ドルガー(ひき)いる魔物討伐(とうばつ)隊「ウルスの盾」は、ランゼルフ地区に到着した。彼らは、高級宿屋に宿泊していた。

 明日は依頼主の大貴族と会い、明後日(あさって)から依頼の調査開始となる。

「おい、アイリーン。ちょっと飲みに行ってくるからよ」

 夜八時、ドルガーは宿屋の一室で、恋人のアイリーンに言った。

 いつものことだ、とアイリーンはため息をついた。ドルガーは依頼を受けると、毎日、景気づけに街に女性をナンパしにいく。

 アイリーンは一応、ドルガーに聞いた。

「いつ帰ってくるの?」
「は? うるせえんだよ!」

 ガスッ

 ドルガーは椅子を蹴っ飛ばした。

 仲間のバルドンやジョルジュは、アイリーンを冷たい目で見ているだけだ。

「乱暴はやめて!」

 アイリーンは(うった)えた。

 ガス!

 しかしドルガーは舌打ちし、また壁を蹴っ飛ばした。

 アイリーンは魔法剣士だが、さすがに力では男三人には(かな)わない。そしてアイリーンは、金という(くさり)で、ドルガーと(つな)がれた状態にある。

「アイリーン、てめーはオレの女として、静かに待ってりゃ良いんだよ。お前、オレに何か借りてたよな? 何だっけ?」
「お、お金です」
「お前、オレにいくら払えば良いんだっけ?」
「ご、五百万ルピー……」
「ガハハハ!」

 ドルガーは笑った。

「お前には、そんな大金払えねえだろう。あのバカのダナンと同じ、平民出身だもんな。あきらめて、一生オレについてまわってりゃ良いのさ!」

 ドルガーは、アイリーンの親が作った借金、三百万ルピーを肩代わりした。しかし逆に法外な利子、二百万ルピーを、アイリーン本人に請求(せいきゅう)している。

 その総額、五百万ルピー。

「じゃあな、アイリーン! お前は留守番してろ」

 ドルガーとバルドン、ジョルジュたちはさっさと宿屋から出ていってしまった。

 しかしアイリーンはその借金を少しでも返すため、計画を立てていた。

 はやくドルガーと縁を切りたい。ドルガーが成功してしまえば、お(かざ)りの妻として、大貴族の前に連れ出されるのだ。

(そんなの嫌!)

 ドルガーが夜九時に外出するのは、計算済み。いつものことだ。深夜三時までは帰ってこない。

(私も──行動させてもらうわ)

 ◇ ◇ ◇

 アイリーンは宿屋の倉庫で、あらかじめカバンの中に用意してあった赤いドレスに着替えた。

 すぐにランゼルフ地区の北、バレーズ繁華街に行き、キャバレークラブ「虎夢亭(とらゆめてい)」の前に立った。女性が男性客を接待し、酒を飲む風俗店だ。ちなみに、ドルガーの行く繁華街は、南のリバーリド繁華街ということは分かっている。

 アイリーンはドルガーに隠れて、虎夢亭(とらゆめてい)のアルバイトをしていた。

 虎夢亭(とらゆめてい)の支配人は、アイリーンの美貌(びぼう)を気に入ってくれた。アルバイトでも、公爵(こうしゃく)クラスの客をとれば、日給五十万ルピーは出すと言ってきた。

 今日は運よく、予約客が公爵だ。──もうすぐ来る。

(おや……?)

 隣の建物はギルドか。看板には「ランゼルフ・ギルド」と書いてある。

 すると、そのランゼルフ・ギルドから誰かが出てきた。

(あっ!)

 一本の松葉杖を、左脇で抱えている少年……。ダナン・アンテルドだった。

「ダ、ダナン……」

 な、何でこんなところに? いや、そういえばドルガーの親戚が、ダナンのことを話していたっけ?

 アイリーンがダナンに声をかけようとした時、「よお」という太い声がした。

「アイリーン・フェリクスを予約していた、ジャック・バークレイだが」
「あっ、はい……」

 アイリーンは髪の毛を直し、バークレイという客のほうに向きなおった。

 バークレイは巨体の、ドワーフ族の男だった。身長は約二メートル、体重は百キロ以上はありそうだ。

「お、姉ちゃん。と、とんでもない美人だな」

 バークレイはいやらしい目で、ジロリとアイリーンを見た。アイリーンも、これくらいは覚悟している。

「バークレイ様、本日は虎夢亭(とらゆめてい)にお越しいただきまして、ありがとうございます」

 アイリーンは丁寧(ていねい)にお辞儀をした。

「お席にご案内いたしますので、店内に入りましょう」
「いや、店より、オレ様の家に行こうぜ」

 バークレイは、ガシッとアイリーンの手をにぎった。しかしアイリーンは、きっぱりと言った。

「そういうことは、虎夢亭(とらゆめてい)では違反ですので」
「うるせえ! その気の強そうな言い方が、またそそるぜぇ。しかもなかなか筋肉質じゃねえか。ただ者じゃねーな、姉ちゃんよ」

 バークレイは自分の口を、アイリーンの(ほお)に近づける。かなり酒のにおいがする。

「お、おやめください」

 く、(くや)しい! 魔法剣さえあれば、こんなヤツ……。

「おい、早く来いよ~、姉ちゃん」

 バークレイがそう言ったとき、誰かがバークレイの太い腕をつかんだ。

「ああ? 誰だ?」
「や、やめろよ。女の子が嫌がってるでしょ」

 バークレイの腕をつかんでいたのは、松葉杖の少年──ダナンだった。

(ダ、ダナン!)

 アイリーンは目を丸くしていた。