どうして。
どうして私が、あんな化け物の嫁にならないといけないの?
私は、鬼の長に嫁ぐのではなかったの?
鬼の長からの、婚約を打診する書類が来ていたはず。
信じられずにお父さまに書類を見せてもらえば、そこには確かに鬼の長の署名があったが、鬼の一族の者との婚姻としか書いていなかった。
***
家に届いた会合の招待状を、お父さまは参加しないと告げた。私はお父さまにもお母さまにも霊力を持った美しい最高の娘としてかわいがられて来た。
更には鬼の花嫁になる身としてこの上ない愛情を受けてきた。だけど、私は鬼の長の花嫁になる身として、鬼の一族から妖怪たちとの会合に参加しないよう要請されていた。だから一度もそう言った場に連れていかれたことはない。
他の花嫁は会いにいったりしているのに!どうして私だけ。でも、将来鬼の長に嫁ぐのだからと我慢してきた。飛び切り美しい鬼の長が、私の夫になるのだからと。
きっと鬼の長は、美しい私を他者の目に触れるのが嫌なのだと思っていた。会いに来てくださらないのも、私が18歳になるまで花嫁として迎えられないから。
一度会えば、囲ってしまいたくなるからだと無理矢理頷いた。
そして鬼の長が迎えに来る前の歳。前妻の娘で、霊力も碌に持たない役立たずのふゆはが、化け蜘蛛に娶られる日がやって来た。
霊力もないのに、あんなものをもらう酔狂な妖怪がいるなんてね。しかも、相手は美しいと言われる鬼や高位妖怪とはかけ離れた醜い化け蜘蛛。
さて、どんな醜い化け蜘蛛がふゆはを迎えに来るのか。そんな見物イベントを見逃すはずがない。私はお父さまとお母さまについて、弟の翼(よく)と一緒に嗤いにきてあげた。
でもやってきたのは、美しい白い鬼だった。
何てこと!そりゃぁそうよね。鬼の長は私を待ちきれなくて迎えに来てくれたんだわ!その美しい鬼を見た瞬間直感した。
そしてあんな霊力もない、普通な顔立ちのふゆはを迎える妖怪なんているはずがないの!大蜘蛛だって娶る気はなかったってことね。
醜い化け物にさえ見捨てられる女。
あぁ、最高のショーだったわ!そして私は鬼の長に連れられて、花嫁になるの!
人間の社会でも、鬼の社会でも最高の地位に君臨する鬼の長の花嫁に!そうしたら、今まで以上の贅沢ができる。
周りの女子やふゆはが物を持っていたら生意気だから奪ってきたけど、ぶっちゃけそんなのはいらないの。全部ゴミ箱に捨てたわ。ふゆはなんて前に貧相な猫のぬいぐるみなんて大事そうに抱っこしていたけど、それも包丁で串刺しにして捨ててやった。
そして鬼の長の花嫁になれば欲しいものはもらい放題。食べたいものも、食べ放題。宝石も、ブランド物も、全て私のモノ。
あぁ、これから夢の生活が始まるの!そう、思っていた。
けれど美しい鬼は、醜い化け物だった。化け蜘蛛だった。
その本性をあらわにし、鬼の長の花嫁である私に爪を向けた。
さらにはふゆはを本当に花嫁として連れて行った。
許せない。
許せない。
許せない。
霊力もない、平凡な見た目のくせに!
醜い化け蜘蛛どもが去り、気持ち悪い蛇が屋敷を去った後、私は怒り狂った。
鬼に抗議してくれ。そうお父さまに頼んだけれど、お父さまは憔悴しきって話にならない。
話にならないお父さまを放って、お母さまと一緒に化け蜘蛛どものところに乗り込んだ。私は鬼の長の花嫁。長の名を出して脅せばアイツらも!そう思ったが、化け蜘蛛は怯むこともなく、私を激しく殴打させてお母さまと一緒に屋敷の敷地から追いだしたのだ。
追いだされたら痛みはどこにもなかったが、二度とその敷居をまたぐことはできず、陽も暮れて、泣く泣く帰るしかなかった。
鬼への抗議をとお父さまに要求しても、相変わらずお父さまは聞いてくれず、家にも帰らなくなった。
あれほどあったドレスや宝石もどんどんなくなって、家具もなくなっていく。しかも多額の借金を背負ったって?どう言うこと?あれほど裕福だったウチが。鬼の加護を受けて栄えていたウチが、何故?
そして更にはご馳走も出なくなって、貧相な食事しかでない。
使用人もいなくなり、更には小さなアパートに押し込められるようにして引っ越しになった。そして今日からこんな小さなアパートが私たちの家だと、お父さまに告げられた。
そんなの嘘だと、私のお屋敷に向かったけど。
そこは既に売地になっていた。無理矢理中に入ろうにも、不審者として警察を呼ばれて、お父さまに厳しく叱責される。
どうして。今まで怒られたことなんてないのに!
あり得ない。
あり得ない。
あり得ない。
もしかして、あの化け蜘蛛が何かをやったの?なら、私が自ら、鬼の長に陳情しなきゃ。あの化け蜘蛛どもの所業を、全て打ち明けてやる!
だからウチに届いていた会合の招待状を手にして、無理矢理参加した。ドレスは着古して売れないものしかなくて、宝石やアクセサリーは家になくてつけられなかったけど。
そして目に映した鬼の長は美しかった。
とても、とても美しかった。
あの方が、私の夫となる、鬼の長!
私は迷わず駆け寄った。私が、あなたの花嫁です!
しかもあの憎い化け蜘蛛までいた。この場で、あの化け蜘蛛のやった所業も明らかにしてやる!
だが、私が知ったのは信じられない事実。
私が、鬼の長の花嫁じゃ、ない?
そんな、バカなバカなバカなっ!
しかも長に擦り寄った花嫁だという女は平凡な顔立ちの、何でもないような女!私の方がいい!私の方が長に相応しい美貌と霊力を持っているのに!
そう長にアピールしたけれど、返って来たのは長からの激しすぎるほどの攻撃。
どうし、て。私があなたの花嫁のはずなのに。あなたに相応しい花嫁なのに。
あんなブス女がなんでえええぇぇぇぇぇっっ!!!
そして気が付けばアパートの貧相な床の上に寝かされていた。起きればお父さまとお母さまが怒鳴り散らしてくる。何で、何で、何で!私はかわいい、霊力の高い、鬼の長の花嫁だったのにいぃぃっっ!!
だが、お父さまに婚姻の書類を見せられ、そしてそこに鬼の長と結婚させるなんて文言はなかった。
どういう、こと?
私は鬼の長の花嫁のはずだったのに!
更には、お父さまがもう一枚の書類を持って来た。
そこには、私を夫となる鬼と会わせるという文言が入っていた。
それと同時に、会えば必ず嫁ぎ、拒否は許されないと書いてあった。
いいわ。私は会いに行く。私の夫となるはずの鬼なのだから、きっと長よりも強力な鬼よ。そして私をバカにした長も、あの平凡女も、あの化け蜘蛛どももふゆはと一緒に叩きのめしてもらうのよ!
そして私は、鬼の一族が用意した豪華な車に乗り、夫となる鬼に会いに行った。
本来なら、私を豪華に着飾るべきなのに、鬼どもはそんな命は受けていないの一点張り。あの長の仕業ね。私が旦那さまに嫁いだら、すぐに復讐してやるんだから!
でも、それでも鬼たちはみな美形だわ。
私が旦那さまに嫁いで天下を取ったら、使用人として侍らせてあげてもいいかも。
美麗な鬼に案内され、通された部屋は、真っ暗だった。
そしてその扉が閉じられ、がちゃりと鍵がかけられた。
「ちょっとっ!?どう言うこと!?明けなさいよ!私の旦那さまに会わせてくれるんじゃなかったの!?」
しかし、何も返答が返ってこない。その代わり、背後にぞくりとした気配を感じた。
『あぁ、やっと会えたね、花嫁』
「っ」
私の全身から、汗がぶわっと噴き出る。な、なにこれ。寒気が、悪寒が止まらない。恐い。恐いが、声はどんどん後ろから近づいてくる。
恐い、恐い、振り向いては行けない。決して。
『あと一年あるはずなのに、長が会うのを許可してくれるとは思わなかった。そして、この面会で、君は確実に私の花嫁になる。逃れることは、許されないよ?』
何が、いるの。恐ろしい声。でも、声も出せない。ちょっとだけ。ちょっとだけ様子を。
そして振り返ったとき、目が合った。
「……っ!!!」
声にならない悲鳴と共に肩を掴まれ、恐ろしいものを見てしまった。暗闇のはずなのに、分かったのは霊力のせいなのか。目が暗闇になれたからなのか。それでも暗闇のなかでも、ソレは異常だった。
ニイイィィィィっとほくそ笑んだその恐ろしいモノに、気を失った。
目覚めた時はアパートの床に寝かされていたけれど。毎晩、毎晩あの恐ろしいモノが迫って来る夢にうなされ、悲鳴と共に飛び起きる。そして五月蠅いとお母さまに殴られる。
何で、何で、何で!
私は逃げ出した。あの鬼から、逃げなくちゃ。逃げなくちゃいけないの!
でもその度に鬼に捕まって、アパートに戻される。
そうして何度も何度も逃げ、戻され、暴れている内に、1年が経った。
私は、18歳になった。
暴れること虚しく、鬼に拘束されて連れていかれた。そしてあの恐ろしいモノがいる部屋に、投げ込まれた。
――――そして。
『あぁ、やっと来てくれたねぇ、花嫁ぇ』
「ひ、ぃっ」
あの恐ろしいモノが、私の身体の上に乗り上げる。
『本当は、選ばせてあげるのがいいのだけどね。今回はぼくの自由を許してくれたんだよ。長が、特別に』
「は?何を」
あの長が、何を許可したって?
『ぼくと、同じ時を生きよう?』
そう言って、化け物に唇を塞がれ、気持ち悪い妖力が身体中に充満していくのが分かった。
「―――――っ!!!!!」
悲鳴をあげても、誰も来ない。
「あ、あ、あ、あ、あ――――――っ」
唇を解放され、燃え上がるような熱に泣き叫んでも、誰も助けに来ない。
『君も、バカだねぇ。でもそんな愚かな人間も、好きなんだぁ』
私が、愚かだなんてっ。
そんなわけない、そんなわけない!私はっ!!
『大蜘蛛の花嫁の異母妹やその家族がまともで、大蜘蛛の花嫁を冷遇しなければ、その縁で鬼の一族も守ってくれただろうに。長は大蜘蛛に借りがある』
は?それって、ふゆは?何故、あんな役立たずがでてくるの?
それに長が大蜘蛛に借りがある?
まさか、大蜘蛛と長は、グルだったの!?
「いやあああぁぁぁぁぁぁっっ!!あの化け蜘蛛もっ!鬼の長も、敵よ!アイツらを殺してええぇぇぇっっ!」
『えぇ~嫌だよぉ。ぼくはここで好きにさせてくれる長も大蜘蛛も、大好きだからねぇ。君は一生、ぼくの花嫁なのだから』
「いやあああぁぁぁぁぁぁっっ!!化け物!化け物おおぉぉぉぉぉっっ!!来ないで!アンタの花嫁なんていやああぁぁぁぁっっ!私は鬼の長の花嫁なのおおぉぉぉぉっっ!!」
『さっき長も敵だと言っておいて?ふふふっ、面白い、面白い。見ていて飽きないなァ。ねぇ、楽しもう?』
ニタアアァァっと嗤った化け物のおぞましい笑みに、声が枯れるまで、恐怖の悲鳴を上げ続けた。
そしてぐったりとして力尽きた中、会話が聞こえてきた。
『へぇ、特別な契りを結んだのですね。では、これからは定期的にあなたに差し出す花嫁を選出もせずに済む』
『くっふふふふっ。とてもいい花嫁を得られて嬉しいなぁ~、長ァ』
お、さ?
まさか、おにの、あの長?
『この女もバカだなァ。選出されても、異母姉を虐めなければ、せめて人間の寿命で解放されただろうに』
『えぇ。本来は嫁ぐかどうかも選ばせていましたが、ほとんどが金のため、家族のためここに嫁いだ。今までは夜伽の時間だけこの部屋で、それ以外は普通の生活を保障しました。ここに来る令嬢は、問題のある令嬢が多かった。そう言う更生のしようのない残念なモノは、あなたの好物だ。だが今回は私の花嫁に暴言を吐いた以上は容赦はしない。それに彼らは我が花嫁を守ってくれた恩がある。彼らやその花嫁への無礼も許されるものではない』
『よく分かっているねぇ、長ァ』
『では、存分にお楽しみください』
『ふっふふふふふふっっ』
化け物の不気味な声が響く中、扉が再び閉じられる音がした。逃げなくちゃ、逃げなくちゃいけないはずなのに、身体が動かない。
そしてしんとした暗闇の中で、化け物が再びほくそ笑んだのが分かった。