――――そして、楽しみにしているおでかけの日がやって来た。

「準備はできたか?」
「うん」
本日はレースやリボンがあしらわれた桃色のワンピースデある。こんなかわいいワンピースをいいのかとも思ったが、お姐さんたちが一緒に選んでくれて、似合うと太鼓判をおしてくれたから、ドキドキしつつもしずれの前に立つ。

「あぁ、似合ってる」
「……うん……っ」
褒めてもらえるのが、嬉しい。こんな風におしゃれをしたことも、褒められたことも、なかったから。

「しずれも……その……っ」
鬼の角は隠し、完全に人間に擬態している。そして和装に身を包み、白い髪が目立たないように和装に合わせた帽子もかぶっている。

「か……カッコいい……」
「……っ」
照れながらも勇気を出して告げれば、しずれが嬉しそうにはにかんでくれる。

「あぁ、嬉しいよ」
「私も……」
何だか、幸せな気分である。

「では早速、行こうか」
「うん」

「行ってらっしゃい」
手を振ってくれるお姐さんたちに、ふたりで『行ってきます』を言い、私たちは隠れ帯をくぐった。

隠れ帯を抜ければ、そこはもう、どこか懐かしさを感じる人間の街。
街で遊んだことなど、ほとんどないと言うのに、不思議な感覚だ。

「ひとがたくさんいるな」
「うん。お屋敷では蜘蛛さんたちに囲まれていたので久々……」

「本当にな。久々に人間がたくさんごった返している街に出れば、さすがに不思議な感覚を覚えるものだ。まぁそんな人波に紛れている妖怪もいるが、アイツらは単に慣れているだけだ。ヒト型を取っている蜘蛛ばかりだが、やはり同胞とは違う。ふゆははこちら側に来て、俺の花嫁となったから、同胞のうちにはいるがな」
だからこその、この不思議な感覚なのだろうか。

「はぐれないようにな」
「うん」
しずれに差し出された手を取りながら、頷く。

「まずは手芸屋だな」
「うん」
訪れた手芸屋は、事前に調べていたとは言え……実際目の前にすると大きな建物だ。
ひともたくさんいそうである。
そして一歩その中に入れば、そこは裁縫を嗜むものにとっては夢の園。種類豊富な布も、糸もボタン、そして裁縫道具も揃っているようだ。

「わぁ、凄い!」
「そうだな。目移りしそうだが……まずはどこを見たい?」
「……まずは、糸を!」
糸の売り場に向かえば、色も種類も様々だ。中には虹色に撚ったものまである。

「すごいな。いつの間にこんなものまで発明していたのか。人間の技術は日々進化し、興味深い」
しずれもしずれで、興味深そうに眺めている。

「うん。そうだね」
私が知っているのは、実家にあった繕い物用の最低限のものだったから。私もまた、その進化に驚いている。

そして実際に手にとって色々と見ていれば、あるひとつの糸に目が止まる。

「きれい」

「それにするのか?」

「うん。白いけど、光の当たり加減で色が変化して、きれい」

「ふぅん、確かにな」
しずれも興味深そうに見てくれる。水色を帯びるような不思議な色だ。しずれの色みたいで、きれいだから……そう思ってしまったのは……内緒だが。

そしてほかにも、いくつか選び……しずれの目と同じ青もしれっと選んでおいた。

「他には、布やボタンでも見るか?」

「うん、ふわふわの布もたくさんあるから、ぬいぐるみに使えそうかも……」
「そうだな。またゆららが張り切るな」
「うん、教えてもらうの、楽しみ」
そしてレジで精算を済ませれば、しずれが荷物を持ってくれる。

「あの……自分でも……」
軽いものだから。
「気にするな」
そう、しずれがはにかんでくれる。無理に断れば、逆にしずれの気持ちを台無しにしてしまうだろうか。

「ありがとう」
「どういたしまして」
しずれが喜んで笑ってくれるから……これで正解だったようだ。

「さて、後は食事にでも寄って帰ろうか」

「食事……?」
元々は買ったらそのまま帰るつもりだったのだが、お昼時であることも事実である。

「何が食べたい?」

「……えっと、その」

「和食がいいか?それとも何か違う料理でも食べてみようか」

「あの、えっと……。それならパスタ、とか食べてみたい」

「パスタ?」

「む、無理だったら……」

「いや、構わない。行こうか」

「うん……!」

「ランチをやっている店があるはずだから」

「詳しい……?」

「ん、まぁな」
しずれがにかりと笑う。
そして店内に入れば、しずれと共に席につく。

「こういうお店……初めてで」
「だが、なかなか良いだろう?」

「しずれは、来たことがあるの?」
「ここは初めてだが、人間の店での食事もあるからな。妖怪と付き合いのある人間との会食では、和食以外もある。時には洋食も。あとは海外の妖怪と会うときは、中華の時もあるし」

「そうなんだ」
思えば外国にも妖怪や、不可思議な存在もいるのだ。交流があったとしても不思議ではない。
注文したパスタが来れば、早速口に運ぶ。

「美味いか?」

「うん!とっても!」
「それは良かった。たまにはこうして人間の店に来てみるのもいいかもしれないな」
確かに……しずれとふたりで……と言うのも、楽しいかも。

「ここは俺が出す」
会計でおじいちゃんにもらった小遣いが入ったがま口財布を出そうとすれば、しずれに止められる。

「だ、だけど」

「いや、奢らせてくれ。夫としての矜持もあるからな」
「それはっ、あの、ありがとう……」
そう言われてしまえば、しずれの夫としての矜持を崩すわけにもいかない。

「いいんだ。かわいい花嫁のためだからな」

「かわい、って」
しずれはすぐそう告げてくる。顔立ちは普通だと……思っているが。頬の紅潮を冷ましながらもふたりで街を歩けば。

「最後に、何か買って行こうか」
そう、しずれが勧めてくれる。
「うん、みなさんへのお土産を買いたい」
様々な店が立ち並ぶ大通りを歩きつつも。

「何がいいんだろう……」
「そうだな。菓子なら大体喜ぶ」

「あの、アバウトすぎる気が」
「そうか?ではクッキーなどどうだ?」
ふと、ファンシーな感じの店を示せば、こくんと頷く。

「チョコレートの入っていないクッキーを選ばなくちゃね」
「ははは、そうだな。万が一酔ったらシャレにならない。特に姐さんたちは」
そ……それはどういう……?とは言え。

「フルーツ味だって。これはいいかも」
「ふむ、いいと思うぞ」
そうして選んだクッキーを詰め合わせにしてもらえば……。

「さ、帰ろうか」
「うん」
少し名残惜しく感じるのは、やはり私が人間だからだろうか。

「また、来れる……?」

「ふゆはが、望むのなら。だが、俺と共に同じ時を生きるのならば、この風景から置き去りになってゆく」

「え……っ」

「そういう感じなのだ。人間と妖怪の寿命は違う。つい最近まで、当たり前にそこにあった風景が流れるように過ぎ去っていく」

「……」

「それは、妖怪にとっても妖怪と共に生きることを選んだ人間の花嫁にとっても、それは同じだ。周囲の人間たちは、自分よりもはるかに早く逝く。時代もどんどん進んで、自分が知らぬ世界になっていく。まるで、自分だけが違う時代に取り残されたかのように錯覚するそうだ」

「それは……桜菜さんや、イサザさんも?」

「そうだな」

「だけど、それはしずれも同じなんだよね」

「それは……確かにな。取引をする人間たちはあれど、彼らは年老い、先に逝く。俺たちもまた、まるで取り残されたような気分になる。けれども同胞がいて、共に生きてくれる花嫁がいるのなら、まだましだ」
長にとっての桜菜さん。ホウセンカお姐さんにとっては、旦那さんのイサザさん。

「だからこそ人間の社会で生きつつも、妖怪たちは同胞たちとつるんでいることが多い。もちろんそれが全てではなくそこからはぐれて暮らす妖怪もいるがな。妖怪の社会から追放された妖怪もいる。そいつらは妖怪のコミュニティでは生きられず、人間の社会の端っこで、息を殺すように暮らすものもいる」
妖怪と言っても、色々な生き方がある。それは人間も同じだが。

「でも、私が……一緒に生きたいと思うのは……」

「ふゆは?」
しずれの目を見ながら、その続きを口にしようとした時だった。

「……えのっ、お前のせいでえええぇぇぇっっ!!!」

「ふゆはっ!」
しずれが私を庇うように前に出たのに、私はとっさに前に出てしまった。しずれを守ろうって……私の方が……弱いのに……。

しかしその視界を黒い影が覆う。そしてこちらに迫りくる人影を蹴り飛ばした。

「ん」

「ご苦労だった、たゆら」

「へ?たゆら、ちゃん?」
ぽかんとして見上げたのは、長身の黒髪黒目の青年だった。明らかに無口そうな表情をしているが、程よく筋肉質なその身体は、胴着の上からでも分かる。

「ん」
私の言葉を肯定するように、たゆらちゃん……いや、さん?がこくんと頷く。

「おっき、い?」

「あぁ、こっちが本性でな。大体めんどうくさがってちび蜘蛛の姿になっている」

「へ??」

「ん?」
ぽかーんとしたままの私にたゆらさんが眉をあげる。

「成人、してたのっ!?」
「ひとではないから、成人と言う考えはないのだが、子どもかおとなかで言えば、大人だな」

「私、抱っこしてっ!」

「歩くのをめんどうくさがるから、ちょうどいい」

「そういう、理由でっ!?」

「ん、ふゆはの抱っこは、いつも心地良い」

「ひあぁっ」
たゆらが私の頭に手を乗せれば、恥ずかしさで顔が赤くなるのが分かった。
そしてすかさずしずれがたゆらさんに抗議の目を向ければ。

「ん」
もう片方の手で、しずれの頭をなでる。

「……ぼくを無視、するなぁっ!!」
しかし和やかなムードに突然割り込んできた声にハッとする。そしてたゆらさんにぶっ飛ばされて倒れている人影に目を向ける。

「翼……?」
その人物の名を躊躇いがちに呼んだのだが。

「お前なんかが、お前なんかがぼくの名前を呼ぶなァっ!!」
「こんのガキ。ふゆはに名を呼んでもらって何つー言い草だ。姐さんたちが知ったら怒り狂うぞ」
翼の挑戦的な言葉に、しずれがぼそりともらした。