僕はダナン・アンテルド。右足を大怪我し、いつも左脇に松葉杖を一本抱えている、魔法剣士だ。

 二週間後、「全国ギルド大霊祭」があるが、そのメインイベントとして、僕と勇者ドルガーの試合がある。

 一方、僕の周囲の人々にも、変化が起きた。

 ランゼルフ・ギルドに所属していたパトリシアやモニカ、マチュア、マイラ、そしてポルーナさんがランゼルフ・ギルドを辞めた。そして、僕の所属するマルスタ・ギルドに所属してくれたのだ。

 ◇ ◇ ◇

 今日はマルスタ・ギルドの魔法剣術道場で、試合に向けて、パトリシアと訓練をすることにした。

「ダナン! 今日は二人っきりで、練習できるな!」

 パトリシアは広場で目を輝かせて、僕に言った。

「ま、まあね」
「一緒に汗を流し、愛の交流を深めようじゃないか!」

 彼女の言っている意味はわからんが、練習パートナーができて助かった。

 ちなみにアイリーンは、今日は看護師のアルバイト。ランダースは朝から、飲み屋で酒を飲みまくっているらしい。

 ◇ ◇ ◇

 そんなわけで外の広場で、パトリシアと剣術の訓練をしていると、誰かが広場に入ってきた。

 ん? 誰だ?

 すると──黒服の男たち五名が、僕とパトリシアを取り囲んだ。

「何だ! お前たちは!」

 パトリシアが声を上げる。

「俺だよ」

 黒服の男たちの後ろから現れたのは、ドルガーだった。

「ドルガー? な、何しに来たんだ?」

 僕は驚いて聞いた。ドルガーはニヤリと笑って答えた。

「ダナン、お前との試合前に、練習試合をしようじゃないか。ランゼルフ・ギルドでは、なかなか手が合う者がいなくなってな」

 ドルガー? お前は何を言っているんだ? 僕との本番の試合の前に、僕と練習試合?

 頭がおかしくなったのか?

 僕は当然、きっぱり断ることにした。

「常識外れのことを言うなよ。試合は、試合当日、試合場でする。お前に、手の内をさらしたくないからな。さっさと帰ってくれ」
「そうか? お前の隣にいる、パトリシアなら、俺との勝負を受けると思うが」
「なに?」

 パトリシアはピクリと眉を動かした。

 ヤバい。パトリシアはプライドが高い。ドルガーの挑発(ちょうはつ)にのっちゃダメだ!

 ドルガーはクスクス笑っている。

 ん? ドルガーのヤツ、なんだか前と雰囲気が違うぞ。やつれたような、体に不気味な薄暗い「気」をまとっているような……。

「ドルガー! お前は前に、私にダナンのことを悪く言ったな! そして道場破りまがいのことをさせた」

 パトリシアはドルガーをにらみつけた。

「ダナンは良い人だ。ドルガー、お前は私をだまし、(はじ)をかかせた……! お前の望み通り、今ここで、私と勝負をしようじゃないか」

 僕は(しまった)と思った。やっぱりこうなったか……。

「いいねえ、その気の強さ……。さすが天才美少女剣士だ」

 ドルガーは木剣(ぼっけん)を、黒服から手渡された。

「タアアアアアアーッ! 先手必勝!」

 パトリシアの急襲(きゅうしゅう)だ! 自分の木剣(ぼっけん)で、ドルガーに襲い掛かった。

「ハハハ、やっぱり来たな、パトリシア!」

「新しい俺の力を、見せてやるぜえっ!」

 ドルガーは笑った。

 何? 新しい力──だと? どういうことだ?

 ガッ、ガシッ、ガシッ

 パトリシアの上、右横、左斜めからの三連斬りだ。

 素早い!

 僕との対戦のときよりも、(するど)さが増している感じだ。

 しかし……。

「なんだ、それは? 軽い、見せかけの剣技だな」

 ドルガーはそう言った。

 パトリシアの素早い三連撃を、すべて受けきったのだ。

 ドルガーに、そんな技術があったとは? ドルガーは防御に関しては、あまり得意ではなかったと思うが……。

 その時!

 ──ドンッ

 ドルガーは一歩踏み出し、パトリシアの右肩に、自分の左手を突き出した。

 ドガアアアッ

 パ、パトリシアがっ……!

 五メートルは吹っ飛んだ……?

「う、うぐっ」

 パトリシアは背中を地面に打ちつけ、うめいた。そして目を丸くして、ドルガーを見た。

 僕も驚いていた。ドルガーは、パトリシアの肩口を突き飛ばしただけだ。

 男女の力の差、体重の差はある。

 しかし、人間が突き押しただけで、五メートルも吹っ飛ぶものなのか?

「こ、このっ!」

 パトリシアは立ち上がった。どうやら、肩の骨は外れていないようだ。

 すぐに、ドルガーの胸部めがけて、木剣(ぼっけん)を突いた!

 しかし、ドルガーはそれを()ける。

 まただ!

 ドルガーの、華麗(かれい)体捌(たいさば)き! 

 僕が「ウルスの盾」にいた時、ドルガーはこんな華麗な技術はもっていなかったと思う。いつの間に、こんな体捌(たいさば)きを身に着けたんだ?

「ここだっ」

 パトリシアの目が、ギラリと光ったような気がした。

 ヒュッ

 パトリシアの得意な、下段斬り!

 足狙いの剣技だ。

「ぬうううんっ!」

 ガシイッ

 しかしドルガーは、パトリシアの下段斬りを防いだ。

 それだけではない。

 パトリシアの木剣(ぼっけん)を弾き飛ばした!

 そして!

 ミシッ

 自分の木剣(ぼっけん)を、パトリシアの左肩に、躊躇(ちゅうちょ)なく振り下ろしていた。

「う、ぐっ!」

 パトリシアは左肩を押さえ、苦悶(くもん)の表情で両膝(りょうひざ)を地面についた。

(まずい!)

 僕はあわてて松葉杖を使い、ドルガーとパトリシアの間に入った。

「待て、ドルガー! 練習試合では、寸止(すんど)めをするのが常識だろう!」

 僕は木剣(ぼっけん)を構えて、ドルガーに向かい声を上げた。

 しかしパトリシアは、「ダナン!」と叫んだ。

「私の負けだ! ダナン、君は今は勝負してはならない。君は後日、正式な試合があるだろう!」

 うっ……。

 ぼ、僕はドルガーに襲い掛かりそうになっていた。

 僕は歯噛(はが)みしながらも、ドルガーをにらみつけた。

「おいおいおい、口ほどにもねぇな。パトリシア~」

 ドルガーはニヤニヤ笑いながら言った。

「ダナン、そんな弱っちいヤツと、練習していたのか? まったくあきれるよ」

 僕はまだパトリシアの前に立っている。パトリシアを、ドルガーの攻撃から守るためだ。

 ドルガーはまだ、木剣(ぼっけん)を構えていた。

 それにしてもドルガー……。

 まさか、ここまで強いとは?

 とくに、さっきパトリシアを手で突き飛ばしたが、すさまじい「力」だった。

 僕はピンときた。

 マリーさんに「スキル」を引き出してもらった、あの時の僕と似ていないか?

「お前……その強さ、その力……。まさか?」

 ドルガーはピクリと僕を見た。
 
 僕は聞いた。

「『スキル』……だな?」
「まあ、スキルっちゃスキルだな。当たり、ということにしとくか」

 どういうことだ? スキルと似て非なるものを、身に着けたというのか?
 
 とにかく、早くパトリシアを病院に連れていかないと。

 多分……彼女は肩の骨が折れている。

「ドルガー、早く帰れ! パトリシアは怪我をしている!」

 僕が叫ぶと、ドルガーはクスクスと笑った。

「ダナン、今日、俺がここに来た理由は、お前に俺の今の実力を前もって知らせておこうと思ってな」
「何だと?」
「これは心理戦だぜ? すでに勝負は始まっている」

 そして叫んだ。

「ダナン! 試合当日は、てめぇを『魔力模擬剣(まりょくもぎけん)』で八つ裂きにするから、覚えとけ」
「早く帰れっ」

 僕が叫ぶと、ドルガーは「またな」と笑いながら、広場を出ていった。

「うう……」
 
 パトリシアは左肩を押さえて、真っ青な顔で座り込んでいる。肩の骨が折れているはずだ。

「パトリシア、待ってろ!」

 僕は急いで、ギルド長室に駆け込んだ。そして、ブーリン氏にパトリシアの怪我を話し、白魔法救急隊を呼ぶように頼んだ。

 僕はドルガーに怒りを感じ、(こぶし)を握り締めた。