僕はランゼルフ・ギルドを追放され、マルスタ・ギルドに所属した。
翌日、すぐに魔法剣術道場で指導を始めることにした。
今日は、少年少女部。10歳から15歳の男女20名の指導だ。
「基本から始めよう」
僕は言った。
「姿勢、すり足、魔法のイメージの仕方から学んでいこう」
女の子の道場生たちが、僕を見てクスクス笑っている。
「ね、あのダナンって先生、優しそうだよね」
「松葉杖をついているんだね」
「顔、かわいくない?」
「そうそう! ほら、歌劇のジョージ・ペリア君に似てない?」
「似てる~!」
何か噂されているな……。
ちなみにジョージ・ペリアとは、歌劇の男性俳優だ。若い女の子に人気がある。実は最近、行きつけの美容室で、ジョージ・ペリアと同じ髪型にしてもらった。
だから似ていると言われたのだろう。人前に立つ仕事だから、ちょっとは見た目に気をつかわないと……。
「じゃあ、始めよう」
僕が赤面しながら道場生にそう言ったとき、バン! という音が響いた。
道場の扉が、勢いよく開く音だ。
「おいおいおい~。何、知らないヤツが指導しちゃってんの~?」
何だ? 金髪のヘラヘラした男が入ってきたぞ。
その男は、僕をにらみつけてこう言った。
「お前、なんなん? 俺がこの道場の師範なんだけど」
ん? あっ、まさか、この人か? マルスタ・ギルドの前任の師範っていうのは。
年齢は……18歳から19歳くらい? 背が高い……。
「俺の仕事奪わないでくれる~? お前、ダナンっていうらしいじゃん?」
「そうだけど、あなたは……」
「俺の名はランダース・ロベルタ。ちなみに年齢は18歳だ。俺、昨日、酒をしこたま飲んでたんだわ。酔っぱらったまま、ブーリンさんに、ここを辞めるって言っちゃったみたいでさ~」
道場生たちは、ランダースのことを白い目で見ている。
ランダースは構わず、ポリポリ頭をかいて言った。
「やっぱ悪ぃけど、俺、辞めるつもりねえんだわ」
この態度と喋り方。武人とは思えないな。
ブーリンさんは、この男のことを愚痴っていたっけ。だけどこんな人間なら、ブーリンさんが辞めさせようとした気持ちは理解できる。
僕はきっぱり言った。
「僕が師範に任命されているんだから、僕がやります」
「お~? 何だお前、俺にケンカ売ってんのね?」
「そうじゃない。ブーリンさんに頼まれたことをやっているだけだよ」
「しょうがねえなあ~」
ランダースは酔っぱらっているようだ。
「じゃあ、どっちが強いか勝負しようじゃねえの」
「なにぃ?」
「あ、俺は魔法剣術世界ランキング41位だから、ナメないほうがいいよ~」
世界ランキング41位!
これは学生魔法剣術大会入賞とか、そんなレベルではない。
大人……つまり一般部も含めてのランキングだから、……世界で41番目に強いということになる。
強敵だ! ちなみにパトリシアは全世界ランキング77位らしいが。
「では、どっちが強いか試してみよう」
僕は勝負を受けることにした。
「う、む?」
ランダースは意外そうな顔で、僕を見た。
「ふ、ふん? 松葉杖ついて、どこまでやれんの? じゃ。外でやろうか~」
ランダースと僕は、道場の備品の木剣を手に取り、縁側から外の運動場へ出た。
道場生たちはざわざわと騒いでいたが、やがて「面白そうじゃん」とか、「どっちが強いか分かるし、良いんじゃない」と言い出し、外に出てきた。
「さあてと……試合はいつ始めっかな~」
ランダースはそう言いつつ──。
ズバアアッ
木剣を横になぎ払ってきた。しかし僕は上体を数ミリ動かし、それを避けた。
──戦闘開始だ!
「よっこらせ~っと!」
ランダースは下から斜めに、斬り上げる!
ガキイッ
僕はそれを、木剣で受けた。
ガリイイッ
僕はランダースの木剣に、自分の木剣をすべらし──。
ランダースの木剣を打ち払いながら、彼の胴を斬り払った。
「ひょおおっ!」
ランダースは腹部をうまくひっこめ、僕の太刀筋を避けた。
「……なるほど、バインドね」
バインドは、剣術の高等技術のことだ。
「こいつは、ヤベぇヤツが相手になっちまったみてぇだな~」
ランダースはニヤニヤしながら言った。
「だが、こいつは避けられるか?」
ズドドドドッ
ランダースは木剣を連発で、高速で突いてきた。
ガガガガガッ
僕は木剣の表面で、それを受ける。
そしてスキを見てランダースの木剣を打ち払い──。
ヒュオッ
僕は木剣で、真上から斬り下げた。ランダースの顔の前──数ミリ前を、僕の木剣の太刀筋が通過した。
「は、はひ!」
ランダースは驚いたのか、いったん尻もちをつき、すぐに立ち上がった。
これは彼が、僕の太刀筋を避けたのではない。
ランダースが危機を察して、本能的に後ろに後退したのだ。──つまりあわてて逃げた。
だから、ランダースの心理状態は、焦りで一杯のはずだ。
「ふ、ふふふっ。や、やるじゃん。お前、何モンだ? すげえ……」
ランダースは冷や汗をかきながら言った。
「だが、お前の弱点は──ほとんど移動できないってことだ!」
ランダースは僕の横に回り込み、ものすごい至近距離──。
木剣の柄ごと、僕の上から振り下ろしてきた。
木剣の柄で、僕の頭を叩き割るつもりか!
ビュオッ
僕は上体をそらし、それを避けた。そして!
(秘剣──刃砕《やいばくだ》き!)
バキイッ
僕はランダースの木剣を、自分の木剣で横に払った。
すると、ランダースの木剣は二つに折れ曲がってしまった。
「うおおおおっ……」
「すげえ!」
「どうなってんだ? ダナン先生の太刀筋が、速すぎて見えなかった」
道場生は声を上げた。
僕の木剣はそのままだ。
「な、なんだと……」
ランダースは目を丸くして、自分の二つに折れた木剣を見た。
「お、俺の木剣が折れただと? な、何をした!」
「あんたの木剣の中央──つまり最も折れやすい部分を狙い、僕の木剣の刃先で叩き折ったんだ」
「バ、バカな……。そ、そんなことで折れるもんなのか?」
「それに加えて、僕は剣を超高速で振ったから、へし折れる。これが刃砕きだ!」
僕は自分の木剣を、構えながら言った。試合は終わっていない。
ランダースはギリギリと歯を鳴らし、そして言った。
「ち、ちきしょう。木剣の折れやすい位置を狙い、速度でへし折っただと? そんなことが可能なのか?」
ベシイッ
ランダースは自分のあわれな木剣を、地面に叩きつけた。
「く、くくっ……。剣は剣士の魂。それを破壊されちゃあ……」
ランダースは静かに言った。
「ま、参りました……」
おおおおっ……。
道場生たちが声を上げる。
「ダナン先生、強い!」
「かっこいい~!」
「すごすぎる!」
道場生たちが声を挙げている。
ふう……。
僕は無事、前任の師範にも、道場生にも、ちゃんと師範として認められたようだ。
僕は旧師範のランダースとの勝負に勝ち、マルスタ・ギルドの魔法剣術師範の立場を手に入れた。
気を取り直し、勝負の翌日、ようやく指導に入ることができた。
「えーっと……いろいろあったけど、基本からいきましょう」
僕は道場生に言った。
一つ気になるのは、ランダースが道場の後ろで、僕の指導を見学していることだ。
……やりにくいんですが!
道場生たちは10歳から15歳の男女。皆、基本的にマジメだけど、態度の悪い男子道場生が何人かいる。
これはランゼルフ・ギルドでもそうだった。
だけど──。
「君のこの部分は良いね。ここは直したほうが良いよ」
そうしっかり伝えると、態度の悪い男子道場生たちも納得してくれた。
結局、皆、魔法剣術を学びたくて道場に来ているわけだ。強くなりたいのだ。
時間と体力をムダにしたくないはずだ。
態度が悪い子も、しっかり教えれば、次第に心を開いてくれた。
◇ ◇ ◇
「ダナン先生、教えてください!」
休憩時間も、女の子たちが僕を取り囲んで、教わりに来た。ランダースは道場の後ろで、いびきをかいて寝ている。
「ずいぶん、やる気があるんだね」
僕が言うと、女の子たち三人……エスカ・ピラー、ルル・ストースアン、ジェニー・アイザックは小声でこう言った。
「……後ろにいる前任の先生って、道場でお酒を飲んでいて、やる気がなくて困ってました」
「お手本を見せてくれないんですよ」
「なんかだらしなくってヤダ」
まあ、言いたいことは分かる。
「その点、ダナン先生は優しそうだし」
「丁寧だし……強いし」
「顔は結構、かわいいし……」
女の子たちは、顔を赤らめながらそう言っている。
かわいい、というのは恥ずかしかったが、どうやら嫌われてはいないらしい。僕はホッとした。
「おいっ、俺の噂話かぁ?」
僕の後ろで声がした。振り向くとランダースが立っていた。い、いつの間に!
「きゃああああ~!」
女の子たちは逃げていってしまった。
「ちぇっ、俺は化け物かよ~」
ランダースはため息をついた。
「俺はお前に負けたわけじゃないからな~。剣を叩き折られただけだ。だが……」
ランダースは腹をボリボリかきつつ、言った。
「お前の力は認めるぜ。何か協力できることがあるなら、言ってくれ。魔物討伐とかさ」
負けん気は強い人だが、結構、良い人かもしれない。
◇ ◇ ◇
だが、二週間も経つと、道場生の間で、変な噂が立ち始めた。
今日の指導後、トイレのほうから道場生の噂話が聞こえてきた。
「あのダナンって先生、前の道場で道場生をなぐってたんだってさ」
「ええっ? 信じられないよ」
「噂が出てるんだ」
「道場生を怒鳴りつけて、蹴ることもあるって」
「ええ~、ひでえ」
な、何のことだ?
すると、ブーリン氏が僕のほうに歩いてきた。
「ダナン君……見損なったよ!」
「え? どういうことですか?」
「君は前の道場で、道場生たちに、ひどい暴力をしていたそうじゃないか!」
「そ、そんなわけないじゃないですか」
「……私もウソだと思いたい。だが、これを見てくれ」
それは、僕は道場生を木剣で、男子道場生をなぐっている写真だった。な、なんだこれ?
場所は……確かにランゼルフ・ギルドの道場だ。男子道場生の顔は、……知らない道場生だな。
デリックたちやパトリシア、ランダースに勝負を挑まれ、仕方なく戦ったことはある。でも、写真に写っているのは、その勝負の場面でもないみたいだ。
僕が道場生の体を、一方的になぐっているように見える。
こんなこと、したことないぞ?
「これは何かの間違いです」
「……写真に写ってしまっている。君はしばらく謹慎だ。休みたまえ」
「ちょ、ちょっと待ってください。僕はこんなことはしていません!」
「暴力をふるっていない、という証明ができなければならん。それまで謹慎だ」
クビにはならなかったが……。な、なんなんだ、この写真は?
◇ ◇ ◇
その日、僕がマルスタ・ギルドの師範になった噂を聞きつけた、アイリーンがギルドに来てくれた。
僕らはアモール川の土手にある、遊歩道のベンチに座って話した。
アイリーンは、まだ看護師のアルバイトを続けているらしい。
「治癒魔法も学べるから、良い勉強になるよ」
アイリーンはそう言った。
僕はアイリーンに、道場での嫌な噂話を話すか迷った。
アイリーンの今の生活は充実している。余計な心配をかけてしまうかもしれない。
だが、結局話すことにした。
アイリーンは目を丸くして言った。
「ダナンが暴力? ランゼルフ・ギルドで?」
「そうなんだ。写真まであるんだ。身に覚えがないのにさ。指導は謹慎状態になっちゃったんだ」
「私がパトリシアやモニカから聞いた話だと──。ランゼルフ・ギルドで道場生に暴力をふるったのは、ドルガーでしょ。あなたじゃない」
「そうなんだよなあ……。間違って伝わっているのかな。だけどさ、なぜか写真まであるんだ」
「その写真、私に見せてよ」
僕はため息をつきながら、アイリーンに例の写真を見せた。
僕が道場生に、木剣でなぐっている写真だ。悔しいことに、自然なカラー写真だ。
「本当に、身に覚えがないのね?」
「確かにデリックたちやパトリシア、ランダースとは、道場で試合をしたよ? だけど、あれはあっちが挑んできたんだからさ」
「この写真は、試合の風景には見えない。……これ、あなたが一方的になぐっているように見える。上手く撮れてるわね」
「へ、変なこと言うなよ」
「この写真、分析してみなければダメね。こういったものに詳しい、私の知り合いの探偵がいるんだけど……会いに行く?」
「君の知り合いに探偵? 初耳だな、そりゃ」
「パメラ・エステランという人よ。でも、現在、居場所が分からなくって……」
「パメラ・エステラ……ン? どこかで聞いたような名前だな」
「私の魔法全般の先生、マリー・エステラン先生の、お姉さんよ」
ええっ? アイリーンの先生がマリーさん? そのお姉さんが探偵?
マリー・エステランといったら、ランゼルフ・ギルドの元ギルド長じゃないか? しかも、僕のスキルをひきだしてくれた、恩人だ!
アイリーンは言った。
「パメラ・エステランという人は、妹のマリーさんといつも一緒に住んでいるはずよ」
「そ、そうなのか?」
僕はあわてて、マリーさんの居場所が書かれた地図を取り出した。ポルーナさんが書いてくれた、地図だ。
「多分、マリーさんとパメラさんは、ここにいるんじゃないか?」
「……え? グバルー魔霊街? た、大変な場所よ!」
聞いたとこがある。ランゼルフ地区にある、スラム街だ。
悪人がうろうろしているし、魔物も棲みついているという噂もある。
とにかく、大変危険な場所だ。
「ここに行くんだったら、パーティーを組んだほうが良いわ! そうね、私も行くから、あと二人くらい?」
アイリーンは提案した。
(パーティー……!)
僕は久しぶりに、この言葉を聞いた、と思った。魔物討伐パーティーを追放されて以来だ。
グバルー魔霊街に、あと二人、誰を連れていこうか?
ここは勇者ドルガー・マックスの実家の大屋敷。
ドルガーは、バーデン・マックスという商人の息子である。
バーデン・マックスはランゼルフ・ギルドを創設し、本業は食料品を売る商人だ。
貴族ではないが、金は持っており、大屋敷を建てた。
一方、息子のドルガーは、父のバーデンの金で勇者の称号を買った、という噂が絶えない。
──そのマックス家の応接室では──。
「ぎゃははは! ダナンの野郎、馬車にぶつかって、三メートルも吹っ飛んだんだよな?」
ソファに座っているドルガーは、パシパシ手を叩いて笑った。
応接室には、「ウルスの盾」のメンバー……リーダーの勇者ドルガー、武闘家のバルドン、魔法使いのジョルジュが座っていた。
その周囲には、黒服の男たちが立っていた。
「あれから日が経ったが、バルドン、お前の報酬の三百万ルピーだ。確かめてくれ」
ドルガーは、バルドンに分厚い札束を手渡した。
「おお……すげぇ。これで飲み屋の借金と、住んでいるアパートの家賃が全部払えるぜ。……助かったよ、ドルガー」
バルドンは分厚い札束を、手に持ってながめた。
「しかし……。ドルガー、お前から『ダナンを馬車ではね飛ばせ』と聞いたときは、びっくりしたぜ」
実は、ダナンを馬車ではね飛ばした時の御者は、武闘家のバルドンだった。
ドルガーはバルドンに命令し、『ダナンを馬車ではね飛ばせば、三百万ルピーの報酬をやる』という約束をした。
バルドンはその金に目がくらみ、ダナンを事故にあわせたのだ。
「お、俺だってバレねえかな?」
バルドンは心配そうな顔で言ったが、ドルガーは首を横に振った。
「絶対バレねえよ」
ドルガーはニヤついている。
「思い出せ、バルドン。準備にぬかりはなかったはずだ」
ドルガーは話を続ける。
「お前が御者として馬車に乗る前に、お前を黒服に変装させた。黒服はマフィアにたくさんいる。ま、俺の部下にもいるがな。黒服というのは、この世界では『裏の人間』を意味する。人数が多すぎて、誰が御者だったのか、特定するのは不可能だろう」
「そ、そうか」
「それに、あの時のあなたには、つけヒゲをつけてもらいました」
ジョルジュが横から言った。
「サングラスで顔を隠す、という手も考えましたが、これは見た目にも怪しすぎる。目立ってしまう。だから口ヒゲをつけるのが、単純で一番良い」
「そ、それで大丈夫なのか?」
「あの辺りは繁華街ですが、昼は人通りが少ないですからね。目撃者はほとんどいないはずです」
「ま、まあ、ドルガーとジョルジュがそう言うなら、大丈夫か。で、でも、ダナンを馬車でふっ飛ばすのは、やりすぎじゃなかったか?」
バルドンは札束を自分のカバンに入れながら、ドルガーたちに聞いた。
「計画を実行する前にも言ったろ。あの野郎……ダナンは生意気だ。痛い目に合わせてやりたかったのさ」
ドルガーはクスクス笑いながら言った。
「結局、あいつは死にゃしなかったが、入院した。それを口実に、ランゼルフ・ギルドから追放させることができた。あの野郎、弱虫のくせに頑固だからな。色々難癖つけねえと、出て行かねえだろう。まあ、せいせいしたぜ」
「まったくですな……ドルガーさんに逆らって……」
ジョルジュはうなずいた。
「ダナンは、今はマルスタ・ギルドに所属しているのです。しかし、そこも追い出させる手はずはできています」
「どういうことだ? 確か、マルスタ・ギルドのブーリンは、ダナンを気に入っているんじゃなかったか?」
バルドンはドルガーたちに聞いた。
ドルガーは笑って言った。
「マルスタ・ギルドに合成写真を送りつけた。プロの捏造写真家のドッツ・ボードマートに依頼して、ウソの写真を作り上げたんだ。ダナンが、道場生を木剣でなぐっている写真だ」
「ど、どうやってそんな写真を作るんだ?」
「そいつは秘密だ。だが、ボードマートの合成写真はすげえぞ。本物にしか見えない。まあ、素人じゃ見抜けねえだろうな」
「で……ダナンはどうなるんだ?」
「さあ?」
ドルガーはひょいと肩をすくめた。
「マルスタ・ギルドを追い出されて、仕事がなくなる。金もかせげなくなって、野垂れ死ぬんじゃねえの? 知らんけど。ワハハハ!」
勇者ドルガーは、腹を抱えて笑った。
だが、ダナンをはね飛ばしたバルドンは、嫌な予感がして仕方なかった。
(俺たち……やり過ぎてねえか?)
僕、ダナン・アンテルドは仲間三人と馬車に乗り、ランゼルフ地区を南西に移動していた。
新しく結成したパーティーメンバーを引き連れて、グバルー魔霊街に行く。
パメラ探偵と、僕の恩人、マリーさんに会いにいくためだ。二人は姉妹らしい。
パメラさんたちには、僕の馬車の事故について、濡れ衣をきせられた奇妙な写真について、アドバイスをもらおうと思っている。
「いや~、昼間からグバルー魔霊街に行けるとはな~。遠足みたいで、楽しいぜ~」
マルスタ・ギルドの元師範、ランダース・ロベルタは笑いながら言った。酒はちょっと控えているらしい。
「そ、そうだな。う、う、う、腕が鳴るな。ハハハ」
パトリシア・ワードナスも真っ青な顔で言った。
どうやらパトリシアは、お化けの類がすごく苦手らしいのだ。
「パトリシア、無理して来なくて良かったのに。体が震えてるわよ」
アイリーンが心配しながら言うと、パトリシアはキッとアイリーンを見た。
「な、なんのっ!」
パトリシアは声を上げた。
「わ、わ、わ、私はお化けが怖いわけではない。わけのわからない、透明な化け物が苦手なだけだ!」
「それ、お化けだろーが」
ランダースが突っ込んだ。
というわけで、新しい魔物討伐メンバーは、僕──ダナン、そしてアイリーン、パトリシア、ランダースだ。
全員魔法剣士というのが新鮮だ……。アイリーンは回復魔法を使えるし、まあ大丈夫か。
◇ ◇ ◇
僕らを乗せた馬車はルイベール工業地区の南西を通り、だんだんと薄暗い地域へと入っていった。
ここはもうすでに、グバルー魔霊街と呼ばれる地域だ。
周囲の民家は、ツタや伸びきった木の枝で覆われていて、誰も住んでなさそうだ。ガラスも割れている。
ほ、本当にこんな場所に、パメラさんとマリーさん姉妹が住んでいるのか?
僕たちは馬車を降りた。御者はさっさと馬車を走らせて、逃げるように去ってしまった。
「しょ、商店街に、き、来たぞ」
パトリシアも震えながら言った。
商店街の店のほとんどは半壊している。人通りも少ない。
商店街には墓地が隣接し、いっそう不気味だ。
ガサッ
「きゃあああ~ひえええ~!」
パトリシアは半泣きで剣を取り出した。
ネズミが、壊れた金物屋から出てきただけだ。金物屋に店主はいない。ただ商品が、床やそこらに散らばっている。廃屋だ。
「お前なぁ、いちいちビビって震えてんじゃねえぞ~」
ランダースがパトリシアに注意すると、彼女はぷうと頬を膨らませて怒った。
「な、何を! いい今のは剣士に対して屈辱的な発言だぞ私はビビってなんかいないこれはむむむ武者震いだ!」
パトリシア……すごい早口だ……。
すると……!
「お前たち!」
急に後ろから低い声がした。
(人語を話せる魔物か?)
僕はそう思い、後ろを振り返ると、そこには目つきの悪い中年の男が立っていた。
う、うおおっ……。手にはナタを持っている。
周囲にはいつの間にか、住人たちがいた。か、囲まれている? 人数は6名……。全員、農具を武器に見立てて持っている。
「敵か?」
パトリシアは構えたが、僕は、「やめろ」と剣をおさめるように言った。
武器──農具を持った姿勢、雰囲気などを見たところ、とても戦闘に慣れている者たちとは思えない。
普通の民間人だ。
「あなたたちは?」
アイリーンが聞くと、ナタを持った男が口を開いた。
「俺らは、このグバルー街の住人だ。俺は……副町長のギルバス・ルバール」
「どうしてその住人たちが、俺らを襲おうとしてるんだ?」
ランダースが今にも剣を抜こうとしながら言ったが、ルバール氏は声を荒げた。
「よそ者は、この街に入ってきてほしくねぇ! 邪魔だ、出ていけ。それに、ここいらは魔物が出る。大怪我しても助けねえぞ」
「我々は、その魔物を討伐しようとしている!」
パトリシアが声を上げた。
「あんたたちはここに住んでいるんだろう? いつも危険な状態にさらされているんじゃないのか?」
「余計なお世話だ」
ルバール氏が声を荒げた。
「魔物を討伐? できるわけがない。あんな恐ろしい魔物……。お前たちには絶対に倒せないね。とにかく邪魔なんだよ、出ていけ!」
僕たちは顔を見合わせた。
なぜだか分からないが、僕らは、この魔霊街の住人たちに嫌われているらしい。
僕ら、魔物討伐隊は、探偵のパメラさんと占い師のマリーさん姉妹に会うために、グバルー魔霊街に侵入した。
しかしさびれた商店街で、魔物ではなく住人──人間に取り囲まれたのだ。
「魔物討伐など、余計なことをするなって言ってるんだ。出ていけ!」
副町長のルバール氏は、ナタを構えて言った。素人の構えだ。
僕はルバール氏に言った。
「僕らはパメラさんと、マリーさんという人に会いにきただけです」
「……パメラ……マリー……」
「でも、パメラさんとマリーさんを探している最中、魔物に遭遇したら、討伐するしかありません」
「その魔物は恐ろしいヤツらだ。俺らは魔物に上納金を払って、この街で生きているんだ!」
じょ、上納金だって? この人たち、魔物に金を払って生きているのか?
ルバール氏は、チッと舌打ちをして言った。
「そういうことだ。魔物に上納金を払って、俺らは一応、安全に生活できてんだよ。だから、余計な騒ぎを立てるなってんだ」
「どれくらい払っているんですか?」
「……まあ、隠す必要もないから、堂々と言ってやろう。……毎月百万ルピーだ」
するとランダースが、「お、おいおい! 百万だと?」と声を上げた。
「魔物に、そんな大金を払ってんのか? バカか? あんたたちは」
「うるせえっ」
ルバール氏は声を荒げた。
「俺たちの生き方を否定するな。これは三十年以上、続いているんだ。今さらやめるわけにいかねえだろ」
「……なるほど。この魔霊街を見ると、とても商売をやっていけるような街には見えないね。その金はどこから出てくる?」
今度はパトリシアが聞いたが、ルバール氏は首を横に振った。
「それは言えない」
「では、当ててやろう。あんたたちがどうやって、金を手に入れているのか」
パトリシアがそう言ったので、僕やアイリーンは驚いた。ルバール氏たちも眉をひそめた。
「別の街に行き、スリか強盗をしているんだろう?」
「うっ……」
ルバール氏は一歩後ずさりをした。パトリシアはため息をついた。
「金を作ることができないのなら、どこからか金を盗むか、別の悪事を働く。それなら、手っ取り早く金を作れるからな。そもそも、別の街で、グバルー魔霊街の住人たちが、強盗をしていると噂になっているんだよ」
「……黙れっ……とにかくだ!」
ルバール氏は叫んだ。
「魔物……特に、アイアンナイトには手を出すんじゃないぞ! 絶対に殺される。とくにお前らのような弱そうな魔物討伐家たちはな。今までそんなヤツらを、たくさん見てきたんだ。おい、もう行こう」
ルバール氏はそう言うと、他の住人とともに、商店街の奥に去っていった。
「……なんなんだよ、あいつら」
ランダースは腕組みした。
「自分から、不幸になりにいっているようなもんじゃねえか」
「そうね」
アイリーンがうなずいた。
「人間は、心の表層部分では幸せを求めている。だけどあの人たちは、心の奥底では自ら悪の道や不幸を求めてしまっているわ」
◇ ◇ ◇
僕らは、商店街に隣接した墓地に進むことにした。
「この墓地を突っ切りましょう。地図を信じれば、この墓地の奥に、マリー先生たちの住む大屋敷があるはず」
アイリーンが言った。
墓石は倒れ、コケが生えている。この墓地は廃墟といって良いだろう。
しかし、本当にこの墓地の奥に、パメラさんとマリーさんが住んでいるのか? にわかには信じがたいが……。
「魔物の気配がするわ」
アイリーンがつぶやいた。彼女は、魔物の気配を察知する能力があるようだ。
「魔物か。じ、実体があるならば、勝負になる。行くぞ」
パトリシアは少し顔を上げた。
僕らが墓地を歩いていくと、周囲の森からガサゴソと音がした。
そして──。
バキバキバキッ
森から枝をかきわけて出てきたのは──。
骸骨剣士──スケルトンナイト、鬼系の魔物──レッドオーガ、触手系魔物──ビッグローパー! そして鉄の鎧、鉄の兜、鉄の剣を装備した魔物の剣士──アイアンナイトだ!
アイアンナイトは、体長3メートルはありそうだ。で、でかい!
すると、スケルトンナイトはナイフを投げつけてきた。
ガイン
パトリシアはそれを愛剣ムラマサで受け──。
「たああっ」
バキイッ
スケルトンナイトを斜めから斬り下ろした。
スケルトンナイトは骨ごと斬り裂かれ、パトリシアの剣によって破壊された。
するとスケルトンナイトは、その瞬間、青色の宝石に変化した。
魔物は宝石からできており、絶命すると宝石に変化してしまう。噂では、魔王が特殊な術で、宝石から魔物を作り上げているらしい。
「あらよっ」
ランダースは、レッドオーガの棍棒攻撃を避け──。
ズバアッ
鋼の剣で、魔物の胴を横払いで斬った。レッドオーガの死体は、赤い宝石に変化した。
ちなみにランダースには、愛用の剣というものはない。武器屋で売っている気にいった剣を、ただ装備する。刃が欠けたら、さっさと新しいのを買うらしい。
一方、アイリーンは愛用の剣──ジュレ・ブランシュを構えた。異国の言葉で、「霜」の意味らしい。
青白く波打った、珍しい形状の剣だ。
シャッ
氷の魔法剣で、ビッグローパーを斜めから斬り裂いた。
ビッグローパーは氷属性に弱い魔物だ。
ビッグローパーは断面が氷結し、絶命すると、そのまま宝石に変化してしまった。
「さあてと」
ランダースはニヤリと笑って、今まで微動だにしなかったアイアンナイトをにらみつけた。
アイリーンもパトリシアも構えている。
「手合わせといこうぜ、デカブツ」
すると──。
「クオオオオオッ」
アイアンナイトはそんな声とともに、全身から衝撃波を放った。
アイリーン、ランダース、パトリシアたちは5メートル以上もふっ飛ばされ、墓石や地面に体を打ちつけてしまった。
しかし、僕は吹き飛ばされなかった。松葉杖をついていたが、気を高め、とっさに魔法の結界を瞬時につくり出していた。
──自分で、「結界を作る? こんなことができたのか」と驚いたが。
「ぬう……?」
アイアンナイトは声を上げた。
「俺の衝撃波を受けて、ふっ飛ばされなかった人間は……初めてだ」
アイアンナイトの目が光った。人語をしゃべった! 知的レベルが高い魔物のようだ。
「少年……お前、何者だ? いや、その前に……」
アイアンナイトはそう言いつつ、右手を出した。
「上納金をもらいうける。いまなら150万ルピーでどうだ? 宝石や金塊でも良いぞ」
「残念だな」
僕はアイアンナイトに言った。
「お前を倒し、逆に宝石になってもらう」
「ぬうう……! こしゃくな」
アイアンナイトは一歩前に進み出た。
戦闘開始だ!
僕の目の前には、巨大な魔物が立っている。
アイアンナイト──鉄の装備で身を固めた、戦士型の魔物だ!
「人間よ! 切り刻んでくれるわ!」
アイアンナイトはそう声を上げつつ──。
ゴウッ
鉄塊のような、巨大な剣を振り下ろしてきた。
僕は剣の軌道を読み、松葉杖と左足を上手く使って後ろに後退し、避けることに成功した。
すると!
グワシイイッ
アイアンナイトの剣で、墓石が真っ二つに割れてしまった。
僕はそれを見たが、宣言した。
「次は──避けない」
「何!」
アイアンナイトは驚いたように声を出した。
「貴様!」
ブオン
またしても巨大な剣が振り下ろされた。
ガイイイイインッ
僕は巨大な剣の太刀筋を、自分の剣「グラディウス」で受けた。
「何だと? しかも片手で?」
かなり右手がしびれたが、そのまま巨大な剣を、愛剣グラディウスで横に払う。
アイアンナイトは体勢を崩した。
(ここだっ)
そのまま剣をすべらし──僕は、アイアンナイトの左肩口を狙った。
ガッ──ガッシャアアアアン
そんな金属音がした。
僕は、アイアンナイトの左腕を斬り落とした。
「な、何だと!」
アイアンナイトはうめく。アイアンナイトの鎧──体から、左腕が外れた。
アイアンナイトの左腕は落としたが、肩口からは血は出ず、闇色の瘴気が出ている。
鎧の内部はどうなっているのか……。
「人間の少年……お、お前……何者だ?」
アイアンナイトは、右手の巨大な剣を握りしめ、言った。
「こんなことは初めてだ。私の腕を斬り落とすなど! しかもお前は──右足を使えないのだぞ──むうううんっ」
今度は巨大な剣を横に払ってきた!」
僕はそれを見切り、またしても彼の剣を避けた。そして──。
ガッシャアアン
アイアンナイトの右腕も、斬り落としていたのだ。
「う、うごおおっ」
両腕がないアイアンナイトはうめく。
「な、なぜ、俺の両腕を斬り落とせたのだ?」
「お前には力はあるが、剣の軌道が読みやすい。動作が遅いからだ」
「よ、鎧や手甲、肩当てで、身を守っているのだぞ」
「その継ぎ目をよく見れば、防具に身を守られていない部分がある。そこを狙って斬った」
両腕を斬られたアイアンナイトは、両肩口から、瘴気をもうもうと出している。
「んっ?」
僕はアイアンナイトの頭上を見上げ、思わず声を上げた。
あの鉄塊のような巨大な剣が、アイアンナイトの頭上に浮いている。
魔力で宙に持ち上げたか!
「ワハハハッ、少年よ! 我が両腕を斬り落とした程度で、何を誇らしげに? 私は魔力も使えるのだぞ? くらえ!」
ビュオッ
ドッガアアアッ
もの凄いスピードで、巨大な剣が振り下ろされ、地面に叩きつけられた。
僕は間一髪、松葉杖と左足を使った左横飛びで避けたが──腕がある時より、太刀筋が速い!
「もう一撃だ、少年よ!」
巨大な剣はまた、振り上げられた。そして空中で、闇色の雷をまとった。……魔法剣だ!
おや? その時!
『【大天使の治癒】を発動させます。右足が一時的に回復します』
ん? 久々の頭の中の声だ!
おおっ、右足が動く!
「ノワル・エクレール──黒き稲妻!」
アイアンナイトが声を上げたとき──。
ゴウッ
また、巨大な剣が落下してくる!
ここだっ!
神速!
僕は全力で前方に跳躍した。そして、アイアンナイトの首を、愛剣グラディウスで斬り落としていた。
「あ、が」
アイアンナイトはうめき──。
ドズン
巨大な剣は力なく落下し、アイアンナイトの首も兜ごと地面に落ちた。
その途端、アイアンナイトは大量の宝石に変化した。
僕はアイアンナイトを退治したのだ。
「す、すごい! すごいよぉっ!」
アイリーンが駆け寄ってきて、僕に抱きついた。
「ダナン、すごいよ! どうして君は、そんなに強いの?」
「く、悔しいっ……。君の戦いを、ただ見ているしかなかった」
パトリシアは悔しそうに、僕に言った。
「ったく、たいしたヤツだぜ~」
ランダースも、腰の鞘に剣をしまいながらつぶやく。
まあ、何とか魔物全員、倒せたようだな。皆のおかげだ。
「お、お前たち……!」
副町長のルバール氏が、墓場にやってきた。他の住人も一緒だ。
「お、おい……すごいぞ。アイアンナイトを倒しちまった……」
「も、もしかしてもう、上納金を払わなくて良いってことか?」
「ろ、牢獄のような生活から、逃れられるのか?」
住人たちが、口々にさわいでいる。
ルバール氏が冷や汗をふきながら、言った。
「あのアイアンナイトを倒しちまったのか?」
「あ、はい。まずかったですか?」
僕は頭をかいた。ルバール氏は、ブルブル震えている。お、怒り出すか?
「あ、あんたはすごい!」
ガシッ
ルバール氏は僕の両手をつかみ、叫んだ。
「あんたは……いや、あなた様は……。一体、どなた様なのでしょう? 我々は、本当は魔物に上納金を払いたくなかった。しかし、あなたたちが私たちを救ってくださいましたっ。さっきは失礼を言って、申し訳ございませんでした!」
ルバール氏は、僕らに頭を下げた。うーん、頭を下げられるのは、ちょっと苦手だ。
「さあ、マリー様の……魔霊街の町長のお屋敷はこちらです。姉のパメラ様も一緒に住んでらっしゃいますよ。ご案内します」
ルバール氏は、墓地を歩き始めた。アイリーンはあわてて聞いた。
「え? マリー先生って、この魔霊街の町長なんですか?」
「はい。しかしあの方は不思議な術で、屋敷に結界を張り、魔物の侵入を防いでいます。マリー様たちは、他の街でスリや強盗などはしておりません。誤解なさらぬよう……」
「あ、そのスリや強盗のことだけどさ」
パトリシアは静かに言った。
「魔物におどされていたとはいえ、あんたたちは他の街で悪事を働いていたんだろ? スリや強盗とかな。あとで、王立警察に、自首するべきだ。分かったな」
「その通りです……」
ルバール氏は大きくうなずいた。
「それならば、北東にあるルイベール工業地区の王宮警察支部に、出向かなければならないと思います」
「あんたたち、……もう自首をしていいのか?」
「ええ。我々も、本当は悪いことをしていると苦しんできてましたからね……。しかし、街には我々の顔を知り、憎んでいる者がいる。我々は、『黒服』といわれるマフィアからも金を盗りました。我々は、自首する前に、殺されるかもしれない」
「それならば、私とランダースがついて行こう。ボディーガードというわけだ」
パトリシアは、ランダースの肩に手をやって言った。ランダースは、「お、俺?」と声を上げた。
ランダースは嫌そうな顔だ。
「パトリシア、お前な~。怖いから、さっさと魔霊街を出たいだけだろ」
「黙れ」
ドガッ
「いて!」
パトリシアは、ランダースの尻を蹴っ飛ばした。
「そういうわけでだな」
パトリシアは僕とアイリーンに言った。
「私とランダースは、ここの住民たちと王宮警察に行く。お前たちはパメラ探偵とマリー氏の屋敷に向かってくれ」
「なんで他人の自首を手伝わなきゃいけないんだよ、めんどくせーなー」
ランダースはブツブツ言った。
パトリシアや魔霊街の住人たちは、すぐに墓地の北の、さびれた商店街のほうに去っていってしまった。
僕とアイリーンは、地図の通り、パメラさんとマリーさん姉妹が住むという、屋敷に向かうことになった。
僕とアイリーンは、周囲に気を付けながら墓地をまっすぐ歩いた。
歩いていくと墓地の奥に、大屋敷が建っているのが見えた。
まるで城のような大屋敷だ。
しかし、大屋敷の大きな鉄の扉は閉まっている。
「お、おっと」
そのとき、僕は体のバランスを崩して転びそうになった。
右足が動かない! そ、そうか。僕のユニークスキル、【大天使の治癒】が切れたんだ。
「大丈夫?」
アイリーンは僕の異変に気付き、すぐ僕を支えてくれた。そして、彼女は顔を赤らめながら言った。
「いつでも、私が君を支えるから……」
「あ、ありがとう」
ふう、アイアンナイトとの戦闘で、愛用の松葉杖を無くさないで良かった。
僕は松葉杖をついて、体勢を立て直した。
さて、僕らが周囲を見回していると……。
『認識……ダナン・アンテルド。アイリーン・フェリクス……。門が開きます。お入りください』
抑揚のない声がした。
そしてグワン、という重々しい金属音とともに、扉が自動的に開かれた。
「ダナン・アンテルド様、アイリーン・フェリクス様ですね」
大屋敷の中から、若いスーツ姿の男性が出てきてこう言った。
「私はパメラ・エステラン様、マリー・エステラン様、ご姉妹の秘書、セバスチャンです。お二人があなたたちをお待ちですよ」
「パメラさんとマリーさんは、僕らが来ることを知っていたんですか?」
「ええ、ご存知ですよ。パメラ様は名探偵、マリー様は占い師ですからね。──さあ、どうぞ」
セバスチャン氏に、大屋敷の中にある、一階の一室に案内された。
その部屋には薬品、古い本の棚が所せましとある。
中央には机があり、その奥に女性が座っていた。
「久しぶりね」
女性が言った。マリーさんだ!
僕がランゼルフ・ギルドにやってきてから、何ヶ月経っただろう? あれから色々なことがあった。
「マリー先生! なんでこんな屋敷にいるんですか?」
アイリーンがマリーさんに、大声で聞いた。アイリーンはマリーさんお魔法の弟子だったそうだ。
「こんな恐ろしい街に住むなんて!」
「結界を張れば、静かで良い街なのよね。……アイリーンは相変わらず元気がいいわね。ダナン君も……あら、あなた、すごく強くなったわね。雰囲気で分かるわ。──さて……と、ご用件は色々と分かっているけど、一応、話したいことを話してごらんなさい」
「はい!」
僕は口を開いた。
「僕を馬車で事故にあわせた者の、正体を知りたいんです。そして、僕に濡れ衣を着せた、とある写真がウソだということを、証明したいんです」
『では、私が証明してやるぞよ~!』
その時! 部屋の中に、子どもの声が響いた?
『隣の部屋に来い! 私が名探偵のパメラ・エステランじゃ~! マリーよ、私の部屋に連れてこいっ!」
な、何で、部屋中に子どもの声が響き渡っているんだ? どんな仕掛けだ? そもそも、パメラって人は、マリーさんの「姉」だったはずだ。
まるで子どものような、幼い声だけど。それにしては高飛車な話し方だな。
「ウフフッ」
マリーさんはふき出しそうになりながら、言った。
「じゃあ、姉に会いにいきましょう。ついてきて」
◇ ◇ ◇
マリーさんは、僕らを隣の部屋に連れていった。
「う、うわあ~……」
アイリーンは声を上げた。な、何だ? この部屋は。
それはとても大きな部屋だった。周囲は巨大水槽になっており、魚がたくさん泳いでいる。
その部屋の中央に机があり、誰かが座っていた。
「ほうれ! 早くこっちゃこい! 待ちくたびれたわい」
その誰かが声を張り上げた。子どもの声なのに、老婆のようなしゃべり方だ。
その机の上には、巨大な透明な球体──水晶球があり、その水晶球から導線がたくさん出ていた。
その導線は、壁に設置された、本棚のような鉄の装置と繋がっている。
「ダナン・アンテルド! お前の事故の真実を、完全解明してやるわい」
椅子には、三角帽を被った、幼いかわいい女の子がちょこんと座っていた。
「私はパメラ・エステラン。マリーの姉じゃ。ほりゃ、こっちゃこい!」
女の子は僕の腕にがっしと組み付き、自分の机の前に僕を引っ張った。
「ほほう、おぬしがダナンか! かわいい男子が来たのぉ~!」
「ちょっと、パメラ姉さん! ダナンとアイリーンが困惑しているじゃないの」
マリーさんはパメラさんに注意し、僕を見た。
「パメラ姉さんは、前世では百八十八歳まで生きたらしいのよ。だけど、神様にお願いして、記憶を保ちつつ、赤ちゃんに生まれ変わったの。転生ってヤツね」
「は、はあ? 前世? 転生?」
僕は首を傾げたが、マリーさんの説明は続く。
「百八十八歳の知識、記憶を保ちつつ、十歳になったわけ。で、錬金術で錬成した薬を飲んで、十歳の体を保っているわ。正式な年齢としては、三十八歳だけど」
「よ、よけいなことを言うなっ、マリー! 化け物あつかいされるじゃろが~! 転生の話は秘密じゃ~」
パメラさんは顔を真っ赤にして、座りつつ足をバタバタさせながら言った。
マリーさんとパメラさんの言っている意味は、さっぱり分からん。
「そんなことより、ダナンよ! お主の馬車の事故の話だ」
パメラさんは巨大水晶球とつながった、文字板を操作し始めた。
「お前が事故にあった場所と、日時を教えてくれ。検索するからのう」
「えーっと、確か……。マルスタ地区の有名レストランがある交差点で……。レストランの名前は忘れちゃったなあ。……今年の四月……何日に事故があったんだっけ」
僕は本当に忘れていた。しかし、アイリーンが助け舟を出してくれた。
「ダナンが事故にあったのは、マルスタ地区の有名レストラン、『スライバス』がある交差点よ。日時は今年の四月十九日。その日、ダナンは私の勤めていた病院に運び込まれました。だけど、それで何か分かるんですか?」
「この国は極秘で、『魔導監視装置』というものを街中に取り付けておる。その数、1967個!」
ま、魔導監視……装置?
パメラさんは文字板を打ち込み、巨大水晶球の横の装置から、写真を取り出した。写真が印刷できるらしい。
「これを見よ」
「え……? あっ……」
僕は思わず声を上げた。
誰かが馬車にはねられた瞬間が、右斜め上から撮影されている! つまり、事故の瞬間だ。
その誰かとは……! この写真の中で、馬車にはねられているのは……!
僕だ!
「この国は極秘で、『魔導監視装置』というものを街中に取り付けておる。その数、1967個!」
パメラさんは、写真を見せてくれた。
するとそこには、馬車にはねられた瞬間の、僕の写真がはっきり写っていた。
「こ、これは……」
「どの地区でも、交差点には魔導街灯用の鉄柱が立っている。その鉄柱に、ひそかに魔導監視装置が取り付けられているのだ。王立警察主導で、国民には一切極秘でな」
「じゃあ、この写真は、その魔導監視装置の写真?」
「その通り。私の巨大水晶球は、様々な地区の魔導監視装置の記録を、ものの数秒で取り出せるのじゃ~! すごいじゃろ」
「こ、この写真の馬車の御者を、拡大して見ることができますか?」
「できるとも」
パメラさんは、また文字板を操作して、今度は馬車の御者の拡大写真を見せてくれた。
ううっ……! こ、これは! 黒服を着た御者が、くっきりと拡大されて写っている。しかも、しっかりと顔まで分かる鮮明さだ!
「見て! ダナン」
アイリーンが声を上げた。
「この御者、口ヒゲがあるわ。でも……どこかで見たことがあるような気がする」
「僕もだ……」
僕がつぶやくように言うと、マリーさんが提案した。
「その御者《ぎょしゃ》の口ヒゲを無くしてみたら? ツケヒゲで変装しているのかも。写真から、ヒゲだけ消去はできる?」
マリーさんの直感だ。さすが占い師。
パメラさんはニヤリと笑った。
「では、写真を加工して、この御者の口ヒゲをなくしてみよう」
パメラさんは色々操作して、また写真を見せてくれた。
あ……っ! な、なんてことだ!
「この人……。いえ、この男!」
アイリーンが声を上げた。
「バルドン! バルドン・ロードス!」
「バ、バルドンか……」
僕もつぶやくように言った。
このちょっといかつい、大柄な男……。まさに幼なじみのバルドンだ。
頭の中が整理できない。
幼なじみで、魔物討伐隊「ウルスの盾」のパーティーメンバーだったバルドンが、御者だった。
な、何でだ?
「答えは一つじゃない?」
アイリーンは怒りを堪えるように言った。
「バルドンに誰かが命令したのよ。そんなことをする人間といえば、『ウルスの盾』のリーダー、ドルガーしかいない! ドルガーがバルドンに、馬車の御者になり、ダナンを怪我させろと命令したのよ」
「そ、そんなバカな……」
「確か、バルドンはお金に相当困っていたはずよ。飲み屋のツケ、家賃も相当、滞納していたと聞いたわ」
「……分かった。事故のことで今の時点で分かる事実は、バルドンが御者だった、ということだ。──では、僕がランゼルフ・ギルドで道場生に暴力をふるっている写真は、なんなんだ?」
「その写真をお見せ」
パメラさんも乗り気だ。
僕は、ブーリン氏から渡された僕の暴力写真を、パメラさんに手渡した。僕がランゼルフ・ギルドで、道場生を木剣でなぐっている写真だ。
僕自身は、こんな暴力、身に覚えはないけれど……。
「怪しい写真だね」
パメラさんはその写真を装置で読み取らせて、何か操作している。
「できた。この解析写真を見よ。ダナン、お前の顔部分を拡大してある」
パメラさんは僕の暴力写真の、拡大写真を見せてきた。僕の顔部分が、拡大されている。
よく見ると、僕の顔の周囲に黒いスジがあり、首にも黒いスジがある。
「よくできとるのぉ~。これはプロの捏造写真家、ドッツ・ボードマートがよくやる合成手法じゃわい」
パメラさんは説明した。
「元の誰かの暴力写真に、お前さんの顔写真を切り抜いて貼り付け、その写真を再撮影しただけじゃ」
「え? そ、そんな簡単な……」
「ただし、その貼り付けた部分には、独特の線がでる。ボードマートはその線を薬剤で消去するのが得意でな。巧妙な捏造写真を新聞社に売りつけて、大儲けしとるわ。しかし、ワシの分析装置にかかれば、その線の存在はバレてしまう!」
「一つの仮説だけど」
アイリーンは言った。
「元々、ドルガーか誰かが、ランゼルフ・ギルドで暴力写真を撮影した。それは演技でもやらせでも、何でもいい。その顔部分に、ダナンの顔写真を切り抜いて、貼り付けたのね」
「単純だな……でも、分かって一安心だ」
僕は言った。
「甘いっ! 一安心ではない」
しかし、パメラさんは怒鳴った。
「写真というものはな、『焼き増し』『複製』ができるんじゃ。お前さんの、この捏造写真が様々なギルドにバラまかれると、ダナン──! お前さんの信用は、完全に地に落ちてしまうぞ」
「で、でも、僕はこんな暴力はやっていないんですよ」
「やっていなかろうが、関係ない。人はゴシップを好むからな。お前の暴力写真が、人々によって拡散してしまえば、大変なことになる。早急に手を打て!」
「そうね。解決方法としては──」
マリーさんが口を開いた。
「あなたが所属する、マルスタ・ギルドのギルド長、ブーリン氏にランゼルフ・ギルドでの暴力が事実無根であることを話す。写真を見せれば、何とかなりそうね。──それから、馬車の事故の犯人を、きっちりドルガーに問い詰める」
「御者はバルドン。指示役は……多分、ドルガーだと思います」
僕が言うと、アイリーンはうなずいた。
「そうね。すぐに行動しましょう。ドルガーも何か手をうってくるかもしれないわ。意地でも、自分の指示であなたを事故にあわせたなんて、バレたくないはずだもの」
僕とアイリーンはパメラさんから、たくさんの証拠写真をもらい、マルスタへ帰ることにした。
僕はアイリーンと共に、グバルー魔霊街からマルスタ地区に急いで帰った。
翌日、マルスタ・ギルドに行き、ギルド長室をたずねた。
そこにはギルド長のブーリン氏がいた。
◇ ◇ ◇
「こ、これは!」
ブーリン氏は、僕がランゼルフ・ギルドで起こしたとされる暴力事件の写真の拡大写真を見て、目を丸くした。
パメラさんからもらった、解析写真だ。
僕の顔の周囲に、僕の顔を貼り付けたような黒いスジが写っている。
「この写真はインチキ、合成です」
僕がブーリン氏に説明すると、ブーリン氏は深くうなずいた。
「た、確かに! これは合成写真に違いない」
「この拡大解析写真を作った人は、パメラ・エステランという探偵さんです」
「パメラ・エステラン探偵だって? 名前はよく聞くよ。会ったことはないが、有名な探偵じゃないか。その人の作成した、解析写真なのか! 信頼はできそうだな、うーむ……」
ブーリン氏は首を横に振って、本当に驚いているようだった。
「なんてこった。写真にダナン君の顔写真を貼って、その写真を写真機で撮る。こんな簡単なトリックに引っかかるとは! ダナン君が、暴力などふるうわけがない、とは思っていたんだがね」
ブーリン氏は、深く頭を下げた。
「す、すまなかった、ダナン君。君を疑ったりして……」
「いえ、そんな!」
僕はあわてた。もともとブーリン氏は、僕に協力的な人だ。証拠を見せれば、必ず分かってくれるはずだと信じていた。
「良いんです。僕が暴力をふるっていないことが、分かっていただけたなら」
「ほ、本当にすまん。ゆるしてくれるのか。……だが、ちょっと困ったことがある」
ブーリン氏は、眉にしわを寄せた。
「周囲の各地区ギルドの道場生に、『ダナン・アンテルドにかかわるな』という話が広まっているようなんだ。私はこの件に関しては口をつぐんでいたんだ。しかし、誰かがこの合成写真とともに、君の噂を広めているようでね……」
ドルガーか……? そんなことをするヤツは、あいつしかいないではないか。
それにしても、これは困った。この合成写真が出回ると、僕は魔法剣術の世界では生きていけなくなる。
道場生に暴力をふるう魔法剣術師範など、誰も信用しない。
一方、ドルガーが道場で暴力をふるっているのを見た。
ドルガーの父親は大金持ちで、そういう噂は、金でもみけすことができるらしい。
だから、ドルガーはやりたい放題できるのだ。
「とにかく、ギルドを一軒一軒回って、君の誤解を解いていくしかない」
ブーリン氏は言った。
「まずはランゼルフ・ギルドに行こう。私も一緒に、誤解を解きにいくよ。私に、この写真を信じてしまったつぐないをさせてくれ」
ランゼルフ・ギルドにはモニカとパトリシアが所属している。あと、マイラか。
モニカやパトリシア、マイラは僕の味方だろう。
しかし、ギルド長がドルガーだからな。僕を事故にあわせた、馬車の御者であるバルドンも、ドルガーの側近のはずだ。
ランゼルフ・ギルドに行くのは気が引けるが……。
いつかドルガーとは、話をつけなければならないと思っていたんだ。
──行こう!
◇ ◇ ◇
僕とブーリン氏は、馬車でランゼルフ地区に行き、ランゼルフ・ギルドに近づいた。
玄関から入ることは避け、ギルド敷地内にある、広場の入り口から入ってみることにした。
「ダ、ダナン君、見ろ。ドルガーがいるぞ」
ブーリン氏はあわてたように言った。
広場の噴水の前には、ドルガーとジョルジュ、バルドンがいて、何やら話し合っている。
僕とブーリン氏は木陰に隠れて、何を話しているか、聞き耳をたてることにした。
「てめぇら! 何だ、この売り上げは!」
ドルガーは書類を持って、ジョルジュやバルドンに向かって怒鳴っている。
「ギルドの道場生たちが、先月に比べて半分以上辞めていっているじゃねえか!」
「いえ、それは……」
ジョルジュは言いにくそうだ。どうやら、ランゼルフ・ギルドの経営状態について話し合っているらしい。
ドルガーは重ねて声を上げた。
「剣士道場、拳闘士道場、魔法剣士道場、魔法道場……ランゼルフ・ギルド併設の道場は四つあるが、どんどん道場生が減っているぞ! 合計約百名はいたのに、今や五十名だ。併設道場は、ギルドの大事な収入源なんだぞ。何とかしろ!」
ギルドは冒険者の、魔物討伐の依頼斡旋が主な仕事である。また、併設道場での若手冒険者の育成も、大事な仕事だ。彼らが強くなれば、ギルドの宣伝にもなるからだ。
「お、恐れながら、ドルガーさん」
ジョルジュは言った。
「ドルガーさんが各道場の師範に、『もっと厳しくしろ』と命じているからでは」
「ふん、それの何が悪い? 今、俺はここの魔法剣術道場の師範もたまにしているが、厳しくしねえと道場生にナメられる。各道場の師範にも、『ナメた口を利いてきた道場生は、ぶんなぐれ』と伝えてある!」
「き、厳しくするにも、限度があります。木剣でなぐりつけるなど、あまりにもやりすぎでは」
「それがオレのやり方だ。それに、その指導法をやり始めたのは、ダナンだということになっている。俺はそれに従っているだけ──ということにしているんだ」
な、何だって? 僕とブーリン氏は顔を見合わせた。
僕は一度も、そんな指導を推奨したことはないし、やったことはない。
「そもそも、道場稽古ってのは、厳しくしてナンボだろーがよ」
「しかし、このままでは、このギルドが大赤字を出してしまいます」
「うーむ……。今日、社長の親父がこのギルドを視察に来る。売り上げも確認するそうだ。親父はメチャクチャ、金に厳しいからな……。ジョルジュ、お前が親父に説明しろよ」
「そ、そんな! ドルガーさんのお父様は、その……こ、怖くて」
ジョルジュは顔を真っ青にした。バルドンはずっと黙っている。
「そうだ、良い方法がある」
すると、ふとドルガーは思いついたように言った。
「隣町にマルスタ・ギルドがあるだろう。このギルドより小さいし、たいした経営状態じゃないはずだ。ダナンも所属していたな。……確か、ギルド長はブーリン。単なる小商いだろ」
「そ、それで?」
「マルスタ・ギルドを、金で買い取っちまえばいいんだ!」
またドルガーがメチャクチャなことを言い始めた。僕は呆れて仕方なかった。
「親父に相談して金をだしてもらい、マルスタ・ギルドを手に入れる。そうすりゃ、マルスタ・ギルドの道場生の人数は、俺らのランゼルフ・ギルドの人数に合算できる。ギルド間で、道場生の行き来を自由にすりゃいい」
「しかし! そんなことをマルスタ・ギルドのブールンが許可しますかね?」
ジョルジュがそう言ったとき──。
ブーリン氏が木陰から、彼らの前に飛び出していた。
「お前ら──勝手なことを言いやがって!」
「な、なんだ? あっ、あんた……」
ドルガーはブーリン氏を見て、目を丸くした。
しかしこの後、ブーリン氏は大変なことになる!