血は出ていないようだが……。

「ひ、ひい!」
「こ、今度はこっちからいくぞ」
「何んだ、こいつは! 化け物だ!」

 バークレイはそう叫んで、その場を逃げ出した。

(わ、わあ~……カッコいい……)

 アイリーンはドキドキしながら、ダナンを見た。

「ふう、これがスキルの力か」

 ダナンはブツブツ、訳の分からないことを言っている。

 とにかく、アイリーンはお礼を言うことにした。

「あ、あの。助けてくれて、どうもありがとう」
「ど、どうも」

 ダナンは頭をかいている。

 周囲はちょっと薄暗い。そしてアイリーンが赤いドレスを着ているせいで、彼女が幼なじみとは気づかないようだ。

「……」
「……」

 ダナンとアイリーンの間に、沈黙のときが流れた。アイリーンは(ほお)を赤らめていた。

(でも一体どういうこと? 確かに私は、ダナンに魔法剣士の能力があるって、分かっていた。でもこんな短期間で……ここまで強くなるなんて?)

 アイリーンは首を(かし)げたが、ダナンも首を(かし)げてアイリーンを見た。

「えーっと、あの、どこかでお会いしましたっけ? 君のこと、どこかで見たことあるような……」
「えっと、あの……私」
「おい! 何をやっている!」

 その時、虎夢亭(とらゆめてい)のヒゲの支配人が店から出てきた。

「やばっ。じゃあね」

 ダナンは松葉杖をつきながら、さっさと行ってしまった。

「あっ! 何なんだこれは!」

 支配人は壊れた看板を見て、声を荒げた。あちゃ~……。アイリーンは額を押さえた。

「アイリーン! バークレイさんを帰しちまったのか! さっき、騒動があったと、店の子から聞いたぞ」

 支配人はアイリーンを怒鳴った。

「あんな上客(じょうきゃく)、滅多《めった》にとれるもんじゃない」
「も、申し訳ございません! またお客様をとれるように、頑張(がんば)りますから……」
「ダメだ! こういう騒ぎを起こされると、この業界はすぐ(うわさ)が広まるからな。アイリーン、お前はクビだ!」
(そ、そんな……)

 アイリーンはその場で、風俗店をクビになってしまった。

(……やっぱり、接客業なんて、向いてなかったんだな。私は魔法剣士だもんね)

 もっと、人の役に立てる仕事につこう。ダナンだって、頑張(がんば)っているみたいだし……。

 アイリーンは色々決心した。

 そして思った。ドルガーと縁を切って、もう一度、ダナンに会いたい……と。