その頃、ダナンをいじめて魔物討伐(とうばつ)隊から追放した、勇者ドルガー・マックスは……。

 馬車の中にいた。

 ゲッドフォール草原を、ドルガー(ひき)いる魔物討伐(とうばつ)隊、「ウルスの盾」を乗せた、(ほろ)付き馬車が走っている。

「ガハハハ!」

 ドルガーは客車内で叫んだ。

「ついに大貴族ドルガレス家から、魔物討伐(とうばつ)の依頼が来たぜえ!」

 メンバーの戦士、バルドンも「やったな、ドルガー」と笑った。

「ようやく、ここまで来ましたか……」

 魔法使いのジョルジュ・リデーンも眼鏡をすり上げ、ニヤリと笑う。

 大貴族のドルガレス家は、世界最高の大金持ちの一つと言われる。このライリンクス王国の王族たちよりも、資産を持っていると噂されていた。

 一方、ドルガーの恋人、女魔法剣士のアイリーン・フェリクスはうかない顔で、黙ったままだ。

(ダナンはどうしているんだろう……。なぜか気になっちゃう)

「おい、何うかない顔してんだ、アイリーン!」

 ドルガーは大声で言った。

「大貴族からのご依頼だぞ。大金が入ってくるぜ!」
「あ、ああ……そうだね」

 アイリーンは、肩にかかった美しい髪の毛をはらった。ドルガーはいやらしい目で、目の前に座っているアイリーンを見た。

 アイリーンは、輝くように美しさだ……。

(ん?)

 そのとき、ドルガーは眉をひそめた。

(……勇者ドルガー・マックスさんの、【スキル・勇者のカリスマ】の有効期限が切れました。……【スキル・勇者の剣術】の有効期限が切れました。……【スキル・大商人の金運】の有効期限が切れそうです。……スキルの状態を戻すには、善行(ぜんこう)を積むことをお勧めします)

「なんだ?」

 ドルガーは周囲を見回した。頭の中に、何か声が響いたぞ?

 ……気のせいか。昨日、酒を飲みすぎたからな。

 気を取り直し、ドルガーは言った。

「アイリーン、さっさと結婚しちまおうぜ。今度、結婚式場を見に行こう」
「……気が早いよ……」

 ドルガーは、なめるようないやらしい目でアイリーンを見て、彼女の手をさわる。

 アイリーンはそれをふりほどいた。

「やめてよ、調子にのらないで」
「なんだぁ? てめぇ」

 ドルガーはアイリーンをにらみつけた。

「勇者の俺の命令に(したが)って、俺のいいなりになっていればいいんだよ、お前なんか。で、金はいつ返してくれるんだ? アイリーン」

 アイリーンがドルガーと恋人関係になったのは、わけがある。

 アイリーンの家は貧乏で、三百万ルピーの借金があった。

 それをドルガーが、アイリーンに恩を売り、彼女を恋人にするため、支払ってやったのだ。ドルガーは十六歳だが、魔物討伐(とうばつ)で金を()め込んでいたので、三百万ルピー用意するくらい、造作もないことだった。

 そしてドルガーは……。

「お前から、二百万ルピーの利子(りし)を取るから覚えとけ。つまり俺に、総額五百万ルピー払えよ」

 アイリーンにそう言い出した。

 悪徳金融(きんゆう)業者も、真っ青の利子(りし)だ。

 アイリーンはドルガーの作った書類にサインをしてしまったから、余計、始末が悪い。

「はあ……」

 アイリーンはため息をついた。

(もしダナンなら……。こんな卑怯(ひきょう)なことはしないだろうな)

 アイリーンはそう考えていた。

 ◇ ◇ ◇

 さて、ドルガーたちは魔物討伐(とうばつ)の依頼の拠点(きょてん)である、ランゼルフ地区に到着した。

 そして依頼主の大貴族が予約してくれた、高級な宿屋【龍王(てい)】に向かった。

 すると入り口で、金髪の少年がドルガーたちを出迎えた。

「よぉ! 久しぶりじゃねえか! デリック!」

 ドルガーは金髪少年に言った。この金髪少年は数時間前、ダナンに向かっていって成敗された、あの不良少年である。

 ドルガーはデリックに言った。

「ランゼルフ地区は、あんまり知らなくてよ。親戚(しんせき)のお前が、この辺を案内してくれるっていうから、助かるぜ。どうだ、魔法剣術の腕は(みが)いているか?」
「ああ……ドルガー……。よく来たな」
「ん? デリック、どうしたんだ?」
「実はよ……気に喰わねえ野郎がいるんだよ。すげぇムカつくぜ」

 デリックは舌打ちしながら言った。

「そいつ、たった俺と一歳しか違わないのに、メチャクチャ強くって……。魔法剣術道場でやられた」
「お、お前が? だってお前、この間、学生魔法剣術のライリンクス王国大会で四位になっただろう。……デリック、誰なんだ? お前を倒すヤツなんて」
「あ、ああ……。そいつは十六歳なんだ。左脇で一本、松葉杖をついていて……」
「ん? 松葉杖?」

 ドルガーは眉をひそめて、バルドンとジョルジュたちの顔を見た。

 な、何か嫌な予感がするぞ? 俺は、そいつを知っている気がする。

 ドルガーの予感は的中した。

「そいつの名前は、えーっと確か、ダナン・アンテルドってヤツで……」
「はあ?」

 ドルガーはデリックの言葉に、目を丸くした。

「ダ、ダナンだって?」

 十六歳。松葉杖。そして名前がダナン・アンテルド。

 ウソだろ……?

 ドルガーはアイリーンを見た。

「あのダナンだと思うわ」

 アイリーンがそう言ったので、ドルガーは再び眉をしかめた。

 間違いない。俺たちが追放した、ダナンだ!

 し、しかし、デリックは学生魔法剣術大会の四位だぞ?

 学生の魔法剣士では、相当、強い部類に入る。

 そんな魔法剣士を、俺らが追放したあのクソ弱い、しかも松葉杖のダナンが倒した?

(ど、どうなってやがるんだ? た、確かめなければ)

 ドルガーは、なぜか嫌な予感をひしひしと感じていた。