僕はデリックの木剣(ぼっけん)(はじ)き飛ばし、尻もちをついた彼の額に、木剣(ぼっけん)を突き付けた。

(【スキル・鳳凰(ほうおう)の神速】を解凍し終わりました。……。【スキル・英雄王の戦術眼】を解凍し終わりました。【スキル・大魔法剣士の秘剣術(ひけんじゅつ)】を解凍し終わりました)

 え? また頭の中に、声が響いた?

 何だ? う、うおおおっ……。

 な、何だか体に力があふれてくるような……!

「この野郎がああああっ!」

 後ろから声がした。足音から(さっ)するに、僕の右後頭部を木剣(ぼっけん)でなぐりつけるつもりだな。

 スッ

 僕は右足が動かない。だから最小限の動きで、上半身だけ動かすと──。

「うおりゃああっ! あ、あれっ?」

 ドガッ

 太った少年──マーカスが、木剣(ぼっけん)を突き出した姿勢のまま、道場の壁に激突した。

 僕は木剣(ぼっけん)軌道(きどう)を読んでいたので、マーカスの木剣(ぼっけん)をかわすことができた。剣を他人の頭部に当てるというのは、とてつもなく難しい。
 
 人の頭部の位置というのは、戦闘時、常に動くからだ。
 
 し、しかし、僕はこんなに動けたのか?

 右足を大怪我する前より、強くなってるじゃないか? なぜ?

「てめええ、くそがあああっ!」

 今度は背の高い少年──ジョニーが僕の腰に組みついてきた。

(う、うわっ! く、組技か? 剣術じゃない。ど、どうする?)

 今、組みつかれた衝撃(しょうげき)で、僕の松葉杖は吹っ飛んでしまった。だが、木剣(ぼっけん)はまだ右手にある。

(エクストラ・ボーナス【大天使の治癒(ちゆ)……ダナン・アンテルドの右足のマヒ、怪我を「一時的」に完全回復いたしました)

 ん? また僕の頭に、声が響いたぞ? エクストラ・ボーナス?

「な、なんだと?」

 ジョニーは組みつきながら、僕を驚いた表情で見上げた。

 僕は立ったまま、ジョニーの組みつきで倒されるのを、()んばっていたからだ。

「お、お前……あ、足が……? 怪我してないのか?」

 ジョニーは声を上げた。

 まさか……? 僕の右足が治っている? バカな!

「おりゃああ!」

 僕はジョニーを押し倒し、そのまま馬乗りになった。

「ひ、ひいっ!」」

 ジョニーは泣き声をだし、僕の下で暴れた。しかし僕はうまく馬乗りに体重をかけ、ジョニーを逃さない。

 こ、これは……どういうことだ?

 僕はなぜか右足が治ったことで、全身にうまく力が行き届いているのだ。

 よし、チャンスだ。

 僕は素早く、手に持った木剣(ぼっけん)を彼の首に近づける。

 すると驚いたことに、木剣(ぼっけん)なのに雷属性(ぞくせい)魔法剣が発動した。

 バチバチバチ……。

 僕は雷を帯びた木剣(ぼっけん)を、ジョニーの首に突きつけた。

「う、うわああっ! か、感電しちまうっ!」
 
 ジョニーはおびえた顔で、声を上げた。

「そこまで!」

 マリーさんが声を上げた。

 やはり……マリーさんは「勝負」を分かっている。

 僕はサッと立ち上がった。

「お、おい! 止めるんじゃねえ。ジョニーはまだ負けちゃいないだろ」

 見ていたデリックは、マリーさんに抗弁(こうべん)した。

「残念ながら、ダナンの勝ちよ」
「な、なんでだよ!」
「もしこれが戦場であるならば、すでにダナンの『勝ち』。首は急所であり、首が属性(ぞくせい)魔法剣で攻撃されるということは、『死』を意味するわ。実戦じゃなくて良かったわね」
「くっ……」

 デリック、マーカス、ジョニーは(くや)しそうに俺を見ている。

「くそっ! な、何であんな軟弱(なんじゃく)な野郎に……。きょ、今日は帰ろうぜ」

 デリックは舌打ちして、僕をにらみつけると道場を出ていった。マーカスとジョニーもそれに続く。

 僕が立ちすくんでいると、マリーさんは、「お見事でした」と()めてくれた。

「いえ、それがおかしいんです。頭の中で、『スキル』という言葉が鳴り響いて……」
「フフッ、それで?」
「力があふれ出て、足まで治って……ん?」

 ガクッ

 僕は急に右足がまた、(しび)れたようになり、尻もちをついてしまった。いつもの、右足の状態だ……。

「あ、あれ~?」
「エクストラ・ボーナス【大天使の治癒(ちゆ)の効果が、切れてしまったようね」
「は、はあ……?」
「私があなたに、呪文を(さず)けたでしょう? あのとき、言葉がたくさん頭の中に浮かんだはず。──これを見なさい」

 マリーさんは空中を指さすと、空中に光る掲示板のようなものが浮かび上がった。

「なんですかこれ!」
「『魔法のスキル表』よ。空中に表示できるメモ帳みたいなものだわ」

 その「魔法のスキル表」には、光る文字でこう書かれてあった。



『ダナン・アンテルド 習得スキル一覧

【スキル・獅子王(ししおう)剛力(ごうりき)
・常人の十倍の力を発揮(はっき)できる

【スキル・鳳凰(ほうおう)の神速】
・体の動きの速度が、常人の十倍になる

【スキル・英雄王の戦術眼(せんじゅつがん)
百戦錬磨(ひゃくせんれんま)の「英雄王ラインドス・グレイダ」の戦術眼(せんじゅつがん)発揮(はっき)できる

【スキル・大魔法剣士の秘剣術(ひけんじゅつ)
・剣の(あつか)いが「伝説の大魔法剣士ログレス・ガイルト」と同等レベルになる

☆エクストラ・ボーナス
【大天使の治癒(ちゆ)
・一時的に右足を完全治癒(ちゆ)できる。効果は十五分程度

☆重要 ユニークスキル
解析(かいせき)中】
解析(かいせき)中……しばらくお待ちください』

 は……? え……?

 力が十倍? 速度が十倍?

 そ、それに……ラインドス・グレイダ……ログレス・ガイルト? 教科書に載っている、伝説の英雄と魔法剣士だ!

「私があなたの体から、これらのスキル……つまりあなたに備わっていた『隠された能力』を引き出したってわけ。スキルのそれぞれの効果は、表の説明の通りよ」
「ぼ、僕に隠された能力? そんなものがあるわけ……」
「あるのよ。実際に、三人の生徒に勝ったじゃないの。しかも、属性(ぞくせい)魔法が通りにくい木剣(ぼっけん)に、雷の魔法を通したわね。よほど魔力が強くないとできない技だわ」

 僕はうなずいた。

 でも、まだ信じがたい。あの少年たちはけっして、剣術の素人ではなかった。油断していたら、まちがいなく倒されていただろう。
 
 あれ……でも……。

 マリーさんは僕に松葉杖を手渡してくれて、立たせてくれた。

「足が一時的に治ったのは?」
「それは【大天使の治癒(ちゆ)】というスキル。15分だけ、あなたの右足が動くようになる」
「そ、そんな……。僕は白魔法病院に通ったけど、一生治らないと……」
「そうね。その常識を十五分だけ(くつが)えすのが、『スキル』というものなのよ」
「最後の『ユニークスキル』っていうのは?」
「それはね……ああ、解析(かいせき)中か。この話は難しいので、また今度話しましょう」

 そしてマリーさんは言った。

「だけどねえ。明日は女子。少女魔法剣士たちが来る日なんだけど……。これも男子以上にやっかいでねえ……」

 はあ? 女子ねえ。

 っていうか、本当に僕は先生──師範代(しはんだい)になったのだろうか。

「大丈夫よ、ダナン『先生』!」
 
 マリーさんは、僕の気持ちを見透かすように言った。

 僕が魔法剣術の先生? 
 
 信じられない気持ちだった。