魔法剣士の片手剣術無双~松葉杖をついた魔法剣士ですが、女ギルド長に超スキルを引き出してもらいオリジナル片手剣術を編み出しました。道場師範ライフで毎日幸せ!~

 僕はデリックの木剣(ぼっけん)(はじ)き飛ばし、尻もちをついた彼の額に、木剣(ぼっけん)を突き付けた。

(【スキル・鳳凰(ほうおう)の神速】を解凍し終わりました。……。【スキル・英雄王の戦術眼】を解凍し終わりました。【スキル・大魔法剣士の秘剣術(ひけんじゅつ)】を解凍し終わりました)

 え? また頭の中に、声が響いた?

 何だ? う、うおおおっ……。

 な、何だか体に力があふれてくるような……!

「この野郎がああああっ!」

 後ろから声がした。足音から(さっ)するに、僕の右後頭部を木剣(ぼっけん)でなぐりつけるつもりだな。

 スッ

 僕は右足が動かない。だから最小限の動きで、上半身だけ動かすと──。

「うおりゃああっ! あ、あれっ?」

 ドガッ

 太った少年──マーカスが、木剣(ぼっけん)を突き出した姿勢のまま、道場の壁に激突した。

 僕は木剣(ぼっけん)軌道(きどう)を読んでいたので、マーカスの木剣(ぼっけん)をかわすことができた。剣を他人の頭部に当てるというのは、とてつもなく難しい。
 
 人の頭部の位置というのは、戦闘時、常に動くからだ。
 
 し、しかし、僕はこんなに動けたのか?

 右足を大怪我する前より、強くなってるじゃないか? なぜ?

「てめええ、くそがあああっ!」

 今度は背の高い少年──ジョニーが僕の腰に組みついてきた。

(う、うわっ! く、組技か? 剣術じゃない。ど、どうする?)

 今、組みつかれた衝撃(しょうげき)で、僕の松葉杖は吹っ飛んでしまった。だが、木剣(ぼっけん)はまだ右手にある。

(エクストラ・ボーナス【大天使の治癒(ちゆ)……ダナン・アンテルドの右足のマヒ、怪我を「一時的」に完全回復いたしました)

 ん? また僕の頭に、声が響いたぞ? エクストラ・ボーナス?

「な、なんだと?」

 ジョニーは組みつきながら、僕を驚いた表情で見上げた。

 僕は立ったまま、ジョニーの組みつきで倒されるのを、()んばっていたからだ。

「お、お前……あ、足が……? 怪我してないのか?」

 ジョニーは声を上げた。

 まさか……? 僕の右足が治っている? バカな!

「おりゃああ!」

 僕はジョニーを押し倒し、そのまま馬乗りになった。

「ひ、ひいっ!」」

 ジョニーは泣き声をだし、僕の下で暴れた。しかし僕はうまく馬乗りに体重をかけ、ジョニーを逃さない。

 こ、これは……どういうことだ?

 僕はなぜか右足が治ったことで、全身にうまく力が行き届いているのだ。

 よし、チャンスだ。

 僕は素早く、手に持った木剣(ぼっけん)を彼の首に近づける。

 すると驚いたことに、木剣(ぼっけん)なのに雷属性(ぞくせい)魔法剣が発動した。

 バチバチバチ……。

 僕は雷を帯びた木剣(ぼっけん)を、ジョニーの首に突きつけた。

「う、うわああっ! か、感電しちまうっ!」
 
 ジョニーはおびえた顔で、声を上げた。

「そこまで!」

 マリーさんが声を上げた。

 やはり……マリーさんは「勝負」を分かっている。

 僕はサッと立ち上がった。

「お、おい! 止めるんじゃねえ。ジョニーはまだ負けちゃいないだろ」

 見ていたデリックは、マリーさんに抗弁(こうべん)した。

「残念ながら、ダナンの勝ちよ」
「な、なんでだよ!」
「もしこれが戦場であるならば、すでにダナンの『勝ち』。首は急所であり、首が属性(ぞくせい)魔法剣で攻撃されるということは、『死』を意味するわ。実戦じゃなくて良かったわね」
「くっ……」

 デリック、マーカス、ジョニーは(くや)しそうに俺を見ている。

「くそっ! な、何であんな軟弱(なんじゃく)な野郎に……。きょ、今日は帰ろうぜ」

 デリックは舌打ちして、僕をにらみつけると道場を出ていった。マーカスとジョニーもそれに続く。

 僕が立ちすくんでいると、マリーさんは、「お見事でした」と()めてくれた。

「いえ、それがおかしいんです。頭の中で、『スキル』という言葉が鳴り響いて……」
「フフッ、それで?」
「力があふれ出て、足まで治って……ん?」

 ガクッ

 僕は急に右足がまた、(しび)れたようになり、尻もちをついてしまった。いつもの、右足の状態だ……。

「あ、あれ~?」
「エクストラ・ボーナス【大天使の治癒(ちゆ)の効果が、切れてしまったようね」
「は、はあ……?」
「私があなたに、呪文を(さず)けたでしょう? あのとき、言葉がたくさん頭の中に浮かんだはず。──これを見なさい」

 マリーさんは空中を指さすと、空中に光る掲示板のようなものが浮かび上がった。

「なんですかこれ!」
「『魔法のスキル表』よ。空中に表示できるメモ帳みたいなものだわ」

 その「魔法のスキル表」には、光る文字でこう書かれてあった。



『ダナン・アンテルド 習得スキル一覧

【スキル・獅子王(ししおう)剛力(ごうりき)
・常人の十倍の力を発揮(はっき)できる

【スキル・鳳凰(ほうおう)の神速】
・体の動きの速度が、常人の十倍になる

【スキル・英雄王の戦術眼(せんじゅつがん)
百戦錬磨(ひゃくせんれんま)の「英雄王ラインドス・グレイダ」の戦術眼(せんじゅつがん)発揮(はっき)できる

【スキル・大魔法剣士の秘剣術(ひけんじゅつ)
・剣の(あつか)いが「伝説の大魔法剣士ログレス・ガイルト」と同等レベルになる

☆エクストラ・ボーナス
【大天使の治癒(ちゆ)
・一時的に右足を完全治癒(ちゆ)できる。効果は十五分程度

☆重要 ユニークスキル
解析(かいせき)中】
解析(かいせき)中……しばらくお待ちください』

 は……? え……?

 力が十倍? 速度が十倍?

 そ、それに……ラインドス・グレイダ……ログレス・ガイルト? 教科書に載っている、伝説の英雄と魔法剣士だ!

「私があなたの体から、これらのスキル……つまりあなたに備わっていた『隠された能力』を引き出したってわけ。スキルのそれぞれの効果は、表の説明の通りよ」
「ぼ、僕に隠された能力? そんなものがあるわけ……」
「あるのよ。実際に、三人の生徒に勝ったじゃないの。しかも、属性(ぞくせい)魔法が通りにくい木剣(ぼっけん)に、雷の魔法を通したわね。よほど魔力が強くないとできない技だわ」

 僕はうなずいた。

 でも、まだ信じがたい。あの少年たちはけっして、剣術の素人ではなかった。油断していたら、まちがいなく倒されていただろう。
 
 あれ……でも……。

 マリーさんは僕に松葉杖を手渡してくれて、立たせてくれた。

「足が一時的に治ったのは?」
「それは【大天使の治癒(ちゆ)】というスキル。15分だけ、あなたの右足が動くようになる」
「そ、そんな……。僕は白魔法病院に通ったけど、一生治らないと……」
「そうね。その常識を十五分だけ(くつが)えすのが、『スキル』というものなのよ」
「最後の『ユニークスキル』っていうのは?」
「それはね……ああ、解析(かいせき)中か。この話は難しいので、また今度話しましょう」

 そしてマリーさんは言った。

「だけどねえ。明日は女子。少女魔法剣士たちが来る日なんだけど……。これも男子以上にやっかいでねえ……」

 はあ? 女子ねえ。

 っていうか、本当に僕は先生──師範代(しはんだい)になったのだろうか。

「大丈夫よ、ダナン『先生』!」
 
 マリーさんは、僕の気持ちを見透かすように言った。

 僕が魔法剣術の先生? 
 
 信じられない気持ちだった。
 その頃、ダナンをいじめて魔物討伐(とうばつ)隊から追放した、勇者ドルガー・マックスは……。

 馬車の中にいた。

 ゲッドフォール草原を、ドルガー(ひき)いる魔物討伐(とうばつ)隊、「ウルスの盾」を乗せた、(ほろ)付き馬車が走っている。

「ガハハハ!」

 ドルガーは客車内で叫んだ。

「ついに大貴族ドルガレス家から、魔物討伐(とうばつ)の依頼が来たぜえ!」

 メンバーの戦士、バルドンも「やったな、ドルガー」と笑った。

「ようやく、ここまで来ましたか……」

 魔法使いのジョルジュ・リデーンも眼鏡をすり上げ、ニヤリと笑う。

 大貴族のドルガレス家は、世界最高の大金持ちの一つと言われる。このライリンクス王国の王族たちよりも、資産を持っていると噂されていた。

 一方、ドルガーの恋人、女魔法剣士のアイリーン・フェリクスはうかない顔で、黙ったままだ。

(ダナンはどうしているんだろう……。なぜか気になっちゃう)

「おい、何うかない顔してんだ、アイリーン!」

 ドルガーは大声で言った。

「大貴族からのご依頼だぞ。大金が入ってくるぜ!」
「あ、ああ……そうだね」

 アイリーンは、肩にかかった美しい髪の毛をはらった。ドルガーはいやらしい目で、目の前に座っているアイリーンを見た。

 アイリーンは、輝くように美しさだ……。

(ん?)

 そのとき、ドルガーは眉をひそめた。

(……勇者ドルガー・マックスさんの、【スキル・勇者のカリスマ】の有効期限が切れました。……【スキル・勇者の剣術】の有効期限が切れました。……【スキル・大商人の金運】の有効期限が切れそうです。……スキルの状態を戻すには、善行(ぜんこう)を積むことをお勧めします)

「なんだ?」

 ドルガーは周囲を見回した。頭の中に、何か声が響いたぞ?

 ……気のせいか。昨日、酒を飲みすぎたからな。

 気を取り直し、ドルガーは言った。

「アイリーン、さっさと結婚しちまおうぜ。今度、結婚式場を見に行こう」
「……気が早いよ……」

 ドルガーは、なめるようないやらしい目でアイリーンを見て、彼女の手をさわる。

 アイリーンはそれをふりほどいた。

「やめてよ、調子にのらないで」
「なんだぁ? てめぇ」

 ドルガーはアイリーンをにらみつけた。

「勇者の俺の命令に(したが)って、俺のいいなりになっていればいいんだよ、お前なんか。で、金はいつ返してくれるんだ? アイリーン」

 アイリーンがドルガーと恋人関係になったのは、わけがある。

 アイリーンの家は貧乏で、三百万ルピーの借金があった。

 それをドルガーが、アイリーンに恩を売り、彼女を恋人にするため、支払ってやったのだ。ドルガーは十六歳だが、魔物討伐(とうばつ)で金を()め込んでいたので、三百万ルピー用意するくらい、造作もないことだった。

 そしてドルガーは……。

「お前から、二百万ルピーの利子(りし)を取るから覚えとけ。つまり俺に、総額五百万ルピー払えよ」

 アイリーンにそう言い出した。

 悪徳金融(きんゆう)業者も、真っ青の利子(りし)だ。

 アイリーンはドルガーの作った書類にサインをしてしまったから、余計、始末が悪い。

「はあ……」

 アイリーンはため息をついた。

(もしダナンなら……。こんな卑怯(ひきょう)なことはしないだろうな)

 アイリーンはそう考えていた。

 ◇ ◇ ◇

 さて、ドルガーたちは魔物討伐(とうばつ)の依頼の拠点(きょてん)である、ランゼルフ地区に到着した。

 そして依頼主の大貴族が予約してくれた、高級な宿屋【龍王(てい)】に向かった。

 すると入り口で、金髪の少年がドルガーたちを出迎えた。

「よぉ! 久しぶりじゃねえか! デリック!」

 ドルガーは金髪少年に言った。この金髪少年は数時間前、ダナンに向かっていって成敗された、あの不良少年である。

 ドルガーはデリックに言った。

「ランゼルフ地区は、あんまり知らなくてよ。親戚(しんせき)のお前が、この辺を案内してくれるっていうから、助かるぜ。どうだ、魔法剣術の腕は(みが)いているか?」
「ああ……ドルガー……。よく来たな」
「ん? デリック、どうしたんだ?」
「実はよ……気に喰わねえ野郎がいるんだよ。すげぇムカつくぜ」

 デリックは舌打ちしながら言った。

「そいつ、たった俺と一歳しか違わないのに、メチャクチャ強くって……。魔法剣術道場でやられた」
「お、お前が? だってお前、この間、学生魔法剣術のライリンクス王国大会で四位になっただろう。……デリック、誰なんだ? お前を倒すヤツなんて」
「あ、ああ……。そいつは十六歳なんだ。左脇で一本、松葉杖をついていて……」
「ん? 松葉杖?」

 ドルガーは眉をひそめて、バルドンとジョルジュたちの顔を見た。

 な、何か嫌な予感がするぞ? 俺は、そいつを知っている気がする。

 ドルガーの予感は的中した。

「そいつの名前は、えーっと確か、ダナン・アンテルドってヤツで……」
「はあ?」

 ドルガーはデリックの言葉に、目を丸くした。

「ダ、ダナンだって?」

 十六歳。松葉杖。そして名前がダナン・アンテルド。

 ウソだろ……?

 ドルガーはアイリーンを見た。

「あのダナンだと思うわ」

 アイリーンがそう言ったので、ドルガーは再び眉をしかめた。

 間違いない。俺たちが追放した、ダナンだ!

 し、しかし、デリックは学生魔法剣術大会の四位だぞ?

 学生の魔法剣士では、相当、強い部類に入る。

 そんな魔法剣士を、俺らが追放したあのクソ弱い、しかも松葉杖のダナンが倒した?

(ど、どうなってやがるんだ? た、確かめなければ)

 ドルガーは、なぜか嫌な予感をひしひしと感じていた。
 僕は松葉杖の魔法剣士、ダナン・アンテルド。ギルド魔法剣士道場の、師範代(しはんだい)になってしまった。

 そして、今日は女子部だ。

 女子部は女子部で、問題があるらしいが……。

「でりゃあ、おりゃあ!」
「てりゃ!」
「とあああーっ!」

 道場に入ろうとしたとき、女の子たちの元気の良い声が聞こえてきた。僕は今日も、一本の松葉杖をついて道場の中に入っていった。

 ガシッ、ガキッ、コキッ

 女の子の魔法剣士たちが六名、二人一組になって、木剣(ぼっけん)で対人稽古(けいこ)をしている。

 なーんだ、昨日の男子たちよりは真面目じゃないか?

「ん?」

 でも彼女たち、何か動きが変だ。

 対人稽古(けいこ)というよりは、チャンバラごっこ?

 すると、大人の女性が僕に近寄ってきた。あれ? 師範(しはん)なのかな。

「ま、待ってたのよ! あなた、ダナン君でしょ!」

 女性の年齢は多分、五十代くらいか。上品な顔立ちだ。

「はい、僕はダナンです。ギルド長のマリーさんに、ここの道場の師範代(しはんだい)に任命されました。あなたは?」
「私は、師範代(しはんだい)のポルーナ・マールです。とにかく助けて~」
「た、助けるって、どういうことですか? 女子部は、あなたが指導されているみたいですけど」
「そうじゃないのよ」

 ポルーナさんは、本当に困っているようだった。

「私は子どもの頃に、剣術をかじったことがあるだけの、近所のおばさんよ~」

 ん? どういうこと?

「ここの師範(しはん)がやめちゃって、無理矢理マリーさんに、女子部の指導を頼まれちゃったのよ。私、単なる近所のおばさんなのに」

 あ、何か分かってきた。

「だから、ちゃんと指導できる方が来てくれて、助かったわ~」
「い、いや~。僕もそこまで指導経験はないんですけど」
 
 僕が頭をかいていると、後ろから──。

「あの、あなたが新しい先生ですか!」

 すごく真面目そうな、それでいて気の強そうな女子道場生が、僕に向かって声を上げた。

 銀髪の髪の毛がきれいな、なかなかの美少女だ。

「私、モニカ・ルパードと申します! 十五歳です。女子たちの主将をしています」
「そうなのか。僕、ダナンです。十六歳なんだけど一応剣術を教」
「ダナン先生が、私たちの指導をしてくださるんですね!」

 いや、話を最後まで聞いて?

 ていうか、この子、かわいいのにすごく語尾が強い!

 僕は言った。

「とにかく、さっきやっていた対人稽古(けいこ)を見せて」
「わかりました!」

 モニカはまた、「どりゃあ! えいりゃあ!」と木剣(ぼっけん)を振り回しはじめた。

 相手の子もひるむ勢いだが、やっぱり動きが変だ。

(発動──【スキル・英雄王の戦術眼】……)

 おや? また声が頭の中で響いた。そ、そうか。【スキル・英雄王の戦術眼】ってスキルを活用して、この子たちを指導しろってことか?

「あ、ちょっと待って」

 僕は、彼女たちのチャンバラごっこ……いや、対人稽古(けいこ)をあわてて止めた。

「ちょっと変な部分がある」
「何がですか!」

 ギロッ

 真面目な女子道場生、モニカは僕をにらみつけた。こ、怖い……。

「私の何が悪いっていうんですか!」

 そ、そうか、相手は女の子なんだから、とにかく優しく分かりやすく、丁寧に教えると良いのかな。

「──いやね、君たちの体の姿勢が気になるな」
「姿勢?」
木剣(ぼっけん)を打っているとき、君たちは体が上下しているんだ。『すり足』で移動してごらん」
「すり足? なんですか、それって」

 今度は後ろから、セミロングの女の子が興味深そうに聞いてきた。

 すり足が分からないのか……。こりゃ、骨が折れそうだ。

 すり足は剣術独特の足の運び方で、剣術の基本中の基本だ。

「私はマチュア・ライネです。モニカの同級生で……。すり足って何ですか?」
「足をするように動く移動法だよ。真似してごらん」

 僕は松葉杖をつきながら、地面と足をするように歩いてみせた。

「ほら、こうすると体が上下しないよ。そうすると動きにムダがないんだ」
「えっ……あ、ほ、本当だ。体が上下しない!」

 モニカが声を上げた。マチュアも、「こんな動き、知らなかった!」と叫んでいる。

「上手い上手い。できたじゃないか」

 僕が()めると、女の子たちは驚いた顔で僕を見た。な、何だ?

 するとモニカが聞いてきた。

「あ、あと、剣を振るときに、威力(いりょく)が出ている感じがしないんです」

 僕はピンときた。

「君たちは、左(ひじ)と右(ひじ)が、狭くなりすぎているんじゃないかな」
「ええ?」
「ほら、もっと(ふところ)を深くしてごらん。胸と左(ひじ)、右(ひじ)間隔(かんかく)を広いイメージで」

 彼女たちが僕の言う通りに構えて、木剣(ぼっけん)を上段から振り下ろしてみると……。

 ビュオッ

 空気を切り裂く音が鳴り響いた。

「わああっ! 音がしたあ!」

 女の子たちは顔を見合わせて驚いている。僕は説明した。

「右(ひじ)と左(ひじ)が狭すぎると、剣がチョコン、とした振りきれないでしょ。でも、(ふところ)を深くすると、大きく振りかぶることができるんだよ」

 ビュオッ、ビュオッ

 マチュアは(うれ)しそうに、木剣(ぼっけん)を上下に振っている。

「すごいよ。()み込みが早いね!」

 僕が()めると、女の子たちはパーッと笑顔になった。

「道場で()められたの、初めてです!」

 モニカが声を上げた。

「それに、すごく分かりやす~い!」

 そうか……。自分がどんな動きをしていたのか、皆、人に言われてやっと気付くんだな。

「先生……見て」

 すると、恐らく十歳くらいの女の子が、僕の前に出て、僕の教えたとおりにやってみせてくれた。うんうん、上手くできてるな。

「君、名前は?」
「マイラ・ルバリアナ……」
「よく出来たね、マイラ」

 僕は頭をなでてあげた。

 マイラは顔を真っ赤にして、「えへへ、やったぁ」と笑っている。 

「ダナン君、すごいじゃないの~!」

 一連の指導を見ていたポルーナさんが、声をかけてきた。

「指導が分かりやすいし、女の子に優しいわ~」

 自分でも驚いているけど……。うーん、どうやら【スキル・英雄王の戦術眼】のおかげらしい。指導力も高まるのか。

「そういえば、さっき、男の子たちが道場を見に来たわ」

 ポルーナさんがそう言ったので、僕は首を傾げた。

「え? そうなんですか? 見学者かな」
「いえ、ランゼルフ・ギルドの社長、バーデン・マックスさんの息子さんよ。『ダナンってヤツがいないか』って、聞いてきたけど」

 マックス……? 僕は嫌な予感がした。
 
 ポルーナさんは思い出したように言った。

「彼はギルド社長の息子さんだから、この辺じゃ顔を知られているの。彼の名前は、ドルガー・マックスって子よ」
「え? ドルガー?」

 僕は思い出していた。

 僕を魔物討伐(とうばつ)隊から追い出した、あのドルガー・マックスのことを。

 僕は冷や汗をかいていた。
 ドルガー(ひき)いる魔物討伐(とうばつ)隊「ウルスの盾」は、ランゼルフ地区に到着した。彼らは、高級宿屋に宿泊していた。

 明日は依頼主の大貴族と会い、明後日(あさって)から依頼の調査開始となる。

「おい、アイリーン。ちょっと飲みに行ってくるからよ」

 夜八時、ドルガーは宿屋の一室で、恋人のアイリーンに言った。

 いつものことだ、とアイリーンはため息をついた。ドルガーは依頼を受けると、毎日、景気づけに街に女性をナンパしにいく。

 アイリーンは一応、ドルガーに聞いた。

「いつ帰ってくるの?」
「は? うるせえんだよ!」

 ガスッ

 ドルガーは椅子を蹴っ飛ばした。

 仲間のバルドンやジョルジュは、アイリーンを冷たい目で見ているだけだ。

「乱暴はやめて!」

 アイリーンは(うった)えた。

 ガス!

 しかしドルガーは舌打ちし、また壁を蹴っ飛ばした。

 アイリーンは魔法剣士だが、さすがに力では男三人には(かな)わない。そしてアイリーンは、金という(くさり)で、ドルガーと(つな)がれた状態にある。

「アイリーン、てめーはオレの女として、静かに待ってりゃ良いんだよ。お前、オレに何か借りてたよな? 何だっけ?」
「お、お金です」
「お前、オレにいくら払えば良いんだっけ?」
「ご、五百万ルピー……」
「ガハハハ!」

 ドルガーは笑った。

「お前には、そんな大金払えねえだろう。あのバカのダナンと同じ、平民出身だもんな。あきらめて、一生オレについてまわってりゃ良いのさ!」

 ドルガーは、アイリーンの親が作った借金、三百万ルピーを肩代わりした。しかし逆に法外な利子、二百万ルピーを、アイリーン本人に請求(せいきゅう)している。

 その総額、五百万ルピー。

「じゃあな、アイリーン! お前は留守番してろ」

 ドルガーとバルドン、ジョルジュたちはさっさと宿屋から出ていってしまった。

 しかしアイリーンはその借金を少しでも返すため、計画を立てていた。

 はやくドルガーと縁を切りたい。ドルガーが成功してしまえば、お(かざ)りの妻として、大貴族の前に連れ出されるのだ。

(そんなの嫌!)

 ドルガーが夜九時に外出するのは、計算済み。いつものことだ。深夜三時までは帰ってこない。

(私も──行動させてもらうわ)

 ◇ ◇ ◇

 アイリーンは宿屋の倉庫で、あらかじめカバンの中に用意してあった赤いドレスに着替えた。

 すぐにランゼルフ地区の北、バレーズ繁華街に行き、キャバレークラブ「虎夢亭(とらゆめてい)」の前に立った。女性が男性客を接待し、酒を飲む風俗店だ。ちなみに、ドルガーの行く繁華街は、南のリバーリド繁華街ということは分かっている。

 アイリーンはドルガーに隠れて、虎夢亭(とらゆめてい)のアルバイトをしていた。

 虎夢亭(とらゆめてい)の支配人は、アイリーンの美貌(びぼう)を気に入ってくれた。アルバイトでも、公爵(こうしゃく)クラスの客をとれば、日給五十万ルピーは出すと言ってきた。

 今日は運よく、予約客が公爵だ。──もうすぐ来る。

(おや……?)

 隣の建物はギルドか。看板には「ランゼルフ・ギルド」と書いてある。

 すると、そのランゼルフ・ギルドから誰かが出てきた。

(あっ!)

 一本の松葉杖を、左脇で抱えている少年……。ダナン・アンテルドだった。

「ダ、ダナン……」

 な、何でこんなところに? いや、そういえばドルガーの親戚が、ダナンのことを話していたっけ?

 アイリーンがダナンに声をかけようとした時、「よお」という太い声がした。

「アイリーン・フェリクスを予約していた、ジャック・バークレイだが」
「あっ、はい……」

 アイリーンは髪の毛を直し、バークレイという客のほうに向きなおった。

 バークレイは巨体の、ドワーフ族の男だった。身長は約二メートル、体重は百キロ以上はありそうだ。

「お、姉ちゃん。と、とんでもない美人だな」

 バークレイはいやらしい目で、ジロリとアイリーンを見た。アイリーンも、これくらいは覚悟している。

「バークレイ様、本日は虎夢亭(とらゆめてい)にお越しいただきまして、ありがとうございます」

 アイリーンは丁寧(ていねい)にお辞儀をした。

「お席にご案内いたしますので、店内に入りましょう」
「いや、店より、オレ様の家に行こうぜ」

 バークレイは、ガシッとアイリーンの手をにぎった。しかしアイリーンは、きっぱりと言った。

「そういうことは、虎夢亭(とらゆめてい)では違反ですので」
「うるせえ! その気の強そうな言い方が、またそそるぜぇ。しかもなかなか筋肉質じゃねえか。ただ者じゃねーな、姉ちゃんよ」

 バークレイは自分の口を、アイリーンの(ほお)に近づける。かなり酒のにおいがする。

「お、おやめください」

 く、(くや)しい! 魔法剣さえあれば、こんなヤツ……。

「おい、早く来いよ~、姉ちゃん」

 バークレイがそう言ったとき、誰かがバークレイの太い腕をつかんだ。

「ああ? 誰だ?」
「や、やめろよ。女の子が嫌がってるでしょ」

 バークレイの腕をつかんでいたのは、松葉杖の少年──ダナンだった。

(ダ、ダナン!)

 アイリーンは目を丸くしていた。
 アイリーン・フェリクスは、虎夢亭(とらゆめてい)の前で自分の客と会った。

 そしてその客、バークレイに詰め寄られたのだ。しかし、バークレイの腕をつかんだのが、ダナン・アンテルドだった。

(ダ、ダナン!)

 アイリーンは目を丸くした。そういえばさっき、ランゼルフ・ギルドから出てきたのを見たっけ……。

 いや、そんなことよりも、ダナンが危険だ。ドワーフ族は気が荒く、なぐられたら骨折じゃすまない。ダナンが殺される!

「てめえ!」

 バークレイは思いきり腕を振りかぶり、ダナンの顔に向かってパンチを放った。

 パシイッ

(えっ?)

 アイリーンは目を丸くした。

 ダナンは松葉杖を持った逆の手──右手でバークレイのパンチを受け止めていた。

 アイリーンは声を上げそうになった。

(きゃあ……す、すごい!)
「う、ぎゃ!」

 バークレイは悲鳴をあげた。

 ダナンがバークレイの手首をひねると、バークレイは片膝(かたひざ)をついてしまった。

「こ、このっ!」

 バークレイが立とうとすると、ダナンが手に力を込める。

 グリッ

「い、いてて! や、やめてくれ。いてえよ!」
 
 顔が苦痛にゆがんだバークレイは、ダナンを見上げた。

「な、なんなんだお前は……。お、おい。分かったよ。も、もうゆるしてくれ」
「あ、ああ。分かった」

 ダナンがそう言って手を離すと、バークレイは急に立ち上がった。

 ニヤッ

 バークレイが笑った。危ない!

「このバカが! (だま)されおって!」

 ブウンッ

 そんな音とともに、バークレイの左パンチがダナンの顔を襲う!

 スッ

 ダナンが松葉杖をうまく使って上体をそらすと、バークレイのパンチは素通りし──。

 ドガシャアアッ

 バークレイは、虎夢亭(とらゆめてい)の看板に激突してしまった。

「ま、まだやる?」

 ダナンはバークレイの後ろから、声をかけた。

 バークレイは頭をおさえながら、おびえた顔でダナンを見た。血は出ていないようだが……。

「ひ、ひい!」
「こ、今度はこっちからいくぞ」
「何んだ、こいつは! 化け物だ!」

 バークレイはそう叫んで、その場を逃げ出した。

(わ、わあ~……カッコいい……)

 アイリーンはドキドキしながら、ダナンを見た。

「ふう、これがスキルの力か」

 ダナンはブツブツ、訳の分からないことを言っている。

 とにかく、アイリーンはお礼を言うことにした。

「あ、あの。助けてくれて、どうもありがとう」
「ど、どうも」

 ダナンは頭をかいている。

 周囲はちょっと薄暗い。そしてアイリーンが赤いドレスを着ているせいで、彼女が幼なじみとは気づかないようだ。

「……」
「……」

 ダナンとアイリーンの間に、沈黙のときが流れた。アイリーンは(ほお)を赤らめていた。

(でも一体どういうこと? 確かに私は、ダナンに魔法剣士の能力があるって、分かっていた。でもこんな短期間で……ここまで強くなるなんて?)

 アイリーンは首を(かし)げたが、ダナンも首を(かし)げてアイリーンを見た。

「えーっと、あの、どこかでお会いしましたっけ? 君のこと、どこかで見たことあるような……」
「えっと、あの……私」
「おい! 何をやっている!」

 その時、虎夢亭(とらゆめてい)のヒゲの支配人が店から出てきた。

「やばっ。じゃあね」

 ダナンは松葉杖をつきながら、さっさと行ってしまった。

「あっ! 何なんだこれは!」

 支配人は壊れた看板を見て、声を荒げた。あちゃ~……。アイリーンは額を押さえた。

「アイリーン! バークレイさんを帰しちまったのか! さっき、騒動があったと、店の子から聞いたぞ」

 支配人はアイリーンを怒鳴った。

「あんな上客(じょうきゃく)、滅多《めった》にとれるもんじゃない」
「も、申し訳ございません! またお客様をとれるように、頑張(がんば)りますから……」
「ダメだ! こういう騒ぎを起こされると、この業界はすぐ(うわさ)が広まるからな。アイリーン、お前はクビだ!」
(そ、そんな……)

 アイリーンはその場で、風俗店をクビになってしまった。

(……やっぱり、接客業なんて、向いてなかったんだな。私は魔法剣士だもんね)

 もっと、人の役に立てる仕事につこう。ダナンだって、頑張(がんば)っているみたいだし……。

 アイリーンは色々決心した。

 そして思った。ドルガーと縁を切って、もう一度、ダナンに会いたい……と。
 僕が魔法剣術道場の師範代(しはんだい)となり、二週間が経った。

 僕は自分らしく「人を()め」「丁寧(ていねい)に」「優しく」剣術を教えていたら、男子部が三名から七名、女子部が六名から十名に増えた。

 男子部のデリック、マーカス、ジョニーはたまにしか来ないが、相変わらず僕をにらみつけてくる。

 だが、他の道場生は(さいわ)い真面目だ。子どもから大人、ご老人まで幅広く来てくれるようになった。

「あなたの教え方が良かったみたいね」

 僕はギルド長室に呼び出され、ギルド長のマリーさんにこう言われた。

「あなたは教え方が丁寧(ていねい)で、男の人にも女の人にも好評よ」
「そ、それは良かったです」

 何だか信じられない気分だ。僕は、人にものを教えるのに向いているのかもしれない。

「ところで、このランゼルフ・ギルドの社長って、バーデン・マックスという人なんですよね?」
「あ、あら、良くご存知ね。んー……」

 マリーさんはちょっと顔をしかめた。

「でも、私とちょっと折り合いが悪い人なのよ。私、もしかしたら、いつかギルド長を()めさせられるかもしれないわ」
「えーっ? そんな」
「でも、どうして社長のことを聞くの?」

 僕はギルド社長の息子、ドルガー・マックスから受けたいじめのことを、マリーさんに話した。

「そんなことがあったの……」

 マリーさんはしばらく何か考えているようだったが、「その話は、また聞きたいわ」と言った。

「ところで、あなたの『ユニークスキル』が判明したから、報告します」
「な、何でしたっけ、それ?」
「あなたの魔法スキル表の最後の項目が、『解析(かいせき)中』だったでしょう。それが判明したの」

 マリーさんは魔法で、空中に光る文字で、僕のスキル表を作り上げた。

 最も下の項目には……。

☆重要 ユニークスキル
【ユニークスキル・幸運の伝播(でんぱ)
・ダナンに関わった者は、全員幸運を手に入れる。ただし、ダナンに危害を加えたものは、逆に大凶運(だいきょううん)になってしまう

「ユニークスキル、幸運の伝播(でんぱ)? なんのこっちゃ?」

 僕は首を(かし)げるしかなかった。

「ユニークスキルとは、その人が生まれ持っている、その人固有の特別な能力のこと」

 マリーさんは続ける。

「ドルガーが大貴族に依頼されるまでになったのは、おそらくあなたのおかげだと思うわ」
「ど、どういうことですか?」
「あなたの【ユニークスキル・幸運の伝播(でんぱ)】が、周囲の人間の運勢を高めていたのよ」
「えーっ? ということは」

 僕は眉をひそめた。

「僕がドルガーの運勢を、良くしちゃってたってこと?」
「そうよ。でも最近、あなたをいじめて魔物討伐(とうばつ)隊から追放した。この項目の説明を見なさい。『ダナンに危害を加えたものは、逆に大凶運(だいきょううん)になってしまう』」
「確かに、そう書いてありますね」
「となると、ドルガーの運勢は、今、最悪のはずよ」
「へ? そ、そうなんですか?」

 僕が驚いて聞くと、マリーさんはニッコリ微笑んだ。

「もしドルガーがあなたに関わってきても、あなたのユニークスキルが守ってくれるわ」

 ◇ ◇ ◇

 その日の昼、ドルガーたちの魔物討伐(とうばつ)隊「ウルスの盾」は、ランゼルフ地区のグレーザー墓地の近くを歩いていた。この辺の道はぬかるんでいて、なかなか歩きにくい。

 ドルガーが(ひき)いるのは、戦士のバルドン、魔法使いのジョルジュ。そして男性新聞記者のカーツ・ゲイリーとロジー・ベーカーだ。

 女魔法剣士のアイリーンは、最近、体調が悪く、宿屋で休んでおり、ついてこなかった。

「ドルガーさん、今日はカッコイイところ、見せてくださいよっ! バッチリ、写真に()りますからね」
「おおよ!」

 ドルガーは新聞記者のゲイリーの言葉に、歩きながら応えた。今日の魔物討伐(とうばつ)には、新聞記者がついてきている。ドルガーはこの大貴族依頼の魔物討伐(とうばつ)を、新聞に掲載《けいさい》させて、もっと自分たちの名声を高めようとしていた。

「オレらにかかれば、魔物なんて5分もかからずぶっ倒しちまうぜ!」

 ドルガーは胸を張って声を上げた。ちなみに今日の討伐(とうばつ)依頼は、最近、墓地に出現したポイズン・ビッグトードとスケルトン・ナイトの討伐(とうばつ)だ。グレーザー墓地はドルガレス家の墓がたくさんあり、彼らは魔物の出現に頭を悩ませていた。

「見とけや。今はAランクだが、すぐにSランクパーティーになって、大貴族どころか、王族直属の魔物討伐(とうばつ)隊になってやるぜ」
「す、すごい意気込みだ。さすが、若手ナンバー1の魔物討伐(とうばつ)隊のリーダーですね!」

 新聞記者のベーカーがはやし立てる。

 おや? そのとき……。

『ドルガー・マックスさんから、ダナン・アンテルドさんの【ユニークスキル・幸運の伝播(でんぱ)】の効果が外れます。十分、お気をつけください』

 ん……? 頭の中で、何か声がしたぞ。

 ドルガーは周囲を見回した。

「おい、なにか言ったか?」

 ドルガーはジョルジュに聞いた。

 ジョルジュは、「いえ」と首を横に振って言った。……なんだ、気のせいか。ドルガーはふん、と鼻で息をした。

「ドルガーさん」

 するとジョルジュが神妙な顔で、ドルガーに耳打ちした。

「ドルガーさんのお父様の経営する、ランゼルフ・ギルドに、ダナンがいるらしいじゃないですか?」
「あ? ああ」

 そうだ。

 ドルガーの親戚(しんせき)のデリック、そして友人たちのマーカス、ジョニーが、ダナンに道場で負けたらしい。デリック本人も言っていたことだ。

(どうなってやがる?)

 ドルガーは首を(かし)げるばかりだった。

 デリック、マーカス、ジョニーは、全員、学生魔法剣術大会の入賞者だぞ……! しかもデリックは四位だ。学生大会とはいえ、三人とも猛者(もさ)といっていい。

 あの松葉杖の弱虫ダナンが、デリックたちを負かした……? 何が起こっているんだ?

「どうしたんですか? もう魔物が現れたんですかい?」

 ゲイリーがドルガーの顔色をうかがって、聞いてきた。

「い、いや。まだだ」
「いてえっ!」

 その時! 急にバルドンが声を上げた。

 ドルガーが驚いて振り返ると、バルドンの右足に中型のヘビが喰いついている。

「ちきしょう!」
 
 バルドンはベビを左足で()み、道端に蹴り上げた。

 ジョルジュが駆けつけた。

「リッグ・スネークのようですね。牙に毒はないはずです」
「な、なにやってんだ! バルドン、注意しろ!」

 ドルガーはイライラして、バルドンを怒鳴りつけた。

 なんだ? ヘビがバルドンに()みついた? そんなことは今までの魔物討伐(とうばつ)でなかった出来事だ。

 ちっ、縁起(えんぎ)が悪いぜ。新聞記者が来てるってのによ!

 ドルガーは嫌な予感がして、仕方がなかった。

 やがて一行は、墓地にたどり着いた。

 その墓地から、ドルガー(ひき)いる魔物討伐(とうばつ)隊の没落(ぼつらく)が始まるのだった。
 ドルガーたち魔物討伐(とうばつ)隊がグレーザー墓地に着くと、さっそくポイズン・ビッグトードが二匹、出現した。大カエル型の魔物だ。

「あんたら、墓地の(すみ)で待ってろや。望遠でカッコいいとこ写せよ」

 ドルガーが自信満々で声を上げると、新聞記者たちは、「おまかせください!」と言い、魔導(まどう)写真機を構えた。

「バルドン、右に行け! ジョルジュ、氷属性魔法の準備をしておけ。爬虫類(はちゅうるい)系魔物は、氷に弱いと相場が決まっている」

 ドルガーはメンバーに指示する。

 ポイズン・ビッグトードは、牛三頭分の大きさの大カエルだ。

 ドガシャアッ

 ポイズン・ビッグトードは墓を壊し、ドルガーをにらみつけると、大きく跳躍(ちょうやく)した。

 巨体で、ドルガーを押し(つぶ)す気だ。

「へっ、力まかせで、オレらにかなうわけないぜ。このCランクモンスターが!」

 ズバアッ

 ポイズン・ビッグトードが飛び上がって体を浴びせてくる瞬間──。ドルガーは自慢(じまん)の剣「テンペスタ」でなぎ払った。

 ポイズン・ビッグトードの胴体は二つに切り裂かれ、そのまま宝石に変化してしまった。

 魔物は魔力を()びた宝石からできており、死ぬと宝石に変化してしまう。これは魔物が魔物を宝石から造り上げているから、といわれている。

「や、やったぜ」

 ドルガーが声を上げたその時──。

『警告します。ドルガー・マックスさんから、ダナン・アンテルドさんの【ユニークスキル・幸運の伝播(でんぱ)】の効果が外れています。十分、お気をつけください』

 また、ドルガーの頭の中で、奇妙な声が響いた。

 くそっ、何だってんだよ。うるせぇ声だ! 黙れ!

 しかし──。

 グニャアッ

 ドルガーの背後で、気味の悪い音がした。

 ジャイアント・ローパーだ! 触手(しょくしゅ)が全身に生えた、まるで光る木のような奇妙な魔物だ。これはかなりの強敵!

「な、なんだと。グレーザー墓地に、Aランクの魔物がいるのか? 聞いてねえぞ」

 バルドンが目を丸くして、声を上げた。

 触手(しょくしゅ)がドルガーの全身に(から)みついた。物凄(ものすご)い力だ。

「く、くそっ! 動けねえ!」

 それを見たもう一匹のポイズン・ビッグトードが、ドルガーに向かって口から毒液を吐いてきた。

 ビッシャアア!

「う、うぎゃあっ!」

 ドルガーが全身に毒液を浴び、叫び声を上げる。

「ドルガー! 大丈夫か」

 バルドンが駆けつける。

「ど、毒が! 毒が……。ジョルジュ、解毒魔法は!」
「い、今……やります!」

 しかし、ジョルジュが魔法を放とうとしたとき、後ろからもう一匹のジャイアント・ローパーが襲ってきた。

 ガシイイッ

 ジャイアント・ローパーは、ジョルジュを触手(しょくしゅ)羽交(はが)()めにした。

「こ、こいつ、僕の魔力を吸っている! 解毒魔法が放てない!」

 ジョルジュは叫んだが、ドルガーも声を荒げた。

「な、なんだとおおおっ! ジョルジュ、てめえ、早くしろ。オレが毒で死ぬだろうが!」
「む、無理です。魔力が枯渇(こかつ)してきました!」

 一方、バルドンは魔物討伐(とうばつ)の目的であるスケルトン・ナイトと、剣で応戦している最中だった。

 ジョルジュは何とか残った魔力で、火の魔法を放ち、ジャイアント・ローパーを焼き殺した。ジャイアント・ローパーも宝石に変化した。

「ジョルジュ! 解毒剤があるだろ、いつも持ってきてるヤツ」

 ドルガーが声を上げる。

「げ、解毒剤? あ、ありません」
「バカ言うな。いつも持ってきてるだろうが!」

 くそ、スケルトン・ナイトがまた向こうからやってくる。何匹いるんだ?

 ジョルジュは訴えるように言った。

「荷物持ちのダナンをクビにしたから、忘れちまいました! あいつなら解毒薬をいつも常備していたので……」
「な、く、くそおおおっ!」

 なんと! こんなところで、あのクソ弱い荷物持ちのダナンの重要性を、再認識するとは。
 
 ドルガーはなんとか、後ろに張りついていたジャイアント・ローパーを、剣で切り裂いた。

「はあっ、はあっ」

 ドルガーは満身創痍(まんしんそうい)だ。毒で頭がクラクラする。

「あ、あの~」

 新聞記者のゲイリーが、おずおずと小瓶(こびん)を取り出してドルガーに見せた。

「解毒薬なら、持ってきていますが。妻に魔物退治だから、と持たされて……」

 ドルガーはその解毒薬をひったくると、グイグイ飲んだ。

「くそ!」

 市販(しはん)の薬のせいか、効き目が弱い! 後で病院で解毒してもらわなきゃダメだ。だが、今の薬で少しは毒がひいたらしく、多少、体力は回復した。

 だが、なんで新聞記者なんかに助けられなきゃなんねーんだよ!

「ドルガーさん! 空を見てください!」

 う、うおおおっ!

 巨大な真っ黒い魔物が、空を飛んでいる。

「ダークドラゴンだ!」

 バルドンが声を上げた。

「え、SS級モンスターだぞおおっ!」
「ち、ちきしょう! な、何でこんなときに?」

 ドルガーがそう叫んだとき──。

『警告。ドルガー・マックスさんから、ダナン・アンテルドさんの【ユニークスキル・幸運の伝播(でんぱ)】の効果が外れています。お気をつけください』

 再度、ドルガーの頭の中で、例の奇妙な声が響いた。

「うっせえんだよ!」

 ドルガーは、自分の頭の中の声に怒鳴った。

「逃げるぞー! バルドン、ジョルジュ!」
「く、くそ、マジかよ。オレらAランクパーティーだぞ」

 バルドンは悔しそうに言った。

 グオオオオオオッ

 ダークドラゴンが大口を開けて、空から火を吐こうとしている。

「火にまきこまれるぞ! 墓地から逃げろっ!」

 ドルガーは新聞記者たちを突き飛ばして、墓地からさっさと逃げていった。バルドンやジョルジュも後に続く。

 新聞記者二人は顔を見合わせていたが、「なんだ? ひどい魔物討伐(とうばつ)隊だぜ……」と言いつつ、逃げ出した。
 僕はダナン。ダナン・アンテルド。

 僕がランゼルフ・ギルドで師範代(しはんだい)を始めてから、約一ヶ月が経った。

 ランゼルフ・ギルドの魔法剣術道場は、今や道場生が四十九名になっている。

 たった十名だった、一ヶ月前とはえらい違いだ……。

「さてと、やっと着いた」

 僕は馬車から松葉杖をついて降り立った。ここは、隣町のマルスタという港町だ。
 
 その町のマルスタ・ギルドで、急遽(きゅうきょ)、魔法剣術を教えることになった。

 マルスタ・ギルドの師範(しはん)が急病になったため、マリーさんの紹介で、臨時(りんじ)で助けにいくことになってしまったのだ。

 ◇ ◇ ◇

「今日は、魔法剣術の基礎(きそ)の一つ、魔法の発動の仕方について説明します」

 僕は、マルスタ・ギルドにある魔法剣術道場の、少年少女部の道場生たちにいった。

 ここは、マルスタ・ギルドの道場の庭。

 約二十名の道場生たちが、真剣に僕の指導を見ている。

「皆さんの体には、七つの『門』があると想像してください」

 僕は皆に説明した。

 あれから魔法剣術をかなり勉強した。このように説明できるのは、【スキル・英雄王の戦術眼】のおかげでもあったが。

「七つの門は、魔法剣術の達人だと、だいたい三つくらい開いています。それ以上の人は英雄、偉人レベルですね」
「門ってどこにあるの?」

 道場生から質問が飛んできた。僕は答えた。

「この門はね、見えないんだよ。お尻の下、お腹、へそ、胸、のど、眉と眉の間、頭の中にあると、想像してください」

 この門とは、想像上のものだ。しかし、魔法使いや賢者、霊能者など、「霊視(れいし)」ができる人には見えるという。開いている門が多ければ多いほど、剣術の能力が発達しているというわけだ。

「ないのに、あるの?」
「そう。一つ目の門が開いているイメージで、魔法を放つと──こうなります」

 僕の体に、空中から魔力が集まってきた。

「はあっ!」

 僕は氷の魔法を、松葉杖をついていない右手で、庭に設置された練習用人形に向かって放った。

 ビキイッ

 練習用人形は、一瞬にして、氷()けになった。
 
 道場生から、歓声があがる。

 魔法は、僕がマリーさんからスキルを開花させてもらって、放てるようになった。

「わあー」
「あれが魔法なんだね」
「人形が凍っちゃった!」

 道場生の子どもたちは、驚きの顔で僕と練習用人形を見た。

 僕はすぐに、持参してきた魔力模擬刀(まりょくもぎとう)を取り出した。

 この武器は主に対人試合で使用され、実際には人を斬ることはできない。魔法の刃で斬るわけだ。斬った人体の部分は(しび)れるだけで、無殺傷(むさっしょう)の魔法武具だ。

 そして、その魔力模擬刀(まりょくもぎとう)に雷の魔法を放出し──。

「魔法剣──雷龍斬(らいりゅうざん)!」

 バリイイッ

 片手で、さっき凍った練習用人形とは別の練習用人形に、叩き込む。

 すると練習用人形は帯電(たいでん)し、バリバリと音を立てて煙を発した。

 この魔法剣は対人試合で使えるかどうかは、ルール次第だ。だが、道場生には見せておいたほうが勉強になるだろう。

「わーっ」
「雷の魔法剣だ」
「カッコイイ!」

 道場生たちは目を輝かせて、僕を見た。

 僕はこの不自由な右足のおかげで、戦う力はないが、こうやって人に教えることができる。

 エクストラ・スキルの【大天使の治癒(ちゆ)】で一時的に右足を治すことはできるようだが、それは自分の意志ではできない。【大天使の治癒(ちゆ)】が勝手に、その「時」を選ぶ。残念だけど。

「ねえ、どうやるの?」
「先生、教えて」

 僕の実演は、子どもたちに良い影響を与えたようだ。

 さっきの魔法と魔法剣を見せた後、質問攻めにあった。

 ◇ ◇ ◇

「とても良い指導だったよ、ダナン君!」

 指導後、マルスタ・ギルドのギルド長、ブーリン氏が言った。ヒゲの太った中年男性で、気の良さそうなまん丸な顔をしている。

「君は指導がすごく丁寧(ていねい)だ。自分で道場生に、魔法剣術を実演して見せているし、分かりやすい。実は今、休んでいる魔法剣術の師範(しはん)のバンスリーさんは、大酒のみでさ」
「ああ……剣術の先生って、お酒を飲んでいる人が多いですよね」
「そうなんだ。まともに指導しないんだよ。口では道場生に、ああしろ、こうしろと言って、自分じゃ何もしない。『今日は調子が悪い』とか言っちゃってさ」
「うーん、そういう人、いますね」
「何しろ、魔物討伐(とうばつ)から引退した魔法剣士が多いだろ。気持ちもだらけちゃっているのさ。だが、今日の道場生は、目の輝きが違った。君の指導のおかげだよ」

 僕は照れくさかった。

 ブーリン氏は、僕に謝礼の封筒を手渡しながら言った。

「何回か、来てくれると嬉しいんだけどね」
「はい……あれっ? 五万ルピーも入っているじゃないですか。三万ルピーの約束でしたが……」
「感謝の気持ちだよ。受け取ってくれ。また来てよ、頼むよ」
「あ、ありがとうございます」

 僕は多めの謝礼を受け取り、馬車でランゼルフ・ギルドに帰った。

 ◇ ◇ ◇

 ところが、ランゼルフ・ギルドに到着すると、事務員になったポルーナさんが僕の方に走り寄ってきた。この間、マリーさんに無理矢理、魔法剣術の師範代(しはんだい)にされてしまった女性だ。

「た、大変なのよ、ダナン君! マリーさんが!」
「ど、どうしたんですか?」
「ギルド長をやめさせられちゃったのよ~!」
「えっ! そうなんですか?」

 驚いた。僕の恩人ともいえるマリーさんが、ギルド長をやめさせられるなんて? ん? となると、今のギルド長は……。

「でね、さっき新しいギルド長が就任したの。すぐにギルド長室に挨拶(あいさつ)に行って」
「え? あ、はい」

 僕は急いでギルド長室に駆けこんだ。

 そこには、見覚えのある少年が、椅子に偉そうに座っていた。

 勇者、ドルガー・マックス……!

 僕を魔物討伐(とうばつ)隊から追放した男だった!
「ずいぶん、挨拶(あいさつ)に来るのが、おせえじゃねえかよ、ダナン! ええ?」

 ドルガーは、僕をにらみつけながら言った。足を机の上に投げ出して、とんでもなく態度が悪い。

 一体、マリーさんはどこに行ったんだ? なぜドルガーがここにいる? 後ろには魔法使いのジョルジュも立っていた。こいつは、ドルガーの腰ぎんちゃくだった。

「ど、どうして、君がここにいる? マリーさんはどうしたんだ?」

 僕が聞くと、ドルガーはハエでも追っ払う仕草をしながら言った。

「あの占い師みてぇな女か? 俺の親父は、このランゼルフ・ギルドの社長だからよ。親父に命令してもらって、さっさとギルド長を()めてもらった」
「で、どうして、ドルガーがここにいるんだよ?」
「分かり切ったことを聞くんじゃねえよ! ボケナス!」

 ドガッ
 
 ドルガーは机から足を降ろし、机を蹴っ飛ばした。

「俺がランゼルフ・ギルドのギルド長になったからだ! 親父にやってくれと言われたからな」

 父親にやってくれ、と言われた? 本当は、僕の動向を探りにでも来たんじゃないのか……?

「ドルガー……君も十六歳のはずだ。ギルド長になるなんて、まだ早すぎないか」

 僕が聞くと、ジョルジュがケラケラ笑って言った。

「ダナン君、君は頭が悪いですねえ。この国では、若い経営者がたくさんいるのを知らないんですか? 十五歳で武具店を開き、一億ルピーを(かせ)ぎ出している人もいるんですよ」
「俺だって、流れにのらねぇとな! ワハハ」

 ドルガーがジョルジュの言葉に、大きくうなずいた。

「魔物討伐(とうばつ)業はどうしたんだ? 僕を追放しておいて」

 僕が聞くと、ドルガーは機嫌が悪そうに答えた。

「当然、平行して続けるぜ? 文句あるのか」

 そういえば、アイリーンはどうしたんだろう? 聞くべきか……? そう考えていると……。

「おい、ダナン。お前が魔法剣術の指導ができるなんて、まだ信じられねえなあ。話を聞くと、道場生が増えたらしい……じゃねえか」
「ああ、おかげさまで」

 確かに僕が師範代(しはんだい)になってから、魔法剣術道場の道場生は増加傾向にある。何だ、ドルガーはそんなことを気にしているのか。

 ドルガーは舌打ちした。そのことが気に喰わないらしい。

「な、何か汚い方法で、道場生を引きつけてんのかぁ?」
「そ、そんなわけないだろ」
「ギルド長、そろそろお時間のようですよ」

 ジョルジュがドルガーに静かに言った。僕の指導の時間だ。

「ちっ、しょうがねえな! おお──そういや……」

 ドルガーはニヤリと笑って言った。

「今日は、新しい『お友達』がくるから、楽しみにしてな」

 ん? どういうことだ? 新しい道場生か?
 
 いや……何かありそうだ。僕は気を引き締めた。

 ◇ ◇ ◇

 僕が魔法剣術の道場へ行くと、道場生たちがたくさん集まっていた。今日は男子、女子合同の指導だったな。

「やあ、待たせてごめん。今日は、中段構えからの練習を始めよう」
「はい!」
「わかりました!」

 十五歳以下の道場生たちは、皆、素直だ。今日は三十名はいるな。

「皆、ダナン先生の言うことをよく聞くように!」

 率先してそう声を出しているのは、女子部のモニカ・ルパードだ。

……いつのまにリーダーっぽい役割になっていたんだ……。

 僕も木剣(ぼっけん)を用意して、説明した。

「皆、木剣(ぼっけん)を中段に構えよう。その時に、木剣(ぼっけん)をブラブラ上下させない。ピタッと正面で木剣(ぼっけん)を構える。なぜなら、上下にブラブラすると、(すき)ができて、簡単に敵が飛びこんでくるよ」
「はい!」
「もし実戦なら、顔、胴、手を、簡単に斬りつけられてしまう。それを防ぐためには、剣を中段の位置にピタリと保つ。これが鉄則だ」

 僕が講義すると、皆、真剣に聞き入ってくれた。しかし、三名──道場の奥で座ってペチャクチャしゃべっているヤツらがいる。

 あいつら! デリック、マーカス、ジョニーだ。

 僕はつかつかと歩いていって、三人の前に立った。

「しゃべっているなら、道場から出てしゃべってくれるか」

 僕はしっかりと注意した。

「本当に練習をしたい人に迷惑だ」
「すいませんでーす、先生。反省してまーす」

 デリックがヘラヘラ笑って言った。とても反省しているとは思えない。

「でさぁ、ダナン先生。今日は先生に会わせたい人がいるんだよ」
「は? 誰だ? 新しい道場生か?」
「私だ」

 うっ……!

 僕はあわてて、うまく左手の松葉杖を使い、その場を飛びのいた。

「君がダナン君か? 私はパトリシア・ワードナス」

 後ろには、僕と同年齢──十六歳か、十七歳くらいの、髪の毛が短い少女が立っていた。
 
 し、しかし、すごい殺気だ。この少女──素人ではない。この道場生の新入生ってわけでもなさそうだ。

 でも、顔立ちが整っていて、かなりの美少女だなぁ……。

「ダナン先生、こ、この人! 今年、学生魔法剣術大会で優勝した、パトリシア・ワードナスですよ!」

 モニカが僕に耳打ちした。

「し、新聞や雑誌で見たことがあります」

 僕は新聞や雑誌を見ないから、このパトリシアのことは知らなかった。だけど、どうやらかなり強い、少女魔法剣士のようだ。

 だけど、何でランゼルフ・ギルドの道場にいるんだ?

「君がダナン君? 知人のドルガー君が、『ムカついてしょうがないヤツがいる』と言っていたので、このランゼルフ・ギルドに駆けつけたんだ。だけど……フッフッフ」

 パトリシアはニヤニヤ笑った。

「君は体も小さいし、弱そうだし。何より松葉杖をついているのか……? 君と練習試合をしようと思ったが、これでは、きちんとした試合になりそうにないね」

 そうか、さっきドルガーが言っていた、「新しいお友達」っていうのは、こいつか!

「でもまあ、私と勝負してみるかい? ドルガー君に、君をたたきのめせと頼まれてね」

 パトリシアは、短い髪の毛をさらっとなでつけながら言った。

「絶対に、私には勝てないけど」

 ドルガーの刺客(しかく)か……! くそっ!

 僕は周囲を見回した。道場生たちが、心配そうに僕を見ている。そ、そうか。僕はもう、師範代(しはんだい)だったのだ。彼らの先生なんだ!

「パトリシア! この勝負、受けさせてもらう!」

 僕はパトリシアに言った。

 松葉杖の僕と、学生魔法剣術大会優勝者!

 突如、試合をすることになってしまった!