ドルガー戦から三日経った。

 その日の午後、僕──ダナン・アンテルドはマルスタ・ギルドで指導を終えた。

 ちょうど、僕()てに茶色い封筒が郵送されていたようだ。

 僕はその封筒の差出人を見て、目を丸くした。

「ラ、ライリンクス国王からだ!」

 僕は声を上げた。

 封筒の中には、緑色のインクで書かれた、手紙が入っていた。



『魔法剣士ダナン・アンテルド殿

 誠にぶしつけな手紙、失礼いたします。

 デルガ歴2024年、1月10日、午後2時に、ライリンクス城、三階大ホールにいらしてください。
 
 この手紙で詳細は申し上げられないが、あなたにお頼み申し上げたいことがあります。

 この手紙のことは、内密によろしくお願いいたします。

 ライリンクス城 ライリンクス国王
 代筆 執事 ルゼリッカ・マイケルダール』



 手紙の文章は、たったこれだけ?

 手紙はライリンクス王国の旗印の封蝋(ふうろう)──シーリング・ワックスで、封がしてあった。

 本物の国王の手紙だろう。

 し、しかし、一体どういうことだ?

 なぜ僕が、城に行かなければならないんだ?

 ◇ ◇ ◇

 1月10日、僕やパトリシア、ランダース、アイリーンは、馬車でガーランディア地区のライリンクス城に行くことになった。

 パトリシアやランダースにも、同様の文面の手紙が郵送されていた。

 アイリーンは魔法剣士を()めているせいか、彼女には手紙が来なかった。

 しかし、僕の付き()いということで、城に入ることをゆるされた。

 城の三階大ホールには、たくさんの人々が集まっている。

 百人以上はいる!

「す、すごいぞ!」

 パトリシアは目を丸くしている。

「ライリンクス王国の強豪剣術家たちと、その関係者ばかりじゃないか!」
「新聞や雑誌で見る、有名な剣術家……勇者、剣士、魔法剣士、戦士ばかりね」

 アイリーンも、感心しながら言った。

 僕も驚いた。

 世界剣術大会に入賞経験のある、ジョーダン・ベスタイルやベスター・マイクスの姿も見える。

 他には、戦士のピネータ・スワンソン。魔法剣士のブルックリン兄弟。

 その師匠(ししょう)や、本人が所属しているギルド長も来ているようだ。

 そして、あの勇者ランキング二位の、ヨハンネス・ルーベンスも来ている!

「どういうことなんだ? ライリンクス王は。こんなに剣術家を集めて」
「多分、今年の四月に行われる、『世界剣術大会』に関することだろう?」
「そうだったら、手紙にきちんとそのことを書かないか?」

 ホールに集められた人々は、そう(うわさ)し、首を(かし)げている。

 世界剣術大会?

 僕は無名なのに、招待されるはずはないだろう。

 ──するとその時、誰かがホールの檀上(だんじょう)に上がった。

 国王! ……ではない?

 ライリンクス城の使用人が着用する、青いタキシードを着ている青年だ。

「ライリンクス王国にお住まいの、剣術家と関係者の皆様。お集りいただき、ありがとうございます。私は、ライリンクス国王の執事(しつじ)、ルゼリッカ・マイケルダールと申します」

 執事(しつじ)のマイケルダール氏は、真剣な顔をして言った。

 彼が、国王の手紙の代筆者か。

 そして、やはり剣術家とその関係者ばかりを、城に呼んだことがはっきりした。

「皆さんは我々、ライリンクス城からの手紙を受け取って、この城まで来られたと思います。意味の分からない手紙を郵送することになってしまい、大変申し訳ありませんでした」
「どういうことなのだ! 意味の分からない、本当に失礼な手紙だっ!」

 剣術家の一人が怒声を上げたので、マイケルダール氏は深く、頭を下げた。

「申し訳なかった。できるだけ、皆さんがここに集まることを、(うわさ)にしたくなかった。だから、情報をそぎ落した、あのような奇妙な手紙になってしまったのです」

 剣術家たちは、眉をひそめたり、顔をしかめて、マイケルダール氏の言葉を聞いている。

 マイケルダール氏は続けた。

「ここにお集まりいただいた皆さんには、『世界剣術大会』に出場していただきたい」

 ドヨッ……。周囲の人々はざわめいた。

「やはり」という声も上がった。

「恐らく今月中に、皆さんには『世界剣術大会委員会』から、正式な出場招待状が届くはずです」

 マイケルダール氏は言った。

 ええっ? じゃあ、僕にも招待状が届くのか?

 僕が戸惑っていると、マイケルダール氏は口を開いた。

「そしてなぜ、剣術家の皆さんに、ライリンクス国王から手紙をお届したのか? その理由をこれからお話する」

 彼は言った。

「簡単に言えば──今年の世界剣術大会には、魔王の手下が出場するらしいのです。──皆さんには、魔王の手下を倒していただきたい。それが、我々からのあなた方に対する依頼です」

 な、なんだって……?
 
 場内がざわついた。

「おいダナン。あの執事(しつじ)野郎、頭がパーになっちまったんじゃねえのか?」

 ランダースがニヤニヤ笑いながら言った。

「魔王? そんなヤツの手下が、人間の大会にホイホイ出場するかよ」
「出場しますよ、ランダースさん。魔王の手下は必ず来る」

 マイケルダール氏がランダースをジロリと見たので、ランダースは、「や、やべぇ」と言って頭をかいた。

「魔王の手下が世界剣術大会に出場する証拠を、皆さんにお見せしなければならない。──衛兵っ!」

 マイケルダール氏が声を上げると、衛兵が周囲から五名やってきて、周囲をジロジロ見回し始めた。

(な、なんだ?)

 僕が驚いていると、ホールの横の扉が開き……。

 ガラガラガラ

 衛兵によって、壇上の前に、移動式ベッドが運び込まれた。

 誰かが移動式ベッドの上に寝ている……。

 老人……?

 マイケルダール氏が口を開いた。

「彼は国王です」

 ドヨッ……。

 ホール内の人々が大きくざわめく。

 国王?

 僕は今まで、実際に国王の姿を見たことがない。

 法律で、国王を写真に()ってはならないと、規制されている。

 僕は移動式ベッドに寝ている、「国王」に近づいた。

(国王は病気なのか……? ん?)

 あれ?

 僕、この人を見たことがある!

「あっ!」

 僕は思わず声を上げた。

 このベッドの上の国王……!

 僕がよく知っている人物だった!