それは、小学生と呼ばれる年齢の人間の娘だった。

同胞からの助けを呼ぶ声に駆け付けてみれば、小さな同胞を抱き締め、怪我をしている脚にハンカチを巻いている少女がいた。

霊力は感じられないが、この神社と言う神域の中で、偶然波長があったのだろう。
彼女はまだ小さな妖怪の子の姿を捉えた。人間の子どもには恐ろしいものだと思っていたが……。
そしてそれ以上に、目に入れたとたんに沸き上がるこの熱は、何なのだろうか。それはさながら……妖怪が花嫁を見付けた際に抱く高揚……そう呼ぶべきものか。
俺は花嫁を迎えたことがないから、分からないが。とにかく欲しい……そう、思うのだ。
だがしかし、まだ幼い子どもなら、無理に迎えれば鬼たちが……怒るのははね除けられるが、姐さんたちに袋叩きに遭うのは確実だから……待つのだ。

彼女が俺に嫁げる年齢になるまで。ただじっと……しかしながら、同胞を助けてくれた礼くらいは言わねばな。そして同胞も迎えに行ってやらにゃぁならん。

少女の前にふわりと姿を現せば、子どもながらに異形の気配を感じ取った少女が俺を見上げる。ここは神域。少女の本能すらも増強させる。

「あの……っ」
少女が言葉を失う。やはり……本物の大人の妖怪は、恐ろしいものだろうか。


「……お、おに……」
その時分かった。この子は俺ではなく、俺ではない鬼に脅えている。この人間が名付けたがゆえに生えた角に、鬼を重ねているのだと。

「優しい人の子」
そっと少女に手を伸ばした。

「俺は鬼ではない」
「ちが……うの……?」
少女は信じられないものでも見ているように呟く。

優しく頬に触れてやれば、温かい、ひとの子の体温が伝わってくる。

「我が同胞を、助けてくれたのだな」
その言葉に、少女も俺が鬼ではなく、抱っこしている蜘蛛の同胞なのだと悟ったことだろう。
それなのに何故鬼の角が生えているのかは……疑問系のままだろうが。

「礼を言う」
長く語らえば、それだけ離れがたくなってしまう。
そして彼女の腕の中にいたはずの蜘蛛は、次の瞬間、俺の腕の中へと移動する。
少女の成長を願い、ふんわりと美しく微笑めば、名残惜しくも、彼女の前を後にする。

そして彼女のことを調べれば、出てくるわ出てくるわ……彼女の晒された家庭環境が。

幼い頃から霊力がなく、離れに追いやられた彼女は、そこで静かに暮らしていた。父親も霊力がない彼女を無価値として視線も向けない。
そして彼女の母親が彼女を産んだことで亡くなったことで、迎えた後妻の子どもたちは、霊力を持って生まれた。

更に彼女の異母妹は鬼の一族の花嫁に選ばれたのだという。重宝されるのは跡取りの異母弟と、月守家に絶大な利益をもたらす鬼との婚約を結んだ異母妹だけ。

だけど裕福な名家で、鬼からの支援もたっぷりあったから、離れで静かに生きることくらいは許された。しかし物はすべて異母妹にとられてしまうから、買うこともできない。

使用人も仕事でたまに来るだけで、無価値な彼女のことを気に掛けない。

彼女を守る蛇爺と秘密裏に連絡を取り、俺は彼女が18歳になれば花嫁に迎えると告げれば、蛇爺は彼女をその家から連れ出してくれれば、あとは彼女の意思に任せると言った。そして同胞たちに守らせながら、じっと待つ。

もしかしたら彼女は、大蜘蛛の俺を拒絶するかもしれない。同じ時を選んでくれないかもしれない。

――――それでも、花嫁の幸せを祈らぬ妖怪などいまい。
だから18歳を迎えた彼女を、約束通り迎えに出向いた。

「我が花嫁、迎えに来た」