――――その日、穏やかな蜘蛛屋敷の昼下がりに、激震が走った。
「ハッアアァァ――――イッ!元気ぃ?」
「チ……ッ、五月蠅いのが来た……!」
突如響いた元気で明るい声に、しずれがすかさず舌打ちをする。
一体……何事……?
「ちょっと、舌打ちは酷いんじゃない?私、蜘蛛の女王って呼ばれているの知ってる?」
不満そうな声と共に現れたのは、まさにダイナマイトカップのボンキュッボンの美女であった。くるぶしくらいまである黒く長い髪には、金糸が混じっており、光に揺れてキラキラと揺らめく。更に瞳は金色で誰もが惹かれてしまうような妖艶な顔立ち。
因みにどうやって帯留めてんだとばかりの胸元が大胆に開き、ダイナマイトカップな代物が堂々とぷるんぷるんと揺れている。
「あぁ、ふゆは。彼女はジョロウグモのホウセンカ姐さん。普段は暖かい土地で旦那とバカンスしながら暮らしているんだが……」
彼女が……ジョロウグモ!
「そうよぉ、気軽にホウセンカお姐さんって呼んでねっ!」
そして昔話で聞くジョロウグモの恐い伝承のイメージとは真逆で、とてもフレンドリーでセクシーなお姐さんのようだ。
そして……旦那さま……?
私は彼女の側に控えている男性の姿を見付ける。
「てか、突然何しに来たんだ、ホウセンカ姐さんは」
「決まってるじゃない!アンタの嫁を見に来たの!!」
「わざわざそれで訪ねてきたのか」
「そうよ。当たり前じゃない。長が花嫁を迎えたとなれば、私としても見たくなるってものよ。あと、キイナからも聞いたの!……それに、月守家には縁があるのよ」
え……?実家と、ジョロウグモのお姐さんが……?
「まぁ、そうだな。だからと言ってふゆはは月守家には……っ」
「大丈夫。私も知っているわ。蜘蛛のコミュニティを舐めたらいけないわ」
私の実家での事情も知っているの……?
「それは当然だが、俺も一緒にいるからな」
「んもぅ、過保護よ」
「普通だ。ホウセンカ姉さんもだろう?」
「あっ、それもそうねぇ」
それって……。ホウセンカお姐さんは、側に控える青年に微笑みを向ける。色素の薄い髪と瞳を持つ優し気な青年である。
「ふゆは、あの方は、ホウセンカ姐さんの旦那さんのイサザさんだ」
「……旦那さん」
やはり、そうだったのか。しかし……どうしてかどこか親近感を覚えるのは気のせいだろうか。
「彼は元人間で、ホウセンカ姐さんと長い時を生きることを選んだひとだ」
元人間……人間の花嫁を迎える妖怪は一般的だが、人間の旦那さまを迎える女妖怪と言うのは、あまり聞かない。でも、中にはそう言う例もあるのだと知った。
しかし、その時。
「しずれさま!」
朽葉さんが飛び込んできた。
「何事だ?」
「実は、屋敷の結界の外に月守家の連中が押し掛けて来ていまして」
実家の……!?ここにくれば、実家からは自由になると思っていたのに……どうして、また……っ。
今築いている幸せを壊されたくない……そう切望する。
「分かった。俺が相手をする」
「分かりました」
「少々厄介な客人が来た。ホウセンカ姐さんはふゆはを連れて、避難を……」
「あの……私も、行きます」
彼らがどんな企みをしているのかは分からないが、しかし、何も知らないままと言うのは嫌だ。しずれがあのひとたちに何を言われるのか、その声の届かない場所で息を潜めているのは嫌だ。
だってしずれのことが、この屋敷のみんなのことが……好きだから。好きになってしまったから。
「ふゆは……分かった。一緒に行こう」
「……うん」
「私も行くわよ」
「あぁ、ホウセンカ姐さん」
そうして私たちは、実家の連中と、久々に顔を合わせることとなったのだ。